家族が望んだ幻の未来

第二章 凡人と英雄の差


四月八日


ゲーム開始から十日近く経とうとしているのに、脱落者は一人しか出ていない。その一人は初日に俺たちが遭遇した能力者だ。俺は、朝早くに起き朝食を取る。基本、学校があるときは朝早く起きるが、今日は少し早めに起きた。なぜなら兄貴が帰ってきたからだ。部屋から出てパジャマ姿で階段から降りると、リビングには両親と兄貴、我ながら可愛いと思う妹がいた。父は、渋めの丸顔で目つきが怖い。その父は身支度を済ませて貫禄のあるスーツを着ている。父は真野家の大黒柱でもあり、父が認めた人間は職場の部下や上司、妹と七海さんくらいだ。まぁ、認められなくても愛情はそれなりにある男ですがね。一方、母は妹に似てる。目がぱっちりしていて、若作りの概念すらないほど年齢とは違う見た目だ。身長百五十センチメートルと小柄なので、普通の高さほどある父とは、二十センチ以上もの身長差がある。ちなみに、ご近所や授業参観時には周囲から、結構美人だと言われるらしい。父は新聞を読み、母はソファーに触りスマホでネットサーフィン中か?いや、多分、米国の株取引だろう。


(あんたら。久しぶりの家族団欒の時間を大切にしなさいよ! )


俺は内心で両親に毒づいた。


「おはよう聖也」


俺の兄貴こと真野大和(まのやまと)は日本最大の生徒数を誇る日帝大学の経済学部一年生。もう一回言おう、日本一生徒の多い大学に通っている。身長は百七十五センチで目つきは父親似だが、それ以外は容姿が整っている短髪美青年である。まあ、彼女いない歴=年齢の人なんだけどね。


「おはよう兄貴。今日、アパートに戻るんだっけ? 」


「まぁな、バイトも大学の授業も始まるからな。聖也こそ今日から始業式だろ? 」


「まぁな。寧々から 久しぶりに一緒に登校したいです〜ってラインきたよ」


俺は、面倒くさがりな感じで装い、兄貴に寧々とのラインのトーク画面を突きつけた。兄貴は頬を引きつっている。


「そっ、そうか。そりゃあよかったな」


俺は、兄貴に自慢しマウントが取れたので有頂天だった。リア充サイコー! とこの時までは内心思っていた。


ドアから制服に着替え終わった妹が、俺のマウントの取り合いをみて、呆れている様子なそぶりを見せる。しかし、次の瞬間に我が妹の放った言葉は、俺の想像を超えるものだった。


