第10話 震える少女の指先、凍える命。

◇◆


 シュルツを送り出して、ココは地下室に一人いた。ペルンは隠形防壁展開と哨戒のために庭先に出ている。 

 ココは地下室に設置されている巨大な魔動器の前で黒点について分析を開始していた。魔動器のコンソールを流れるように叩く音。少女を囲むように幾多のモニターに幾何学的な波形が映し出され、それが示す意味に大きく頷く。「うん。空間転移魔動器との接続は上手くいった」ココは家屋二階に設置されてある魔動器を遠隔で接続したことに、両手に拳を作って胸の前で気合を入れる。あとはエーテルの確保とその充填作業だ。

 薄暗い地下室の魔動器管理室。そのなかでココは作業を続けていた。彼女の白い指先が突如として止まった。


「けほっ。けほけほっ」


 思わず咳き込んでしまうのを手を口に当てて必至に抑える。痙攣する体を前のめりにかがめて自分の体が落ち着くのを待ち続けた。いつものこと。これはいつものことだから。そう、いつもの発作だから。と心の中で冷静になれと念じる。手のひらを濡らす血のぬめりを拳の中に隠して、でも震えるように手が宙を彷徨っていまう。ふと、その手が何かを掴むように胸の前で止まり、そこに確かな温もりを感じた。系譜原典であるココだからこそ感じられる感覚。


「‥‥‥シュルツ」


 シュルツの存在が胸の中で温かさとして鼓動するのが感じられた。系譜原典とその従者は繋がりとなってお互いに存在を感じ取れる。その存在を感じ取りながら操作パネルに手を戻そうとしたとき、その温もりが突如として漆黒に沈みゆく。この暗き感覚は黒魔術師に他ならない。シュルツが黒魔術師と対峙したんだ。不安が込み上げてくるが、シュルツは大丈夫だと自分に言い聞かせる。だけど、不安は膨れ続けて作業のてが止まる。だから、もう一度声に出して「大丈夫っ」と自分に言いかけた瞬間に、彼の存在が針のように豹変し胸奥に突き刺さった。思わずココは、その場に凍り付いてしまう。「まさか、解放されてしまったの―――っ」シュルツがまた飲まれてしまったのだと結論して動揺が走るが、強く首を振って頬を叩く。原典系譜である自分が取り乱してどうするのだ。本来の機能の解放なら、いち早くシュルツのもとに駆けつけなくてシュルツを助けなきゃならない。

 ココは身を翻して地下室の出入口に駆けるが、


「え? どういうこと?」


 系譜から伝わってくるシュルツの存在が先ほどとは打って変わって平常時の状態に戻っていたのだ。驚きがココの足を止め、再び系譜を辿りシュルツの存在を感じる。あの感覚はシュルツが異常行動を起こす前触れで間違いないはず。でも、原典系譜が感じ取るシュルツは平常そのもの。しかも、黒魔術師の存在は既に小さく感じられていた。ココは八核オクタ・コアにアクセスし、行動状況を報告させる。


八核オクタ・コアも私が異常を感じた時間に、強制稼働している。でも、数秒で終わっている。一体何が起こったというの?」


 ココの周囲で稼働する魔動器を見渡して、それから再び八核にアクセスする。どの魔動器にもエラーはなく、正常に動作していた。何の異常もない。でも、やはりシュルツのことが心配。だから、自分が直接シュルツに会って確認しないといけない。

 ココが扉に向かって走り出したのに合わせて、


「ココ。隠形防壁の稼働はバッチリだべよ」


 地下室の扉が開いて、隠形魔動器の起動作業をしてきたペルンが顔を出したのだった。彼はココが地下室から出ようとしているのを見て、そのまま彼女の前まできて彼女の頭をがしがし撫でた。「大丈夫、心配いらねえべ。シュルツはシュルツのままだべさ。それによ、いざとなったら俺がシュルツのケツ引っ叩いてでも正気に戻してやるべえよ」ペルンはニカっと笑って、ココの手に零れた血糊と頬に着いた血を綺麗にふき取っていく。


「シュルツには八核が一緒にいる。あいつらは只の魔動器じゃねえ。だから、シュルツは大丈夫だ」

「‥‥‥うん。でも、何だか心配になっちゃって」


 俯きながら話すココの頭を、ペルンはがしがしと撫でた。


「俺やユリ、まあ、シュルツはネギ坊主のままだが、黒魔術師にやられたりしねえべ。まあ、特に最強なのは俺なんだが。まあ、んだからココはもっと皆に甘えて良いんだべよ。俺やユリ、そしてシュルツに。甘えることが肥やしになって、自分という花と実をつけるもんだべ」

「うん」


 ココの口元が微かに和らぐのを見てペルンは胸中で思う。ココはユングフラウから新たな命を貰ったのだ。以前のように命を擦り減らすような道具としての役割は終わったのだ。自由に生きていい。それが二度目の生を与えたユングフラウの願いなのだから。


「うん。私にはペルン、そしてユリちゃんがいる。いつも私を気遣ってくれる。だから私も頑張りたい。この浮島はみんなの思い出がつまってる。大事にしたいんだ」

「ああ、そうだな。それにシュルツのネギ坊主も頑張ってるべからな。みんなで浮島を守るってもんだべよ」

「私は引き続き黒点の分析と、魔動器の連結作業を続ける」


 いつもの会話。家族として過ごしてきた思い出が二人の間に浮かび上がっていた。そんな彼らを警報が切り裂く。


「ったく。もう気付きやがったみてえだな。んじゃ、俺は黒魔術師の相手をして来るから、ココは空間転移魔動器の稼働を頼んだべさ」

「大丈夫、無理はしない。だから、ペルンも無理しないで」

 

 片手を振って了解の合図をしながらペルンの後姿が分厚い扉の向こうに消えていく。ココは再び魔動器のコンソールを操作しながら、液晶魔動器に映し出されている黒点を睨みつけた。黒点が鳴動を起こすまであと20分弱。それまでに魔動器を稼働させて黒点を消滅させてやるんだ。

 調整器が一際高く合図音を上げた。それはシュルツが解除した制御魔動器からのエーテル供給が連結したことを意味する。「よし。もうひと踏ん張り」ココは力強く魔動器を稼働させる。家族みんなでこの家を、浮島を守るんだとさらに集中力を高めていくのだ。


◇◆

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