第7話 春一番!

朝起きて朝食の準備をしようと管理人室の扉を開けると…

あぁ、いつもの惨状がまっていた

テーブルの上に散乱するチグハグな湯飲みたち、散らばった小皿、転がる一升瓶、タバコの吸い殻…

昨日も皆さん遅くまで宴会してたものね。早く寝ればいいのに…


今日はいいお天気なので、食堂の窓をいっぱいに開けて春の香りを楽しもう。

一輪挿しに刺した桜の花も綺麗だし。


カッペさんが落ちていた桜の枝を拾ってきてくれたんだけど、何気にあの人、こういうの好きなのよね。


カーテンが揺れて春の風が舞い込んでくる。

私の一番好きな季節。


鼻歌交じりにテーブルを片付けていると、なんだか春の陽気に充てられて、気分が高揚し歌っちゃいたくなる


いっちょ歌っちゃいますか!!


大きく息を吸い込み、春の日差し中、舞い躍りながら、アイドルのようにポーズを決めて思いっきり歌ったの!


ん?

なんか絶妙にいい感じ?

私、いがいと歌上手い?

綺麗なハーモニー奏でたしね

ハーモニー?


誰かハモった?


やだ誰?

ハモったということは、

ハモる前から私の所業を見てたわけで・・・

ということは私の渾身の適当ダンスも見られてたわけで…

顔から血…?火だっけ?が出るほどめちゃくちゃ恥ずかしい。

シンガーさん?


振り替えると、にんまりと笑顔を浮かべた心望しんぼうさん



うわっこの人かぁ…


心望さんは、赤面してる私を余所にツツッと近寄ってきて、いつものおべんちゃら

「おはようございます、美結さん!今日もお美しいですね」

を、はなった。


「おはようございます。ありがとうございます。」

そそくさと返事をして台所に逃げ込む私


逃げ込む私を他所に、心望さんは食堂で

「こんな小春日和は、絶好のデート日和ですね、どこ行きます?行きたいところはありますか?そういえばこの間、師匠に連れられて行った甘味処のあんみつが美味しくってですね、是非とも美結さんに食べて欲しいと思うんですよ。何?場所がわからない?もちろんこの私が道案内いたしますよ」

と、延々としゃべってる…やれやれだぜぃ


お盆亭心望さんは、コボンさんの兄弟子さん。

落語家さんには役職ってのいうのがあって、一番偉い(?)のが真打でその次が二つ目、その次が前座…コボンさんはその前座さん、心望さんは二つ目なんですって。


コボンさんと心望さんのお師匠さんの、お盆亭茶盆おぼんていさぼんさんは、テレビやラジオによく出ている凄い有名人。

管理人やってたおばあちゃんと40年来の付き合いなんだとか。

おばあちゃんの葬儀の時にも色々と手助けして下さって、精進落としの席で、おばあちゃんの手向けにって「黄金餅」ってお話しを一席やってくださったの。とっても面白かった。不謹慎なのかもしれないけれど、おばあちゃんを笑顔で見送って挙げたいって師匠さんの心使いに感謝しました。

その席で色々と気をまわしてくれたのが心望さん。

頼りになるお兄さんって感じかな。

お師匠さんへの気遣いとか、コボンさんへの指示とか無駄がなくて的確で半端なかったもの。

なのに…なんというか、女性への心使いが行き届きすぎているというか…過剰というか…ようするに物凄い女ったらし。


女性とみるや、ひっきりなしに声をかけまくる。


初めは気遣いが行き届いていて優しい方だなぁって感心していたのもつかの間。お師匠さんがいないときは、距離感がとにかく近い。

コボンさん曰く、私が松竹梅荘の管理人になってからは、ほぼ毎日のように来るようになったのだとか。それまではお師匠さんのご自宅とか、寄席では顔を合わせる程度だったのに、今ではことあるごとに、ここに顔を出し兄さん風を吹かすのでありがた迷惑以外のなにものでもない…とのこと。困った人だ。


心望さんは、相変わらず食堂で延々と一人喋りをしている。…落語家って職業柄なのか、喋ることが好きなのか判断に悩むところだけど、私がいようがいまいがお構いなし・・・当初は私も熱心に心望さんのお話聞いてたんだけど、下心全開なのに気づいてからは、適度に聞き流すようにしている。


心望さんにかまってる時間はないんだった。早く皆さんの朝ごはんの準備しなきゃ。


「美結さーん、今日はデートどこ行きますか?」

一度も一緒にデートしたことないでしょうに『今日は』って…知らない人が聞いたら毎日行ってると思うでしょうが!

「心望さん、皆さんを起こしてきていただけますか?」

「喜んで。で、デートは?」

私の朝の忙しさを知ってるでしょうにこの人は・・・

と、苛立ち半分、呆れ半分でいそいその朝ごはんの準備をしていると二階から階段を下りてくる足音と怒鳴り声が響いてくる。

おっ、今日はいつもより早いお目覚めかな。よしよし


「だ〜か〜ら、なんでお前はいつもそうなんだよ」

「人が親切でやってやったんじゃねーか」

「小さな親切、大きなお世話って言うんだよ」

「上手いこと言ってんじゃねーよ、いや、上手くねーよ」


毎朝のやりとり。

応援団の学ランに身を包んだダンチョさんと

橙色のバンダナに桜色のシャツを着たシンガーさん

昨日もおそらく…いや十中八九ダンチョさんの部屋で二人で飲み直したのだろう。

いっつも二人は喧嘩してるんだけど、いっつも一緒にいる。

ルーズなシンガーさんを、世話焼きなダンチョさんが面倒見てるって感じかな。

「おはようございます」

と、挨拶をすると二人口論を止め、息ピッタリに「おはようございます」と返してくれて


「聞いてよ、美結ちゃん。こいつ我が応援団に伝わる伝統の鉢巻きを雑巾代わりにしたんだよ」

と、2メートルはありそうな厚手のしっかりとした生地で作られた鉢巻きを掲げる

「雑巾にしたんじゃねーよ、台布巾にしたんだよ」

と、ダンチョさんから鉢巻きを奪い取り、さもこうやったと言わんばかりに食堂のテーブルを拭いて見せるシンガーさん。

悲鳴を上げて鉢巻きを奪い取り

「一緒だよ。そんなのお前の服で拭けよ」

「俺の服が汚れちまうじゃねーか」

「大事な鉢巻き汚された、俺の名誉の方が汚れたわ」

「上手いこと言ってんじゃねぇよ。いや、本当に上手いよ」

「絶賛されてもうれしくないよ」


本当に仲良し、小学生みたいな二人のやり取りを母親になった気分で聞くだけ聞いて、朝ごはんの準備準備っと。


「お前ら、本当に仲良しな」

と、冷やかしの声に、二人は一瞬ムッとしたけれど、声の主が心望さんだとわかると

「おぉ出たな売れない落語家」

「心望さん、おぉぉぉぉいっす」

と、冷やかし返しと、体育会系年功序列律儀な挨拶で返す。


「うるさい」と冷ややかな返しをしてソファーにドッかと腰を下ろす心望さん


すると玄関の引き戸がガラガラっと開く音がして、凛とした透き通る声で

「ただいま」が聞こえた

ナイチさん。夜勤明けの朝帰りだ。

しゃもじ片手に慌てて挨拶にしに玄関までお出迎え。

「お帰りなさいナイチさん。お疲れさまでした。」

「おう」

と、はにかんだ微笑みを浮かべて返してくれる。この人、女性だけどいちいち男前なんだよなぁ…かっこいい

私が朝一惚けていると、やはり出てきた年中発情男…

「ナ〜イ〜チ〜、今日はまた一段と美しいなぁ〜」

擦り寄る擦り寄る。

「うるさい」と一刀両断し、荷物を置きソファに腰を下ろし、サッと足を組み一服しようと煙草を口にくわえる

う〜ん、いちいち絵になる。

「ごめん〜、デートしよう」

「よし、一人で行ってこい」

「せっしょうなぁぁ」

数打っても、私もナイチさんもなびきませんよ心望さん。

「ナイチさん、朝ごはんすぐできますけど?」

「いや、いい。済ませてきた」

ちょっと残念。

「悪い、モテる女はつらくてな」

と、咥え煙草で高笑い。

他の人が言うと嫌味に聞こえるのに、なんで素直に関心しちゃうんだろう?美人の特権?いや、美形の特権…?心根が男前だからなのだろうか…?


