06話.[それは違うだろ]
「というわけで諦められないわ、あんなことを言っておきながら悪いな」
「別にいい、それどころかいいことばかりだからな」
やっぱり人間に必要なのはある程度の余裕だと思うんだ。
大友なら恐らくあそこまで長引くことはなかった。
本当に心からの謝罪をし、喧嘩前よりも仲良くなったところだろう。
「ま、俺も負けるつもりはな――」
「ちょっと兄貴っ」
「「げ……」」
兄のことが嫌いなはずなのに兄のところに必ず来る少女が現れた。
いやもう本当に凪を見習おうや、というか素直になろう。
嫌いは好きの裏返しだからな、まあ年頃だから中々難しいのかもしれないが。
「あっ、そういえば郁に呼ばれていたんだったわ、勇太、頼んだぞっ」
「は? なんでこのタイミングで名前呼――おいっ」
押し付けられてしまったようだ。
「なんでそんな顔をしているんですか?」
「いや……それにしても久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです」
一応、敬語を使ってくれるのは昔からそうだった。
兄に対してだけは素直になれないというだけで、性格が悪い……かもしれないが問題児というわけでもないの……かもしれない。
「そういえば勇太先輩から合格おめでとうって言ってもらっていませんが」
「ご、合格おめでとう、入学おめでとう」
「はいっ、ありがとうございますっ」
え、笑顔が胡散臭え……。
本性というやつを知ってしまっているから余計に邪推してしまう。
「凪ちゃんは元気ですか?」
「おう、なんか部活内の雰囲気が悪いらしくて戦っているみたいだけどな」
「私なら潰しますけどね、遠慮なくズドンって」
そう言ったとき彼女は笑っていた。
確かに彼女ならできてしまいそうな気がする。
気に入らない人間がいれば遠慮なく言って、それこそ問題となっている副部長のように。
ただこういう人間は味方だと物凄く安心するんだよなあ。
「ま、まあ、それができる人間ばかりじゃないからな」
「凪ちゃんは甘いところがありますからね、そういう隙を見せてはいけないんですよ」
怖い、未知の領域に足を踏み入れたときぐらい怖い。
幸い、予鈴が鳴って彼女、
どっと疲れた……頼むから1対1の状況にはあまりならないようにお願いします!
「堤、授業が始まるぞ」
「あ、はいっ」
最後の年ぐらいゆっくりと過ごさせてくれ。
就職活動とかはあるが、それ以外では平和に過ごしていたいのだ。
それぐらいは願ってもいいよな? 別にそんなに贅沢な願いというわけでもないし。
特に目新しいことはなくてもいいからさ。
「というわけで、今日凪ちゃんに会いに行きますね」
「い、いや、凪は今日部活があるからな」
「春だから活動時間も増えていると言いたいんですよね? 大丈夫です、勇太先輩と待っていればそんな時間すぐに終わりますよ」
単純に来てほしくないんですが。
これならまだ大友に対するときみたいに本性を出してくれていた方がマシだ。
「いいから行きましょう、馬鹿兄貴も部活でいないですからね」
両親が共働きでひとりだと寂しいからということらしい。
ま、俺らの親そうだから分からなくもないが……。
「勇太、いまから帰るなら私も一緒に――」
「勇太先輩行きましょう!」
「おい、引っ張るなっ」
何故かこのふたりはあまり仲が良くなかった。
同性は敵に見えるのだろうか? なんか女子同士ってギスギスしているときもあるからなあ。
「おい、何故貴様がこっちに来るのだ?」
「はい? そんなの勇太先輩のお家に行くからに決まっているじゃないですか」
「なんで勇太の家に行く必要があるのだ? 凪に会いたいのなら中学校の外で待っていればいいだろう?」
怖いから俺にできることは前を向いて歩いていることだけ。
別に海香がこっちに触れてきているというわけでもないから黙々と歩を重ねればいけばいい。
「ふっ、そうか分かったぞ、本当は芳樹のことが好きなのに素直になれなくて勇太に甘えているだけなのだろう?」
「は? そんなわけないんですけど、てか勇太先輩のことを名前で呼ばないでください」
「ふっ、素直になれ」
確かにそうだ、素直になれば大友があそこまで警戒することはなくなるのだから。
態度を装っていないと近づきにくいということならもう少しキャラ設定を改めるべきで。
いまのままだと損している状態なので年上としてどうにかしてやりたいんだが……。
「……だって、ひとりの男の子として見ちゃっているんですよ?」
あら、意外とすんなり吐いたな。
仲が悪く見えるようで実はこのふたりはそうでもないということなのだろうか。
それこそ大友に対するそれのように素直になれないだけで本当は凪みたいに河瀬と接したいということか?