「もう、お兄ちゃん。いくら大和兄が非リアだからってそ、んなこと言ってしまったら大和兄が可哀想だよ」


「ちょっ、俺はそこまでは?やばい、兄貴が死にそうなんですけど! 」


「ブッ、グッフッ」


「血を吐くなぁーー!兄貴ぃ〜」


「え?わたし悪いこと言った? 」


「おい、みこと!大和兄を殺す言葉を言ってんじゃねー」


「せ、聖也。俺のことは、いいから? 」


「はぁ〜? お兄ちゃんたちが恋愛経験が遅すぎるだけなんじゃないの? 理想が高すぎるとかじゃない? 」


「理想が高いのは、お前だろーが! あんなにイケメンで優しくて、周りからも尊敬されるような高収入の英雄さんをゲットしたのは、どこのどいつだよ! 」


「私はいいんだよ! ななくんと私はラブラブだからね〜! べ〜〜だっ! 」


「お前らぁ! いい加減にしろ! 」


子供たちの言い争いに父は怒鳴り終止符を打つ。


「「「ごめんなさいっ! 」」」


俺たちは、父に向かって一斉に頭を下げて謝罪をする。しかし、兄貴は俺と妹とは違い、誠心誠意を行う謝罪の表情ではなく少し不満げな表情だった。


「大和兄ぃ、ごめんね」


みことが両手を合わせて先程の発言を詫びた。しかし妹よ。もう兄貴のライフポイントは残り少ないぞ。さっき。兄が一瞬血を吐いたように見えてしまった。


「気にしないでいいから」


「そうだ! 私が大和兄の彼女を紹介すれば…あっ、ごめんなさい」


今、俺の隣に座っている妹のみことが発言した言葉に対して。兄貴は頭をがくりと下げた。


「ち、違うから。ねっ、お兄ちゃん?」


「もう、フォローしきれないぞ、妹よ」


「そんなぁ〜」


みこよは兄貴と同じく、頭からがくりと下げた。テーブルについた胸は、メロンのようにデカくグニャリと平らに変形した。


(胸でかいな、こいつ)


その妹が、紺のブレザーに黒と赤のチェックのスカートと黒タイツ。さすが、華の女子高生になっただけある。しかし、料理とともにテーブルに運んできた母が来た瞬間だった。


「もう二人ともやめなよ。大和が可哀想でしょ。大和には大和のペースがあるんだから。お母さんは、大和には期待してないから? ねっ。聖也、みこと? 」


母がトドメを刺す。兄貴のライフポイントはゼロになった。しかし、被害者は兄貴だけでじゃなかった。


「母さん。ありがとう。俺、ガンバルヨ」


「あの、それってどういう意味で私に言ったの? まさか、ななくんと…」


「そ、そうだよ!俺だって、まだ寧々と…」


「やーね、あんたたちはモテるから孫の一人や二人は問題ないでしょ? 」


「「問題あるわ! 」」


兄貴は今すぐアパートに帰りたいと思ってそうな顔をしている。兄貴よ、いつか俺たちの領域に来い。待ってるぞ。と言いたくなったが、これを直接、言ったら兄貴はキレる。


みことと俺は赤面をしているため、この後の言葉は本来は聞き取れないはずだったが、母の勢いは止まらなかった。父はすでに食事を食べ終わったらしく、俺たちの会話の最中に家から出て行ったようだ。しかし、母はさらに追い討ちをかけてきた。


「ところで二人とも、どのくらい進んだ? 」


俺たちは、先程ゴクゴク飲んだ水を吹いてしまった。ミネラルウォーターの味は相変わらず俺たちに落ち着きを与える味だが、母はミネラルウォーターの効果をかき消すほどに容赦がなかった。すでに、兄貴が壊れかけのパソコンのように固まっている。


「俺は、何回かデートして手を繋いだり剥ぐくらいかな。まだ半年だし」


もう兄貴には構ってられない。寧々とはお互い忙しく、スケジュールが噛み合わないためあまり進んでいなかった。まだ半年だしな、忙しいし仕方ない。しかし妹は俺の言葉に驚いた顔をして、自分の胸と同じくらいの爆弾発言を発する。


「え? あんたたち遅くない? 」


俺と母も固まった。兄貴はすでにフリーズしているため無視した。今、この家が凍ったぞ!おいみこと!あの七海さんとまさか?すでに最終段階まで経験してしまったのか?俺は恐る恐る、一言一句間違わないように確認する。


「み、みことさん? まさか、七海さんと最終段階までいってしまったんじゃないだろうな?」


これは兄貴の心配だ、いくら七海さんが人格者でも英雄でもリア充でも、妹との交際状況を知ることは兄貴の義務だ。決してシスコンなんかじゃない。


「あっ、ななくんからラインきた! 一緒に登校しようって! それじゃ学校行ってくるね〜」


「あ、おい! 待てって! みこと? まさか、まさか、もうそこまで進んでいたのか! 」


みことは、早口かつは顔を赤くして急いで荷物をソファーから取り玄関から出て行った。俺と母は固まっていたが兄貴が溶けたみたいだ。


「やれやれ、みことのやつ。あの人と付き合って、もうそこまで進んでたとは」


パソコンのフリーズが解けたように兄貴の表情が戻る。兄貴よ、俺も人のこと言えなかった、本当にごめんな。俺は妹に先を越されたのは悔しかった。断じて言うシスコンではない。