ナイチさんの、与太話に心傷つく男が一人。

愕然と膝を床に着き、わななきながら

「ま、ま、ままさか俺以外の男とデートしてきたのか?落語界、はては演芸界の超新星、期待のホープ、次世代をけん引していくと噂されている俺をほおってだと?相手はまかさ神?いや仏?」

と悔し涙で顔を曇らせる色情狂自分大好き心望・・・

「どんなだ、それは。普通の人間、医者だ医者。」

「なんだ、ただの医者か。愚か者め」

さすがにずっこけたわ。からかい半分で聞いてたシンガーさんとダンチョさんも。ダンチョさんなんか丁寧にたたんでいた伝統の鉢巻きを解くほどにずっこけた。


さすがに呆れて咥えてた煙草を落としかけたナイチさん。火がついてなくてよかった。

見るに見かねてか、からかいがいがあると踏んだのか、シンガーさんが

「売れない落語と、医者じゃ勝負は見えてるね」

と一刀両断。

「医者に笑わせることが出来るのかよ」

と、心折れない男、心望

「落語家に病気治せないだろ」

と、ダメ押しのダンチョさん。


「うるせー」と怒鳴り散らす心望さんに「うるさいよ」と黙らせにかかかるナイチさん。


本当に賑やかな朝だこと…


と、ドタドタドタッと階段を駆け下りてくる足音と共に悲鳴に近い叫ぶ声

「大変だ大変だ大変だぁ」と、ツナギを着ながら食堂の脇を通って玄関へと向かうカッペさん


「うるさい」

と、煙草に火をつけるタイミングを逸してしまったナイチさん。

「ナナナナ、ナイチさん?もうそだ時間だが?なんで起ごしてぐれねぇんだが?」

「私はお前の目覚ましじゃない」

「そだこと言わねぇで、起ごしてくれてもいいでねぇだが、しびったれ」

ナイチさんはあきれ果てて、咥えていた煙草をダンチョさんの口にさし、手をヒラヒラとさせ「おやすみ」と、二階にあがってしまった。

カッペさんは丁寧に「おやすみさんしょ〜」と、見送っていたのもつかの間「急がねっか」と靴箱に置いてあったヘルメットを持ち仕事に向かおうとしてしまう。


私は、慌ててカッペさんを引き留め

「おはようございます、カッペさん。朝ごはんは?」

と靴を履きかけてたカッペさんは、靴を脱ぎ直し、私に正対して

「はやえなっす。」と丁寧に頭を下げ「ごめんなさい。時間ねぇがら」と、くるりと回ってまた靴を履きかける

「だと思って、おにぎり作っておきました」

お弁当箱を差し出すと、再び靴を脱ぎ私に正対して

「どうも、行ってぎます」と深々と頭を下げクシャクシャの笑顔を浮かべ、お弁当箱を奪うように取り、靴を突っかけたまま、玄関から飛び出して行ってしまった。


カッペさんの朝はいつも世話しない。もう少し早く起きればいいのに。


朝がゆっくりなシンガーさんは台所で淹れてきたお茶をすすりながら「朝から騒々しいなあいつは」他人事のように言い

ナイチさんからもらった(?)煙草を美味しそうにふかすダンチョさんも「そうだな」なんて相槌打ってる。人の振り見て我が振り直せですよ二人とも。


「ダンチョさんもそろそろ時間大丈夫ですか?」

時計を見るともう九時になる。ダンチョさんの大学までは急いでも三十分はかかる。のんびりご飯を食べている時間はない。

吸いさしの煙草を灰皿に置き、ダンチョさんはこの世の悲劇を一人でしょい込んだように

「応援団長が遅刻するわけにはいかない。が、美結ちゃんの朝ごはんを食べないわけにはいかない。どうすれば…あぁぁどうすればぁぁぁ」

と、苦悩し葛藤している…大袈裟にもほどがあるけど、朝ごはんを精魂込めて作った甲斐があるというもの。

「はい、お弁当」

と、お弁当箱を差し出すと、長い冬を越し凍土が溶け、ようやく芽を出し始めたタンポポのような笑顔をして、「美結ちゃーん」と、抱きついてくる。

