03話.[だからいいんだ]

 バレンタインデー前日になった。

 意外にも野郎達がそわそわしていることはなく静かだった。

 いや、これが逆に緊張の表れなのか? 明日になれば簡単に答えが分かってしまうことへの?


「堤くん、用があるって人が」

「お、ありがとな」


 入り口兼出口のところにはいない。

 廊下に出てみたら壁に張り付くようにしてこの前の先輩女子がいた。


「どうしたんですか?」

「あ……ど、どうもっ」

「はい、こんにちは」


 先輩はちゃんと立ってこっちを見てくる。


「あ、河瀬なら教室にいますよ?」

「ううん……きみに用があったの」

「言ってください、俺にできることならしますよ」


 大友の好みを教えてほしいと言われても答えるさ。

 俺は妬んだりはしないからな、リア充爆発しろとも言わない。


「き、きみの連絡先を教えてくれないかなっ?」

「俺のですか? いいですよ」


 家族以外では3人目の情報獲得となる。

 って、俺の連絡先なんか知ってどうすると言うんだ?


「あ、アプリもやっているんだね」

「はい、楽ですからね、こっちもしておきますか?」

「う、うん、お願いしようかな」


 教えてくれたIDを打ち込んでみたら菜乃葉という名前で。


「これって本名ですか?」

「うん、大坪菜乃葉なのはという名前なの」

「俺は堤勇太ゆうたと言います、それでどうして俺の連絡先なんか?」


 先輩に友達がいるのかどうかは分からないが、それなら同級生に頼んだ方がよっぽどいい。

 つか俺らの間にあるのって自転車で衝突された、自転車で衝突したという悲しい感じのものだけだからだ。

 これを使って脅したいというわけでもないだろうから……、結局なにがしたいんだろうな?


「えと……明日の放課後に渡そう…………と思って」

「え、くれるんですか?」

「お、お詫びとしてねっ」

「ありがとうございます」


 え、ということは2個も貰えるのかと内は慌てていた。

 理由はどうであれ異性から貰えることについては変わらない。


「あ、戻るねっ、明日の放課後によろしくっ」

「はい、よろしくお願いします」


 表裏の差がすごすぎる。

 強欲だからな、貰えるのなら貰えた方がいいよな。

 返すときは市販の物になってしまうが、市販のはもう出来上がっている味だからいい。


「嬉しそうだな」

「なんか先輩がくれるらしくてな」

「ふん、良かったな、堤にあげたいと思うような稀有な人がいて」

「って、河瀬は――」

「いらないだろう、私なんかが作った物なんてな」


 まじかよ……謙虚でいろということか。

 ま、これはしょうがない、本人がこういう考えになってしまったのなら無理強いはできない。


「残念だけど河瀬がそう言うなら仕方がないな」


 休み時間ももう終わるため席に戻る。

 だからって先輩からのそれを断るなんてできないからな。

 授業が始まってより静かになって。

 今日はため息が出ないように気をつけてじっとしていた、もちろん板書はちゃんとしつつ。

 いつもは賑やかなのに上手く切り替えるクラスメイト達だな。

 決して偏差値が高い高校というわけでもないのに意外だ、中学時代なんて常に喋っている奴らがいたからな。

 ただ、こういうときは賑やかでいてくれた方が良かったとしか言いようがなく。

 つか……聞いていたってことなのか? ある程度の賑やかさがあったのによく聞こえたな。

 確かに先輩の声は大きかったものの、意識を向けていなければ絶対に入ってこない情報だし。


「堤、いよいよ明日だな……」

「だな、ちゃんと河瀬には言ったのか?」

「言えるわけないだろ……」


 そういうものか? 欲しいなら欲しいと言えばいいのに。

 そうすれば大抵の人間はくれることだろう、俺ではなく何故かモテる大友なんだから。


「それに俺は河瀬本人の意思であげたいと思ってほしいんだ」

「ま、くれるんじゃね?」

「そ、そうかっ?」


 こういうところがいいところなのかもな。

 変に格好つけたりせず、少し子どもっぽいところがあるのが女子的にはいいのかもしれない。

 って、俺はなにを考えているんだ、河瀬から貰えなくなったからっておかしくなっているぞ。


「堤も貰えるといいな」


 残念ながら先程それがなくなったんだよ。

 もしかしたら先輩からのそれだってないかもしれない。

 だってなんか慌てて焦がしたりしそうだろ? それで結局あげられませんでした貰えませんでしたという流れで今年も0……なんてこともありそうだからな。

 ま、明日になれば全てが分かる。

 その際に0であってもへこむ必要はない。

 何年0を記録してきたと思っている、今年もそれを更新するというだけだろ。

 ――とかなんとか考えながらも期待してしまう醜い心と、そういう風に考えておかないとショックでどうしようもないからという考えがあった。




 当日は流石にそわそわしている感じが表に出ていた。

 が、結局はただの平日にすぎないため、あっという間に放課後になって。


「堤……」

「貰えてないのか?」


 河瀬の性格的に学校で渡すようなことはしな……いや、持ってるな。


「貰えたぞっ」

「良かったな、部活頑張れよ」

「おうっ!」


 さて、俺は連絡がくるまで学校内のどこかで時間をつぶそう。

 わざわざ家に帰ってからだと面倒くさいからな、それにこれなら仮に貰えなくてもショックも少ない。

 で、嫌な予感というのは当たるもので、焦がしてしまっただとか、あげられるクオリティではないとかで今年も貰えませんでした――まじ泣きたい……。


「ご、ごめんねっ?」

「そもそももう終わったことですから、気にしなくていいですよ」


 骨折したわけでもないし、先輩だって気をつけなければと考えを改めたことだろう。

 だからいいんだ、寧ろ死ぬまで続けて他の誰よりも惨めに散ってやろうじゃないか。

 それがマイナスのことであっても記録が続くというのは悪くないと思うんだよなと。


「どうせチョコレート会社の戦略にまんまとハマっているだけなんだよ」


 クリスマスだってそうだ、いつからか大切な異性と過ごす日的な考えに勝手に変わっている。

 誰かの手によって都合良く変えられたただの1日だというのにショックを受ける必要はない。

 しかも貰えない人間なんてSNSでも覗けば沢山いるからな、貰っていても貰えなかったと嘘をついて共感してもらおうとする人間はいるかもしれないが。


「遅い帰宅だな」

「大坪先輩と会っていたんだ」

「ほう、つまり貰えたということだな?」

「おう、中に入ったら味わって食べるよ」


 意味のない嘘をついて家の中に入る。

 自分がついた嘘で自分が微妙な気持ちになるって最高に馬鹿だ。

 だが考えていてもしょうがないことだ、さっさと気持ちを切り替え……。


「くそ……」


 ネットを見ていても広告はほとんどバレンタインデー関連のものだった。

