04話.[自由にしてくれ]
3月1日、卒業式。
その卒業式が終わって家に帰った後に大坪先輩に呼び出されて近くの公園まで来ていた。
「ご卒業おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
なんかいつもとは雰囲気が違かった。
短期間しか関わっていないがあの慌てがちな先輩はもういない気がする。
「それで今日はどうしてですか?」
「あのときのお詫びをね」
先輩は紙袋をこちらに渡してくれた。
礼を言って受け取って、すぐに中を確認することはせずにおいた。
「これからも頑張ってね」
「大坪先輩も頑張ってください」
用はそれだけだったらしく「じゃあね」と残して先輩は歩いていく。
俺はなんとなくベンチに座って空を見上げることに。
「堤」
「よう」
やって来た大友も同じようにベンチに座って。
「なんか寂しいよな、そんなに関わりはなくてもさ」
「だな、俺なんか部活をやっていないからそうでなくても関わりなんかないんだけどな」
このしんみりとした感じは嫌いだ。
どうせ明日になればこんな気持ちはどこかにいくからいいが。
「なあ、俺本気で動こうと思うんだよ」
「河瀬に?」
「ああ、今月でもう2年は終わりだし、3年になったら同じクラスになれるかどうかは分からないからな」
「頑張れよ」
俺には関係ないことだ。
バレンタインデーのあの一件から話していないんだから関係ない。
凪とも依然として微妙な状態を継続中だ、ま、いつかはこうなるんだからいいけどな。
「で、その際に気になってくるのが堤、お前だ」
「モテまくり野郎にライバル視されるとは思わなかったよ」
「自惚れかもしれないが郁と仲がいいのはこの俺と、堤だからな」
「気にすんな」
本当にそう思っていそうだから嫌なんだよな。
俺をライバル視とか自分に失礼だろ、気にせずに河瀬に向き合えばいい。
大事なのは俺や他の人間に勝つことではなくてその気になる異性に好きになってもらうことなんだから。
「そもそも俺が知る限りでは名前で呼んでいるのは大友だけだからな」
「単純に郁は他の男子とあんまりいないからな」
じゃあ仮に俺と大友だけに限定するんだとしたら余計に明白ってことじゃねえか。
事実を突きつけるならもっと真っ直ぐやれよ、なんで遠回しに言うんだ。
気を使ってくれているということなのか? そんなのいらねえからさっさと付き合え。
「自由にしてくれ」
「だからって堤が郁と話していたりしても怒らないからな?」
「そりゃ……ま、河瀬の選択次第だからな」
「安心してくれ、しかもそれで堤が選ばれたとしても妬んだりしないから」
友達と集まる約束をしているからと大友は歩いていった。
まだ昼頃だからのんびりしていられるのはいいがな。
来年は凪も中学3年生か。
一緒に高校に通うというのはできないことになるが、いまのままであればそれでよかったのかもしれない。
「あぁ……」
このままこのベンチの住人になりたい……。
家に帰って凪と同じ空間にいればいるほど、母に負担をかける。
いつも心配そうな顔で大丈夫なの? って聞いてくるから。
面倒くさいとは思わない、だけど表面上だけの謝罪なんて意味のないことだ。
それこそ母は鋭いからすぐにばれて余計に心配をかけるだけだろう。
だからなるべく家にいないようにしている。
どうせなにができるというわけでもないし、これでも外にいるのは嫌いではないからな。
「寝るか……」
とにかく時間をつぶしてから帰ろう。
で、寝すぎて真っ暗に。
「ただいま」
「遅いわよ」
「悪い、公園で寝ててな」
凪は……ああ、どうやらソファに座っているようだ。
荷物を迷惑にならない位置に置いて玄関前の壁に背を預けて座っておく。
ここなら母と妹、両方の視界に入らない。
「なにをやっているのよ、早くご飯を食べなさい」
「ここで食べるわ」
「はぁ、変なことをしていないでちゃんと椅子に座って食べなさい」
ちぇ、仕方がないからそうするか。
にしてもこの家、意外と広いんだよな。
ちゃんと別に2部屋あるし、トイレは別、洗面所と浴室も別という割といい場所だ。
だからやっぱりひとりで住んでいる河瀬は贅沢者だということになる。