…のを華麗に食い止めお弁当を持たせる

ダンチョさんの吸いさしの煙草を吸っていたシンガーさんが、見かねて

「さっさと行けよナンパ団長」と冷やかすもお弁当をさも自慢するかのように見せびらかし、大きな声「いってきます」と挨拶して下駄を鳴らして大急ぎで大学へと向かった。


さてと、後はゆっくり組と朝ごはんを食べましょうかね。

今朝は、卵焼きに、めざし二尾、白菜のおみおつけ、おばあちゃんから引き継いだぬか漬け。

今日のおみおつけは、我ながら美味しい。いい出汁取れたのかな。


すると二階の物干し台から奇声が響く

「コケコッコー!おぉ太陽よ、今日も清々しいではないかぁ。天才である吾輩を照らすことをゆるしてやろう。」


あぁムンクさんの毎朝の日課…太陽とのコミュニケーション…ご近所から何度も何度も何度も何度も苦情がきてるからいい加減にやめて欲しいのだけれども、一向に収まる気配はない。


「おぉぉ太陽さんさん、眩しいではないかぁ。おっそこを行くのは健全な小学生諸君、今日も一日学業に専念するがよい。太陽に感謝するのだぞ。貴様らは太陽によって生かされておるのだからな」


階段から二階に向かい

「ムンクさーん、ご近所迷惑ですよ〜。いい加減にやめて下さい」

と、注意を促すも

「太陽、この野郎。気持ちいいなこの野郎、小春日和とは何事だこの野郎」

火に油・・・なぜか太陽を褒め殺しにかかっている・・・

やばいなぁ、今日はなんだか絶好調だ……いよいよもってご近所さんに怒鳴り込まれそうだ…慌てて、物干し台に駆け上がる


すると寝間着姿のナイチさんが物干し台に現れ「うるさい」とムンクさんを一蹴…というかほんとに蹴落とした…

ナイチさんはニヒルに微笑み大あくびをして自分の部屋に戻ってしまった。


流石の一大事に私はてんやわんや…庭の木立に上半身を突き刺し、足をピクピクさせているムンクさん。物干し台から声掛けするもピクピクしているだけ。命に別状はないだろうけど流石に心配になって物干し台から出て、二階から降りようとすると…

203号室の扉が急に開いて出てきたのは、肌着を前後ろチグハグに着て股引もだらしなく腰までずり下がって、浴衣と帯を引きずるコボンさん。

この人、寝起きは超悪い。小一時間ぐらいボーっとしてる。しかも落語の一席なのかずっとモゴモゴ言ってる。


ムンクさんも気がかりだけど、コボンさんの寝起きも大変。この前も階段滑り落ちて壁に穴を開けたばかり。幸い本人に怪我はなかったからいいようなものの。危ないったらありゃしない。


「コボンさん、目を覚ましてください。コボンさん」

「じょげむじゅげむ、じゅてーむ…」


いかんな、完全に夢の中…これは一種の夢遊病なんじゃないのかしら…

「心望さん、見えてますよ」

二階から慎重に見守りながら、心望さんのいる食堂まで介護する

「パイポパイポパイポシンボウ、シューンガン、しんぼう」

あまりの様子にずっこけながらも

「なに、兄弟子を呼び捨てにしてるんだよ」

と寝ぼけ眼のコボンさんを激しく突っ込む心望さん

当のコボンさんは

「…?しんぼう?…」

まだ寝ぼけてる。

両の眼をゴシゴシと擦り目の前にいる心望さんが夢なのか現実なのか見極めようとしている。

「心望!」

意識がはっきりして目の前の兄弟子に驚く

「だから呼び捨てすんな」

「兄さんじゃないですか!」

「兄さんだよ、お前まだ寿限無一つまともにできねぇのか?師匠のところ行く前に俺が見てやるからやってみな」

と、ドカッとソファーに腰を下ろし試験官のように腕組みをする…のは、いいけどチラチラと『俺、面倒見のいい兄貴分なんだぜ」アピールのウィンクを私にしてくるのはいかがなものか…


