07話.[あいつやべえわ]

「お兄……」

「ん……どうした?」


 5月に少し近づいた頃、夜中に凪がこちらへとやって来た。

 真っ暗だから分かりづらいが、少なくともいい理由での来訪ではないようだ。


「今日は一緒に寝て」

「なんでだ? なんか怖い夢でも見たのか?」

「ううん……部員と上手くいっていなくて」


 ああ、例の副部長か。

 1年生は活動している時期だから対応を誤ると一気に流れるからな。

 年下っていうのはこれがまた対応しづれえんだ。

 注意したりすると俺(私)の方が能力が高いとか言い出すから。


「どっちで寝るんだ?」

「ここ」

「それだとあれだから部屋でいいだろ、俺は床で構わないし」

「うん」


 固いが冬というわけではないから気にしなくていい。

 寝転んだら割とすぐに寝られそうな気すらしていた。


「……1年生の子が入ってきてくれたんだけどさ、それがまた瓦解に繋がって……」

「想像通りだったということか」

「……性格はちょっとあれだけど私より上手なんだよ。結局は実力がある方の意見が通りやすくてさ、私がいいって言ってくれていた子達もこれ以上ギスギスな状態が続いて楽しくできないなら交代した方がいいって言い出して……」


 ま、なんらかの部活動に入るのが強制されているとはいえ、複数の中からその部活を選んだのは自分だ。どうせなら楽しくやりたいという気持ちはよく分かる、部内の雰囲気が悪かったら行きたくなくなるからな。


「凪が精神的に疲れたり、傷ついたりするぐらいだったら俺はその仲間と同じ意見だ」


 その副部長が部長になっただけで満足せずにきちんと教えてくれればいいが……。

 大抵はそうはならない、自分の気に入った人間だけ選んで囲おうとするものだ。

 そうしたら勝つどころではないよな、もう戦う前から相手の学校には負けている。

 顧問はそのへんのところをどう考えているのだろうか。

 話し合えば解決するだなんて楽観視しているわけではないよな?

