第11話 混沌の時代の幕開け
ピノアとナユタが、サクラの部屋に招かれた頃、女王の間にイルル・ヤンカンシュが青ざめた顔で入ってきた。
「ステラ、レンジ、ふたりに急ぎ確認したいことがあるんだ……
キミたちに限ってそんなことはないと思うのだけど……」
ステラやレンジ、そしてピノアにとって、イルルは17年前に世界を滅亡の危機から共に救った仲間であった。
現在はその肩書きこそ上下関係はあるものの、それはあくまで形式上のものであり、実際には当時と同じ関係のままであった。
「昨晩、ジパングの双塔の城アメノミハシラに賊が侵入したと報告が入った。
城にいたすべての防人や陰陽師たちは、すべて殺害されたらしい。
ふたりの女王は行方不明だそうだ」
その報告に、ふたりの顔は青ざめた。
ジパングの防人や陰陽師、そしてシャーマンであり太陽の巫女であるふたりの女王の力を、ふたりはよく知っていた。
ふたりの女王もまた、共に世界を救った仲間だったからだ。
世界から魔法やエーテル、精霊といった存在が失われたとしても、陰陽道やシャーマニズムには全く影響がない。
ジパングには、龍脈というエーテルや精霊とは異なるエネルギーが存在するからだ。
「ただの賊に出来ることじゃない……」
「そうね……わたしたちでも、魔法が失われた今となっては、マヨリやリサどころか陰陽師たちに太刀打ちできるかどうか……」
賊は、エウロペの隣国であり同盟国でもあるランスの竜騎士団長と四人の部隊長だという。
「ありえない…… ランスの竜騎士に限って……」
被害は城内だけで済み、幸いにも城外に死傷者はいなかったとのことだが、それでも100人以上の犠牲者が出たという。
城内の死者はすべて、槍によって殺害されており、ジパングの民からは五翼のドラゴンが城のまわりを飛んでいたという目撃情報が上がっているとのことだった。
ランスの竜騎士が持つ槍は、他国の槍使いが持つものとは大きく形状が異なる。
ドラゴンが、契約を交わした竜騎士のために、その強靭な皮膚や鱗、肉や骨、血液などから生み出すからだ。
「死体の傷は間違いなく、すべて竜騎士の槍によるものだそうだよ。
それだけではなく、殺された防人や陰陽師たちは皆、賊の襲撃に対し誰一人抵抗した痕跡がないらしい」
いくら深夜の襲撃とはいえ、そんなことはありえないことだった。
ありえないことばかりが起きていた。
「それだけじゃないんだ」
竜騎士たち以外にも、その場に別の者がいた可能性があるという。
「死者の肉体は土へ還り、魂はアカシックレコードに向かう。
これは世界の理だ。
だが、必ずしもそうではないんだ。
不慮の事故や事件、戦争などによって、突然命を奪われ、天寿を全うできなかった者の魂の多くは、アカシックレコードに向かうことができず、死んだ場所に残るはずなんだ」
地縛霊のようなものなのだろう、とレンジは思った。
「つまり、死者の魂は誰一人城内にはいなかった?」
ステラの言葉に、イルルはうなづいた。
「魂は、すべてアカシックレコードに導かれたんだ。
そんなことができるのは」
「ペインの戦乙女だけ……」
ペインの戦乙女もまた、ランスの竜騎士たちと共に、ジパングの城を襲撃したということだろうか?
だとしたら、なぜ魂をわざわざアカシックレコードへ向かわせるような真似をしたのだろうか?
「ジパングの犠牲者はすべてランスの竜騎士の槍によって殺害されていた……
だとしたら、ペインの戦乙女は、死者たちの魂が持つ霊力を使って、ランスの竜騎士たちから、マヨリやリサを守ろうとした……?」
ステラの言葉にイルルは、ボクもキミと同じ考えだ、と言った。
「イルル、君はさっきぼくたちに確認したいことがあると言ったね?
それはなんだい?」
「ランスの王が、声明を発表したんだ。
『17年前の魔法の消失に続き、エウロペの大賢者ピノア・オーダー・ダハーカもまた、7日前に忽然と姿を消した。
エウロペの女王ステラ・コスモス・ダハーカと、王配レンジ・フガク・ダハーカは、これを国の存亡に関わる危機とし、ランスに助けを求めた。
エウロペに危機あればランスが駆けつけ、ランスに危機あればエウロペが助ける。
世界から魔法やエーテル、精霊たちの存在が消失したのは、ジパングがその力を独占するため。
ジパングのふたりの女王には、世界の理を変える力がある。
その力は、エウロペだけではなく、世界の新たな危機である、と』
こんな馬鹿げた話、確認するまでもないのだけれど……」
イルルは申し訳なさそうに言った。
「何もかもがありえない……
わたしたちは魔法に頼らない国政と、人々の豊かな暮らしの維持、その両方を守るためにこの17年やってきたのに……
一体何が起こっているの……」
ジパングのふたりの女王。
エウロペにいるステラ、ピノア、イルル、そして自分。
「もしかしたら、かつて世界を滅亡の危機から救ったぼくたちを、この世界そのものが新たな世界の脅威として、排除しようとしているのかもしれない……」
魔法が失われる前、ステラやレンジたちは、ひとりひとりがその気になれば世界を滅ぼせるだけの力を持っていた。
それだけの力がなければ、世界の滅亡は避けることができなかった。
「たぶん、17年前に世界から魔法が失われたときから、すべてが始まっていたんだ……」
レンジにはそうとしか考えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます