25作品目

Rinora

01話.[入れないからな]

「いってぇ……」

「当たり前だろう、女がいたからって無茶するからだ」


 先程、曲がり角を曲がったら自転車がすぐそこにいて真正面からぶつかった。

 彼女の言うように、大丈夫、全然痛くないって強がった結果がこれである。

 でも、あからさまに痛がったら悪いだろ?

 相手は女子高校生だったし、なにより女子小学生も近くにいたし。


「それはほら、河瀬もいたからさ」

「それで後で痛がっていたらなんにも意味がないだろう」


 彼女――河瀬いくは呆れたような顔でこちらを見てきた。

 女子だから分からないんだ、男だから一応は格好つけたがる生き物なのだと。


「腹はどうだ? ん、大丈夫そうだな」

「あの……女子がそういうことを外でするのは避けた方がいいかと」

「なにを言っているのだ? 心配だから一応病院に行ったついでに頭も検査してもらった方がいい」


 彼女は普段からこのような感じだから気にしなくていい。


「それではな」

「おう、隣だけどな」

「はぁ……憂鬱だ」


 俺達は同じマンションに住んでいる。

 とはいえ、俺の方は両親と住んでいるが。


「ただいま」

「おかえりー」

「今日は早いんだな」


 中学2年生の妹が堂々とだらけていた。

 ソファは独占されてしまっているから俺も私服に着替えて適当なところに座らせてもらう。


「お兄、今日も河瀬さんと帰ってきたの?」

「まあな、家が隣だからな」


 その気がなくても勝手にそうなる。

 俺らは特別親しいというわけではないから基本的にそんな感じかね。


「いいなあ、ひとり暮らし」

「部屋があるからまだいいだろ」


 両親と妹の部屋だけはちゃんとある。

 だから俺はいつも妹がいま寝転んでいるソファで寝ているのだ。


「ちょっと行ってくる」

「ああ、迷惑をかけるなよ?」

「大丈夫っ」


 いつまでも子どもっぽくて不安になる妹だった。

 ただまあ、河瀬が楽しそうに事後報告をしてくれるので悪いことではないのだろう。


「やっぱり連れてきたっ」


 先程と違って私服姿の河瀬がやって来た。

 黒色の長い髪を珍しく結っている。


「視姦されているような気がするのだが」

「コーラと麦茶、どっちがいい?」

「麦茶でいい」

「あいよ」


 妹、なぎにはコーラを。

 ちなみにこの間にも河瀬に抱きついて楽しそうにしている妹。

 正直に言えば羨ましい。

 河瀬は出るところがちゃんと出ているし、へこむべきでところはちゃんとへこんでいるから。


「じろじろと見るんじゃない」

「いや、凪が羨ましくてな」

「お兄も河瀬さんに抱きつきたいの?」

「おう」

「残念だがさせないぞ」


 するかよ、男だからこれは仕方がないことだ。

 隣に同じクラスの異性が住んでいるとか青春物語みたいだからな。


「はぁ、先程も女の前だからって格好つけてな」

「なにがあったんですか?」

「こいつに自転車が直撃したのだ、しかも進んでいる状態でな」


 寧ろ止まっていた自転車に直撃したら無様ではないだろうか。

 だからいいんだ、少なくともださすぎるなんてことにはなっていない。

 あの女子高校生には精神的負担をかけてしまったかもしれないが、痛かったからまあ多少は許してほしい。


「大丈夫なの?」

「ああ、心配してくれてありがとよ」

「そりゃ心配だからね、誰だって家族に痛い思いとかしてほしくないでしょ」


 あ、こういうところは昔から変わっていなくていいなあ。

 だが、自分のことを考えずに相手のために動くことがあるから兄として家族として不安だ。

 結果、怪我して帰ってきました~なんてことも多いからな。


「凪、この傷はどうしたのだ?」

「あ、彫刻刀で彫っていたらぐしゃってなっちゃいまして」

「気をつけなければ駄目だぞ? そこのは男だからいいが、凪は乙女なのだからな」


 よく気づいたな、つか凪は自分のことをあんまり話さないから嫌だった。

 だからどういう風に中学校に通っているのかを知らないし、部活だってどういう風にしているか分からない。

 大会なんかがあっても絶対に時刻や場所を教えてくれないから見に行けてないというのが現状なのもなあ。


「あ、そろそろ塾に行かなくちゃ」

「気をつけろよ」

「うんっ、行ってきます!」


 塾、塾ねえ……そんなのしなくたって俺らの高校には普通に入れるのに。

 卑下するわけではないが俺が事実塾なんか行かないで高校に入学できたんだから。

 それに凪は真面目だし普段からやっているから問題もないだろうに。


「堤でも入れたのだ、塾なんか行く必要はないと思うがな」

「郁だけにか?」

「は? はぁ……凪が同級生なら良かった」


 これ以上冷たい視線を向けられてもゾクゾクするだけだからやめておこう。

 凪がいなくなったからなのか河瀬はこちらには特になにも言わずに出ていった。

 所詮この程度の仲だ、なんにも始まりはしない。

 それになにより、あの学校には河瀬と仲がいい男子がいる。

 そいつは河瀬の隣の席の人間で、休み時間になれば必ず話をしているぐらいだ。

 大好きな読書をやめてまできちんと相手をするところを見るに、相性はいいんだろう。


「それこそ隣の家の住人がそいつなら良かったって言うよな」


 ま、そればかりは我慢してもらうしかなかった。

 どこかに行ってやれるほど金を持っていないんでね。




 学校に行けば所謂普通の学校生活を過ごすことができる。

 苛めをされているわけでもないし、やかましいというわけでもないし、授業に集中しておけば真面目な委員長とか教師に怒られることもないし、周りは自分が思っているほどこちらになんて興味は抱いてないからな。


「ん」

「ん?」


 彼女は廊下の方を指差して先に歩きだす。

 どうせやることもないからと付いていったらこっちを睨んできたように見えた。


「どうした? なんか俺が気に入らないことでもしていたか?」

「いや、そうじゃない、ただ堤に会いたいという女がいてな」


 彼女の後ろに隠れるようにしてこちらを見ている女子が。

 ああ、どうやら昨日の女子みたいだ、よく分かったものだな。


「ほら」

「……き、昨日はごめんなさい!」

「昨日も謝ってくれただろ、だから別に気にしなくていい、あ、ただ気をつけた方がいいのは確かだけどな」


 お爺とかお婆だったらすっ転んでどこかしらを折って損害賠償に、なんてことにもなりかねないからな。

 これは名字すら知らない女子のためを思って言っていることだ。


「で、河瀬の友達なのか?」

「いや、特に関わりはないな」

「なら、河瀬は同性が思わず抱きつきたくなるような魅力があるのかもな」

「知らん」


 河瀬は冷てえなあ……。

 まあいいや、女子も納得したのか上に行って……って、年上だったのかよ。


「つかさ、んってなんだよ?」

「教室で話しているところを見られたくないのだ」

「そうかい……」


 好かれているどころか嫌われているよなこれ。

 なにをした? 別に悪口を言ったわけでも、セクハラをしたわけでもないのにな。

 考えたくはないが、もしかして単純に顔が不快とか臭いとかか?

