02話.[難しい問題だな]

 今日は荷物持ちをするために商業施設に来ていた。

 頼んできたのは凪だ、河瀬はこういうことを頼んできたりはしない。


「うーん」

「エプロンで悩んでいるのか?」

「うん、どっちの方がいい?」

「俺的にはこのデフォルメ? のライオンがプリントされている方かな」

「お兄……」


 おいおいそんな、なんでこいつこんなにセンスがないの? 的な感じの目で見てくるなよ。

 このライオンは可愛いだろうが、そうじゃなければ作った人だって販売しようとしたりはしない、自信があったからこそいまこうしてここに存在しているんだぞ。


「まあいいか、せっかくお兄がいいって言ってくれたんだからこれを買うよ」

「それより金はあるのか?」

「うん、お父さんが1万円くれたから」


 え? なんで凪にはそんなに甘いの?

 いや、俺だって月に5千円も貰っているが、これは小遣いとは別カウントな気がしてくるぞ。

 なに? やっぱり普段から家事をしたりしているからなのか? もしそうなら俺だって頑張るけどな。


「あとはドーナツかな、お母さん達にも買っていこう」

「待て、エプロンしか結局買っていないぞ?」

「うん、ただ息抜きに色々な物を見たかっただけだから」


 その息抜きのために朝から現在の時間である14時まで付き合わされたんだが? ただ付いていくだけって結構苦痛なことを女子側は分かってほしかった。

 これならまだ大量のなんらかの物を買ってくれた方がマシだろう。

 が、宣言通り凪は人数分のドーナツを買って帰ろうとしただけだった。


「持つ」

「これくらいならいいよ」

「いや、持っておかないと微妙でな」

「そう? それならお願いしようかな」


 何気に5つ買っていたから河瀬にもやるつもりなんだろう。

 もしかしたら自分が2つ食べたいだけなのかもしれないが、凪はそこまで強欲というわけではないから河瀬にあげるつもりだ、多分。


「あ、河瀬さんのお家に寄っていくから中で待っててね」

「あいよ」


 ああ、ドーナツを持つために計6時間ぐらい外にいたのか。


「あぁ……」


 俺の相棒のソファに座った結果、溶けそうになった。


「ただいまー」

「おかえりー」

「なんて格好をしているのだ」

「よー」


 改めて家が隣って楽だよな。

 河瀬は絶対に否定するだろうが、まるで家族みたいだ。

 会いたいときに会える、彼女だってこっちで食べられれば嬉しいだろう。

 というかまた彼女が作ってくれた飯が食べたい。


「座りたいからどいてくれ」

「あいよー」


 床で寝転んでいたら腹の上に凪が座ってきた。

 別に嫌でもなんでもないから目を閉じて適当にゆっくりしておく。


「河瀬さんは陸上部でしたよね? 部内の雰囲気とかどうでしたか?」

「特に悪くもなかったぞ、いつもそこのがうるさかったけどな」

「ちゃんとやるときはできるお兄ですから」


 いやなんで俺も陸上部になんて入ったのか。

 だって走るのが特別得意というわけでもなかった。

 小学生時代なんて持久走は必ず最後ぐらいだった。

 ま、ネタバラシをしておくと本当のところは河瀬がいたからだが、……入ってから後悔したのは言うまでもなく。

 いやだって真横の家に住んでいる容姿の整った女子には近づきたいと思うだろ? それに中学時代は両親とまだ住んでいて楽しそうだったんだ。

 なんてことはないことで笑ったりしてな、同じ部活だから見る機会だって多くて、しかも女子の中で1番速かったし格好良かった。


「なんか気持ちが悪い視線を感じるぞ」

「また今度飯を食べさせてくれ」

「あれはあのとき限定だ、そういう約束だろう」

「けち少女め……」


 その前のやり取りは確実に仲のいい男女のそれだった。

 が、その日が終わるとリセットされるようになっているのか、いつも気持ちが悪いとか見るなとか言って冷たい視線を向けるだけ。

 Mというわけではないからそれでは喜べない、俺はあくまで普通の感じで彼女と仲良くなりたいんだ。


「それで、凪はどうしていきなりそんなことを?」