「いいではないか、人を好きになれることは素晴らしいことだ」
「でも、相手は……実の兄ですから」
大友の気持ちを聞いていなければ心から応援できたんだけどなあ。
結局、俺にできることはやはりというか、相手にどうしたいかと聞くことだけ。
「海香はどうしたい?」
「……できることなら意識してもらいたいです」
「行動しても意識してもらえないかもしれないぞ、それだとしても頑張れるか?」
その可能性の方が寧ろ高い。
あいつのことだからなあなあでは終わらせず、はっきりそういう目で見られないと言うことだろう。
そうなっても自暴自棄にならないかどうかをいま問うてはっきりしておかなければならない。
「でも、私がわがままを言ったら兄を困らせるだけですから」
「俺らにできるのは心からの言葉を聞いてそれに合った言葉を吐くことだけだ、海香にその気がないのならじゃあやめておいた方がいいなとしか言えないぞ」
どちらにしても後押しぐらいならしてやれる。
迷惑をかけたくないということならそうかで片付けるし、それでも頑張りたいと言うなら頑張れよと少し偉そうかもしれないが言わせてもらうつもりだ。
「……私は兄のことが好きです、だから……諦めたくなくて」
「そうか、それならあの過剰な装いはやめないとな」
「は、恥ずかしくて……毎回、部屋に戻ってから後悔しています」
なんか人が真剣にやろうとしているときの顔つきや雰囲気は好きだ。
ま、お前も頑張れよって話なんだが、とりあえずいまは海香達のことが重要だからな。
「なるほど、そういうことだったのか」
「どういうことですか?」
くくく、河瀬を少しだけ敵視していた理由が分かった。
そりゃ兄が意識しているのが河瀬だと分かれば平静ではいられない。
好きな相手が違う魅力的な女子といたら嫌だろう。
「いや? 独り言だ」
「なんですかもう……」
「でも素直になるのが1番だぞ」
「はい……そうですね」
結局、俺の家に来ることはやめたらしく高校の方へ戻っていった。
恐らく兄を外で待つつもりなんだろう、サッカー部を見学するのはその点楽でいいよな。
「馬鹿者」
「な、なんだよ急に?」
バレンタインデー前日のときもそうだったが異性といるとすぐに不機嫌になる。
もしかして俺が好きだとか? でも、別に0というわけではないか。
「相手が女になるとすぐに優しくなるのだから困る話だな、一緒にいて恥ずかしいぞ」
「それは違うだろ、俺は年上及び友達としてだな……」
「ふん」
寧ろ人に優しくできない人間の方が嫌だと思うが。
それに異性だからって態度を変えているわけではない、多分。
困っているようだったらとりあえず話を聞くようにしているだけ。
もちろんその際は相手から持ちかけられた場合のみに限るわけだから、無差別に異性とばっかり接しているわけではない。
「大坪先輩は上手くやっているのかねえ」
大学であわあわしていなければいいけど。
それと少し不安になるから友達とかをさっさと作って一緒にいた方がいい。
頼まれたら断れなさそうだから、他のことばかりに集中して自分のことを疎かにしそうだし。
「貴様とは違うのだ、大丈夫だろう」
「心配にならないか?」
「はぁ……」
別にどうこうしようとしているわけじゃないぞ。
連絡だって取り合っていないし、恐らくこの先も関わることはないと思う。
ま、わざわざ消したりはしないけどな。
「まあいい、それでどうなのだ? 新しいクラスには馴染めているか?」
「いや、動くのはトイレと移動教室のときだけだな、基本的に席に張り付いて過ごしているぞ」
「大丈夫なのか? ひとりぼっちで寂しくないのか?」
「そりゃ、河瀬と離れたのは寂しいぞ、大友とだってそうだ」
よく考えたら友達がふたりだけでよく3年生までやってきたなあと。
大事なのは数ではなく質ということをこの件で教えられた気がする。
いやこれまでもその方がいいと分かってはいたが、いざ実際にそういう体験をしないと理解度は低いままだから。
「このままだと席に張り付いたまま卒業しそうだな」
「2年のときみたいに来てくれればいい」
「自分で動かないと駄目だ。貴様は1度も自分から来なかったからな、あのままではいけないと考え直したのだ」
と言われても、他クラスに入るのってそこそこ気になることだから難しい。
流石の俺でもアウェーな感じというのは分かるから、なんだこいつって顔で見られるのは嫌だった。
まだ直接言ってくれるならいいんだけどな、残念ながら真顔で目で語ってくるだけで。
「優しくしてくれよ」
「知らん、どうせ関わる女全てに同じようなことを言っているのだろうからな」
変に言い訳をしてまた喧嘩になっても嫌だから黙っておいた。
無言は肯定の証と言うが、黙っているからってなんでもそうだとは限らないぞと否を突きつけたい。
「それではな、格好つける癖を直したらまた会おう」
「じゃあな」
鍵を開けて中に入ろうとしたら河瀬が袖を引っ張ってきた。
「本当にそのまま帰ろうとする奴があるか!」
「難しいな!」
帰らなかったら絶対に早く帰れって言うだろっ。
みんな凪を見習おう、声を荒げることなくちゃんと言える人間になろう。
「勇太、この前のあれはどういうことなのだ?」
「そんなのあれだろ、俺は河瀬を狙っているということだ」
「そう……なのか?」
「ああ、だから迷惑なら迷惑だと言ってくれよ?」
動いている間は冷静に把握できなくなるかもしれないから。
とはいえ、俺にできるのは所詮一緒にいることぐらいだが。
「……それなら他の女の前で格好つけるのはよせ」
「格好つけているというか、心配だからああしているだけでな?」
「知らん、私からすれば気に入らないことだ」
くっ、試されているのか。
私を好きならばそうできるだろう? と問われているような気がする。
「そんなこと言ったら河瀬は大友のことを名前で呼び続けていたりして仲が良さそうだからな、2年生のときは微妙な気持ちにさせられていたんだぞ?」
「貴様と違って色目を使ったりはしていないからな」
駄目だ、ことこのことに関しては言い負かされる一方だ。
なにを言っても◯◯だからと言われたらどうしようもない。
「日に必ず話す異性は大友と貴様だけだ、対する貴様はどうだ、海香や凪とだっているだろう」
「後輩枠をその中に含めるなよ、んなこと言ったら関わっている異性は河瀬だけってことになるだろうが」
「ふむ、そういえばそうだな」
納得しちゃうのかよ……事実その通りだから納得してくれてありがたいけどさ。
ということは他の誰よりも真っ直ぐじゃないだろうか、だって他に関わってくれる異性もいないわけだから少なくとも不安がる必要はなくなってくるわけだ。
しかも海香は大友が好きだし、凪は妹だしで最強だろう。
「仕方がない、少しは我慢してやるか」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
家の前で延々と会話しているのは馬鹿らしいので挨拶をして中に入ろうとしたらまたできなかった。
「勇太……今日、そっちで寝ていいか?」
「ま、寝たいなら寝ればいいんじゃね? 凪の部屋を借りればいいだろ」
ひとりで寂しいのであれば頼ればいい。
両親と妹がいるのだから怪しい雰囲気にもならない。
やましいこともなにもない、寝るまではリビングで話せばいいわけだ。
「最近、怖い番組を見てひとりでいるのが怖いのだ」
「そういうのって苦手なのについつい見ちゃうよな」
「ああ……それでその度にもう見ないって言うのだがな……」
もう買わないで金を貯めると言った日から割とすぐに金をそれで浪費してしまうのと同じ。
テストでなんらかの失敗をして今度は上手くやると宣言しておきながら期間になったら同じ道を辿るのと同じ。
中々そういうのは変えられない、自分を律することができる人間だけが余裕のある人生を歩めるのだ。
