白石の隣は俺がいい

遠藤鈴奈

第1話

 高校2年の夏休みが終わり、2学期が始まった9月4日。気怠い雰囲気を一掃しようと、教室内は待望の席替えのイベントとなった2時間目。

 黒板には席の位置と番号が書かれ、クラスメイト全員が各々箱に入った席の番号が書かれた紙のくじを引き、それぞれ自分の席の位置を確認しては歓喜と落胆に沸いていた。


「やった!白石の隣だ」


 その中でも、一際自分の引いた席の位置を確認して僥倖ぎょうこうにいたのは、碓氷幸輝うすいこうきだった。

 それというのも幸輝こうきが引いた席の場所が、窓際の一番後ろの席に加えて、彼と机を並べる隣の席には、高校入学以来注目され校内一の美少女と噂の、白石紫しらいしゆかりなのだから。

 ゆかりは男女問わず誰からにも慕われ、羨望される存在。とにかく彼女と仲良くなろうと近寄ってくる男子が多い中、紫は理想が高いのか特定の彼氏は、いないとされている。

 彼女と恋人同士になれないとしても、同じクラスになったのだからせめて席だけでも近くになりたいと、席替えの度に躍起になる男子が大半だ。

 幸輝もその中の一人なのだが、クラスの他の男子たちに比べ背は低く、容姿、性格はまぁ普通に加えて、勉強も運動も今ひとつと…とくに目立つ要素は持ち合わせていない。

 そんな幸輝も、よもや紫の間合いに自分が存在し、彼女の視界に入れるなんて事があるわけが無いと思っていただけに、やっと自分にも運が巡ってきたんだと、神に感謝していた。

 もはや彼の脳内では、「ロッキー」のテーマ曲が流れ、紫本人すら望んでも無いのに、勝手に彼女に近くづく輩から守る騎士ナイトと化しする程…全く彼の頭の中はバグっていた。

 くじ引きを終えて席が決まると、ざわつきながらそれぞれが自分の席へと移動していた。

 幸輝が席に座るや否や、前の席に座る松野直志まつのただしは振り返り。


「お前、背が低いだろ、そこじゃあ黒板見えないだろからさ」


席を代わってやるよと、親切に提案をしてくれるも、紫の隣に座りたい魂胆がみえみえだ。

 幸輝はその申し出を丁重に断るも、松野を睥睨へいげいする。

 その間、隣にやってきた紫にドキドキして顔を紅潮させる。

 その立ち姿は、蠱惑的こわくてき。透き通る白い肌、黒髪が光を受けなびく度、サファイアの如く輝いては、見る者を魅了させる。

 彼女の眩さに見惚れてしまうも、意を決して白石の名を呼び、


「あ…の俺、碓氷幸輝です。その…白石さんの、と隣になれて光栄です‥」


 辿々たどたどしく、緊張で気の利いた言葉が出てこない幸輝を、紫は目を丸くして見る。濡れた瞳に長いまつ毛の彼女と目が合い、幸輝は金縛りにでもあった様に動けない。

 けれど紫は、何も答えずフイと目を逸らし、腰を下ろした。幸輝には、目もくれずに。

 金縛りから解かれた幸輝は。


 --終わった。

 気を悪くしたのか…


声をかけたことを後悔し、さっきまでの高揚した気持ちは消えた。夏の暑さが残る日だというのに、不毛の凍てついた大地にいる気分の幸輝だった。



 翌朝、憧れの白石紫の隣になれて嬉しいはずの幸輝は、紫との会話もなにも無いまま終えた昨日を振り返り、重い気分に浸かっていた。

 元々彼女とは友達関係ですら無いし、これからも今までと何ら変わることもないのだろと、気持ちを切り替えながら登校するも、肝心な紫は欠席。

 最初は紫と顔を合わせるのが気不味く、少しだけ安堵していたものの、その後数日、紫は姿を見せなかった。もはや紫の居ない幸輝の席などは、ただ教室の隅に席が有るというだけの価値。


「お前さぁ、折角隣になれたのに…白石さんどうしちゃったのかな?心配だなぁ」


 幸輝を憐れむように、ニヤついている松野には苛立ってしまう。



       ***

 


