2.冒険者ー2ページ目

「ライド、あれは何?」

「あぁ、あれはなフラワーウーズって言って、ダンジョン内に咲く花に擬態して人間を捕食する待ち伏せタイプの……って、スライムだよ! リンクス! 頼む!!」

「はいはい」


リンクスが短く詠唱をすると、ボッと音を立てて、壁に生えていた小さい花は燃え尽きた。


「シン、あんたも知ってて聞いただろ!」

「知らないよ。ダンジョン探索の実地は初めてだもん」

「前情報くらい持っていたはずだ……!」


ライドはダンジョンに入る際は、徹底的に事前情報を収集している。

それが仲間たちにとっては存外、頼もしい。

しかし、理由はスライムを回避したいがためだけであり、その他の情報は彼にとっては副産物に過ぎない。


そして、スライムは大抵のダンジョンに巣くっていた。


「あの花の部分は、大きさからするとちょうちんあんこうの提灯部分、みたいな感じかな」

「そうだよ。本体は亀裂や壁の隙間に入り込んでて近づいたら襲ってくるからな。花好き女子冒険者が空気読まないで近づくとやられるんだ」

「少し考えればこんな光も水もないところに白い可憐な花が咲いているとかおかしいもんね」



ライドは学者と対等にスライムについて語り合っている。

本人にそんなつもりはないから、嫌なものについて嫌だと主張しているだけの顔をしているが。



「なんか、逆にスライムに興味が出てきちゃったよ」

「そんなもんに興味なんか出すもんじゃねーよ!? 何をどうしたらそうなるんだよ!」

「スライムの多様性について。意外と、研究してる人いない気がするし、気になるかなー」


ふと、クライアントは何かを思いついた様子。


「スライムって、隠れる場所や死角のある場所だと危険だけど、たとえば見えるところにいたら素人でも危険でないものもいる?」

「そーだなぁ……動きの遅い奴なら……襲うまでに時間がかかるから、草原なんかにいたとしたら、そんなに気にしなくてもいいと思うけど。まず、そんなところにいるわけないし」


そして、追加の依頼が発生した。


「じゃあ、珍しくて動きが遅いのがいたら、一体、捕獲して帰ろう」

「!!!!!!」


これはさすがに、他のメンバーもちょっと驚く。

スライムの捕獲とか、普通に仕事をあっせんするギルドの依頼でも見たことがない。


「追加報酬は五千。どうかな」

「五千!?」

「嫌だ!!」


五千というのは、今現在請け負っている仕事の報酬の倍だ。

スライム一匹で、一気に三倍の儲け。

スライム嫌いという理由以外では断る理由はない。


「やります!」

「ぜひ」

「嫌だって言ってんだろ!!?」


ライドは全面否定しかない。


「でも、今回依頼を受けて、このメンバーを集めたのは僕だから」


そう。別にライドがリーダーというわけでもないし、そもそもリーダーなんてよほどでもない場合、固定する必要も決める必要もないのが実情だ。

自然、依頼を受けてメンバーを集めた人間が、決定権を持つことにいなる。


「だったら俺は帰る!」

「駄々っ子かお前は」

「いいよ? 帰っても。ただし、ちゃんと依頼破棄分の損害ももらうし、もう結構深い場所だから、ここから一人で帰って、途中でスライムまみれにならないように気を付けてね」


それでライドは押し黙った。

はらはらとしているシスターロンド。

ライドは独り言ちる。


「くそぅ。これだからインテリは……」


前述したが、ここはスライムが多い。

剣より魔法が効く種類も多く、剣士一人で探索はまず無理なダンジョンでもある。


進んでも、戻っても地獄めぐりにしかならない。


「わかったよ。ただし、しっかり守ってくれ……オレをあいつらの毒牙から!」

「スライムに牙はありませんよ……?」

「ある奴もいるんだ! このダンジョンにはいないはずだけども!」


難儀だ。

嫌いだから詳しくなるって、すごく難儀だ。


そんなに嫌なら冒険者やめれば。


という発言を誰もしないのは、



スライム以外に対しては彼は割と優秀な戦力であり、

スライム以外のモンスターが闊歩する場所では、ごくふつうに冒険者として有能



だからだ。



それが、初めの一歩的なイメージのスライムごときのために、やめろというのはあまりにもあまりである。



「ところでシンさん、どうして私たちを指名してきたんですか? スライムの捕獲に倍だすなら、最初からもっと高レベルな冒険者を指名できたんじゃないですか」


シスターロンドの純粋な疑問にシンは答えた。


「このダンジョンはスライムが多いのは知っていたし、異様にスライムに詳しい冒険者がいると聞いて」


つまり、ライドは自らその状況を回避するために身につけた知識を買われたということになる。


激しい矛盾。

難儀さに拍車をかけていたのはライド自身だったことを、本人を除く全員が知った。



全員、黙っておくことにする。


「しかし、嫌いだから詳しいっていのは意外だった。……すごく面白い」

「うわー面白がられてるよ」

「まぁわかるけどね。……年中見てるとさすがに飽きるよ?」


クライアントの興味はダンジョンの観察から、ライドの観察に移っている模様。


「倍出したのは、嫌いだからっていうのがわかるからだよ。高レベルな人たちなら追加報酬なしでもやってくれると思うけど……最初は生け捕りするつもりはなかったしね」

「生け捕り!? 生け捕りって言った!? 無理だろ!」

「いや、一体捕獲、って死体持ち帰るときに使わない言葉だからな?」


都合の悪い言葉だけ聞こえたらしく、先頭を歩いていたライドがバっと振り返った。

ランティスがないないと手を横に振っている。


「ぎゃあーーーーー!」


その時、ライドが悲鳴を上げた。

もうこの悲鳴の感じから何が出たのかは明らかなので、悲鳴に反比例して、全員冷静だ。


「またかよ」

「本当にスライムが多いですね」


及び腰になっているライドの後ろから覗き込むランティスとシスターロンド。

一匹くらいなら悲鳴とともに駆除しているはずだが、そこで止まっているということは……


案の定、通路の先にはスライムが複数、うにょめいていた。

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