 でもそうなら思春期の凪が言わないわけないよな、男の扱いなんて便利屋ぐらいでしかないんだから。


「はぁ……」

「どうしたんだよ?」

「ん? 別になんでもねえよ……」


 いま話しかけてきたのは河瀬の隣の席の男子、大友芳樹よしきだ。

 わざわざご苦労なことだ、少し歩かなければならないというのに。


「もしかして郁となにかあったのか?」

「なんにもない」

「そうなのか? ま、なにかあったら言えよ? 俺がサポートしてやるから」

「ああ、さんきゅー」


 本当になんで俺は河瀬と同級生になってしまったんだろう。

 それこそ凪が姉でいてくれたらここまで惨めな思いを味わわずに済んだのに。

 授業が始まっても悲しい気持ちのままだった。

 あんなことを言われるぐらいなら所詮クラスメイト程度の位置に戻りたい。

 しかも俺らは中学時代から一緒にいるんだぜ? 転校してきたからサポートだってしてやったのにさ。


「はぁ……」

「堤、ため息なんかついてどうしたんだ?」

「あ、すみません、なかなか内容が難しくて」


 しまった、思いきり出してしまったようだ。


「気持ちは分かるが大きくため息をつくのはやめてくれ」

「すみませんでした」


 評価を悪くすると後で必ず面倒くさいことになる。

 河瀬に嫌われていることよりもそっちの方がよっぽど問題になる、気をつけよう。

 昼休みに突入して、凪が作ってくれた弁当を席で食べていくことに。

 美味えなあ、河瀬と違って可愛げがあるな。

 もしこれで急に反抗的になったら引きこもるぞ。

 まあそれで文句を言われるまでがワンセットだが。


「お、おいおい、もう少し静かに置けよ」

「そうだな、机に悪いからな」


 勝手に前の椅子だけを借りて俺の机の上に弁当箱を開封していく河瀬。

 話しているところを見られたくないんじゃないのか? なんていちいち言うことはしない。

 利用したいということなら利用させておこう、男なら細かいことは気にしないでおけばいい。


「なんかお洒落だな」

「いただきます。まあ、一応彩りを気にしているからな」


 偉いよ、なにもかも自分でやっているんだから。

 俺なんか凪とか母ちゃんに任せてだらーっとしているだけだし。

 部屋がなくても我慢している分、少しはやってほしいという考えもある。

 とはいえ、全部任せきりなのもそれはそれで申し訳なくなってくるというのが実情だった。


「河瀬、横髪がつくぞ」

「触るな、私のなのだから分かるに決まっているだろう」


 もちろん、触ってなんかいない。

 手を伸ばしたら勝手に体を抱くような女子みたいなことを彼女がしただけ。

 信用ねえ……腕にすら触れたこともねえってのに。


「格好つけたがる癖、直した方がいいぞ」

「別にそういうつもりじゃないんだけどな」

「なにかがあっても『気にするな』で終わらせるだろう」


 責めたってなにかが変わるわけでもない。

 衝突する方が面倒くさいことになるから折れておけばいいのだ、全てでとは言えないがな。

 

「大友と食べなくていいのか?」

「他の人間と食べているからいい」

「遠慮するなよ」

「うるさい、いいから凪が作ってくれた弁当を味わって食べていろ」


 飯を食べるときぐらい小言を言われたくないんだ。

 嫌いなのは分かったからもう放っておいてくれればいい。

 隣だからって凪が連れて来なければこちらに来ることなんてないんだしな。




「ただいま」


 帰宅したら誰もいなかった。

 今日は部活か、凪がいてくれないと寂しいもんだ。


「はいはい」


 インターホンが鳴って出てみたら無表情の河瀬さんが。


「凪はいないぞ、部活の後に塾もあるからな」

「少し付いてきてほしい」

「ま、別にいいぞ」


 適当な私服に着替えて外へ。

 1月ということもあってすっごく寒いが。


「……今日はすまない」

「なんの話だ?」

「教室で話しているところを見られたくないと言ったことだ……」


 ああ、俺があまりにも表面に出しすぎて謝罪しなければならないという気持ちにさせてしまったのか。


「気にするなよ、面白いことも言ってやれないからな、話しかけたくなければやめればいい」

「……気恥ずかしかっただけだ、話しかけたくないのであれば一緒に弁当を食べたりはしない」

「そうか? ならいいけど」


 結局のところ決めるのは彼女だ。

 聞く側の俺らはそれでどうしたい? と聞いてやらなければならない。

 しかし大抵は本人の中で答えは決まっているという状態で、つまりは後押しが欲しいだけだというのが実情だ。


「しかも私は……もっと可愛げのないことを言っただろう?」

「信用できないかもしれないけど、俺は無闇に触れたりはしないぞ」

「ああ、分かっている、もうほぼ5年の仲なのだからな」


 彼女はそこで足を止めてこちらを見てくる。

 俺はこんなときだと言うのに、いい身長差だよなあなんて考えていた。

 約14センチぐらい離れている、なんかこれぐらいがいいってどっかで見た気がするんだよ。


「なるべく冷たくならないようにするから……相手をしてほしい」

「来てくれれば相手をするから大丈夫だ」


 つかこれが言いたいだけなら家の前でも良かっただろうに。

 それこそ気恥ずかしさでもあったのだろうか?