「あ、部内の雰囲気が悪くてですね……」

「難しい問題だな、整えようとすると嫌われる可能性もある」


 バレーを愛している人間には悪いが、女子バレー部のあの性格の悪そうな感じってなんなんだろうな、ちなみにこれは男子サッカー部にも当てはまる。


「衝突することになるぐらいなら俺なら諦めるぞ」

「でも、チームで協力してやる競技だからね……」

「そういう雰囲気を積極的に出している人間は分かっているのか?」

「うん、副部長なんだ、部長になれなかったからってずっと」


 夏に2年がメインになってからずっとってことかよ。

 1月のいまになって更に酷くなったということか。


「ちなみに部長は?」

「……私」

「は? あ、そうだったのか……」


 というか、珍しく学校での話をしているな。

 今回も河瀬がいなかったら聞けなかったことなのかもしれない。


「部長、譲った方がいいのかなあ……」

「私だったら絶対に譲らないぞ。部内の人間が選んだ部長だろう、堂々としていればいいのだ」

「そうなんですよね……1年生の子達と2年生の1部の子達以外が私がいいって言ってくれて嬉しかったんですよ」


 なにかしてやりたいけどなにもしてやれない。

 俺だったら面倒なだけの部長という肩書きを譲って大人しくしている。

 が、真面目に上を目指している凪や周りの人間はそれを許すことができないんだろう。

 だからこの時点でなにも言わない方がいいのは明白だった。


「ありがとうございました、少し頑張ってみますね」

「ああ、なにかあったらいつでも相談してくれ、ドーナツも貰ったからな」

「あはは、そうさせてもらいます」


 解決したから帰るのかと思えばそうではなく。


「床に転んでいると踏みたくなるな」


 なんか嗜虐的な笑みを浮かべてこちらに近づいて来た。

 凪と違い、真冬なのに足を出しているというわけではないが、それでも踏まれるのはちょっとあれだな。

 新たな扉を開いてしまってからでは遅いのだ。


「やめてくれ、もし俺を踏んだりなんかしたら毎日求めるようになるぞ、その足をな」

「ゾワッとしたからやめておこう」

「ああ、そうしてくれ」


 凪が俺の上からどいてくれたからソファに移動をする。


「いつもここで寝ているのだろう? よく風邪を引かないな」

「暖房を点けさせてもらっているからな」

「流石にこの時期は寒いからな、私も両親からは遠慮なく点けろと言われている」


 寝る時間以外は妹や両親だって暖まることができているから気にしないようにしておこう。

 結局のところ金を払えるわけではないからな、だったら黙って言うことを聞いておけばいい。

 働いて払う立場になったらそれがどのような影響を与えるかが分かるだろうからそのときに理解すればいいんだ。


「なんでわざわざ出ていったんだ?」

「職場まで遠くて効率が悪いからだそうだ、だから少し寂しいな」

「だったらこっちに来いよ、俺がいちゃ嫌なら飯の時間だって別にしてやるぞ」


 その間に入浴を済ますとか、両親の部屋にあるパソコンを使わせてもらってネットサーフィンをするとかしておけばいい、いくらでもやりようがある。

 少し問題があるとすれば凪は部活があるうえに塾に行かなければならないということか。


「ありがたいが負担をかけるのは違うからな」

「それなら河瀬が作ってこっちで食べることにすればいいだろ? そうすれば俺も食べられる」

「は? はぁ……自分で動こうとは絶対にしないのだな」


 そう言われても母と妹から禁止にされているんだ。

 動こうとすると「座っていていいから」、早く起きて洗濯干しを手伝おうとすると「まだ寝ていていいから」と言われてなにもできず、だったらまだ直接戦力外通告を貰えた方がマシというものだった。


「お兄は私が作ったご飯でいいでしょっ」

「確かに凪が作ってくれた飯は美味しくて好きだ、だがな、年下の妹に世話ばかりになるのは違うだろ? その点、河瀬なら同級生だしなんだかんだ聞いてくれるから――おい、どこに行くんだよ」

