05話.[そりゃあれだろ]

「河瀬、いい加減諦めろよ」

「貴様こそどうしてそこまで頑ななのだ」

「だってどうにもならないだろ」


 どうせ関わっていたところで大友とか他の男子に取られて終わりだ。

 そうなったら悲しいどころの話ではない、だからどうせいるのなら期待を持てるような距離感がいいのだ。

 それに彼女と関わってしまうと大友を裏切ることになる、応援しておいてあっさりと好きになりそうだから。

 つか、部活だって河瀬がいたから陸上部に入ったぐらいだしもう足を踏み入れていると言ってもいい。

 それなら自分でコントロールをしてやらなければならないんだ。


「どうにもならないとはどういうことだ?」

「どうせ他の……まあ、細かいことはいいだろ」

「私ははっきりと言ったぞ、女の私にだけそれをさせるのか?」


 だって、どうせ付き合えないから一緒にいたくないなんて言うのは違うだろ。

 気持ち悪すぎだろ、別に特別仲がいいというわけでもないのによ。


「勇太……」

「ひ、卑怯だろそれはっ」

「私は勇太と一緒にいたい、だから言いたいことがあるなら言ってくれ」


 ……面倒くせえ、もうこうなったらぶつけて早く帰ろう。

 凪が作った飯を久しぶりに食べたい、もう1ヶ月ぐらい食べてないしな。


「どうせ河瀬は他の男子と仲良くして……終わるだけだから」


 別のクラスになったことが余計にそれに拍車をかけている。

 大友がどうしたって障害になるし、学校外で簡単に恋に落ちるかもしれない。

 どこにきっかけが転がっているのかは分からないから余計に。


「そ、それはつまり……」

「陸上部にだって河瀬が入ったから入ったんだ、気持ち悪いだろ?」


 もう仲直りできたことにして公園をあとにする。


「そうだったのか?」

「ああ……どうせならお隣さんと仲良くしておきたかったんだよ。それに河瀬はその……容姿も良かったからな、男ってのはそれだけで近づきたくなるものなんだ」


 これは女子にだって当てはまることだと思う。

 イケメンを見つけたら近づくだろ? その人間が近くに来ただけで目が合ったとか盲言を吐いて盛り上がるのが人間ってものだから。


「俺は中学時代の河瀬が好きだった、両親がいるときは明るくて笑顔が魅力的だったからな」


 だがまあ、そのときから大友は彼女の近くにいたんだが。


「ま、待てっ、なんだ急に……」

「……言いたいことがあるなら言えと言ってきたのは河瀬だぞ」

「だからって急にそんなこと……」


 ふっ、その驚きがどんな理由からきているのかは分からないが、一応は俺でもそういう意味で慌てさせることができるみたいだな。


「じゃ、これで終わりな、大友と仲良くしろよ」


 よっしゃ、これで凪作の飯が食べられる。

 言いたいことも言えたから後は大友に任せておけばいいだろう。

 大体、俺は気持ち悪いしな。

 全く知らない、少女の容姿が良かったというだけで同じ部活を選ぶぐらいのやべー奴だったわけだし。

 その後は不思議と関わる時間は多かったが、別になにがあったというわけじゃないかららしいなって感じがする。


「駄目だ」

「あ、凪の作った飯を食べたいのか? それなら来ればいい、河瀬は凪と仲良しなんだから」

「人を食いしん坊みたいに言うな! なんで大友大友って芳樹のことばかり話に出すのだ!」

「そりゃあれだろ、河瀬にとって1番仲がいい男子は大友だからだろ」


 ふたりが喧嘩しているところなんて見たことがない。

 それどころかお互いに名前で呼んで、片方に至っては本気になるとまで言っているぐらいだからな。

 

「……そんなのじゃない」

「あ、いまの間は答えだろ、遠回しだなー」

「黙れっ、くっ、貴様は昔からずっとそうだ! 『◯◯と行った方がいいんじゃないのか』としか言わない機械みたいな人間が! どれだけ自分に自信がないのだ!」


 自信がないわけじゃない。

 ただ、明らかに大友や他の男子といた方が楽しそうだったからだ。

 俺がいい気持ちでそう言っているとでも思っているのか?