「なんでこんなに遅くまで外にいたの?」
「卒業式後でなんとなくしんみりとしていてな、3年生の先輩に会っていたのもあるんだ」
「でも、終わったのはお昼頃でしょう、もう20時なのよ?」
「寝てたら気づいたら真っ暗でな」
俺だって起きていたら18時には家に帰ったさ。
まだまだ寒いし、外は嫌いではないが家にいる方が好きだから。
とはいえ、あんまり早くに帰ると今日凪は塾がないのもあって一緒にいることになっていたからできなかったのだ。
「だからなんで外で寝ることになるのよ」
「悪い、食べたいんだ」
「はぁ……」
ちょっと待ってくれ、問題児みたいに扱われるのは嫌だぞ。
俺は少しでも雰囲気を悪くしないように行動しているだけだ。
それでも届かない、悪いのは全て俺ということなら結局自分が考えたように動くしかない。
家族と仲が悪くなるのがこんなに面倒くさいことなのかって初めて知った。
せめて大坪先輩に渡しておくべきだったかと後悔しても遅かった。
終業式。
つまりこれでこのクラスメイト達ともお別れだ。
話さなくなってからもう1ヶ月とちょっとが経過。
「郁、この後って暇か?」
「部活動はないのか?」
「おう、今日はな」
ちなみに、ホワイトデーで返そうとしたら突っぱねられた。
わざとかどうかは知らないが、手にかするようにして。
俺が無様に落ちたそれを拾い、仕方がないと呟いて家に入ったというのが当日の話である。
大友はあれから積極的に行動するようになった。
だからといってこっちに来なくなるということはなく、こうなってからも友達ではいられている気がする。
「どこかに行きたいのか?」
「歩きながら話そう」
「そうだな、その方が効率的だな」
ふたりが出ていき教室内が静かになる。
……これから春休みということは凪が昼からずっといるということだ。
たまに朝から夕方まで部活をやることもあるが、大抵は午前で終わるから顔を合わせる機会も増えると。
河瀬の家に泊まってくれねえかなあ……なんて意味のないことを考えて。
それこそ今日も昼終わりでまた怒られても嫌だから俺も帰ることにした。
「暖かくなったなあ」
別にある程度であれば時間をつぶして帰ってもいいんだけどな。
でもどうせ春休み中はほとんど一緒にいることになるから逃げても馬鹿としか言えない。
「ただいま」
私服に着替えて昼飯でも買いに行こう。
普通に凪はクッションを抱いてソファに座っていたがスルー。
なんかソファに憑いてる幽霊みたいだな、死んでないし俺より若いけどよ。
で、こういうときに限って遭遇したりするもんだ、もちろん話しかけたりはしないが。
面倒くせえ、こうなると家が隣同士なのはデメリットしかない。
それでもメインはあくまで昼食を買って食べることだからコンビニでおにぎりひとつを買ってイートインコーナーで食べてから帰ることに。
つか大友の奴ももっと長く拘束しておいてもらいたいものだ。
そうすれば少なくとも俺と彼女が遭遇することはなくなるんだから。
「ただいま」
玄関に繋がる廊下でも十分に寝られる。
やっぱりこの家は中々にレベルが高いようだ、俺が転んでも人ひとりが視線を前に向けたまま歩くことができる広さがあるんだからな。
「……なんでそんなところで転がってるの」
とたとたと足音が聞こえてきたかと思ったら凪が意外にも近づいて来た。
「凪が見たくないだろ」
「……別に嫌いだとかそういうわけじゃないからね? ただ、普通はしないことを、しちゃいけないことをお兄がしたのが悲しくて……」
「河瀬は前日にあげるのはやめるって言ってきたんだ、だから俺はそれに納得して当日を迎えた。でも、後から結局用意してあるとか言われて嫌になってな」
「でもさ、お兄のことを考えて郁さんは作ってくれていたんだよ?」
「そりゃ当日に普通にくれてりゃ喜んで受け取ったよ、でも現実は違かったからな」
仕方がなく用意したのであればいらない。
それなら作ってくれなくていい、時間を無駄に使わせたくないからな。
「ま、いいんだよ、どうせクラスも離れて終わるだろ」
「なんでそんな……」
「別にいいぞ、凪とだってこのままでも、嫌なら夜まで帰ってくるのやめるしな」
なんて、もう面倒くさいからそうするしかないだけだ。
幸い、向こうも近づいて来るようなことはもうないみたいだし、なにより大友がいてくれるからいい。
「だから気にするな、凪は残り少ない中学生生活というやつに集中しておけ」
「お兄……」
寧ろ仲がいいままだと彼氏ができたりしたときにショックを受けただろうからこれでいい。
「あ、飯も俺が作るからいいぞ、これまで弁当を作ってくれてありがとな」
少し区切りをつけるためにまた家を出た。
そうしたらすぐそこに下か遠くを見つめている河瀬がいたが無視。
直接言うと絶対に文句を言われるから20時頃まで外で時間をつぶすと母にメッセージを送って適当に歩き始めた。
春休みは人生で1番最低の期間となった。
そして4月6日、俺らは予想通り別のクラスになった。
大友は何気に彼女と一緒だったのでそう遠くない内に親友とか恋仲レベルになることだろう。
始業式、HRが終わって解散となる。
別に特にちゃらい奴がいるとか、やかましい女子がいるとかそういうわけではないようだ。
「よう」
「おう」
いまはどうやらひとりのよう。
あくまで表面上だけは普通を装うと決めているので露骨に避けたりはしない。
「最後の年は別のクラスになったな」
「だな」
大友に関わるようになったきっかけは河瀬だ。
だから俺らは本当の意味で友達だとは言えない気がする。
だが、それを出さないのが大切だ、来てくれるのなら拒むようなことはしない。
「俺は郁と同じクラスになれて良かったよ」
が、この無自覚か自覚してかは分からないが煽ってくるところは好きじゃないな。
無益な情報だ、報告なんてしないで仲でも深めておけばいい。
「ただ気になることがあってな」
「俺に聞いたってなんの力にもなってやれないぞ」
「堤と郁はいま喧嘩中なんじゃないのか?」
喧嘩とかそういうのではないのでは?
貰った物をどうしようが俺の自由。
捨てるのは流石にできないから凪にあげた結果がいまに繋がっているだけ。
「それなら好都合だろ? 少なくとも俺は全く相手にならないんだから」
新しく男子と関わり始めるかもしれないがその可能性は恐らく低い。
そうなればライバル(笑)が勝手に自爆してくれたことにより河瀬にだけ集中できるということだ。
「それじゃあ駄目だろ」
「と言われても無理だぞ? もうほぼ3ヶ月ぐらい話してないからな」
ホワイトデーのときだって無言で突っぱねてくれただけだし。
「嫌なんだ、本当は郁だって堤といたいと思っているんだからさ」
「いや、だからそう言われても向こうに意思がなくて――」
「芳樹、なにをしているのだ?」
あっぶねえ……咄嗟に教室に戻ることができて良かった。
そこから更にベランダに逃げて大友が来ることすら避ける。
「郁、堤と仲直りしてくれよ」
おいおい、なんでわざわざ俺らの教室で話すんだよ。
これ絶対にばれているよな、しゃあないから大友達のクラスの方から帰るか。
「開いてねえ……」
戻ってみたら引き戸の前で大友が話していやがった。
「……私はあいつに拒まれ、私もあいつを拒んでしまったのだ」
俺が拒んだ? あ、チョコの話か。
あれは無駄なプライドを優先させた結果だった。
舐めるなよって、そこまでして欲しいわけじゃないぞって。
誰かに強制させるのも違う、義務感でやらせるのも違う。
「いまここには俺と郁しかいない、本当のことを教えてくれ」
あくまで普通にしないと言うと思っていた。
これまでのことを考えてならそれが当然のことだと。
「私は……あいつといたいのだ」
だから本当に驚いた。
驚きすぎて転びそうになったぐらいだ。
「芳樹頼むっ、もう私達だけではどうしようもないから……手伝ってくれないか?」
「はは、分かった」
大友は彼女にそう返事をして引き戸を開けてしまった。
逃げられる余裕なんてなかった、本当に一瞬のことで馬鹿みたいにぼけっとしていることしかできない。
「さ、俺もいてやるから仲直りしようぜっ?」
……なんでそんな無益なことを。
そんな奴と仲直りしなくていいって言って独占しようとするところだろう。
仮に今回みたいに相手が◯◯といたいと言ったのだとしても、なあ?