 下手をすれば部活動時だけの問題ではなくなるんだが。


「でも……あともう少しなのに」

「悪い、俺はそうとしか言えない、兄としては自分を守るために動いてほしいと思う」


 力になってやれなくて申し訳ないがそれだけだ。

 上手にできる人間というのは基本的にそんなもの。

 一緒にするな、中には丁寧に温和に対応できるという人間もいるかもしれないが、これまで実際に見てきたやつらの中では偉そうな感じの人間しかいなかったから。


「……いまのままだと楽しめないから……」

「河瀬を頼るのもありだぞ、俺と河瀬の考えは両極端だけどな」


 それでも最終的に決めるのは凪だ、もう1度河瀬から意見を聞いてからでも遅くはない。

 部長に変えたことで自由にやり始めるのだというのなら、不満を感じた者同士でやればいい。

 結局のところは顧問がいる以上、そこまで自由にはできないから。

 もしそういうごたごたを全て生徒に解決させようと考えている顧問であれば部活動をやめてしまった方が今度のためになるだろうな。

 強豪校というわけでも、小学生の頃からバレーをやっていて大好きだというわけでもないのだから。


「下手に衝突すると部内だけの問題ではなくなる、学校生活だって楽しくないものになるぞ」

「まだそっちは問題ないよ」

「だから余計に気をつけろ、最悪部活には行かなくたっていいんだ」


 教師だって不登校になられるぐらいなら学校にだけは来てくれた方がマシだろう。

 ま、大抵は使えないんだけどな、事情を説明しても理解してくれる大人は少ない。

 中には自分に原因があるんじゃないかとすら言うやつらもいるから大変だ。

 強制的に部活をやらせるのがもう古いよなあ。


「でも、やっぱり部活はやりたいよ……」

「最終的に決めるのは凪だ、やりたいならやればいい」


 母だってそう言うだろうよ。

 しまった、俺の意見なんてぶつけるべきではなかったな。

 凪は多分後押ししてほしかっただけだ、出しゃばるとそれすら潰しかねない。


「またなにかがあったら頼ってもいい?」

「当たり前だ、聞くぐらいなら俺にもできるからな」


 抱え込み続けると自滅するからそうあってはほしくなかった。

 真面目に部活動をやってきた身としては譲れないこともあるんだろう。

 気になる異性がいるからって興味もない部活を選んだ俺とは違うんだ。

 必要なのは共感してやることだ、俺の意見なんかどうでもいいんだよな。


「手……」

「握ればいいのか?」


 伸ばしてきた手を優しく握って2回上下に振っておいた。

 満足したのか布団の中に戻そうとしたから離して意識を上に向ける。

 気をつけなければならない。

 凪のこともそうだが、支えようとしているつもりで逆のことをしていることもあるから。

 無自覚にしてしまうから怖いことだ、河瀬が言っているのはこういうことに関してなのかもしれないな。

 約30分ぐらいが経過した頃、静かな寝息が聞こえ始めた。


「頑張れよ、おやすみ」


 そうしたらリビングに戻ってまたソファに転んで。

 ああ、海香が中学3年生だったならよかったんだけどな……。

 とにかく、凪は仲間でいてくれる人間と頑張るしかないのだ。

 俺にできることはなにもなかった。




「ふぁぁ……」


 眠い、早く家に帰って寝たい。

 が、そんな俺を他所にクラスメイト達は盛り上がっていた。

 もう少しで1年の校外学習があるからだ、自分達が行けるわけではないのにな。

 懐かしいんだろう、あのときはこうしたとかどうしたとか話をしている。

 俺らももう高校3年生だ、1年生のときはどう過ごしたっけか。


「勇太先輩」

「おぉ、来たのか」

「少しいいですか、廊下で話したいことがあるんですけど」

「いいぞ」


 廊下で盛り上がっている数組は友と他クラスになってしまったからだろう。

 本当に楽しそうだ、でもいまを楽しんでおくのは重要だからいい。

 就職組は卒業したら就職して離れ離れだし、大学組だって同じ大学になる可能性は低いからやはり離れ離れになる可能性が高いから。


「勇太先輩、河瀬先輩のことどう思っていますか?」

「好きだぞ、そういう意味で求めたいぐらいには」

「……こんなことを言うのは自分勝手だと分かっています、ですが河瀬先輩のことを兄から取ってくれませんか!?」


 俺が言うのもなんだが、それはつまり好きな人間の不幸を願うということだぞ。

 だが、凪のときみたいになるとあれなので、河瀬次第だと説明することだけに留めておいた。

 分かっている、だからこそ彼女は自分勝手だと先に言って保険をかけているのだ。


「いいのか? それは芳樹の不幸を願うのと同じことなのだぞ?」

「河瀬……先輩」

「なんて、偉そう言える立場には私もいないのだ」

「どういう……ことですか?」

「ま、細かいことはいいだろう。海香はそれでも尚、自分のわがままを優先するのか?」


 待て、そもそも芳樹が、大友が自分のことを狙っていたのだと分かっていたのか?

 俺みたいに堂々と口にしたのだろうか、あいつならなにも違和感はないが。


「私は兄……芳くんのことが大好きですっ、それでもやめません!」

「ふっ、そうか」


 っておい、本人が後ろにいるんですが。

 別に特別驚いているような感じには見えなかった。

 雰囲気とかで察することができていたということなのだろうか?


「勇太、少し移動しよう」

「お、おう」


 どうせ休み時間はまだある、それに気まずいから逃げ去りたかった。

 ただそこに無言でいるというだけで何故こんなに怖いのか。

 振られるところを見たくないというのもあるかもしれない。


「すまない、勇太を使う形になってしまった」

「まさか……」

「そうだ、わざと芳樹を呼んだのだ」


 海香が来たのを察知、俺と話すのも予想し先回りしたということか?


「いやそれよりも、大友の気持ちに気づいていたのか?」

「ああ、何故なら直接言われたからな」

「それで……なんて?」


 俺はまだ直接好きだと言えたわけじゃない。

 好きだと先に言われ、彼女がそれを受け入れていたら。

 凪がいるからだろうが、俺の家に泊まったりしたことを考えるとそれはおかしいと考える自分もいる、どちらかと言えばこっちの方が割合は大きかった。


「気持ちには応えられないとはっきり言ったよ」

「……ちなみにいつ?」

「私達が元に戻った日よりも前だな」


 本気になると言った日が3月1日だった。

 じゃあ、仲直りしろと言ってきたときにはもう……。

 なんなんだよ、ただだらだらされているのがむかつくからなのか?

