第13話 天憑(あまつ)きが守りし、ココの島。

◇◆



 黒点から這い出てきた渦生かじょうが、朝焼けに彩られた空を蝕ばむ。陽の光はなく黒にくすんだ天空は無残に裂かれていた。地上から垂直に裂けていく亀裂。それを見上げながらシュルツは鉄杖を高々と掲げる。


「焼けるような匂い。まさにこの場こそが戦場なのですね」

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。焦っていては十分な能力も出せないし、なによりココたちの方角に敵を逃す失策を招くかもしれない。シュルツの目の前に広がった光景。魔術によって大気が焼かれた独特の空気感に肌が泡立ち、強い敵と戦いたいという衝動が抑えきれない。シュルツは一気に森から抜け出て丘陵地帯を登る。視界は広がり、草原がシュルツの目の前に広がった。シュルツの脳裏に先ほどの自分の戦いが情景となって思い出される。自分の戦闘方法には改善する点がいっぱいある。それをこの戦場でより洗練されてものに練磨しようと心に決める。


「シュルツ様。ここは危のうございますよ」


 5彩色の髪をした女性がひらりと空から舞い降りる。その整われた横顔は凛とした美しさに彩られ、一部の隙もない。その女性にシュルツは笑顔を向けた。


「ユリさん。僕はペルンさんから加勢するようにと言われて来ました。ココの敵はどこですか? ぶっ殺しましょう」

「ペルンさんから?」


 ユリは肩口で切り揃われた髪をやや傾けて、シュルツの左胸をちらりと横目で確認する。その失った腕は魔術によるものでも、まして魔獣によるものでもないことは一目瞭然。ユリは袴の腰帯に差した刀の柄を無意識に触りながら「なるほど。黒魔術師を撃退できたのですね。そうであるなら、やはり来訪者の力を制御できたのですね」と合点したように小さく呟いた。


「分かりました。ペルンさんがそう言われるのならば、シュルツ様はということなのでしょう。それでは、あちらをご覧下さいませ。あの黒点を消し去らない限りクソのような黒魔術師が沸いて出て来るのでございます。おそらく高位黒魔術師が黒点を維持していると思うのですが、臆病風にでも吹かれているのか隠れて出て来てくれない状況でございます。が、あともう一押しでございましょう。それで不躾ではございますが、シュルツ様には黒点から生じる渦生の掃除をお願いしてもよろしいですか?」

「ええ、分かりました。それと僕には敬称はいりませんよ。シュルツって呼んで下さい」

「お戯れを。ココ様の従者であらせられます方に敬称を略すなどもってのほかでございます。シュルツ様、私は黒点の影に隠れている黒魔術師の首を取って参ります。どうか貴方様もご無理をなさいませんように。それと何度も申し上げていることですが、敵は素早く殺すのでございます。その道理を聞く必要はございません。すべてを斬り捨てること、努々ゆめゆめお忘れなきようにお願い申し上げます」


 ユリは深くシュルツに一礼をして黒点を見上げた。そのまま抜刀と同時に地面を蹴り上げ、宙を駆けて行く。ユリはココたちが住む浮島でずっと昔から巫女をしているのだという。彼女自身が言うには、自分は『大樹の守り目』であり、山の頂に在る祠を管理している者だと教えてくれた。大樹の守り目である彼女は浮島において最強。その実存強度は9.8950であり、その強さは他の追随を許さず圧倒的だ。

 その宙を駆けて行くユリの姿を見上げてシュルツは鉄杖を構える。シュルツの視線の先には巨大な渦生かじょうが空を這いずり回り、大地に降りようと長い触角を百足のように蠢かしていた。

 

「地に降りようとしているのですか? 向こうからこちらに来てくれるなんて千載一遇の好機です。絶対に逃しません」


 シュルツは鉄杖を握りしめて全速力で渦生の直下に駆け込んでいくのだ。

 渦生はシュルツの存在などに意に止めた様子もなく自身の背中を震わせ、浮島のエーテル搾取に取り掛かる準備をしていた。渦生の背中には多数の卵が薄い皮膚の下に抱えられており、その身を振るわせることで羽化を促している。きゅろきゅろと卵が動き皮膚を破って蜘蛛に似た物体が顔を出す。渦生が生み出す魔物―――黒針くろぬいぬめった目を光らせて浮島の大地に降下し、浮島に生息する植物や動物そして土さえも喰らってエーテルに変えていく。それら黒針くろぬいは親である渦生にその喰ったエーテルを持ち帰り、それを繰り返すなかで浮島は朽ち果て天異界から消えてしまうのだ。


 実存強度

   シュルツ       4.2700

   渦生(1個体)    5.3480 

   黒針(多数)     3.5695~4.665


 シュルツは鉄杖に連樹子を一筋這わせる。それは紅く輝く刃となって渦生が支配する闇を切り裂く。鉄杖を刀のごとく振るうシュルツに斬り捨てられていく黒針は、そのシュルツを囲むように群れ集まった。

 黒針たちから取り囲まれ、その黒針から発せられる相手を喰い殺さんとする殺意が突き刺さる。まるで肌を焼くような獰猛な殺意をシュルツは初めて感じた。

 シュルツは歓喜に打ち震えてしまう。


「体を得て見る世界は本当に素晴らしいです。殺意がこんなにも美しく輝くものだったなんて僕は知りませんでした」


 目覚めたばかりのシュルツには搦め手を作戦に織り込むという発想はない。敵陣に真正面に飛び込み周囲を黒針から包囲されるという最悪の結果を招いた状況の中でも、シュルツは歓喜のただ中にいた。黒針から自身に向けられる魂を喰い破るほどの殺意こそがシュルツには美しかったのだ。

 一つ、また一つと実存強度を無視したシュルツの紅き刃が振り下ろされる。剣術のいろはもなく、身体能力のみで振り回される鉄杖は暴力の化身となって黒針を次々と殺していく。それはとても異様な光景。なぜならシュルツの後ろに当然に出来るはずの屍の山はなく、すべてが連樹子の力で存在ごと消え去っていたのだから。

 

「次から次に敵が湧いてくるなんて、本当に素敵ですね!」


 シュルツは全てを平らげた。浮島の大地に群がっていた黒針は既に跡形もなく、空には渦生が一匹だけ残されている。紅銅に不気味に輝く鉄杖をくるくると回して、シュルツはにっこりと笑った。


「さてさて、早く僕の所に降りてきてくれませんか。もう残すところ渦生、貴方しか残っていないのですからね」


 眼光鋭く鉄杖の切っ先を渦生を向け挑発の仕草をする。黒針を殺された渦生はシュルツに対して激しい敵意を露わにして、噛み砕かんと口を大きく広げて空から一直線に落ちてきた。あっと思う間もなく、シュルツが立っていた地面ごと飲み込んだ渦生は、そのまま身を翻して天高く黒点を目指して飛翔していった。



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