「本当にあんたたちって順番逆じゃないの? みことがお姉ちゃんに見えてきたわ」


母は、呆れながら俺と兄貴に向けて呟く。というか英雄さん。いくらうちの親公認だからって妹と進みすぎでしょ。でもうちの親も英雄さんのことを息子だと思っているみたいだし、なにより仲がいい。女子高生に手を出してしまったら、成人の英雄さんは一歩間違えたら犯罪者のはずだ。その覚悟の上で、妹と付き合う英雄さんのことを俺は改めて尊敬してしまった。その後、俺は朝食を採り、(妹の分も)先程の話を忘れられずに、玄関から出て行った。寧々ともいつか結婚して子供とか…いや、想像してしまった俺が怖いわ!


(大事なのは今だ。今! 早くこのゲームをクリアしないとっ)


俺は再びゲームに関わる日常へと戻った。そう、思い馳せながら俺は学ラン姿で、寧々を迎えに行った。いつもと変わらない住宅街を歩く中、俺は新学期を改めて思う。もうクラスは発表されているため、俺は新しい教室とクラスメイトに会うだけだ。俺の通う舞立高校は小金井にある。一方、寧々の通う立川東南第十中学校は寧々の家から十分くらいだ。俺は、自身の通学路から少し外れたルートにある寧々の家に向かっている。


「ここか」


寧々の家は新築の家だ。なんでもお父さんが金持ちで家には美学を持つ人だという。一見、黒いレンガの家だが、中身は螺旋階段とエレベーターにロフト付きの一軒家だ。俺は、家の玄関前に着いたので寧々を待っている。ここ一週間、ゲームに関する情報も特になく巻き込まれることもなかったので俺は恐ろしく平和ボケをしていた。


「一応、インターホン鳴らすか」


チリン インターホンのボタンを押すと、バタバタと足音を立てながら少女が現れた。彼女こそ神田寧々だ。


「先輩〜おはようございます」


ポニーテールを揺らしながら俺のとこにピョンピョンと来る少女は、制服はセーラー服で似合っており、いつも通りの可愛い見た目をした少女だ。だが、あの話を聞いてしまった今、寧々のことを一人の女性として見えてしまう。小動物のように可愛い見た目に、ゆらゆらと揺れるポニーテール、ぱっちりな目はどれも彼女の魅力であり、俺をより一層、異性として認識させてしまったのだ。


「お、おはよう。寧々!今日も可愛いな」


俺は彼女に目を逸らしながら挨拶をした。目を彼女の方にチラッと視線を向けるとにやりと不敵な笑みを浮かべていた。


「先輩が褒めるなんて珍しいですね〜! さては妹さんに先を越されたことを焦ってますぅ〜?もう、先輩のエッチ〜」


「なんで知っているんだよ! 」


なんかさっきの話のせいで寧々のことが百倍くらい可愛く見える。俺は、ある部分を見てハッと危険を感じて目を逸らしてしまった。


「今、どこを見ました? ね、先輩? 答えてくださいよ? 先輩? 」


突然、寧々の表情は暗くなり俺を睨み始める。


「いや、ドコモミテナイヨ」


「嘘です! 絶対、嘘です! さては胸見てましたよね! しかも、小さいなんて思いましたよね? 」


「思ってないよっ! 小さくは…」


「せ〜ん〜ぱ〜いっ? 今、みことさんの胸と私の胸を比べましたよね? 」


「いやっ、それは…」


「天罰! 」


「ごめんなさぁい!」


「ふふ、冗談ですよっ」


俺は、高二ながら女々しいほど悲鳴を上げてしまった。確かに、俺の彼女の胸は比較的小さいのは見た目でわかる。しかも、俺の妹は胸がかなり大きい。俺からしたら爆弾とピンポン玉の差はある。寧々は、そのことを見透かした上で俺をからかったのだ。俺の彼女は、やっぱり可愛いなぁ!もう抱いてもいいかな?


