華になる

一ノ瀬 紅葉

華になる




グシャッ…

音がした。この世のものではない音が。

目の前が赤色に染まる。

実に綺麗だった、これまで見たどんなものよりも。





思えば、昔から私は運が悪いところがあった。

6歳、入学式当日。私は高熱が出て小学校最初の日に皆勤賞の夢は絶たれた。(もっともその後も何回か休んでいるわけで、この日休まなかったければ皆勤賞だったという訳では無いのだが…)





12歳、最後の給食で私の大好物である揚げパンが出るという日に限ってクラス内でインフルエンザが蔓延し学級閉鎖へと追い込まれた。揚げパンはもちろん食べられなかった。





15歳、私の初恋は実らなかった。同じクラスの子だった。教室の隅っこで推理小説をよく読んでいた。ページを捲る手が綺麗で妙に惹かれたのを今でも覚えている。ここまでなら、よくある初恋だ。告白すればいいじゃないかとほとんど人間がそう思うだろう。しかし、奇しくも私の好きな人は親友と被ってしまったのだ。そんな少女漫画展開誰か予想できたというのだろう。ライバルに勝てないと悟った私は即座に告白することを諦めた。





そして、17歳になった私は人生最大の運の悪さを発揮していた。「いじめ」それは誰しも聞いたことのある単語では無いだろうか。またそれは誰もが心片隅にしてはならないもののカテゴリーとしてしまってあるものだろう。そう私はいじめにあっていた。それも、机に油性ペンで「死ね」だの「クズ」だの書かれたり上靴を隠されたり水をかけられるのとは訳が違う。無視である、徹底的な。「おはよう」という言葉は何度言っても返っては来ず、どんな言葉をかけたところで誰も反応はしなかった。生徒ならず、教師さえも、私が存在しない生き物かのように振舞ったのだ。いじめられた原因は分かる。友人の恋人を奪ったという勘違いだ。そんなことしていないのだけど.........。ただ委員会が同じで趣味が本を読むということで共通していたため、よく話していただけだ。おすすめの本を紹介し合ったりはしていたが、休日に二人きりで会ったりなんてことは一切していない。どこをどう間違えれば奪ったということになるのだろう。あるいはただいじめの標的が欲しかっただけかもしれない。孤独だった。無視されるというのはとても堪える。 でも学校だけならまだ耐えられた。



自体が悪化したのはそんな日々が続くこと半年が過ぎた頃だった。

夏の暑い日だった、両親が死んだのだ。飛行機事故だった。久々の旅行だと北海道まで飛行機で行ったのだ。その道中、飛行機がエンジントラブルで墜落したのだ。国内は大騒ぎとなった。私は飛行機には乗れない、どうも気圧がダメらしい。1人で留守番コースである。

テレビニュースで両親の訃報を知った私は、悲しめばよいのやら自分が助かったことをひとまず安堵すればよいのやら複雑な感情で頭がパンクしそうになっていた。



一拍置いてから私は重大なことに気づいてしまったのだ。両親がいなくなった今、私には心の拠り所などない。母方の親戚とは疎遠である。それもそのはず、母は親戚の言葉を無視して父と結婚したのだ。おかげで私は母方の親戚から嫌われる運命となった。父方の親戚の方はというと、なんと全員亡くなっている。なんたる奇跡。(怒られてしまいそうな表現だ)

このままでは母方の親戚中をたらい回しにされるであろうことは、その時の私のパニック状態の頭でも何となくわかった。



こうして私の安息の地は失われたわけである。結局私は祖母の家に引き取られることとなった。迎えに来た祖母は鬼の形相をして、「死なない程度には世話してやる。それ以上は期待するな。」と言っていた。

会話がなかった。ご飯は出るし、お風呂も入れる。最低限のお小遣いだってあった。でも、ここでも私は話すことができなかった。そもそも祖母家を開けることが多かった。

学校でも家でも私は1人だった。どこにも救いなんてなかったのだ。本を読む気にすらならなかった。死のうと思った。いっそ死んでしまおうと。







そして現在に至る。

今私はビルの前にいる。祖母の家からそう遠くないところだ。さびれいて死ぬにはちょうどいい場所である。

気づいたら飛び出して来ていたのだ。

ふと、私が死んだら祖母は悲しんでくれるのかなんてことを考えた。トントンと音をさせながら階段を登っていく。不思議と心は軽かった。





.........先客がいた。柵を乗り越えて向こう側に立っている。女だった。風に揺られて髪がなびく。ユラユラと、まるで彼女自身が風なんじゃないかと思うようだ。ザーッと音がする。彼女がこちらを見ていた。綺麗だ、白い肌に赤い唇、髪は黒い、白雪姫を連想させる。

私の顔をじっと見つめて彼女は動かない。明らかに彼女は今からそこから飛ぶところだ。でも何故だろう、私には止めようと思えない。それどころか階段を登りきってあと数メートルで彼女に届くこの距離から私は動けない。走れば彼女を止められるだろう。


そんなことを考え、一瞬目を逸らしたその瞬間だった。


グシャッ

目を戻すと咲くの向こうに彼女はいなかった。ゆっくり私は柵に近づく。見下ろすと、コンクリートの地面にさっきまで彼女だった何かが落ちていた。赤い、ひたすらに赤い。

綺麗だとそう思ってしまった。彼女の声が聞きたい。君は何を思ってここへ来たの?話がしたい。いじめられてから初めて感じた感情だった。いつからか私は人に話しかけることを諦めてしまっていた。どうせ無駄だろうと、そう思ってしまっていたのだ。もしかしたら、話しかければ変わっていたのかもしれない。でもそんなことに気づいたところでもう遅い。ならせめて、彼女に会いに行こう、名前も知らない彼女へ声をかけるために。


その日、私は花になった。

コンクリートに咲く二輪の花。

赤く赤く、そして可憐な。











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