 普通はできないだろあんなこと、自分のためにはなにもなんねえというのに。


「だから私は大友大友と言い避け続ける貴様が許せなかったのだ」

「いや、それだったら言ってくれれば……」


 バレンタインデーのチョコだってちゃんと大事に食べたさ。

 ホワイトデーだって結局あれは自分で食べたが、もっといいのを用意した。

 なら3ヶ月近く無駄にしただけだって言うのかよ……。


「なんてな、私も偉そうに言える立場にはないのだ。勇太が好きだからと断ったのに、全く動くことができなくて結局芳樹の傷口を抉るようなことをしてしまった」


 仮にあの時点で告白していなくても、片方の男子といたいと言われたら嫌だろう。

 俺だったら絶望する、まず間違いなく好きな人間のためだろうが協力することはしない。

 が、あいつは彼女から上手く本心を引き出し、そして上手くその場から抜けやがった。


「つかいま……」

「ああ、勇太のことが好きだぞ、中学3年生のときからな」

「な、なんで?」

「ま……誰かのために動けるところ、とかだな。でも、だからこそあんまり他の人間に優しくしてほしくなかったのだ、毎回格好つけるなと言っていたのは妬いていたからだな……」


 高校生時代に比べれば中学生時代はもう少しぐらいは活発的だったかもしれない。

 それこそ男女問わず困っているようだったらすぐに協力しようとしていたから。

 もちろん高スペックじゃなかったから上手くいくことばかりではなかったが、それでもありがとうって言ってもらえるのが嬉しくてよくしてた。


「じゃ……なんで大友だけを名前で呼んでいたんだ? いや、それどころか1番仲が良かっただろ? 俺はそれを見て確かに勝てないって思ったし、バレタインデー前に避けようとしていたのだって無理だからって判断したからなんだぞ?」

「……別に思わせぶりな態度を取ろうとしたわけではないことは信じてくれ」

「それは信じるけど」


 彼女が計算して動いているところを想像することは難しい。

 だが、無自覚にドンッとくる行為をしている可能性はありそうだった。

 急に柔らかい笑みを浮かべたり、急に袖を掴んできたりとかな。


「私達は同じ陸上部だっただろう? そのときから芳樹と勇太とは関わりがあったよな? 確かに勇太が言うように芳樹とは仲いいようには見えたかもしれない、だが、祭りなどの際に必ず誘ったのは勇太、貴様だからな」

「そういえば……そうだったな」


 凪がいるからだって毎年考えていた。

 来年も行こうって凪もハイテンションで何度も彼女を誘っていたから義務感とかそういうのだと考えていたのだが、この言い方から判断するとそれだけではなかったらしい。


「ちなみに、裏でこそこそと芳樹を別の祭りには誘っていたなんて事実はないからな、もし信じられないのだとして、芳樹本人に聞いて確認したいと言っても構わないぞ」

「別にいい、そんなのは河瀬の自由だからな」


 だって結局は俺を選んでくれたってことなんだから。

 大友がいなければ仲直りできていなかったから申し訳ないが、このことについて色々言う方が更に恩を仇で返すことになるから口にはしないでおこう。

 