「みことさんは、彼氏さんと結構進んでそうって塾内で噂が広まるほどですからね。大体は察してました」


「まじか」


俺は、よく考えてみた。もしかして、この前、家に来たときにすでに進んでいたのか?確かにそうかもしれない。俺は初日の殺人ゲーム以降、妹と兄貴の入学式のため家族集合を機に一家団欒を楽しんでいた。ゲームに関しては、ライングループで聖川と澄太と俺の三人で今後について話し合っている状況だ。ただ、特別な連絡はなく。最近は、聖川と澄太がスタンプを連打しまくっているグループと化した、そのため、何事もなかったので日常に入り浸っていたが、まさか、妹の周りでこんなことが。


「先輩! 私たちそろそろ」


寧々はボソッと俺の耳元で伝えた。俺の頭は一瞬だけ真っ白な世界と化したが、男子高校生の脳で俺はある結論に達することができた。

「ん? ああそうだな、そろそろキスの経験は...」


「ちっ、違います! そうじゃなくて、私の朝練と先輩の学校が間に合わないってことですよ! キスじゃないです。バカァ! 」


寧々は、恥ずかしい思いの赤面で泣きながら、俺の胸元に連続パンチを喰らわす。胸を殴るのはコンプレックスなのって突っ込みたくなるが、俺は我慢してサンドバックになった。


「いてててて、ごめん! 」


「謝るんだったら、行動で見せてください! 」


「わかったよ! 」


チュッ


俺は、寧々の額にキスをした。その瞬間のあとは、寧々と俺は互いに目を逸らしてしまう。これが恋愛か。


「大好きですよ! 先輩! 」


「俺こそ大好きだよ! 寧々」


俺たちは愛を確認し合い、急いで学校に向かった。お互いに遅刻せず、難なく学校に着いた。人は誰しも一度は恋をするのだと、ラストスイッチの後輩刑事は中年刑事に言った。しかし、恋愛と仕事をどちらかを優先する場合は、どちらかではなく両方を優先しろと中年刑事は後輩刑事に向かって注意したシーンだ。俺と寧々は、お互いに会える時間も少なく、みことや七海さんのような年数もない。しかし、お互いに愛することは変わらない、それが、俺の今の気持ちである。


学校が終わって放課後。俺は、聖川と澄太の三人でカラオケに来ていた。きっかけは聖川の誘いだ。


「聖也!澄太と三人でカラオケ行かね?もちろんゲームの話だ」


ゲームという単語を聞いた瞬間に、俺は察した。


(まさか、ゲームに動きがあったのか)


「聖也くん、うわぁカラオケなんて初めて来たよ。とりあえず歌う? 」


澄太は、灰色のズボンに紺のブレザーとワイシャツとシマシマの黒赤ネクタイだ。この制服は。飛鳥山高校(あすかやまこうこう)か。すると、ドリンクバーで俺たちの飲み物を持ってきた聖川が、オレンジジュースとコーラ、メロンソーダを左から一つずつ置いた。そして、聖川は口を開いた。


「さて、急に呼び出しておいて悪かったな。まずはこれを見てくれ」


聖川は、ボロボロのスクールバッグから最新機種のタブレットを取り出す。タブレットをシュッシュッと操作して俺たちに画面を見せる、そこには、聖川が情報をまとめたニュースが複数載っていた。内容はこうだ。


連続母子殺人事件 事件判明から約3ヶ月で合計8人を殺害。犯人は未だに見つからず捜査は難航している。


砺波豪(はなみごう)死刑囚 東京拘置所から逃亡。所内にいる刑務官は全員殺害されており何かしらの武器を調達して脱獄したとみられる。なお現在も逃走中。


澄太はあまりの残虐性のある事件に口を開く。


「これって。まさか能力者の仕業ってこと? 」


俺は澄太の顔に目を向けると、すでに冷や汗をかいていた。それはそうか、このニュースが能力者のッシワザと考えただけでぞっとする。つまり、常人ではないものも参加している事実が証明されてしまった。


