第11話 修久利、世界の理を超越するのもの。

◇◆



「天異界一層のレベルを遥かに超える隠蔽とその防壁。どれほどの豪傑が出てくるかと期待すれば、スクラップ同然の魔動器人形1体が出てくるだけとはな。興覚めだ」 

「ふむ。我ら2名が出向く必要もなかった。いささか慎重すぎたか。早々に魔動器制作者を引きずり出し、この浮島を砕くとしよう」


 黒魔術師の二人が落胆の色を強くにじませている。彼らの背後では力づくで突破された隠形防壁が黒煙を上げて、無残な姿を晒していた。ココが創り上げた傑作の魔動器であっても、黒魔術師の前では時間稼ぎにもならなかったのだ。

 ココの家屋。その玄関先に普段通りのペルンが、いつもの農作業に行くかの調子で立っている。黒魔術師を前にしてあまりにも緊張感を欠く様子に、黒魔術師は訝しみ観察を続けていた。ペルンの姿がいつもと違うところといえば、彼の手には愛用の農具ではなく刀が握られていたこと。


「御託はいい。さっさとかかってくるべよ」


 黒魔術師の一人が漆黒の制御式を編み、その魔術の閃光の中心をペルンに定め、球体を形成した。その球体にペルンを閉じ込めて爆縮するのだ。その極端な圧縮に周囲の空気が引きずり込まれ、強風の渦が形成されていく。その光景は遠目からでもはっきりと見てとれた。黒魔術師が操る黒魔術の執行を、シュルツは山を下りながら否応なく目に叩きつけられていた。シュルツは即座に戦闘態勢をとり、測波によって300テリテ(*300m)先にいる黒魔術師の実存強度を判別する。


 実存強度

   ペルン     2.5550

   黒魔術師A   7.1130

   黒魔術師B    7.4171


 ペルンと黒魔術師の実存強度を観ればその差は歴然だ。早く駆けつけないと黒魔術師に蹂躙されてしまう。シュルツはペルンから貸与された鉄杖を強く握りしめ、黒魔術の閃光に向かってさらに加速する。

 しかし、その閃光は唐突に終わりを告げた。魔術が完遂される前に内側から縦に真っ二つに割れたのだ。驚愕する黒魔術師の上擦った声が聞こえる。


「どういうことだ? なぜ魔術が斬られる? ま、まさか修久利しとめの剣技なのか。しかし、なぜ人形ゴミ程度の者が修久利しとめを扱えている?」

「黒魔術で俺の畑を荒らすんでねえ」


 黒魔術師の術派生効果で生じた真空波がココの家屋、畑、木々を暴虐に引き裂いていた。黒魔術師が次の魔術を放つための制御式を成そうと後方に一旦下がる。その一瞬の間にペルンは黒魔術師の眼前に迫り、そして通り過ぎた。


天初示てんはじ雨刹断あまいず


 一刀による斬り落とし。頭から縦に両断された黒魔術師は左右の半身をそれぞれ別方向に吹き飛ばされた。その隣にいた黒魔術師もペルンの刀から逃れようと、身を翻すが、ペルンの返し刀で下から上に向かって両断される。余りにも速すぎる攻撃に黒魔術師は十分な反応すらできずに斬り捨てられた。

 だが、相手は『天則ノ者あまつことわりのもの』だ。実存強度でペルンよりも上位者である黒魔術師には攻撃が通らない。その攻撃は無効化され、黒魔術師はすぐさまに先程の攻撃前の状態に戻ってしまうはず。

 しかし、数秒たっても復活するはずの黒魔術師はそのまま起き上がることはなかった。ただ地面に無残な屍を晒しているのみ。

 ようやくペルンのもとに辿り着いたシュルツも、目の前の常識破りな光景に声を発することができないでいた。

 抜刀から二振り。その二振りで勝負は呆気なく決してしまったのだから。

 ペルンは顎に手を乗せ森の方角を見やる。彼は目が天になっているシュルツに陽気に手を振った。


「よお。シュルツ、制御魔動器の解放は上手くいったみてえだな」

「ペルン先輩! まだ終わってはいないはずです。黒魔術師の実存強度は僕たちよりも上位。必ず復活してしまいます。だから早く止めを刺さないと。僕の連樹子なら―――」

「大丈夫だべ。俺の畑の肥やしさしてやったべから、復活することはねえ」


 彼の言う通りに黒魔術師は復活する様子もなく、その屍から黄色い蛍火が泡のように溢れて出ていた。その蛍火の一つ一つが魂であり、黒魔術師に囚われていた者たち。その魂が輪廻に還っていく光景が目の前に広がっていた。

 

「す、凄い! ペルン先輩、凄すぎます。僕の鉄杖では黒魔術師を倒すことはできなかった。存在強度で勝る黒魔術師を刀で両断できるなんて、本当にペルン先輩は最高にカッコいいです」


 興奮したシュルツが前のめりでペルンに捲し立てていく。ペルンはにやりと笑い「ま、先輩として当然だべさ」と顎に手をやって恰好を付けていた。


「それよりもだ、シュルツ。お前は戦闘の腕を鍛えに行ったのに、自分の右腕をどっかに置いてくるのとはな。ったく、まだまだネギ坊主のままだな」

「それは‥‥‥その、すみません」

「まあ、シュルツが無事ならどうってことはねえ。どうだ? 戦いで何か掴めたべか?」

「はい! とっておきの力を手に出来ました」


 そんなやり取りをしている最中、遠くの空で閃光が明滅する。

 その数秒後には砂と岩を含んだ衝撃波がシュルツとペルンに襲い掛かってきた。が、シュルツは連樹子の展開によって、ペルンはゆらりゆらりと身をかわして岩の直撃を防ぎながらシュルツが使っている力に目を細めていた。


「ペルン先輩、黒点の方にも敵がいるようですね。あいつらもココに仇為すものです」

「ほう? 黒点付近にまでエーテル観測ができるとは大したもんだ。シュルツ、お前の言う通り、黒点にいる敵は殺さねえとなんねえ。というか、なんだ。戦いてえのか?」

「当たり前です。ココの敵は皆殺しですから」

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