「おーい? なにふたりで固まってるんだ、なにもしないなら帰るぞ?」
「あ……ま、まさかいるとはな……」
「と、閉じられててな……帰れなかったんだ」
自分から退路を断って馬鹿みたいだ。
そりゃ大友は見えるわな、教室の目の前で話していたんだから。
「ふむ、これは俺がいない方が上手くいきそうだな、それじゃ!」
「おい……」
サッカー部に入っているだけあって足が速かった。
帰宅部ではとてもじゃないが追いつけない。
いや待て、頑張って追っているふりをしてここから逃げ出せばよかったのでは?
「まさか……聞いていたのか?」
「悪い……」
思いきり聞いていたし驚いていたから嘘をついても意味がない。
それにどうやら表面に出しやすい性格のようなので隠そうとしたところでばればれだろう。
「……まあいい、嘘ではないからな」
「俺となんかいてもまた同じようになるだけだぞ、大友と仲良くすることだけに集中すればいいんだ」
「私は聞いているぞ、凪とも関係がまだ微妙だと」
「それでも河瀬になにか迷惑がかかるわけではないからな、俺が我慢すればいい話だ」
もう十分暖かいから外で時間をつぶして帰るつもりだ。
いいんだ、そうなった原因は自分にあるんだからな。
「それじゃあな」
「ま、待ってくれっ」
「気にせず凪とだけ仲良くしてやってくれ」
どうせ別のクラスだ、顔を合わせる機会だって激減するだろう。
そうなれば微妙な状態になっていることだって彼女はすぐに忘れるさ。
なにより大友がいてくれる、彼女には彼だけで十分だ。
今回は母にきちんとメッセージを送ってから公園で過ごすことにした。
こういうときのために携帯には音楽を入れてあるから問題ない、イヤホンを装着すれば自分の世界に浸れる。
ん? あ、いつの間にか目の前に凪が立っていた。
なんらかのことを言っているようだが、音量を大きくしているのもあってなにも聞こえない。
こういうときのために音量調節ボタンがあるんだなあ……なんて考えていたらぶちっと取られてしまい……。
「お兄のばか!」
「悪い、なにも聞こえてなかった」
いきなり馬鹿とだけ言われても確かにそうだなとしか思えないから細かく言ってほしかった。
「いつまでも意地を張っていないですぐに家に帰ってきなよっ」
「いや、これは凪のためであってだな」
「全然私のためになっていないからっ」
河瀬のことについて言われるかもしれないと考えていたから拍子抜けだった。
実際は俺が外で遅くまで時間をつぶすことが気になっていたらしい。
「あと郁さんから一緒にいたいと言われたのに意地を張って断ってぇえ!」
「落ち着け、それのなにが悪いんだよ?」
「はあ!? 見てよこの郁さんをっ、明らかに悲しそうな顔をしているんですが!」
って、いたのかよ!?
流石にこればかりは驚いて思わず立ち上がった。
「今度はちゃんと話し合ってねっ、私はお昼ご飯を作っておくから! ちゃんと郁さんを連れてきてね!」
「いや、それなら家で話し合えば――」
「少しは言うことを聞きなさいっ、あなたはもう高校3年生でしょう!?」
「わ、分かったから……じゃあ家で待っていてくれ」
こうなったらもう従うしかない。
「なんて顔をしてるんだよ」
「……貴様のせいだ」
「隣、座れよ」
河瀬にならともかくとして、凪には強気に出られないのだ。
「なあ、本当に俺といたいのか?」
「……嘘をつくような人間ではない」
「じゃ、表面上だけは仲直りしたことにしよう」
そうすれば少なくとも凪と仲直りができて母に心配をかけることはなくなる。
別に凪とだって現状維持でいいが、母が不安になるのなら話は別だから。
「嫌だ……また一緒にいられるようになりたいのだ」
「でも俺らは別のクラスになったんだからそもそも一緒にいられないだろ?」
なにより大友がいる、結局そちらの方がいいから来ませんでしたじゃ男として死ぬぞ。
「だ、だったら帰ってからでも集まればいいだろう!」
「落ち着け」
「貴様のせいだぞっ」
彼女はどかっとベンチに座ってこちらを睨んできた。
対する俺はどうしたものかと頭を悩ませることしかできなかった。
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