「ああ、間違いないな。前者は遺体が燃えてたらしい。おそらく炎の能力者だろう」


「なぜ、犯人は遺体を燃やしたんだ? 聖川? 」


「多分、身元不明にするからじゃねーか? 例えば、妊婦の被害者だったら、警察も犯人も大方絞れるだろうし。被害者の身元が分かれば犯人の確保に近づくだろ? 」


「そうだな。でも、だからといって炎の能力者の確証はないだろ? 」


「いや、聖也。残念ながら遺体の身元がわからないんだよ。指紋やDNA鑑定でも身元が特定できなかった。しかも、八人とも全員が遺体の形を保てなかった特に事件を重ねるほどに遺体の損傷が激しい。つまり、ただの炎ではなく、ゲーム参加者の魔法の炎だろうな」


「そこまで分かるの? 本当に」


「澄太、聖川のいう通りだと思う。俺も実際に聞くまで信じられなかったが、そうなると話は変わるな。もっと情報はないのか? 」


「あるぜ」


聖川は再びタブレットを素早く操作して、俺に画面を突きつけた。今度は犯行現場を再現したイラストのような画像だ。


「ニュースによると凶器は刃渡り二十センチの包丁で、女性を何回も刺してから燃やしたらしいぜ。子供は首締めて燃やしたみてぇらしい。あまりにも凶器じみた犯行で俺も震えるわ」


聖川の言う通りだった。彼の身体は恐怖のあまり小刻みに震えている。俺も殺人なんて、実際に見たこともないし他人事だと思った。でも、今は違う。俺たちと同じ参加者が事件を起きたのだ。俺も同じく恐怖と怒りで震えている。俺たちは右手をぐっと握って、落ち着いて深呼吸をする。


すぅ〜、はぁ〜


澄太は、身体の震えが止まらず、口から声を発することが出来ず、これ以上は何も喋れなそうだった。聖川は一回だけコホンと咳払いをして事件の話を続けた。


「話を続けるぞ。この事件について警察は犯人を捜索しているが、犯人についての手がかりは掴めていないらしい。ただ、防犯カメラの映像だと犯人は黒いフードに黒いマスクをつけている黒づくめらしい。そして金の十字架を首にかけているのが確認できたらしい」


「おお、結構な手がかりがあるんだな。その防犯カメラの映像ってどこのだ? 」


「犯行現場は、カメラのない裏通りだ。日本では防犯カメラの設置は行き届いているように見えるが、路地裏や都市から離れた場所はないところが多いんだ。だからな、一番近いのは。そこの入り口のカメラだけだった。そしてカメラは犯行前の犯人しか映ってないんだ」


「しかし、犯人は賢くはないな」


「どういうことだよっ? 」


「被害者の通信記録やカメラを追えば、警察だってそれなりの証拠を掴んでいるはずさ。しかし、十字架を持ち黒いフードしか手掛かりがないということは、警察が踏み込めない領域で事件は起こっているかも知れない」


俺の回答に聖川は、やれやれ参ったと呟き両手を上にあげる。


「つまり協力者がいる。しかも、犯人の痕跡を消すことができる能力者で警察も手を出しづらい相手ってことだな? 聖也」


「まあな。とにかく、この事件は触れたくはないが、俺たちにとっても避けられない状況だ。それに犯人も参加者である以上は、いずれ戦うことになるかもしれない。なら正義のためにも今のうちに片付けないとな」


「そうするしかないか」


「ああ、一応聞くが聖川は殺人事件に遭遇したことはないのか? 」


「あるわけねーだろ! 少年探偵じゃねーよ」


「見た目も中身も子供だったか」


俺は。手を額に当ててがっかりした素振りを見せる。


殺人鬼に死刑囚なんて、普通の人生では縁がないと思ったが、こんな形で巡り逢うとはな。


「なぁ、聖川」


「どうした? 聖也」


「探偵や刑事って毎回事件に巻き込まれるんだよな」


「ああ! よく考えたら、不幸体質だな」


「ラストスイッチも不幸体質だよ…」


「その話はいいわ」


「えー」


俺は話を続けてラストスイッチの魅力を5分くらいは語りたかったが、聖川は両手でバツを作り拒否した。何気ない会話が終わったこともあり、少しだけカラオケルームに沈黙は訪れた。沈黙と言っても、設定のBGMをオンにすれば問題ないが、この事件の話にカラオケのCMなんて聞きたくはなかった。先程の話を聞き、俺らは、もう恐怖という感情のみしかないが、それでも事件を止めるには戦わなければならない。これは、ゲーム参加者の俺たちにしかできないはずなんだ。俺は、先程の話の続きとして。もう一つの方を聞いてみた。


「なぁさ、聖川。もうひとりの死刑囚については分かることはあるか? 」


「ん? ああ、破波豪か? 」


聖川は、素早い操作でスマホの画面を検索画面からスクショして映してきた。そこには刑務所の写真が写っていた。刑務所と言っても事件後で壁に大きな穴が開いている。聖川は写真の状況について説明する。


「これについて、能力は一目瞭然だ。なぜなら、刑務官の遺体はバラバラにあちこちへと吹き飛んでいたらしい。ただし、腕か足か顔の一部は原型を保っていた。つまり、人体の爆発ではなく、能力で意図してバラバラにしたんだ。殺人向きの能力だが聖也は分かるか?」


俺は一瞬考えたが、答えはあっさり閃いてしまった。


「破壊を操るってところか? トリガーは相手に触れるとかだな。刑務所から脱獄できたのも扉や壁に触れて破壊したからだろ?だから、刑務官の手や足が取れたり、心臓からバラバラに吹き飛んだ奴もいる。あってるか? 」


「なるほど破壊か。確かに壁や扉は大きい破片となり崩れたらしい。同様に臓器が飛び出して顔の皮膚が壊死していた遺体もある。間違いなさそうだな? 」


これはまずいな。触れるだけで人を殺せると一緒だ。それに、このままじゃ破波という死刑囚によって、大量に犠牲者が出るかもしれない。本来は、どちらも止めなきゃいけない存在。だが、同じ参加者でも、俺たち三人だけじゃ無理だろうな。俺はともかく、澄太は能力として弱いし、聖川は初日は能力を明かさなかったが、戦闘向きではない能力なのは間違いない。まぁ粗方予想はついているから問題はないとして。どうするべきか。


ピキーン


俺の脳裏に青い稲妻が走った。稲妻は俺に、ある言葉を与えてくれた。


「聖川、澄太。俺たち三人で犯人を倒そう! そのためには、あれをする」


確かに、俺たちは力不足かも知れない。だが、これ以上の犠牲は耐えられない。能力者である以上は警察は無理だろう。しかも、裏には警察より強い黒幕がいるかも知れない。だったら、能力こと魔法を与えられた俺たちでカタをつけるしかない。俺たちは、三人で円陣を組み


「「「えいえい!おーーーーーっ」」」


カラオケルームに響き渡る声は、幸いにも他の客には聞こえなかったみたいだ。


同日十七時


俺こと双葉七海は、授業を終えて彼女のみこととデート中だ。彼女は、制服で俺は黒のパーカーにグレーのズボン。そして白衣のような白いジャケットを着ている。


「ななくん? 本当に行くの〜? 」


「ああ、仕方ないでしょ。嫌なら先に帰ってもいいよ?後で迎えに行くからご飯でも行こう」


「それは嫌! ななくんに何かあったら大変だしっ! 私が隣にいる」


「みこちゃん」


俺と彼女は、青野大学前のカフェで、ある人と会う約束をしている。用件は間違いなくゲームのことだろう。カフェは表参道のビルの地下にあり、黒いドアの真ん中にに白いボードがかかっている。ボードに書かれた文字は黒いマジックで書かれていた