「愛想が尽きた、さよならだ」

「待てって……冗談だ冗談、ただ凪がいるときは家に来ればいい」

「……うるさいから従うとしよう、ひとりで寂しいのは事実だからな」


 よし、妹のためにまたひとついいことができたな。

 先程までの複雑さはもう吹き飛んでいた。

 いまの俺の満足感はすごかった。




「なあ堤、これってどう思う?」

「どう思うってそりゃ、ラブレターだなとしか」


 なんでも、朝教室に来たときからあったそうな。

 それを放課後までずっと抱えていたものの、不安になって聞きに来たらしい。

 非モテ野郎に聞くな、思いきりハートマークのシールが貼ってあるじゃないか。


「だよな……」

「なんだよ? 嬉しくなさそうだな」

「だって振ったらみんな悲しそうな顔をするからな……」


 振ることは前提なのか。

 ま、横の席の少女に夢中なんだから受け入れられるわけがないわな。


「しかも明日の朝に公園に来てくれとか書いてあるんだぜ? 寒いし眠いだろ」

「あんまり内容を言うな、勇気を出して書いてくれたんだろうが」

「そうだけどよ……いいよな、堤はモテなくて」


 ぶっ飛ばしてやろうかこいつっ。

 男子の中では1番河瀬はこいつと仲がいいからできないが、ちくしょう。


「バレンタインデーも憂鬱だ」


 こいつ言ってみたいことをぽんぽんとっ。

 あっちで同性の友達と割といい感じの雰囲気で一緒にいる河瀬を見た。

 が、仮に気づいても俺を助けるなんてしてくれない少女だからうっざい大友に向き直る。


「だったらバレンタインデーだけ学校を休めばいい」

「そんなことできるかよ……――そうだっ、堤が代わりに貰ってくれよ!」

「そんなことしたら俺の死体が出来上がるだけだ、帰り道で遺体が見つかるだろうよ」


 気持ちを踏みにじるようなことはしてはならない。

 モテすぎて困るという体験はしたことはないが、人として最低限の対応をしないとな。

 前日も当日も幸い平日なんだから前日の内にいらないと言っておくのもありだ。

 なにも意思を示さないで相手が分かってくれるだなんて考えるのは間違いだと気づいた方がいいだろう。


「俺はさ、郁から欲しいんだよ」

「いちいち言わなくても分かる」

「別に俺だけにしてほしいというわけじゃない、ただ郁から貰えたという事実が欲しいんだ」

「じゃあ頼めばいいだろ、そうしたら最低でも市販のはくれるだろ」


 あれだけ美味しい飯が作れるのなら菓子だって作ることができそうだ。

 凪のとは柄が違うがエプロンをつけて調理に励む姿……いいな、また見たいな。


「そこだ! 俺は市販のでもいいんだよ!」

「もうちょい静かにしろ、それとも遠回しに伝えているのか?」


 バレンタインデーまでは今日を入れないと15日ある。

 ま、いまから言っておけば作る側である女子的にも楽ではないだろうか。


「あ、俺は部活に行かないとっ、それじゃあな!」

「おう、頑張れよ」


 正直に言ってバレンタインデー? なにそれ? を言うしかない人間だから聞きたくはない。

 母や妹がくれるがそれで喜んでしまったら終わりだと考えている、もちろん感謝はするがな。

 帰ろう、今日はいつもより長居してしまった。

 やっぱり家が1番だ、寝転べるしなにより暖かい。

 学校はエアコンが設置されてあるのに使わせてくれないからなあ、夏だって余程暑くなければ窓を開けただけで対策したと言わんばかりの態度でいるからな、先生達。


「堤」

「良かったのか? 話していたから声はかけなかったんだけど」

「大丈夫だ、みんな彼氏と遊びに行く時間になったとかで解散になった」


 ひぇ……リア充多すぎだろ。

 強がりを言わさせてもらえば俺だって恋愛関連に無縁なだけでリアルは充実しているのだから別に妬んでぐちぐち言ったりはしないけどな。


「バレンタインデーの話をしていてな」

「俺らもそうだよ、男としては重要なイベントだからな」


 これまで1度も家族以外から貰ったことはないけどよ……。

 それでも死ぬわけじゃないから切り替えて生きてきた。

 今年は……どうだろうか、ちろれチョコでもいいから欲しいものだな。


「ちなみに私も作るつもりだ」

「だろうな、河瀬から貰いたがっている野郎は多いだろ」

「ふっ、それは堤もか?」

「そりゃ、河瀬から貰えるなら嬉しいぞ?」


 こういうときは恥ずかしがったり強がったりしてはならない。

 けれどあくまで貰えるのなら嬉しいという言い方をするのがベスト。

 くれと言ったら逆のことを選択したがるのが人間という生き物ではないだろうか。


「まあいいだろう、私があげなければ誰からも貰えないからな」

「凪と母ちゃんからは貰えるぞ」

「それは本来情けないことではないのか?」


 いや、先程はあんなことを言ったがありがたいことだからな。

 同情でもなんでもいい、母はともかく凪からであれば異性から貰えたわけだし。

 なにより凪が優しいままでいてくれるのが良かった、それに後輩系女子から貰えるとかいいだろ? いいよな……?


