第12話 宣戦布告

 ランスの王が発表した声明にはまだ続きがあった。


『ランスはエウロペのために、竜騎士団をジパングへと派遣したが、竜騎士団は誰一人帰らなかった。

 ジパングのふたりの女王もまた行方不明だ。


 ランスはエウロペに騙された。

 エウロペの女王は、ジパングのふたりの女王が持つ力を手にするために、ランスを利用したのだ。


 エウロペの女王こそが、真の世界の危機である。


 ランスとゲルマーニ、アストリアの三国は、エウロペに対し宣戦を布告する』



 終わりだ、とステラは思った。

 この17年、自分は何のために生きてきたのだろう、と。


 建国から3000年もの間、魔法に頼りきっていたこの国の政(まつりごと)は、魔法やエーテル、精霊たちの消失によって、すべてがリセットされた。


 前国王は、魔法が失われる前にすべてをステラたちに託し、退位して国を去っていた。

 当時の大臣ら、国政の中枢を担っていた者たちは、魔法に頼りきった発想しか持ってはおらず、魔法がなくても成立する国政と民の豊かな生活の維持、その両方を成立させなければならないにも関わらず、保身のことしか考えられない者たちばかりであった。


 当時の仲間たちだけではなく、近隣諸国や民の協力がなければ、この国はとうに滅びていた。



「違うわね……わたしたちが望んでいたのは、世界の滅亡の阻止だけじゃなかった……

 その先にある、争いのない世界だった……

 わたしたちがしてきたことは、何もかもが無駄だった……」



 レンジは、ステラにかける言葉が見つからなかった。


 立ち上がり、イルルを連れて女王の間を出た。



「キミが言いたいことはわかっているよ」


 イルルは言った。


「ステラとピノア、サクラ、それにあのナユタという少年を連れて逃げてくれ。

 そう言うつもりだろう?」


「違うよ。ぼく以外の、エウロペに住む人々すべてだよ」


「不可能だ。魔法が使えた時代とは違うんだよ。

 それともキミは、ボクやステラやピノアのような魔人が、身体の中に持つエーテルを使って魔法を使えと言っているのかい?」



 まだ魔法やエーテルが世界に存在した時代、この世界には稀に、エーテルと一体化して産まれてくる者がいた。

 動植物は、エーテルと一体化して産まれてくることによって、高い知性を持ち人語を理解し人との共存が可能な魔物へと進化した。世界には魔物だけの国も存在していた。

 エーテルと一体化して産まれてきた人は魔人と呼ばれ、エーテルの扱いに長け、高い魔法の才能を持つ。ただの人と魔人では、同じ魔法を放った際の威力は桁違いとなる。

 それだけではなく、魔人は同じ世界に住んでいながらも、ただの人とは見ている世界の情報量が異なる。

 魔人や魔物の身体を構成する細胞は、エーテル細胞と呼ばれており、大気中か、エーテルが消失した今でも、エーテル細胞を使うことにより魔法を使うことができる。

 だが、それは身体を構成する細胞そのものを魔法の源にするため、使いすぎれば肉体を維持することができなくなり死に至る、奥の手だった。


「魔法は使えなくても魔装具なら使えるはずだよ」


 魔装具とは結晶化エーテルを素材とした武器や防具のことだった。

 ヒヒイロカネとも呼ばれることもある結晶化したエーテルは、それ自体がオリハルコンより高い硬度を持つだけでなく、大気中のエーテルを使用せずとも無限に魔法を放つことができる。


 世界から失われたエーテルは、大気中に存在するものだけであり、魔人や魔物が存在しつづけるように、魔装具もまたまだその存在があった。


「魔装具は、あらかじめ決められた魔法だけを無限に放つだけのものだよ。

 雷神の杖なら、雷の精霊の魔法の中級魔法だけだし、風神の盾は、風の精霊の魔法の中級魔法を放つことができるだけだ。

 エウロペの人々を全員、他国へと瞬時に移動させることができる魔装具は存在しない」



 レンジは着ていたシャツのボタンをはずし、素肌の胸の真ん中にある逆三角形のエムブレムのようなものを剥がした。


 それは、この国にかつていた魔装具鍛冶職人が産み出した最高傑作であり、五次元以上の余剰次元と呼ばれる別の次元のどこかに存在する、無限にエーテルが存在する場所と繋がっていた。


 エムブレムには、鎧や甲冑というよりは強化外骨格(パワードスーツ)と呼ぶべきものの設計図が記録されており、「エーテライズ」という合言葉によって、余剰次元から集めたエーテルを結晶化させつつ、強化外骨格を形成する。


「確かにそれがあれば、エーテルには困らない。

 けれど、精霊たちの力が借りられない今となっては……」


「ただの人でしかないぼくと、魔人である君は見ている世界の情報量が違うはずだ。

 精霊たちがその身を隠してしまった今でも、イルル、君なら、この余剰次元に繋がる魔装具から、次元の精霊の魔法を使う方法を見つけられるんじゃないか?」


「ステラやピノアは、キミが残るなら自分も残るというだろうしね。

 確かに、ボクにしかできない仕事だ」


「行き先は、ぼくやナユタくんが産まれた世界だ。

 そこなら、この世界のどの国も追いかけることはできない」


 イルルは、わかった、すぐにとりかかる、と言って、彼女の執務室へと歩いていった。



 レンジが女王の間に戻ると、ステラの姿はそこにはなかった。


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