「飯はどうするんだ?」
「恵子さん達がある程度したいことを終えてから行く、だから、大体は22時とかそれぐらいだろうな」
「あいよ、怖いなら素直にすぐ来いよ」
「ああ、また後で会おう」
両親は遅くても20時には帰ってくるから十分だろう。
そこから食事と入浴をしても大丈夫、遅いのは気を使わせないためにしているんだろうな。
別にただ寝るだけなら特別費用がかかるわけでもないから両親だって簡単に許可をするはず。
連絡先を交換しているのだから直接言うだろうしな、母に言っておけばなんでも上手くいくというのは事実だから。
で、実際に22時頃に彼女はやって来た。
明日も仕事の両親は寝室に戻って恐らく寝ているため声のボリュームは絞る必要があるが、ま、そんな神経質になる必要はないはずだ。
つまりまあ人として最低限のルールは守れよということで。
「そういえばホラー映画のBDディスクがあるぞ」
「鬼か……私がなんのためにこっちに来たと思っている」
「あ、嘘じゃなかったんだな、てっきり俺といたいからそう言ったのかと」
「自意識過剰だ、今回は本当に先程言った通りだ」
明るさを少し落としてあるからリビングは少しだけ暗かった。
単純にソファに転んでいることが多いから眩しいのだ、だから細かく調節できるこの照明は助かっている。
ただ、異性とふたりだけでいるときにこれは……なんとも言えない感じなのが正直なところ。
「凪はもう寝てしまったのか?」
「いや、部屋でゆっくりしているんじゃないのか? いまの内に説明しておいた方がいいぞ」
彼女はそうだなと口にして凪の部屋の扉をノックして。
俺はいまの内にさり気なく照明の明るさを通常状態にして待っていた。
「問題ないそうだ」
「良かったな」
「私は床で寝られる方が好きだからな」
俺も寝られないことはないが好き好んで床に寝っ転がりたくはないかな。
「風呂は入ったんだよな?」
「ああ、夕食を食べてすぐに入ったから大丈夫だ」
「じゃ、どうすっか」
改めてこうして集まると特にやることがなかった。
もう時間も時間だし、明日も変わらずに学校はあるし、本来であれば解散となるんだろうが。
敢えてこの時間を選んだうえに、すぐに凪の部屋に行かないということはまだ起きていたいということだ。
つかこれ、正々堂々じゃねえな、卑怯すぎるだろ。
容姿とか能力とかが優れていない分、少し融通を利かせてくれたということだろうか。
「座っていいか?」
「おう、座れよ」
飲み物も用意してやらないとな。
この時間に炭酸を飲むのも違うので麦茶を用意。
「はい」
「ありがとう」
横に座って、いつも通り天井を見ていることにした。
や、だってさ、なんかやっぱり時間が経過していても入浴後って雰囲気変わるだろ?
しかもここには俺と彼女しかいなくて、なんにもなければ狙う発言した人間のところには来ないよな?
「普段は色々とやかましいのに今日は口数が少ないではないか」
とまあ、可愛げのないことを言ってくれているがここにいることには変わらないからな。
同性がいてほしい、安心したいということなら、別に堤家でなくても大友家でも良かったわけだ、海香がいるわけなんだからな。
「大友の家ではなくこっちの家を選んだのはどうしてだ?」
「近いからだ、明日も学校があるからこちらの方が朝に慌てなくて済むだろう?」
「そうか、まあ俺としては安心できるけどな」
彼女の本音を聞けたのは大友のおかげとしか言いようがない。
だが、そのままにしておけばよかったのにそうしなかったのも大友だ。
その異性のことが気になっているのであれば集中しておくべきだったんだよ。
だから俺がいましている行為は恩を仇で返していることになるわけだが、気になる異性のことだからただただ求め続けたいと考えていた。
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