6.勇気ある告発者
「犯人知ってるって、西、それは一体どういうことだよ? 」
人気のいないところで話すために、三人は中庭から移動した。朝比奈は過呼吸気味になっていたので、西が保健室に連れて行った。祥吾、智也、西の三人は、誰もいない地学室に入り内側から鍵をかけた。扉を閉めるなり待ちかねていたように智也が西に訊ねた。西が答える。
「どうもこうも言葉の通りよ。私、偶然聞いちゃったの、あの日。盗難事件が起こった日。図書室で勉強していたら気づいたときには日が暮れていて、慌てて帰ろうとしたんだけど、教室に部活で使う水彩絵の具を置いてきてしまったことを思い出したの。それで帰る前に教室へ戻ったのよね。知っている人はあまりいないけど、私達の教室って、前のドアは鍵がないと開かないけど、後ろの扉は鍵が壊れていているから軽く鍵穴の部分を叩くだけで簡単に開けられるのよ。だから鍵を取りに職員室に寄らずに教室に直行した。とにかく校門が閉められる前に早く帰らなきゃと慌てていたの。それで走って階段を上っていたら誰かが話している声がして、教室の中からだった。なんとなく、私は走るのを止めて忍び足で近づいた。教室の側の壁に身を隠してこっそり覗いてみると、教室の前の扉が開いていて、その隙間から植木君と吉沢先生がいるのが見えた。でも植木君は泣きそうな顔をしていて、とても教室に入れそうな雰囲気じゃなかった。だから私、とっさに教室の目の前にある女子トイレにそうっと入ったの。それでそのまま二人の会話に耳を澄ましていた。はじめは早く二人とも教室から出て行ってくれないかなくらいにしか思っていなかったんだけど、だんだん二人の会話は語気が荒くなっていって、そのうちとんでもない事実が語られ始めた。私が聞いた話はこうよ」
西は興奮しているせいで瞳が大きく開いていたが、あくまで声をひそめて話を続けた。
「盗難事件を仕組んだのは、担任の吉沢先生だったの。信じられないけど、先生が黒幕だったのよ。事件を起こすよう指示したのが先生で、実際に盗んだのが植木君。植木君には吉沢先生に従わざるを得ない理由があったのね。早い話がそそのかされたってこと。植木君の家って母子家庭でしょう? 植木君、かなり経済的に苦労しているみたいで、成績は優秀なのに入学金や授業料を払うのが難しいせいで進学を諦めようとしていたらしいの。そこに条件付きで助け船を出したのが吉沢先生。吉沢先生は植木君にクラスの女子生徒の体操服や持ち物を盗んでくるよう指示を出した。女子高生のそういう私物は高く売れるからって。盗んできたものと引き替えに、先生は植木君を名門私立大学の白鷺大学に推薦してやるって言ったのよ。宮内君、白鷺大学の推薦枠はクラスに一人しかなくて、あなたに推薦資格が与えられていた。植木君は白鷺大学を第一志望にしていたけど、成績も内申もあなたの方が上だったし、推薦で受からなければ奨学金が得られないと知って落ち込んでいたの。それを知っていた吉沢先生は推薦者を変更してやるからとたぶらかして、植木君を追い詰めたのよ。植木君はその誘いに乗ってしまった。先生が提案した計画を実行してしまったの。だけど、やってから植木君はものすごく罪悪感に苛まれているみたいで、自分が犯人だとバレるんじゃないかと怯えていたわ。推薦の話だって本当に自分を推薦してくれるのか、先生に泣きながら聞いてたわ。毎日ビクビクしながら学校に来るのが辛いって。不安で夜も眠れないし勉強も手に着かないって。自業自得だとは思うけど、吉沢先生がこんなことする教師だなんて思わなかった。未だに信じられないの。生徒からも人気があるし、爽やかで、優しい先生だと思っていたから…。少し話が逸れるけど、私ね、植木君とは家が隣なの。小さいときからよく遊んだりしていたわ。植木君のお父さんが出て行って、お母さんが仕事で夜帰ってくるのが遅くなるときは、私の家に呼んで一緒にご飯を食べたりもしたくらい。だから、家庭の事情とか植木君がバイトとかしながら頑張って勉強している姿を知っているから、間違ったことに手を染めたからって安易に軽蔑できないの。思うんだけど、植木君には相談相手がいなかったんじゃないかな。私みたいにすぐ親に相談したり、ましてや教師に相談したり、そういうことができなかったのよ。友達だっていないみたいだし、近くに頼れる人がいなかったんだと思う。追い詰められて過ちを犯してしまったけど、反省もしているし、今だって苦しんでいるに違いない。私は植木君を助けてあげたい。私くらい、植木君の力になってあげたいのよ。」
西は一生懸命話すあまり感情がこみ上げて泣いていた。頬をつたう雫を制服の袖でぬぐって話を続ける。
「私はずっと事件の真相を知っているのにどうしたらいいのかわからなかった。不用意に動くのが怖くて黙ったままじっとしていた。一番悪いのは吉沢で、盗みはいけないことだけど、このまま植木君が推薦されるなら私が黙っていればそれで良いのかなって思う時もあった。だけど、それじゃ何も解決しないってようやく気がついた。ただ待っていても事態が良くなることはなくて、それどころか、植木君がまさか内田君に罪を着せようとするなんて思いもしなかった。あの掲示板を作ったのは植木君なのよ。管理と権限は植木君にあって、あのスレッドをみたとき目の前が真っ白になった。これはいけないって思ったの。これは間違っている。植木君を助けたいなら、私が動かなくちゃいけない。これ以上間違えさせちゃいけない。償うべき罪を増やしちゃいけない。私が止めてあげなくちゃ。そう思ったの。」
祥吾と智也は一言も発さず、固唾をのんで西の話を聞いていた。
二人は衝撃のあまり何から話せばいいのか分からないようだった。
「待てよ、…じゃあ、誤送信の件は? あれも植木が犯人なのか? 」
智也は祥吾の顔を見て呟いた。
「西さん、植木って機械に強い? 例えば誰かの端末を乗っ取るとか、そういうことをできる奴だったりする? 」
智也が西さんに訊ねた。
西は頷いて答えた。
「うん、強いと思うよ。何せ掲示板を作ったくらいだからね。ホームページだって作れるし、プログラミングだってできるよ。私は機械に疎いからよく分からないけれど、誰かの端末をハッキングすることだってできるんじゃないのかな? 」
智也は腕を組んで息を吐いた。
「なるほどね。西さんが訊いた話の中で、植木は乗っ取りとか、端末とか、そういう単語を口にしていなかった? 」
智也は冷静に聞いた。
「さあ…。私が覚えている限りそんな話しはしていなかったと思うけど。…ねぇ、誰かの端末が乗っ取られているの? それって事件と関係ある? 」
西が眉をひそめて智也に訊いた。
鋭い質問だった。
智也は「あぁ、」と曖昧に返事をした。
「教えてよ。事件に関係があることなら、私だって何か力になれるかもしれないし。」
西は智也に懇願した。
彼女のその必死な表情に胸を撃たれたのは智也よりむしろ祥吾の方だった。
「俺だよ、西さん。俺の端末が乗っ取られているんだ。…1週間くらい前からなんだけど、奇妙なことが起こり始めたんだ。」
祥吾は自分の身に起きた事の顛末を西に話して聞かせた。
西は時折相づちを打ちながら、真剣に聞いていた。
「そんなことになっていたなんて…」
一通り話しを聞き終えて、西はショックを受けているようだった。
「植木君、どうしてそんなことをしたんだろう? 掲示板のことはともかく、誤送信のことは私にも理解できないな」
西の言葉を受けて、智也も「だろ? 」と眉間に皺をよせた。
「祥吾、お前、植木と仲良かったっけ? 何か恨まれるようなことしてないか? 」
「してるわけないだろう? 俺、植木と話したことないよ。恨まれるも何もないと思う。」
祥吾が否定すると智也はそりゃそうだといった様子で、「そうだよなぁ。お前は人に恨まれるようなことする人間じゃないしなぁ。」と呟いた。
祥吾は盗難事件の犯人が分かっても誤送信の意図が分からずうなだれた。
「俺は誤送信の件で毎日怖かったよ。自分の知らないところで自分の知らない言葉が勝手に送られているのはとても怖いことだった。知らないうちに相手を傷つけたり不快な思いをさせたりするだけじゃやなくて、自分の意図しないことで叱られたりケンカをしたり、果てには嘘つき呼ばわりされて信用を失っていくなんてたまったもんじゃない。俺はそういう恐怖に晒されたんだ。」
「そうだったんだね…。ひどいわ、植木君。」西は低い声で言った。
「嫌いになった? 植木のこと」
突拍子もなく、智也がいじわるな質問をした。智也はさすがの西も頷くと思って訊いたのだ。しかし西は智也に鋭い視線を向けた。
「分からないわ。彼を見る目が全く変わっていないと言えば嘘になるかもしれない。でも、もし自分が彼の立場だったら? 同じように追い詰められていたとしたら? 彼と同じ事はしないと言い切れる? そうやって自問自答をするとやりきれない気持ちになるの。私だって彼と同じことをしたかもしれない。そんな風に思うから、彼のこと、頭ごなしに嫌いになれないのよ。」西は俯いた。
「私ね、自分でもよくわからないけど、いますごく怒っているの。植木君に対して、先生に対して、何より無力な自分に対して、沸々と怒りがわき上がってくるの。…植木君、私には相談してくれなかった。子どもを守り導くべき立場にいる大人が犯人で、苦しむ必要のない人が苦しんで、なのに私は動けなくて。…ううん、違う。動けるのに動こうとしていなかった。植木君は全部一人で背負い込んで、一人で辛くなっていたんだろうなと想像するだけで胸が痛い。ずっと一人で、どんな気持ちだっただろう。私、なんだかね、もう全てにすごく腹が立ってしかたがないよ。」
祥吾は瞳を潤ませて訴える西の肩に手を置いた。
「俺も。俺も理不尽な現実に腹が立っているよ。俺は植木と話がしたい。どうしてこんなことをしたのか、植木の口から直接から聞かせてほしい。本人の口から真実を教えて欲しいんだ。それで納得したいし謝って欲しい。今のところ俺が望むのはそれだけかな。」
西と智也は頷いた。
「放課後、ここに植木を呼ぼう。それで話をしよう」
三人は智也の提案に再度頷き、チャイムの音が鳴るギリギリのところで教室に戻った。
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