第6話 今日から私がここの管理人です⑤

ここまで読んで俺はふーと大きく息をついた。

筆まめな母さんのお陰で当時の事が、まるで自分が体験しているかのような錯覚に陥る。


・・・もしかしたら本当に体験しているのかも・・・


そんなバカな。

漫画や映画じゃないんだから


当時、下宿にいた人たちの顔が思い浮かばれる。

ひょっとしたら俺会ってるかもしれない・・・


1974年といえば俺が生まれた年だもんな。

あの人たちに会ってたって何ら不思議はない。


俺に当時の記憶なんてあるわけないし

せめて写真でもあればな。


パラパラとの日記をめくると、さすがは我が母君。ちゃんと写真が張り付けてあった。しかもご丁寧に写真の外枠に名前までふってくれている。


シンガーさん

ダンチョさん

ナイチさん

ムンクさん

カッペさん

コボンさん

真ん中に母さん

母さんは照れくさそうに満面の笑みを浮かべている

皆さんも・・・


この中に俺の・・・


頭に浮かんだ言葉を飲み込み、俺は日記の続きに目を落とした


――――――――――――――――――――――――――


『おばあちゃんは、旅行先で心臓発作を起こし、あっけなく逝ってしまったそうです。

お父さんとお母さんを事故で亡くして、

一人ぼっちになりふさぎ込んでいた私を、無理やりここに呼び寄せ、

管理人代打を押し付けた、大好きなおばあちゃん。


…死は、私をどんどん寂しがりやにさせる。

私は、又一人ぼっちになってしまいました。』


美結ちゃん。実はね、俺シンガーソングライターってやつなのよ。

将来はビッグスターなんだぜ。

ちょいと、一曲聴いてみてもらえる?


『シンガーさんは、一生懸命歌ってくれました。

お世辞にも上手とは言えなかったんだけど・・・

今まで聞いたどんな歌よりも、素敵でした。』


美結ちゃん。俺、約束するよ。

今年は、美結ちゃんの為に大学卒業するから。

そしたら二人っきりで旅行に行かない?


『ダンチョさんは、結局今度で大学7年生。

二人っきりの旅行はまだまだ、当分先になりそうです。』


管理人さん。ここにいて下さい。

管理人さんは、おらのおかあさんです。

だからここにいて下さい。


『カッペさんは、精一杯の笑顔を私に見せてくれました』


美結さん。あっしはまだ前座なんで面白い小話なんて出来ないけれど、

いつか真打になって最高の落語をぶつんで笑って下さい。


『楽しみにしていますね、コボンさん』


美結殿。今度描く吾輩の最新作のモデルになって下され。

その名も「美結の叫び」これは吾輩の個人的体験に基づく愛と死と不安を芸術表現に昇華し、世紀末の人々の孤独や不安を表現しようとして…


『意味がわかりませんよ、ムンクさん』


おい、美結。いつまでもうじうじしてるんじゃねーよ、辛気臭せーな。

お前が管理人だろ、しっかりしろ。


『はい、ナイチさん』


シンガーさん、ダンチョさん、ナイチさん、ムンクさん、コボンさん、カッペさん。

みなさん、私にたくさんの元気をくれました。

私はたった一日で一人ぼっちじゃなくなっていました。


振り返ると、そこにはいつもみなさんがいて、私を励ましてくれて・・・時には喧嘩もするし、怒ったり泣いたりもするけれど、私は皆さんが・・・松竹梅荘が大好きです。


おばあちゃんの四十九日も終わり、日差しが暖かくなってきた頃


私は…


私は、元気に松竹梅荘の管理人をやっています。


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