コボンさんは食堂の真ん中で着るものも着れずに、正座してオロオロしている。

たしか寿限無という前座話・・・前座さんが口慣らしによく噺される短い物語なんだとか…を、未だに満足に出来ず師匠さんに怒られたのだとか。コボンさん真面目で一生懸命なんだけど、何がよくないのか私にはわからない。先日も住人のみんなの前でお披露目してくれたんだけど、つかえることなくスラスラとやってくれて、あんな長いお話を覚えられてることに感心したのに。


「ほら、どうしたんだよ。やってみろ?出来ないのか?」

心望さん、そんなに威圧したら委縮しちゃって出来るものも出来ないですよ。

コボンさんは大きなお腹を小さくしちゃってるし。

シンガーさんはのんきにお茶すすって見て見ぬ振り出し…

ここはいっちょ私が助け舟出すしかないか…と、大きく息をすうと

玄関から、髪の毛に枝をさし柄シャツの肩口が敗れた格好でボロボロのムンクさんが「ナイチめぇぇえ」と倒れ込んできたの。


あぁぁすっかり忘れてた。だだだ、大丈夫ですかムンクさん?

心望さんやシンガーさんがムンクさんに呆気にとられたのを見過ごさずに、コボンさんが

「あっし、先に師匠のところいってます」

と、肌着姿のまま浴衣と帯、玄関にあった雪駄をとり、逃げ出してしまったの。

心望さんが待ちやがれって慌てて後を追たんだけど、私は

「コココ、コボンさーーん、朝ごはーんー」

と、大きなお腹が小さくなる背に向かって呼びかけました。

すると、心望さんが踵を返し

「安心してよ、美結さん。」

いつになく頼れる感じ、そうよね、ええかっこしいだけど、なんだかんだ言ってもコボンさんの兄弟子ですものね。心配ですよね。

「あいつの分の朝ごはんは俺が責任をもっていただきますから」

「そっちかい」

と私とシンガーさんは見事な突っ込みハーモニーを奏でたのでした。


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ここまで読んで、母さんの日記帳を閉じた

傍らにいるおじさんは、ゆっくりとたばこを燻らしお茶を飲んでいる。

なぁに、かっこうつけてるのさ、ちょっと鼻で笑っちゃう

「おじさん、本当に変わりないね」

「っだろ?今も昔もナイスガイ。美結さん俺にゾッコンだったろ?」

と、今では肩書は立派な真打、礼服もばっちり着こなし、髪もロマンスグレーで中々に渋い…けど中身はおっさん子供なお盆亭心望。


間違っても色情狂自分大好き人間と書かれていたとは言えない…

やんわり肯定とも否定ともつかない返事を返す。

俺の返事に不安と不満を覚えたのかおじさんは、

「なんだよ、ちょっとそれ貸してみろ。俺の事なんて書いてあったんだよ」

と、日記を奪いにかかってきた。

まぁ未目麗しの君?…だった母さんの日記だもんな、自分の事がいったいどういう風に綴られていたか気にならないはずがないだろう…が、

「乙女のプライバシーを盗み見るなんて、デリカシーなさすぎるよ」

一刀両断してやった。

「だったら晴彦だってそうだろが?」

「俺は息子なんだから別にいいんだよ」

さすがにぐうの音も出なかったらしい。まだ途中の煙草をもみ消した。


しょんぼりしているおじさんに気を使って「昔のここってさ、ずいぶん騒がしいところだったんだね」と話を振ってあげた

目をキラキラさせながら「そうだよ。あのころは毎日、お祭り騒ぎだったからな」なんて自慢のようにも懐かしむようにもとれる言い方をする。

「ほらほら、あいつにみつかるとうるさいから、さっさと続きを読め」

続きを促す

まったく読んだからってどうにかなるわけでもなし。自分が母さんによく思われてた一節でもあれば、それを教えて欲しいのか…寝る前に絵本を読み聞かせる親心ってこんな感じなのかな。まぁ俺自身、気になることもあるし…おじさんの促しに興味なし仕方なし感をだしながら、俺は再び日記をめくった…







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