「今日は夕食を作ってやるから来い」

「河瀬がそう言うなら」

「……いつまで名字呼びを続けるつもりだ」

「あ、郁が作ってくれると言うなら食べさせてもらうために行くよ」


 あの3ヶ月がもったいねえ……。

 あの衝突がなければクラスだって絶対に同じだっただろ。

 逆に不安になり始めるぞ、俺より魅力的な人間なんて沢山いるんだからな。


「あと、泊まっていけばいい」

「いや、それはな……まだ俺の家のリビングでって話ならいいんだが……」

「変わらないだろう、擬似的にふたりきりのようなものではないか」


 いやそりゃ一応は言っているだけで恋人同士なら別に悪いことじゃないって考えているが。


「問題もないだろう、私達は恋人同士ということになるのだから」

「そうか、なら布団でも持っていくわ」

「ああ、それでは放課後にまた会おう」


 教室に戻って次の授業のための準備をした。

 いやもう本当に授業どころではなかった。




「悪いな、来てもらって」

「いや、別に暇だからな」


 20時半頃、俺は大友に近くの公園へと来てくれと言われやってやって来ていた。

 彼は学校の荷物を持ったままだから部活が終わってからそのまま来たのだろう。


「さっき携帯を確認したら郁から付き合い始めたってメッセージがきていた」

「……直接言わなかったんだな」

「ま、振った奴に他の人間と付き合い始めたとは面と向かって言いづらかったんだろ」


 あくまで笑いながら「郁にしては珍しいよな」と口にした。

 妹のときと同じで笑顔が怖いな、一気に冷たい顔になるのではないかという不安がある。


「俺は卒業式の日に確かに郁に本気になるって言ったよな?」

「そうだな」

「だが残念ながらその翌日に振られてしまったんだ、好きとも言っていなかったのにな」


 確かに思わせぶりなことはしていない。

 それどころか無駄な期待を抱かせないようにぴしゃりと絶ったのは悪くないな。


「だから無駄なすれ違いをしているふたりを見ているのが嫌だったんだ」

「……悪い」

「いや、勇太だってどうしようもないことがあったんだろ、別に責めたいわけじゃない」


 彼はこちらの肩に手を置き、また改めて気持ちのいい笑みを浮かべて。


「おめでとう」


 と言ってくれた。


「……なんでそんなにいい奴なんだよ」

「時間はあったのにゆっくりしてきた俺が悪い。俺が他の女の子といたり男子といたりしている間、勇太はずっと郁の側にいただろ? そりゃ俺が選ばれなくて当然だ」


 せめて性格が悪い奴であってくれたならもっと気分も良かったんだがな。

 好きな人間が取られてもおめでとうと笑って言えるのは凄えよ。

 俺だったらもう関係ないと切り捨てて聞かないようにしているところだからな。


「ありがとよっ」

「おうっ、それじゃあな」


 これが所謂、勝負に勝って試合に負けたというやつなのだろうか。

 すっきりしねえ、暴言でも吐いてくれた方がマシだった。


「ただいま……」

「遅かったな」

「ああ……あいつやべえわ、なんであいつを選ばなかったんだ?」

「何故だろうな」


 靴を脱いで中に入らせてもらってからも敗北感が凄くて仕方がなくて。

 馬鹿みたいに突っ立っていたら郁の方から抱きしめてくれた。


「勇太より魅力的な人間は沢山いるかもしれないがそれでも私は勇太を選んだ、それだけで十分だとは思わないか?」

「いや、純粋に嬉しいぞ? ただ、大友を見ていると自分じゃあなって思ってな」

「気にしなくていい、逆に変に良すぎる貴様というのは気持ちが悪いからな」

「はは、酷いな」


 でも、確かに彼女が選んでくれたからこうなっているわけなんだから気にするのはやめよう。


「風呂に入ってくる」

「それなら俺もあっちで入ってくるわ」

「ああ、多分30分ぐらいかかるからゆっくりでいいからな」

「あいよー」


 家に戻ったら凪に突撃されて廊下に無様に倒れた。


「おめでとっ」

「あ、ありがとよ……ただ、もう少し優しくしてくれるとお兄は嬉しいかなって」

「うるさいっ、私以外と付き合うとかおかしいからっ」


 いや、実の妹と付き合おうとするやばい兄貴じゃなくて良かったと思っていただきたい。

 誰も入っていないようなのでささっと入らせてもらった。


「お付き合いを始めたその日に相手の家で寝るって不健全じゃない?」

「なにもしねえよ」

「キスとかしたら怒るからっ、夜中に上書きしに行くからね!」

「しねえって……」


 凪の額を突っついてからソファで少しゆっくりとすることに。

 あまり急いで行っても鍵……あっ。


「悪い、もうあっちに行くわ、おやすみ」

「うん、おやすみー」


 俺が後から出てきているんだから鍵がされていないじゃないか。

 慌てて戻って床に座っていたら湯上がり姿の郁が戻ってきた。


「もういたのか、ゆっくりでいいと言ったのに」

「鍵がな」

「ああ、それなら合鍵を渡しておこう」


 え、なんか今日は上手くいきすぎて怖いな。

 少し気をつけておこうと決めたのだった。

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