 紫が欠席してから一週間が経ったある朝、「転校生が来る」という話題に教室内は盛り上がっていると、それらしい女子生徒と担任が教室へとやって来た。


 「転校生の、摩耶行美まやいくみさんだ。」


 そう担任に紹介されると、摩耶行美は恭しく頭を下げた。

 小柄のショートヘアの彼女は、紫とは違い地味な印象を受けた。

 そして担任の次の言葉に、幸輝は衝撃を受け動揺する。


「席は、碓氷の隣が空いているから、そこに座る様に」


 幸輝はたまらず立ち上がったものの、転校生の摩耶が、紫の席に座る事にクラスの誰も不審に思っていないことに気付く。

 担任の「どうした?」の問いかけに、言葉を濁し椅子に座る。


「お前、ココ大丈夫かぁ?」


 松野が振り返り、頭を指さした。


 そうだな、どうかしているのはお前達の方だな。


 歯痒さに、膝の上に乗せた手をグッと握り込んだ。

 躊躇うことなく摩耶は、幸輝の隣にやってきて座るのだった。



 そしてその日のうちに、幸輝は学校中から紫の存在が消えていた事を覚った。

 

 俺以外の他の奴らは、こんなにもアッサリ白石の居ない現実を受け入れてしまうのか…。ありえない。


 紫のいなくなった世界は、太陽を失った様な暗闇の中で酷く寂しいのに、誰もその大切さに気づかないでいた。

 



 放課後部活を終え帰宅の支度をしていた幸輝は、あるはずのスマホが見当たらず焦っていた。

 畢竟ひっきょう、教室に忘れてきたようだと至り、友人には先に帰ってもらい一人教室に戻ることにした。

 陽は傾きかけていても教室内はまだ明るい。窓際の自分の席に近付き、机の上に置かれたスマホを見つけた。それが自分の物だと確認するも、ふと視界の端に気配を感じる。


「!」


 驚いてそちらを見ると、今朝転校してきた摩耶行美が立っていた。

 摩耶とは席が隣になったが、会話すら無く幸輝に興味があるようでも無かった。他のクラスメイトとも距離を置く感じで、正直何を考えているのか分からない。

 なのに。

 摩耶が薄っすら笑う。


「待っていたぞ碓氷幸輝」


 いきなり呼び捨てかよ。


 近付いてくる小柄な摩耶は、幸輝と背の高さはそう変わらないのに、威圧してくるような物言いに正直ムッとしてしまう。


「何か用?」


「貴様、白石紫を知っているだろう」


 摩耶の口から出た白石紫の名に驚愕する。

 あれ程注目された紫は、今や世界から居ない者の様に扱われているのに。何故転校してきたばかりの摩耶が、紫の事を知っているのか。不気味な雰囲気の摩耶に、鳥肌が立つ。


「…なんで、お前白石の事…」


確信を得た摩耶が、


「ならば、貴様を消す!」


「はあー??何で白石の事を知っているだけで、今朝会ったばっかのお前に、消されるんだ」


 無茶苦茶だ!冗談じゃないぞ!


「黙れ人間!!」


 一喝し幸輝を蔑むと


「あの女は任務で人間に姿を変えていただけだ。なのに人間になんぞに、うつつを抜かした」


 摩耶が言っていることに合点がいかない。


 あの女って、白石の事か?任務ってなんだよ。人間になってたって…白石も摩耶も一体何者なんだ?


「白石の事を知っているんなら、今どこにいるんだ。それにお前、人間じゃないのか?」


「知ってどうする」


 確かにそうだ。いやいやそうじゃ無くて…


 何がどうなってるのかよく分からないが、紫が本当は実在していたって事が、幸輝にとっては何より嬉しかった。


「月にいる」


「月?かぐや姫か?」


 冗談とも思えないけど、突っ込んでしまう。


「くだらない。月を感傷的に考えるなど、所詮人間はこの程度のもの。月は我らが地球を侵略する為の監視の拠点。貴様らを服従させる為人間の白石紫として、地球に潜入調査していたにすぎぬ。なのに目的を見誤り人間に成り下がろうとした。

