08話.[なわけないだろ]
「郁……もう寝ようぜ?」
「別にそこまで早く寝る必要はないだろう」
そこまで早くとは言うが既に0時を越えている。
確かに今日は休日ではあるがどうしたのだろうか?
この前だって23時には寝たのにというのに。
「なんか興奮して寝られないのだ」
「珍しいな、郁でもそういうことがあるのか」
夏祭りのときだって真顔で綿あめなんかを頬張っていたというのに。
感情表現が苦手なだけで色々な感情を出しているということなのかねえ。
「私だってひとりの人間だ、そういうときはある」
「それなら手でも握っておいてやろうか?」
「それは貴様が私に触れたいだけだろ――無闇に触れたりしないのではなかったのか?」
「いいんだよ、郁はされておけば」
手にちゃんと触れたのは初めてだったが、うん、これはもう立派な武器だな。
小さくて可愛いし、少し怖くもある、どれくらいの加減で握っていればいいのか分からなくて疲れてきた。
「落ち着こう、急がなくても大丈夫だ」
「……別に付き合えたから落ち着かないわけではない」
「じゃあ大友か?」
「はぁ、こいつはすぐこれだ」
いやだってそれぐらいしか思い浮かばないだろ。
言っても仕方がないことだし、大友の奴のためにはならないが、我慢させた結果がいまに繋がっているんだから。
「だって……貴様はどうかは知らないが、私は約4年片思いだったわけだからな」
「俺だってずっと郁を意識していたけどな、大友がいなければもっとアピールしていたさ」
「……格好いい人間が近くにいたからなんだっ、それで諦めようとなんてするな!」
無茶言うなよ、実際に俺の立場になってみないとこれは分からないぞ。
容姿がいい、能力が高いという人間達は求められるのが普通だから価値観が違うんだ。
「電気を消すぞ」
「待っ――」
言うことを聞かずに電気を消して床に寝転んだ。
ああ、やっぱりソファで寝られるということは幸せだ。
柔らかいし、反対側には背もたれがあるからそっちに寄っておけばそうそう落ちないし。
「勇太……」
「真っ暗だと怖いのか?」
「怖い……」
この感じを他の男子に見せるような人間ではなくてよかった。
「じゃ、オレンジな」
「ああ……」
別にこれでも寝られるから問題もない。
「手……握っていてくれ」
「中々大変だな」
「じゃ……こっちで寝るか?」
「いまそんなこと言うと大変なことになるぞ」
「いいから……私がいいって言っているのだぞ?」
悪魔の囁きかよ、立ち上がってみたら目から下を布団で隠しながらこちらを見ていた。
……やらしいことをするというわけでもないのだから気にせず入るか。
「初日にこんなことしていいのか?」
「私はずっと貴様が好きだったのだ、なにも軽い行為ではない」
「そうかい、じゃあ寝るか」
もちろん彼女とは反対の方を向いてではあるが。
彼女はわざわざ真っ暗にしてから抱きついてきた。
……前も言ったと思うが彼女は出るところが出ているわけで、密着していたら当たるわけで。
「……勇太が寝られないだろうから真っ暗にしておく」
「それより……密着されていることの方が寝られなさそうなんだけども」
「気にしないで寝てくれ、おやすみ」
「あ、はい、おやすみ」
嘘だろこれ、こんなの生殺しじゃないか。
ま、冬にリビングで寝ることに比べたらマシどころか天国みたいなものだから寝るとしよう。
「あ、勇太から好きだと言ってもらっていないぞ」
「そういえば郁が勝手に好きだと言っただけでこっちからはなにも言っていないよな、それなのに郁はもう恋人同士だって口にしてぇえ!?」
思いきり絞められて大きな声が出る。
別に揶揄したかったわけではなくてだな……。
「……勘違いだったというのか?」
「なわけないだろ」
何気にずっと同じクラスで、何気にずっと一緒にいられて。
口では冷たいことを言いながらも優しくしてくれたし、誘ってくれたしで嬉しかった。
なにより部活で真剣に活動している姿を見るのが好きだったのだ、いまよりもっと明るかったからな。
「好きだよ、あの3ヶ月は微妙だったけどな」
「……もったいないことをしたと思っている、芳樹との話をきちんと勇太にもしておくべきだったと後悔もな」
「俺もだ、勝手に諦めて距離を作ろうとしたからな」
悔やんだところでもう戻ってくることは決してないが。
だからこそこれからは少しでも後悔しないような生き方をしていかなければならない。
特にこういう大事なことだったら尚更のこと、俺にそれができるだろうか?