「それでどうしてため息なんか?」

「……河瀬に嫌われていると思ったら悲しくなってな」

「き、嫌っているわけではないぞ、今日のだけで判断したらそう見えるかもしれないが」

「ああ、だから明日からまた普通に学校生活を過ごせそうだ」


 俺らが最低限の関係を続けていないと凪とも河瀬が会いにくくなるから気をつけなければ。

 凪が悲しんでいるところは見たくないし、凪が俺に冷たくなるところも見たくない。


「戻ろうぜ、寒い……」

「あ、すまない……」


 リビングで我慢していられるのは暖房を点けてもいいと言われているからだ。

 電気代はなんか滅茶苦茶高くなっているらしいが、優しい両親と凪が点けなよって言ってくれるからいい。

 というか点けないと本当に凍え死ぬから仕方がない、死体が出来上がることよりも高額な電気代の方がいいと判断しているのだろう。


「じゃあな、暖かくしてろよ?」

「あ……」

「ん?」


 彼女はそこでこちらの袖を掴んできた。

 ……不意にこういうことをされると男としてドキッとするからやめていただきたいね。


「……いまから夕食を作るのだ、食べていってほしい」

「え、上がれって?」

「運ぶのは面倒くさいからな、そういうことになるな」


 まあいいか、上がらせてもらおう。

 間取りは同じだから……って考えていた俺が馬鹿だった。

 もうなんか違うんだよなってすぐに分かったから。


「こ、ここにひとりは結構贅沢だな」

「父が私に甘くてな、どうせ暮らすなら大きい方がいいと考えてここにしたらしい」

「ここを選んでくれて嬉しいけどな、凪だって喜んでる」


 これだったらまだ俺の家で作ってもらった方が良かった。

 まあいいかじゃねえんだよ、簡単に異性の、ひとり暮らしをしている人間の家に入るなよ。


「なにをそんなにそわそわしているのだ?」

「俺らは異性なんだぞ? 簡単に家に上げたりするなよ」

「問題もないだろう、どうせ隣なのだし」


 そういう……ものなのか? 何気にこれが初めてだったりするのだが。

 いやでも入っておいて今更文句を言うのは違うからやめておこう。

 それから20分ぐらいが経過した頃、河瀬が「できたぞ」と言ってこちらへ持ってこようとしたのだが、流石に他人の家でなら手伝わなければ食べる資格なんかないため手伝わせてもらうことにした。


「別にこれぐらい問題もなかったが」

「いいんだよ、食べさせてもらうんだから」

「そうか」


 彼女が作ってくれた料理は和食って感じのものだった。

 脂っこい物を食べているイメージがないため違和感というのはなく、それどころかとても自然に見えた。


「食べよう」

「おう、いただきます」


 あ、男の俺が食べるということで少し濃い目に作ってくれたのかもしれないということがすぐに分かった。


「美味しいぞ」

「我流だがな」

「凄えよ、俺はなんにもできないからな」

「少しは凪に協力してやれ」

「そうだな……このままじゃ兄として駄目駄目だからな」


 なにかをすることで後で嫌われるのだとしても延長できるかもしれない。

 とはいえ、逆効果になる可能性も高いというのが難しいところで……。


「あっ、それと今日のこれは詫びのためにだからな? もう入れないからな?」

「分かってるよ、本当に信用できて好きな人間だけ入れればいい」

「好きな人間なんていない」

「これからの話だよ」


 こういうタイプに限って1度自覚するとのめり込んだりするんだよな。

 だからあのクラスの中で彼女と1番仲がいい大友にはきちんと見ておいてやってほしかった。

 

「ごちそうさま」

「食器は置いたままでいい」

「いや、自分で持ってくからな? そこまで自堕落な人間じゃないぞ?」

「ふっ、そういうのを疑っているわけではない」


 意地でも持って行くことを許可してくれないようなので諦めて家に帰ることにした。


「ありがとな」

「礼なんかいらない、愛想を尽かさずにいてくれれば」

「それはこっちが言いたいことだけどな、それじゃ」


 河瀬に影響されて少し掃除でもしてみるかと動いてみた結果。


「お兄はいてくれるだけでいいよ」

「そうよ、気持ちはありがたいけれどね」


 妹と母からありがたい言葉をいただいて――なわけない。


「いやでも――」

「私がやるから大丈夫よ」

「私だっているし」

「あ、はい……」


 自分のできる範囲で頑張ろうと決めた。

 将来ひとり暮らしをした際に困ることにならないよう覚えておかなければならないから。

 ま、恐らく……俺はいつまでも実家暮らしでいそうだけどな。

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