レベル1の俺がスライムをレベル99まで倒し続ける羽目になった件について

梓馬みやこ

1.冒険者一1ページ目

勘違いをしてないか。


スライムと言えば、片手サイズのぷるぷるした感触で、意外とかわいくて肩に乗せたらかわいい。とか。


実は知能が意外と高くて、人間とも分かり合える。集落をつくって暮らしたり、どこか人間の知らないところで集団で文化的な生活を営んでいる。とか。


否定はしない。


そういうものもいるのかもしれない。

だが、はっきりいって「現実」としては大きな間違いだ。


どうしてそんなイメージになるのか俺には全くわからない。

いや、実際街に暮らして絵本や勇者の冒険譚なんか読んで育てばそうなるのだろうが。


……と、いうか俺がそうだった。


大体勇者の冒険では、街の周りにいる弱っちいスライムを倒してレベルを上げていくのだ。

いわば、世界へ踏み出す第一歩。

その先で出会う、最も身近なモンスターであり、時として仲間になったり、街に隠れ住んでいたりする、割と愛すべき存在。


そんなハートフルなイメージを植え付けられ、仲間とともに苦難を乗り越え魔王なんか倒す話を読んだ日には大抵の人間は冒険心をくすぐられるというものだ。


おかげで俺も十六歳になったらお告げがあって冒険の旅に出るんだー、なんて夢見すぎな頃もあった。


幸いと言っていいのか悪いのか……


俺はその夢を割と早い段階で実行に移した。


俺は『冒険者』になった。



そして現実を知った。



* * *



「ぎゃーーー!!」


絶叫が響き渡る。

ライド・ティルクス、剣士。21歳。

本日ダンジョンに潜った先で、何度目になるだろうか。


「またスライムですか?」

「また、スライムみたいですね」


ライドは天井から降って来たスライムのコアを一撃で仕留めると、床に突き立てた剣を握りしめながら、はぁはぁと、全く労力に見合わない呼吸の乱し方をしていた。



「お前ら、スライム馬鹿にしてるだろ!」

「また始まったよ、ライドのスライム講談が」

「だったら何度も言わせんな! 油断してると、命がないぞ!」


最近、パーティを組むことが多いメンバーたちが呆れたようにライドを見た。

それどころではないらしく、ライドはド真面目にその重要性を強調する。


立て板に水、とばかりにはじまる説明。

要約すると、こうだ。



まず、現実のスライムは真昼間から街の門の外をうろうろしていたりしない。

むしろ沼地やダンジョンなど湿っぽい場所を好み、やってくる獲物に襲い掛かる、待ち伏せタイプのものが多い。


まぁそうだろう。


実際の触感は一般人の固定観念でありがちなぷるぷるというプリンのような固形に近い形ではなく、片栗粉を水で溶かしたようなどろどろした粘液状のものが多い。

鈍い動きのものが多く、そんなものが草原をうろうろしてたって何の餌にもありつけるはずがない。

だから、やつらは木の上やダンジョンの天井の隙間に入り込んで、獲物が下を通った途端に降ってくる。



運悪く奴らの狙い通り、顔面になんか降られた日には、窒息でジ・エンド。





――スライムは雑魚。

――スライムは最弱。

――スライムは最低ランク。



「そんな世間一般的イメージは嘘なんだよ!!」


ライドは……更に熱弁を続ける。


「むしろ足音なんてのもしないんだから、たちの悪さは最凶クラスだ!

スライムなんて……出会いたくもない。みかけたくもない……!!!」

「最後のだけ、本音で要点だよね」


そうあっさりとまとめたのは、シン=アルブム。

冒険者ではなく、今回のこのダンジョンの調査依頼のクライアントだった。

普通、クライアントは同行しない依頼がほとんどだが、フィールドワークをしたかったらしく、護衛として雇われたのが今回の始まりである。



「そんなライドにはスライム嫌いの称号をあげるわ? 泣かないで」

「泣いてない」


泣きそうな顔はしている。

シスターロンドは教会から派遣されている法術使いで、長いストレートの髪、白い服に帽子といかにもな姿で見た目、癒される。


「違うだろ、むしろ好きだろ。詳しすぎる」

「僕からはスライム博士の称号を贈る」

「うっさい。黙れ」


あとは同じく前衛で剣を振るう、ランティスと魔術士のリンクスだ。

このパワーバランスは、勇戦僧魔と言われ、冒険初心者から上級者まで役立つオールマイティな配分と言われる。

依頼の内容によっては、メンバーチェンジもありだが大体、この辺りの依頼ならこの面子で十分で、すっかりお馴染みとなっていた。


……なお、勇戦僧魔は、国が指名した勇者と言われる人たちが旅立つときに便利な基本構成と言われており、正確には今現在、剣剣僧魔である。


「スライムなんて、おぞましい。台所にいる黒いアレと同じくらい恐ろしい」

「お前、初めて探索したダンジョンでスライム爆弾食らったんだよな。それがスライム大好きになったきっかけか?」

「だから嫌いなんだって! 騒ぐなよ、あいつがいたら降ってくるだろ!」

「「お前が一番騒いでる」」


思わずこぶしを握ったライドにびしりと杖と柄に収まったままの剣先が向けられた。


思い出したくもないが、そう、はじめての冒険。

初めの一歩に夢と希望を抱いてわくわくする彼を襲ったのはそいつだった。


たまたま魔法使いが一緒にいて炎で焼き切ってくれた。一人だったらと思うとぞっとする。


「松明は頭上に掲げとけよ!」

「はいはい。常にそうしておけば顔には降ってこないんだよね。君に教わった大事な基本だ」

「それで? ここの生息状況はどんな感じなんだ?」

「ここには固形度2の普通のスライムと、珍しく固形度の高い奴がいるみたいだな。毒がある奴もいるから気をつけろ」


…………。


全員が、スライム博士の称号を送ってもいいんじゃないかと思うが、あまりにも真剣なその横顔に、誰も何も言わなかった。

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