神こそが人を人たらしめる

「人類が最初に手にした武器は、宗教だと言われています」


【東京 仮設首相官邸2階 ブリーフィングルーム】


「最古の宗教建築物が生まれたのは一万四千年から一万二千年前の最終氷河期の終わりと考えられています。これは人類が農耕を開始する以前のものです。巨石を用い、多くの人手を動員して壮麗な施設が築かれたのです。狩猟採集時代に。

彼ら古代人にそれを為さしめた原動力こそ"神"だった」

都築とつき博士はリラックスしながら語っていた。既に何度も繰り返してきた話であり、聞き手たちの大半は重々承知している内容を説明しているからだった。これは記者会見に臨む閣僚たちのための事前ブリーフィング。あくまでも最終確認に過ぎない。

「生物が作る集団の大きさには限界があります。それは把握できる顔見知りの数に制約されると言ってもいいでしょう。一例を挙げれば、4万年前に絶滅したネアンデルタール人はごく小規模な家族集団で活動していたと言われています。一方で現生人類の祖先は大きな集団を構築し、助け合うことができた。同一のシンボル。すなわち"神"を持つことで、仲間同士であることを確認できたからです。神のような超自然的存在や、思想などは抽象的概念です。言語での伝達は難しい。だから芸術などの物理的な形に変換することで共有されてきました。

このような宗教的シンボルは現在でも存在します。現代宗教はもちろん、会社。国家。思想。民主主義。民族。偶像アイドル。学校。単純化されたシンボルの下、人々は結束し集団を維持するのです。

宗教こそが人間を人間たらしめた。と言ってもよいでしょう」

出席者の反応を確認。悪くない。

「霊長類。人類の属するホモ属は社会性を有する動物です。社会性動物にとって集団とは目的ではなく繁殖と生存のための手段ですが、人間の持つ道徳はそこから進歩したと考えられています。宗教は道徳より派生し、個人の行動の社会的監視を代行する超自然的存在をも組み込むことで利己性を抑制し、より協力的な集団を構築することを可能にしました」

喉が渇く。用意されていた水分を一口。

「我々が誕生させようとしている"九尾きゅうび"も社会性を備えます。彼女ら知性強化動物は人間に近い形態の知性を備え、喜怒哀楽があり、家族をいたわり、属する集団のために貢献したいという欲求を持ちます。また、そうなるように教育プログラムは検討済みです。もちろん、実際は成長過程で様々な修正が必要となるでしょうが。

我々は、"九尾"を人間として育て上げねばなりません。もちろん生物学的には知性強化動物は人間ではありません。しかし彼女らを人類の一員として認め、帰属意識を持たせねばならない。"人類"こそが彼女らの信じるシンボルになるのです」

一息。

ここで都築博士は、今までのブリーフィングにはなかった言葉を口にした。

「我々は、人間ではない生物に熱核兵器以上の攻撃力と既存の人類の兵器全てに耐えうる防御能力を備え、半永久的に稼働し、あらゆる環境で活動可能な拡張身体を与えようとしています。

しかし人類はこの、まったく新しい知的生命体に思考制御を施さないことを決定しました。技術的には可能であるにもかかわらず。それを私は誇らしく思います。

古典的なフランケンシュタイン・コンプレックスへの———未知に対する恐怖と迷妄への、これは勝利だからです」

そして都築博士の話は、終わった。

この後彼は幾つかの質疑に応え、別の担当者と交代し、ブリーフィングが終了。

数時間後、午後6時を迎えた時点で内閣官房長官による記者会見が行われ、それまで秘密のヴェールに包まれていた知性強化動物の情報が、全人類へと届けられた。

都築刀祢はそれを、自宅のテレビで見ていた。




—――西暦二〇二〇年。知性強化動物誕生直前、第一次門攻防戦の三十二年前の出来事。

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