 中には早くもホワイトデー関連のものもある、勝手に貰ったか貰っていないかを判断して気を紛らわせる方法なんかを見せてほしいものだね。


「ただいま」

「おかえり」

「きゃっ!? な、なんで電気を点けてないのよ……」


 今日は珍しく母の方が先に帰宅となった。

 顔と歳に似合わない案外可愛らしい悲鳴を上げて。


「母ちゃん、今日飯はいいわ」

「なんで?」

「外で食べてきた、風呂入って寝る」


 湯船に入ると勝手に息が漏れた。


「……浮かれた自分が恥ずかしいぞ」


 貰えると分かってから無自覚にハイテンションだったのかもしれない。

 なんかいまになってどっと疲れが出てきた。

 このまま浸かっていると沈んで死にそうなので出ることに。

 死因が、貰えるかもしれなかったのに結局チョコを1個も貰えなくて、じゃ情けないだろう。


「あ、今日は部屋の床で寝てもいいか?」

「ええ、本当はあなたの分まで用意するべきだけれど……」

「いやいい、俺なんか床で十分だろ」


 さっさと寝よう、それだけが俺にできる唯一のことだった。




 早く寝すぎて深夜の1時頃に起きてしまった。


「ん……どうしたの?」

「起こして悪い、珍しく滅茶苦茶早く寝たもんだからさ」

「そうね……リビングに行くのだとしても暖かくしなさいよ?」

「おう、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


 少し着込んで外に出てみた。

 無意味に河瀬の家の扉を見て、気持ちが悪いから視線を戻して地上へ階段で下りていく。


「さみぃ……」


 それでもこの寒さもあと1ヶ月ぐらいで終わる。

 そうしたら2年生も終わって俺らが3年生になるのか。

 クラスが離れたら俺達の関係は終わりだろうな。

 家から出て顔を合わせてもおはようとかそれぐらいだけしか言えなくて。


「はぁ……大友の奴が羨ましいな」


 まあもうバレンタインデーじゃないからいいよな。

 いままで通り静かに過ごしているだけで終わるただただ普通の日々。

 マンションの前で立っていても仕方がないから階段を上がって戻ろうとしたら足音が聞こえてきて固まる。

 遭遇したら相手を驚かせるかもしれない、とはいえ、なんか隠れていてもそれはそれで不審者になると。


「あ……」


 だから普通に戻るために階段を上っていたら結構薄着な河瀬と遭遇した。


「風邪引くだろそんな格好じゃ」

「寒さには強いつもりだ」


 そういう問題だけじゃない、こんな時間に女子が外にひとりで出るべきじゃないだろ。

 でも、そんなの俺から言われたくはないだろうから口にはしないでおく。


「じゃ、早く寝ろよ、明日も学校だからな」


 こっちは寝られそうにないが暖房でも効かせておけば落ち着けるはずだ。


「待て」

「どうした、ひとりじゃ不安なのか?」

「そこまで子どもではない」


 だろうな、だったらひとり暮らしなんてできないだろうし。


「恵子さんから夕食も食べずにすぐに寝たと聞いた、それはどうしてだ?」

「大坪先輩から貰ったチョコが大きくてな、腹いっぱいになったんだよ」

「仮にそうでも18時半頃から寝たのは?」

「別にいいだろ、俺にだってそういうときもあるさ」


 あまり思い出させるなよ、やっぱり残念だったことには変わらないんだからさ。


「本当は貰えなかったのではないのか?」

「貰えなかったら貰えなかったって言うだろ、俺は欲しいとちゃんと口にした男だぞ」

「私が……前日に意見を変えたからか?」

「しょうがないだろそれは、あげる側があげたくなくなったのなら貰う側は諦めるしかない」


 別に死ぬわけじゃねえしな、それに大友が言うように自分の意思でしてほしいことだから。

 俺の頼み方だとそこには強制力とか義務感とかが発生していたわけだから自然ではない。

 同情からくるものだった、ま、貰えていたら馬鹿みたいに喜んでいたんだろうけどな。


「……実は堤の分もあるのだ」

「違うだろ、ただ余ったとかそういうのだろ? いいよ別に、もう終わったことだ」


 後出しで出されても惨めなだけだろ。

 分からないのだとしてももう少しぐらいは男心というのを考えてほしい。


「いいから早く家に入って寝ろ、それじゃあな」


 ついでに言えばもう大友でも誰でもいいから付き合ってくれれば良かった。

 俺はただのクラスメイト、それだけで十分だった。




「堤だったらホワイトデーはどう返す?」

「さっさと部活行けよ、エース様がよ」

「あ、荒れてんな……」


 無自覚に煽ってくれる大友を教室から追い出して机に張り付く。

 もう終わったことなんだよ、いちいち出すんじゃねえ。

 別にそれを言ってこなければ妬んだりしねえからよ。


「帰らないのか?」

「今日は凪も塾だからな」


 母は恐らく19時ぐらいに帰ってくるだろうがまだ16時だし急ぐ必要はない。


「もう2年も終わりだな」

「だな」


 3年になったらさっさと内定を貰ってゆっくりしてえなあ。

 ……じゃねえ、なんで当たり前のように椅子に座って残ろうとしているんだ。


「そっちこそ帰らねえのか?」

「早く帰ったところで結局ひとりだからな」