「なあ、また河瀬が作った飯が食べたい」

「駄目だ、あのとき限定だからな」

「別に河瀬の家じゃなくていいから……」

「無理だ」


 どうせバレンタインデーになったらみんなに作って渡すというのに。


「あのさ、別に嫌いなら嫌いだって言ってくれていいからな?」

「それとこれとは別だろう、仮に友として好きでも料理はあまり振る舞わないと思うが?」

「そうか? 俺がもしできたら遊びに来た大友とか河瀬に作るけどな」


 ああ、作った物を渡す、食べてもらうという行為も、相手の家に行くという行為も女子的には軽い女として捉えられてしまうからなしということか。


「悪い、考えなしだった」

「ああ、分かってくれればいい」

「もう言わねえよ」


 本人が作ってくれると言ってくれるのであれば遠慮なく甘えるが、本人が嫌がっているのなら冗談で口にすることすらするべきではないと思う。

 対異性でも対同性であっても言い続ければ気持ち悪い人間になるからな……。


「って、なんて顔をしているのだ」

「ん?」

「そんなあからさまにがっかりしたような顔をするな」


 鏡がないから分からない。

 ただ、俺は別に普通に片付けたつもりだったんだが。


「そんなに食べたいのか?」

「……言わないっていま言ったばかりだからな」

「いいから」

「……この前のあれは俺用にちょっと濃くしてくれたんだろ? そういう気遣いをしてくれるところもいいと思ってさ」

「ふむ、確かに少し濃い目にしたのは確かだな、私的には濃くなりすぎてしまったが」


 そういうのは例え詫びがしたいという気持ちからくるものでも嬉しいでしょうよという話。

 男ってのは単純だから騙されそうになってしまうんだ、結局可愛かったのはあのときだけだとしてもな。


「ふぅ、仕方がないな」

「いや、無理しなくていい」

「今日は凪も塾がなくてすぐに帰ってくるだろう? 夕食でも作っていれば時間だっていい感じになる、私が自分の意思でやることに文句を言ったりはしないよな?」


 そりゃ、凪がいるときにでも来てくれと言ったのは俺だ。

 それに確かに本人がそう言うなら仕方がない話と言える。


「だから待っていろ、恵子さんにだって許可は貰ってあるから問題もない」

「そうなのか?」

「ああ、連絡先を交換しているからな」


 親と連絡先交換って中々しないのでは?

 そうなるとその親の娘や息子と仲良くなければ意味のない話だ。

 ま、まさか……凪を彼女にするためにいるのか!? 残念だったな、俺と大友よ。


「凪のことが好きでも応援するからな……」

「は? 下らないことを言っていないで家でゆっくりしていろ」


 本当は調理しているところを見たかったが仕方がない、家で大人しくしていよう。


「ぐがー……」


 暖かくて快適すぎる、だからいまにも眠りそうになっていたときだった。


「いまから行く、開けておいてくれ」

「あいよー……」


 彼女から電話がかかってきて鍵を開ける。

 あっという間に電話は切れたが、すぐに本人がやって来てくれた。

 しかもエプロン着用姿で、いいよな、あのときは……後ろ姿を眠りそうな状態で見ていたな。


「可愛いな」

「いいからどいてくれ、これは重いのだ」

「あいよ」


 って、手伝ってやれば良かったか。

 中に入れはしなくても外で待って中継してやれば良かった。


「まだ凪は帰ってきていないのか」

「そうだな、冬は短いからそろそろ帰ってきてもいい頃なんだけどな」


 とかなんとか言っていたら「ただいまー」と、帰ってきたようだ。


「あっ、お兄が河瀬さんを連れ込んでる!」

「ま、似たようなものだからなにも言わないぞ」

「ってあれ? わぁっ、河瀬さんが作ってくれたんですかっ?」

「そこの男に作れるわけがないだろう? 私が作った、凪と一緒に食べるためにな」

「嬉しいですっ、手を洗ってきますねっ」


 当たり前のように俺のことは含まれていなかったがどうでもいい。

 また河瀬が作ってくれた飯を食べられる、それだけで十分だった。

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