 然るに、貴様らからあの女の記憶を消させ、強制送還させれば唯一貴様の記憶だけ消さなかった!」


 つまり紫と摩耶は同じ仲間の異星人エイリアンで、白石紫という人間とし潜入している内に、任務として地球を侵略する事に疑問を感じるようになった。彼女は人間として地球に留まり生活していたかった。

 幸輝やほかのみんなも、紫がいる事で毎日が楽しくて、明るい気持ちでいられたのに。

 そんな事許されないから、紫との記憶をみんなから消させた。

 ところが、幸輝の紫の記憶だけを消さずに、紫は月に戻った。だから幸輝以外、紫がいなくなった事を不可解に思わなかったのだ。そして彼を消しに、摩耶がやってきたという訳だ。


「俺から記憶を消さなかったのはなんでだ?」


 それって、白石にとって俺って特別な存在だったって事かな?


 独り気を良くしているが、摩耶は幸輝を消しにきているというのに、呑気なものだ。


「バーカ!貴様の頭ん中が、イカれすぎていたから消せなかったのだとよ!」


 どっちもどっち。嘲る摩耶の態度に腹を立てる幸輝。


「さっきから聞いていれば言いたい事並べやがって!」


 摩耶が言っている事は、突飛すぎて信じられないが、理にかなっている。


 けれど、納得いかない。


「お前らが異星人かなんか知らんけど、元の白石に戻せよ!白石がみんなといた時間を、みんなから消した記憶を返せよ!」


 前のめりになって叫んだ。

 すると摩耶の形相が変わる。小柄な少女の体が教室の天井に届く程大きくなり、背中には黒く広がる翼が左右に伸びる。

 摩耶が本来の姿に変わり幸輝は腰が引けてしまうが、目の前で起きた摩耶の変貌を冷静に観察してしまう。


 なんだあの悪魔かコウモリみたいな翼、コイツ飛べるのか?

 摩耶が異星人なら、白石も本当の姿ってこんなにエグいのかな。


 忌々しいとばかりに摩耶はどこから出したのか、ギラギラ光る長い刃を幸輝に向けてくる。


 こんな狭い場所で、でかい図体になって、そんな刃、振り回せるわけないじゃん。


 そんな考えも脆く崩れた。

 教室に居たはずの幸輝と摩耶は、黒い闇に包まれた広い空間へと移動していた。

 さすがの幸輝も焦った。摩耶は強靭な凶器を持って幸輝を消し去ろうとしてくるのに対して、自分にはほうき一本持たない丸腰なのだから。


 どうする?俺…


「貴様に用はない、消し去る!」


 幸輝に容赦なく飛びかかってきた。


「まっ、待て!待て!」


 刃を振り翳してくる摩耶に、飼い犬を躾けている様な言葉が通じるはずも無い。

 必死に刃を転がりながら避ける幸輝だが、摩耶に傷ひとつ付ける武器すら持たないのだから戦いにすらならない。このまま体力が消耗し、消されるのは時間の問題。だとしても、やられてしまう前に自分にできることを考えていた。


 ならばせめて。


「…白石を‥許してやってくれ…白石が居た元の世界に…みんなに白石紫を戻してくれ!」


 この際思ったことを自棄やけになって叫んでいた。


 俺は白石とは何もなかったし、友達でもないから、本当は彼女がどんな人物かなんてよく知らない。それにこんな状況になって、白石の本心も聞くこともできない。

 俺には白石の記憶は有る、けれど今摩耶に消されてしまえば彼女を知る者は、もう誰もいなくなってしまう。だったら俺がいなくなっても、記憶を消される前の世界に白石紫として彼女が戻れたなら…みんなに慕われていた白石でいられる。たとえその時に俺がいないとしても…。


 摩耶が聞き入れてくれるとも思えないけれど、何もしないで消されるのも嫌だった。せめて彼女には紫として生きていて欲しかった。


「愚かな…」


 自分の命が危ういのに、摩耶には人間を欺いていた、紫を助けたいと思う幸輝が信じられなかった。でも摩耶の中で少しだけ、紫が人間として地球に留まりたいと思った理由がわかった気がした。もしかして、自分もこのまま人間に姿を変え地球に居たら…という考えを完全否定した。