 そう考えると両親と妹がいてくれる毎日ってのはいい。

 家族と話すと楽しいし落ち着くしでいいことばかりだ。

 掃除や調理などをやらせてくれないのはちょっと引っかかるところではあるが、基本的には幸せだからな。


「堤はどうするのだ?」

「俺は就職だな、大学になんか行っているぐらいなら早く働いた方がいい」

「私は大学入学を目指すぞ」


 こんなの意味のない話だろうからそれ以上はなにかを言われてもなにも答えずにいた。

 もう終わりだ、別に後悔はしていないが良かったとも言えるような生活ではなかった。

 河瀬がいたから陸上部に入って、すぐに後悔して高校では絶対に部活に入らないと決めて過ごして。

 凪が一緒にいながらであっても、彼女と夏祭りに行けたりもしたんだけどな。

 中学3年間と、高校2年生の2月現在まで結局ほとんどなにもなかったと言ってもいい。


「帰る」

「それなら私も――」

「いや、途中で本屋に寄っていくからひとりで帰ってくれ」


 嘘をつくことになってしまうから本当に本屋には寄ってから帰った。

 適当に各コーナーをぶらっと見て回ってすぐに退店という形で。


「堤」

「こんなところで会うなんて奇遇だな」


 本屋から出てすぐのところで会うなんて、家から少し離れているのに。


「嘘かと思ったぞ」

「嘘をつくメリットがないだろ」


 気にせずに歩き続ける。

 身長差からなのか、俺が一緒にいたくなくて速歩きになっているからなのか、すぐに彼女の声は聞こえなくなった。

 それかもしくは脳や耳がシャットアウトしているのかもしれない、そういうのもありそうだ。


「はぁ……はぁ……ま、待ってくれてもいいだろう?」


 信号待ちをしていたら彼女が走ってやってきた。


「悪い」

「……今日はおかしくないか? いつも通りの堤では、ああっ」


 青になったらそりゃ歩きだすに決まっているだろう。

 ……人生って本当に上手くいかねえよな。

 自分が諦めて普通に過ごそうとすると途端に来始めるんだから。

 興味なんかねえくせに無駄なことに時間を使っている。

 でも、結局のところこれは勝手に期待して勝手に理想と違って拗ねているだけだ。

 だっせ……そりゃ他から貰っていようと大友にはあげるわな。


「悪い」

「はぁ……い、いや」

「帰るか」

「ああ」


 高校生にもなってすぐに表面上に出すんじゃねえ。

 上手く過ごせ、気づかれないようにあくまで普通に。


「堤、受け取ってくれないのか?」

「はは、河瀬がくれるって言うなら貰うよ」


 もちろん食べたりはしないが。

 凪にあげて、返すことだけは俺がする。

 とはいえ、市販のクッキーとかそれぐらいだけどな。

 偽るのはあくまで表面上だけ、別に凪に口止めをしたりはしない。

 恐らく情報がすぐにいくだろうが裏で起こったことについて怒られても構わない。


「少し待っていてくれ」

「おう」


 彼女が持ってきてくれたのは大友にあげていたやつよりも少し大きい気がした。

 いまとなっては虚しさしかないけどな、それでも礼を言ってありがたく受け取っておく。

 別れて家に入って、1時間ぐらいしたら凪も帰ってきて。


「凪、これやるよ」

「え、これって……」

「河瀬から貰ったやつだ」

「なんで……? じゃあ食べないと駄目でしょ」

「貰う資格がねえんだ、食べてくれ、悪くなって捨てるのだけは避けたい」


 別に河瀬に言っていいからと凪に言って風呂へ入ることにした。


「もうちょっと男心ってやつを分かってくれねえかなあ……」


 ま、同じように女心は分からないんだから単なるわがままなんだけどな。

 風呂から出たら凪がいなかった、行動力があるなあ。


「さすがに最低だから」


 戻ってきた凪はそう言って調理を始めて。

 それからというもの、凪がこちらを見てくれることはなく。


「勇太、凪と喧嘩でもしたの?」

「ま、そういうところかな」


 心配そうな顔で見てくる母に大丈夫だと言ってソファへ寝転んだ。

 あんまり部屋で寝ることに慣れると甘え始めるからこれがいい。


「どいて……」

「あ、悪い」


 確かにまだ20時頃だから利用したいか。

 リビングのソファが寝床だとこういうときに困る。

 部屋があるなら引きこもればいいがそれができない。

 だからまた外にでも出ておくことにした。

 遭遇しないように今度はちゃんと敷地外にまで移動して。


「お、珍しいな」

「は? こんな時間になにやっているんだよ」

「部活の帰りだよ、どこかの帰宅部さんとは違うんだ」


 暇だから大友の家まで付いていくことにした。


「なんだよ、珍しく暗いじゃないか」

「だな、外は暗いよな」

「ちげえよ、堤だ堤」

「ああ、凪と喧嘩になってな」

「は? あの凪ちゃんと? それはまた……珍しいことだな」


 確かにそうだ、喧嘩したのなんて小学生以来だ。

 でも、あれを食べるわけにはいかなかったんだ。

 ちんけなやつでもプライドがあったんだ。

 別に分かってもらえなくてもそれでよかった。

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