 妬んだりはしないが、なんとも言えない気持ちになるのは確かだぞ。


「私は芳樹に貴様といたいと言ったのだぞっ、もしそうならそんなこと口にしないだろう!」

「今日はハイテンションだな」

「誰のせいだと思っているのだ!」

「と、とりあえず落ち着けよ……」


 こっちの首を絞めようとしたってなんにもいいことはないぞ。

 彼女はこっちの首を絞めるのをやめて胸ぐらを掴んで引っ張ってきた。


「もういい! 月曜日からは私が貴様の弁当を作る! そうすれば私と一緒にいたくなるだろうからな!」

「俺は嬉しいがいいのか? あ、やっぱり嬉しくはないがいいのか?」

「素直になれっ、本当は私の作った弁当が食べたくて仕方がないくせに!」


 確かにまた食べたい味だ。

 でもそれ以上に調理しているところを見たかった。

 だが家に入れないし、調理実習の時間だって別クラスなんだから見ることはできない。

 仮に家で食べるんだとしても作ってから持ってくるから不可能で。


「河瀬、飯を作っているところが見たい」

「み、見たければ見ればいいだろう」

「じゃあこれからは毎日見せてくれ」

「ま、毎日っ? た、たまにでいいだろう……?」

「そうすれば弁当なんて作ってくれなくても河瀬と一緒にいたいって思うよ」


 どうせやべー奴だからと開き直ってみたらかなりやべー奴に進化してしまった。

 なのでここらへんでやめておくことにする、冗談だと片付けて。


「入れよ、凪も待ってる」

「待て、仲直りは……」

「……俺が意地を張っていただけだからな、あー……食べておけばよかった……」

「貴様は馬鹿だな」


 そうだよ、どうせ馬鹿だよ。

 やべえ、大友を心の底から応援できねえぞ、これじゃあよ。


「仕方がないから今度同じのを作ってやる」

「そういえば大友のやつより大きか――」

「いいから入るぞ、凪を待たせては可哀相だからな」


 なんか不思議と悪くない感じで終わってしまった。

 でも分かってる、どうせ彼女は今日が終わればまた冷たくなるんだ。

 大友よ、頼むから決定的なものにしてくれ。

 そうすれば本格的に好きになる前に諦められるからな。




「馬鹿者、聞いているのか?」

「んー……?」


 ぼけっとしていたら彼女は毛を束にして叩いてきた。

 そんなことしていいのかよ、手で掴まれたら痛い思いをするのは河瀬だぞ。


「調理している姿を見たいのだろう? だったら付いてくればいいと言っているのだ」

「え、いや……上がるべきじゃないだろ」

「いいから来い、人間はなにもしていなくても腹が空くものなのだ」


 彼女は出ていく準備をしつつ「凪は塾だからな」と家族である兄以上に凪のスケジュールというやつを理解している風なことを言った。

 見せてくれるということなら遠慮なく見させてもらおうか。


「やっぱりいいよな……女子がエプロンつけていると」

「黙って見ていろ、気が散るからな」

「単純にロングストレートってのもいいよなあ」

「……いますぐに黙らないとこの沸かした湯をかけるからな」


 他の男子と仲良くなったらできなくなることだからいまの内に言っておこうと思ったんだ。

 まあ、この前ぼそりと漏らしたやつは華麗にスルーされたわけですが。


「……違うクラスになったのは純粋に悲しいぞ」

「嘘つくなよ、どうせ大友がいるからって安心していたんだろ」

「またそれか……」


 自分の家のそれとなんら変わらない白色の天井を見ていた。

 シミひとつなくとても綺麗で、ついつい汚れを探してしまう。

 が、見つかることはなかった、だから少しどころかかなり残念だった。


「勇太」

「なんだー?」


 隣にしゃがんだのが分かったから意識を向けたら……。


「本心からの言葉だ」


 なんて顔をしているんだ。


「俺は喧嘩中だったからさっさと離れて関係が消滅した方がいいと考えていたけどな、引っ越せとかそういう風にも思っていたぞ」

「酷いな……」

「でも、引っ越すのはやめてくれ、なんか怪我したりとか死んだりとかはやめてくれ」

「そもそも自分の意思で引っ越すことはできないだろう。後者のことだって気をつけることしかできないが、怪我はしたくないし死にたくだってない」


 こっちに伸ばしてきた手……ではなく腕を掴んだ。

 無闇に触れたりする性格ではないが、中学時代の夏祭りにも転びそうになった彼女の腕をこうして掴んだことがあることを思い出していた。


「ま、河瀬に特別な人間ができるまでは近くにいてやるよ」


 腕から手を離して意識を天井に戻す。

 俺は正々堂々と大友と戦わなければならないときがくるかもしれない。

 だがその際に気になるのは頑張れとかやけくそになって言ってしまったことだ。

 けどよ、あんな拒まれ方をしたら一緒にいたいだなんて考えているとは思わないだろ?

 喧嘩して3ヶ月ぐらい話していないのであれば関係ないって片付けるだろ……。


「あっ……沸騰しているな」

「頼むぜ、美味しいいつも通りの飯が食べたいんだからな」

「ああ、任せてくれ」


 いや違う、別にいいだろ、気が変わったりするのが人間だろ。

 大友だって本心からかどうかは分からないがそれを望んでいたんだから。


「なあ」

「なっ……んだ?」

「俺も手伝う、やっぱり見ているだけじゃ申し訳ないからな」


 汁物を注ぐとか簡単なことしかできないものの、なにかやったという事実がほしい。

 してもらうだけなのは嫌だ、家ではさせてもらえないから少なくとも彼女に世話になっているときだけはそうしていきたいと考えている。


「ふぅ、ひやひやしたぞ……」

「あんまりしたことがないからな、これからも同じ思いにさせるかもしれないけど許しておくれや」


 いただきますときちんと口にしてから出来上がった物を食べさせてもらった。

 いつも通り美味しい。この前のは濃かったのか、あれよりかは薄くなっていたが。


「待て、俺は調理しているところが見たかっただけで、食べさせてもらうのは違うんじゃ?」

「多めに作ったから貴様が食べてくれないと困る、大食というわけではないからな」

「そうか、なんか悪いな」

「気にしなくていい、今回は珍しく手伝おうとしたのだからな」


 違うわい、普段からしようとしているのに妹と母から止められるだけだし。

  

「ごちそうさま、洗い物は任せてくれっ」

「な、なんか不安になるが……任せることにしよう」


 約20分後、今度からはしなくていいと言われてへこんでいた。

 そういうときに限って笑うもんだからなにも言えなくなってしまった。




「お兄ー」

「はいはい、どうしたんだ?」


 家は隣同士だというのにメッセージアプリで河瀬とやり取りをしていたら微妙そうな凪がやって来て途中でやめた。


「バレー部のことなんだけどさ」

「ああ、面倒な副部長のことか?」

「め、面倒……いやちょっとそうかな、新しく入ってくる子達の指導は任せてとか言い出したんだよ。それって副部長色に染めるというか、部長より副部長のあの子が相応しいって思わせるためなんじゃないかって邪推しちゃってね」


 事情をなんにも知らない1年生からしたらそうなるかもしれないな。

 丁寧に教えてくれた先輩に懐くものだからそうなる可能性は結構高い。

 というか河瀬があんなことを言ったからかは分からないが、意外と譲るという気持ちは凪の中にはないようだ。

 でもまあ、部長だったらそれぐらいの気持ちでいてくれないと困るか、そうでなくても一致団結していかないと前に進めない部活だからな。


「凪はどうしたいんだ?」

「私はみんなが私がいいって言ってくれて部長になってる、だからもう残り少ないけどちゃんと最後までやり抜きたいって思っているよ」

「だったら頑張らないとな、自分を信じて前だけを見て」

「うん、そうだよね」


 それでもまだ不安そうな妹の頭を撫でておく。


「聞くぐらいだったら俺にもできる、だから抱えずに教えてくれ」

「うん、なにかあったらお兄に言うよ」


 俺が中学3年生とかだったら突撃するんだけどな、残念ながらそれはできない。

 しかもそのときだけ改めさせても裏で余計に酷くなるだけだ。

 それどころか自分は早々に諦めて兄に頼ってしまう頼りない部長だという印象になってしまう可能性があるから、結局俺が中学生だろうができなかったことだと思う。

 本当にその女子が自由にやりすぎて凪が泣いているところを見てしまった、なんてことになったら遠慮なしに女子でもなんでもぶっ飛ばしていただろうが。


「ね、いまの郁さん?」

「ああ、なんか布団から出るのがだるいんだってさ」

「風邪かな?」

「いや、なんか休日はじっとしていたいらしい」


 気持ちはよく分かる。

 家の柔らかい雰囲気がそうさせるのだろう。

 俺だってしっかり者の可愛い妹に起こされなければ夕方まで寝ているところだ。


「ちょっと行ってきてもいいかな?」

「ああ、布団から引っ張り出してやれ」


 にしても、相手が男じゃなくて本当に良かった。

 もしそうなら待ち伏せして遠慮なくふっ飛ばしていたもんだ。

 いやほらなんか女子にはやりにくいけど男子は違うだろ?

 別にそれで殴り返されても更にやるだけだから無問題。

 凪を困らせる奴は許さねえ、ということで。


「困らせるなよ俺」


 頬を殴っておいた、本気でしたからかなり痛かった。

 殴られる覚悟がない奴が他人を殴ってはいけないのだ。

 

「ただいまー……って、片頬が赤いよ? 大丈夫?」

「凪、もうバレンタインデーのときみたいなことはしないからな」

「え? あ、うん、お願いね」

「凪と仲悪くなるのは嫌なんだ、母ちゃんだって不安にさせるからな」


 頑なにソファからどこうとしなくなる。

 あれをされるとかなわない、そもそも喧嘩中だったのもあって毎日寝不足だったし。


「で、隣の家の小娘はどうだった?」

「なんか珍しくぐでーんってなってたっ」

「よし、ちょいと俺も見に行く――い、痛いぞ」

「それはだめだよ、この前だって私が塾に行っている間に勝手に上がったりして」


 あれは本人から誘われたんだと説明しても届かなかった。

 でも、本当に凪の言う通りなんだ、あまり上がるべきではない。

 だからこっちで調理してくれと頼んではいるのだが、人の家の器具を勝手に使うのが嫌だと言って河瀬が聞かないのだ。


「あと、あんまり家に来てもらうのもだめ」

「お兄としてはほとんど凪が呼んでいると思うんだ」

「だってふたりだけ仲良くなるのずるいもん」


 また可愛い妹の頭をわしゃわしゃと撫でておいた。

 心配しなくてもこっちを贔屓したりなんかしねえよ河瀬は。


「あと……」

「どうした?」

「単純に……私の相手をしてくれなくなるからいや」

「ははは、凪の相手をしなかったのは喧嘩していたときだけだろ?」


 それこそ凪に特別な相手ができるまではこの距離感でいるつもりだ。

 もう喧嘩なんか絶対にしたくない。

 あそこまで長引いたのは初めてだが、辛いことばかりしかないからな。


「もう喧嘩したくない」

「俺だってそうだ」


 喧嘩になるぐらいならなんでも我慢すればいい。

 それぐらいの強さは俺にもあるつもりだから。


「ね、座っていい?」

「おう、別に聞かないで自由に座ればい――」


 って、俺の足の上にだったのかよ。

 ソファはまだ全然スペースがあるんですが、俺は椅子じゃないんですがっ。


「むぅ、昔はこうしたらお兄の胸に体重をかけられたんだけどな」

「成長しているということだ」


 こういう甘え方は不味いのでは?

 だって凪はもう中学3年生だぞ? 普通の兄妹だったら妹うぜえとか兄うぜえとか醜く言い合っているところだろうからな。


「凪、おりてくれ」

「うん」


 ほっ、言うことを聞いてくれるところは今後も変わらないといいなあ。

 とりあえずはちょっとやばい状態から脱することができた。


「部活の件、頑張れよ」

「うん、私は負けないから」


 俺も大友に負けないように頑張ろう。

 とりあえず月曜からが勝負だな。

 電話とかそういうツールを利用して言うのは違うからわざわざそういう形にしている。

 簡単に諦められるかよ、せっかく家が隣同士っていう有利な点があるんだから。


「ちょっと河瀬のところに行ってくる」

「もう、すぐ破ろうとするんだから」

「いやいや、ちょっと直接言っておきたいことがあってな」


 これまたツールを利用すると警戒させるので突撃することにした。


「……また凪……か」

「河瀬、俺は河瀬を諦めないからな」

「それはどういうこ――」


 なんでもそうだが自分の言いたいことをぶつけられればこっちのものだ。

 だからすぐにぶつけて、すぐに自分の家に帰還した。

 ああいう驚いた顔を見るのが好きだ、少し誤るとやばい人間の誕生だがな。

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