終章
おわりに
快復してからも、父は多くを語らなかった。
ただ軍人たちに関しては、
「英雄たちはもういない」
とだけ答えた。
────。
あれから幾つもの歳月を経て、私はエマと結婚した。
そこに至るまでにはまたいろいろな紆余曲折を経たわけだが、それはこの物語とは無関係なので割愛させていただく。
結局、一文字玉枝の事件は被疑者死亡として決着をむかえた。それは、一文字家の抱えてきたすべての咎が闇に葬られることを意味していた。ロイは憤慨したけれど、意外にも父は納得したようで話を聞くあいだ始終さっぱりした顔で相槌を打っていた。
東南東小島で家を焼かれた島民たちは、一文字社を訴訟。
現在に至るまで賠償金についての裁判が続いている。
とはいえ、一文字家跡継ぎである彰も死亡宣告が出たため、現在の一文字社重鎮に一文字家はひとりもいない。あれほど長らく研究を継いできたというのに、結局一家滅亡の途をたどるとは皮肉な話である。
最後に、未来の英雄たちの現在を紹介したい。
父は、事故から三か月ほどですっかり元通りの生活に戻ることがかなった。
多少の火傷痕は残ったが、父曰く「勲章だから良い」のだそうだ。事故後に一文字社社長に選任されるものの丁重に辞退。定年のため、仕事を引退してからはすっかり隠居生活である。近ごろはすっかり孫がかわいいらしく、私やエマには語らぬ当時の話をこっそり語っているらしい。
どうやら倉田の男というのは総じて、内緒話は孫にしたくなるもののようだ。
ロイは一文字社を退職後、熱海の民宿にもどって正社員として働いていたが、最近になって大きな旅館から引き抜きの話をもらったらしく、行こうか否かを悩んでいるところである。引き抜きには多大なトラウマがあるだけに、かなり慎重なのがなんだかおかしい。
みなおかげさまで、三歩進んで二歩下がりながらではあれど、一歩一歩前に進んでいる。
それもこれもあの夏の英雄たちがくれた勇気があるからだと、私はおもう。
夏が来るたび思い出す。
彼らが教えてくれた『正義』も、『生きる』ことのよろこびも、人が持つ愛の強さも。
これを執筆するにあたり、父やロイ、エマ、沢井警部には、忙しい合間をぬってたくさん取材をさせてもらった。十五年という歳月によって若干記憶に曖昧なところもあったが、それでもあの夏に受けた衝撃は、一生消えることはないだろう。
今年もまた夏が来た。
あの夏に還った英雄たちのいない夏が、また。
二〇三十年八月十五日
英雄のいない夏 乃南羽緒 @hana-sakura
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