「郁、なんか欲しい物ってないか? 傷つけてしまったからな」
「勇太こそ欲しい物はないのか?」
「郁が彼女になってくれた時点で満足している」
大友ではなく俺を選んでくれたって運使いすぎだろ。
気をつけておかないとバランスを取ろうとするためになにかがあるかもしれない。
そういうのは実際にあるみたいだからな、例えば家を建てたら不幸な目に遭ったとかさ。
「……そんなことを言われてしまったらわがままを言えなくてなってしまうではないか」
「言えばいい、郁からすればグレードをわざと下げているようなものだからな」
「そんなこと言うな……」
実際そうだろう、自分と彼女が同じぐらいだなんて自惚れちゃいないぞ。
「……勇太の方から抱きしめてほしい」
「いまか? 別にいいけど」
反対を向いたら至近距離に彼女の顔があったが意識はせず。
そのままずぼっと体の下に腕を突っ込んで抱きしめる。
「これでいいのか?」
「片方の手で頭も撫でてほしい」
「甘えん坊だな、両親が出ていって寂しいって言っていたもんな」
「ああ……寂しい」
少しでもその寂しさをなくせたらいいんだが。
「……今日はこのまま寝る」
「腕が痛いんだが……」
「じゃあ……腕枕にするならば多少はマシだろう?」
「まあ、それならいいぞ」
で、結局は微妙だと感じたのか腕を抱いて寝ることにしたようだった。
これだと寝返りは打てないが、元々ソファの上でだって自由は少ないから気にしなくていい。
これまでハイテンションだったためか、彼女は割とすぐに静かな寝息を立て始めた。
「おやすみ」
俺もさっさと寝てしまうことにしよう。
「勇太」
「……はよ」
体を起こしたら室内はまだ暗かった。
それでもすぐに朝の6時ということが分かって伸びをする。
「ん? どうした?」
「……まだゆっくりしていればいいだろう」
「そういえば休日はだらけ少女だったんだっけか、とりあえず顔を洗わせてくれ」
タオルは昨日持ってきておいたからわざわざ戻る必要もない。
歯ブラシとコップだってそうだ、ゴシゴシと洗ってすっきりさせる。
「今日は離さないぞ」
「夜まで帰るつもりはねえよ」
凪は部活及び塾だし、両親はどうせ最低でも19時ぐらいまでは帰ってこない。
ひとり寂しく向こうにいるぐらいなら郁といる方がいい、というか俺だって離れたくない。
付き合えてゴールというわけじゃないんだ、これからも色々な心配をしなければならない。
もし3年生時にいい奴を見つけたら? 自分が知らないところで、大学で男と出会ったら?
「郁、男に騙されないでくれよ?」
「貴様こそ異性に騙されてくれるなよ」
引っ越すとかしてくれなければ俺は必ず毎日会いに行く。
社会に出たら業務上で必要だから異性と連絡先交換ぐらいはするかもしれないが、仕事のことでしか使わないということをいまここに誓おう。
「不安になる、貴様はすぐにふらふらとする男だからな」
「いや、それはないだろ」
「実際にあったではないか、凪には優しくしただろう?」
「だから実妹をその枠にカウントする――」
「凪は貴様のことが好きだったのだ、私は結ばれないことを願ってしまったから海香にああ言ったのだぞ」
確かにそのようなことを言っていたが冗談だろ? いや……そういう冗談を言わない人間か。
まじかよ、まあ確かに年頃の女子中学生がするにしては過剰すぎる行為もあったからな。
足の上に座ったりとか絶対にしないよな、大半はおいとか死ねとか言われるのが兄という生き物だろうし。
「大丈夫だ、信じてくれ」
「それなら勇太も信じてくれ、これまでの私を見ていれば分かることだろう?」
これからないとも言えないが実際にちゃんと関わっていた異性は俺を入れなかったらたったひとりだからな。
対する俺も……ま、大坪先輩とか海香とかはノーカウントでいいだろう。
凪については本人から好きだと聞いたわけではないからこれまたノーカウントで。
「昨日は凄く落ち着いたぞ、ありがとう」
「どういたしまして、だけど普段からそうなのか?」
「本当は……高校1年生の頃からこうなのだ」
「はあ? もっと早く頼れよ、俺には無理でも凪には言えただろ?」
「年下に情けないところは見せたくなかったのだ……」
可愛くていいと思うけどな。
例え郁に興味がない人間であってもそう甘えられたらしょうがねえなあってなると思う。
野郎がしてもはあ、頑張ってで終わってしまう話なのに、女子がしただけでここまで変わるんだからずるい。
「ならこれからは気にせずに頼れよ」
「ああ、そうさせてもらう」
「ただ、ベッドで寝るのは今日だけな」
「何故だ?」
何故だってなんで分からないのか。
俺はこれでも一応男なんですよ、近くに好きな子がいて、しかもそのうえで触れられたりしていたらやばいんですよ。
エロ本とかには一切興味はないが、流石に生身の女子に触れていたらやばい。
「それこそ俺が興奮したら終わりだぞ」
「ふっ、いいではないか、可愛がってやるぞ?」
「郁は意味が分かってない」
「いや、いつも大友大友と我慢し続けてきた貴様のことだ、したいことは沢山あるのではないかと思ってな」
これがエロ本とかだったら次のページでは迫られて狼狽えていることだろうな。
小学生のときに捨ててあったやつを見たことがあるから分かる。
……よくあれを見ておきながら性欲猿にならなかったものだ。
「じゃあキスしたい」
「ふぇ」
くくく、郁のこういう顔や仕草が見たかったんだよっ。
「冗談だ、だからそんな顔をする――」
が、悪いことを考えるとすぐに自分に返ってくるということを自分に教えたい。
「ふふ、ふはははは! まんまとかかったな!」
「……もう帰る」
「あっ、いいだろうがっ」
「冗談だよ、初めてであることを願っておくわ」
「初めてに決まっているだろう……」
信じよう、いまはただ真っ直ぐに。
それだけは自信を持って、他の誰よりも上手くできる気がしたのだった。
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