「小賢しい奴め。ならば貴様にその覚悟はあるのか!」


 摩耶のほうが幸輝の喉元を捉える。


「ある!白石は…みんなの太陽なんだ…太陽は、月なんかに隠れてちゃダメだろ!」


 幸輝は小さな身体に、グッと力を込めた。


 もう摩耶の攻撃を避けることもできない

 斬られる…

 所詮俺なんてこの程度だな。あぁ白石とせっかく隣同士の席になれたのにな…


 自嘲して命尽きることを覚悟した。

 摩耶の眼が鋭く光ると幸輝の小さな身体に、雷が落ちる様な大きな衝撃が走ると同時に刃が刺さり斬り込まれていった。


 っ…ぐはぁっ。


 幸輝はその場で倒れると、暗く深い闇の底に意識が落ちていった。



      ***



 暗い。どこまでも暗い漆黒の闇の中を幸輝は彷徨っていた。

 意識することの無いまま、何処に行こうとしているのか、ここが何処なのかもわからない。ただ、静かな闇が広がっている中にひとり立っていた。

 どのくらい経ったのだろうか、時間の感覚もよく分からない中、目の前が少しだけ白く、明るくなった様な気がした。

 暗闇に目が慣れたせいなのか…とも思われた。

 静かな闇の中に、微かに耳に届く音がする。幸輝は、無意識にその音のする方へ進んでる様だった。

 音は段々大きく近づいてくる。否、それは幸輝のすぐ側で聞こえる。


 ーーっ、はぁつっ!


 幸輝は上体を勢いよく起こすと、深い海の底から水面に上がった時の様に、おもいっきり呼吸をした。そして全身から流れる出る汗を感じ肩で息をしながら、片手で額の汗を拭った。

 周りを見回すとそこは、見慣れた自分の部屋のベッドの上。

 そしてずっと耳に届いていた音は、いつも目覚ましに使っているスマホのアラーム音。


「俺は…夢を見ていたのか?」


 ぼんやりした思考の中、自分の置かれている状況が、よく理解できない。


「確か学校の教室で摩耶に遭って…あの時摩耶に斬られた筈」


あれが夢とは思えない程、感覚はハッキリ残っていた。

 だが、今着ている服はパジャマ代わりに着ているTシャツと短パン姿。Tシャツを捲って見ても、体には斬られた傷さえ残っていない。

 すると突然部屋の扉が勢いよく開き、幸輝は飛び上がって驚いた。


「わあっっ!」


 部屋にやって来たのは母親。幸輝を見て、安堵しひと言。


「…なんだ、生きているじゃない!」


 目覚ましのアラーム音がずっと鳴りっぱなしなので、心配して部屋にやって来たのだ。

 「あっ、ああ」と幸輝は慌ててアラームを止めた。


「起きたなら、朝ご飯食べて学校行きなよ」


 安心した顔で、そう言い残して母親は、部屋を後にした。

 幸輝は、ひとり部屋で「生きてるじゃない」と言う母親の言葉を思い返し、肩の力が抜けていた。

 着替えをし朝食を食べにテーブルに着き、何気なく見たテレビに幸輝は困惑した。


「おはようございます。95、7時のニュースです」


「なんだって⁉︎5日だって‥?どう言う事だ!サッパリわけが分からない。今日が5日なら、俺が席替えで白石の隣になったのが昨日って事…?」


 幸輝は自分に起こっている事が、飲み込めずにいた。


「いやいや、今も俺は夢の中なのでは…?」


 ブツブツと独り問答を繰り返していると目の前に、仁王立ちした母親が睨んできたので、とっとと朝食を済ませて家を出た。




 

 朝からよく晴れて、強い陽射しは容赦なく照りつける。学校までの道のり、幸輝はいつもの見慣れた風景なのに、街の雑踏さえも今朝はいつもより爽快に聞こえ、歩いていた。

 教室に入り、無意識に窓際の一番後ろの席に向かい、座ろうとしていると。


「幸輝の席は、そこじゃないぜ」


 松野に声をかけられ、「え?」と一瞬戸惑う。


「そうか?」


 あれ?席替えをしたのも夢…だったのか?


 なんだろう…この違和感。


「幸輝、まぁそう焦るな。今日あたり席替えするんだろうからさ!」


 ドンマイと、ばかりに幸輝の肩を叩く松野。

 そして、教室内を見回して紫を見つけ顎をしゃくり。


「まぁ、今度の席替えで、俺が白石の隣になっても幸輝」


 恨むなよと、妙な自信を見せる松野だった。

 そんな松野の事より紫の元気な姿を見れてそれだけで、なによりも最高に嬉しかった。


 たとえあれが夢であっても摩耶には、「ありがとう」とお礼を言いたい。




 そして待ち望んだ「席替え」の時が来た。男子達はソワソワ落ち着かない。その様子に女子達からは冷たい視線が送られる。

 幸輝は紫と隣になれるのでは…とか、正夢だったら…と、ちゃっかり妄想し期待していた。

 いざ自分が、くじを引く順番になり。


「やった!白石の隣だぜ!!」


 クラスの中じゃイケメン扱いされている男子が、既に紫の隣を引き当てていた。その光景に動揺していた幸輝が引いた席はというと。


 脆くも崩れた儚き夢よ、さらば青春。

 俺の席…ど真ん中の最前列…。


 そしてトドメを刺すように、


「よう幸輝!これから、隣同士仲良くやろうぜ!」


 肩を組んで絡んでくる松野。

 

「よりによって、隣お前か…」


 それは松野も同じ気持ちだ。せめて女子ならまだしも、男二人揃ってど真ん中の最前列に座るとは、教壇に立つ先生も気の毒だ。

 幸輝も松野も闇落ちする。


「まっ!そう気を落とすな幸輝!俺、荷物とって来るな!」


 そう言って松野は去って行った。


 幸輝も現実を受け入れて、気持ち新たに最前列の席に着いた。暫く荷物を片付けていると、松野がやっと隣にやって来たようだった。


「なんだ、遅かったなぁ」


 幸輝が声をかけると、なんだか隣からフワッといい香りがする。


「えっ?」


 顔を上げた幸輝は目を疑った。隣に座っているのが、松野だと思ったらなんと、白石紫だったから。

 紫は頬を赤くして恥ずかしそうに、


「松野君と席を代わっていただいたんです」


 ええっ?なんだって〜?


 幸輝は眩暈めまいがして、椅子から転がってしまうと、すかさず紫は大丈夫?とばかりに、手を差し伸べた。

 幸輝の方は、こんなに容易く紫と手を繋げられるチャンスがある筈などないと、混乱していた。


「だ、大丈夫だよ…」


 首を左右に振りながら、慌てて立ち上がり松野を探すと教室の後ろの席で、したり顔をして、幸輝に手を振る。その横では先程、紫の隣を引き当てたイケメン君が、屍のように魂の抜けた顔をしているのが見えた。

 

 何がどうして、こうなった?コレも夢か?なんで?わざわざ席を代わってまで、俺の隣にやって来たんだ?


 さっきからオロオロしていて、放置されている紫の事が目に入らない状態の幸輝は、頭の中で夢と現実が入り混じって、まともな答えが出てこない。

 すると「お前にその覚悟はあるか!」と摩耶のあの言葉が降ってきて、幸輝はやっと我に返った。

 ふと横を見るとまさかの、紫がうつむいて落ち込んでいるようにも見えた。


「白石さん、あ…の俺、白石さんの隣、俺なんかでいいの?」


 躊躇いがちな幸輝の言葉に、紫は優しく微笑み「もちろん」と頷いた。

 紫には席を代わってまで幸輝の隣に座る理由があるようだった。今の幸輝には、それがなんなのか未だわからないままだ。

 けれど幸輝は、ゆっくり深呼吸すると、

 

「俺、これからも白石さんの事、全力でまもりますから!」


 立ち上がり、紫に宣言した。

 周りからは、ふたりを揶揄する声が暫く教室内に響き渡った。

 けど、チラリと覗いた紫が「よかった…」と小さな声で、笑みを溢す姿を幸輝は、見逃すことはなかった。

 


 


 

 

 

 



 

 

 


 




 

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白石の隣は俺がいい 遠藤鈴奈 @mairo-126sin

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