オープン


「空いてるな」


「やっぱり? 本当に行くの? 」


「もし、大人しく付いてきてくれたら、カフェで好きなもの注文していいよ?あの人の料理は美味いしね。どう?みこちゃん?」


「うぬぬ、ななくん。私に食べ物を奢るなんて、あなたは神様ですか! 愛しています! 大好きですっ! 」


「はいはい。俺も好きだよ」


「きゃあっ」


俺は、彼女とのラブラブトークを楽しんだ後に、ドアを開けた。そこは、パーみたいな雰囲気の店であり、木製のカウンターが手前にあり、目の前には高級料理店のようなキッチン、後ろのテーブル席は黒い壁に密閉された個室である。これはカフェのオーナーの趣味である防音室も兼ねて作られたらしい。俺はマスターに挨拶をする。


「お邪魔します〜」


「久しぶりですね、双葉七海くん」


「クラエルさん。これは一体どういうことですか? 」


クラエルとは、イギリス人でカフェのマスターだ。そして、この儀式の管理している一人である。金髪で短く下ろしてある前髪は美しく、後ろの方の髪は長く一本に結んでいる。彼の目は右目が赤と左目が青のオッドアイが特徴。その男が、バーテンダーの制服を着て俺たちを待っていた。


「それはこちらのセリフですよ」


クラエルさんの日本語が流暢すぎる。本当にイギリス人なのか?ってたまに思うほどだ。さすが幼少期から英才教育を受けているだけあるのかな。俺は内心、クラエルさんの詳細な過去は知らないが、育ちはいいのは間違いなく金持ちなのは確かだ。クラエルさんは俺の後ろに隠れている彼女に気づいたようで、睨みながら言う。


「まさか、私の元に彼女を連れてくるなんてね? 」


「こ、これはその。俺にも深い訳がぁ」


みことはピクっと反応した。彼女は俺の所有権を剥奪されるのを恐れるかのように、俺の腕に胸を押し付けて寄りかかり、俺の顔に彼女の顔が擦り付いて、いかにも彼女らしいポーズをしたのだ。


「みっ、みこちゃん。恥ずかしいんですけどっ」


「クラエルさんお久しぶりです!うちのななくんがいつもお世話になってます〜」


「ふむ、それは少し違うな。私は、双葉七海よりどちらかと言えば真野みことのお世話をしていると思うけどね? 」


「な、なんですって〜!」


「やれやれ。もう少しレディとして振る舞いなさい。後な、君はもう少し社会について勉強した方がいい。ついでに学校の勉強もしなさい。この儀式に関わる以上はね」


「うぐっ、ってか学校の勉強は関係ないですよねっ! 余計なお世話ですよ! 」


この二人が喧嘩すると面倒だなと内心思っていたが、美琴の顔と胸が当たっていて俺の理性も保てなくなっていた。そのために一刻も早く収束させるべく。俺は二人の中間の位置に立ち両手で抑える。

「二人ともやめろよ! 」


「ななくん! 私から離れちゃダメだよっ! 」


「怒るところそこっ! って今は抱きついている場合じゃ」


「こちょこちょこちょ」


「ぶっははははははははははははは!ごっ、ごめん、ちょ、まじで、ぶはははっ!くすぐったいからやめてー」


彼女は俺の脇腹を両手で素早くこちょこちょした。俺は両手で彼女の手を押さえようとするが、手の動きが早くて抑えられない。彼女は、大人をからかう子供のように笑っている。俺がギュっと彼女を思いっきり抱きしめると、彼女は顔の赤さを隠すようにごまかす。


「じ、じゃあ、離れないでねっ」


「わかった」


俺と彼女のイチャイチャを真顔で見るカフェオーナーことクラエルさんは、俺たちのことを無視しつつ本題を話し始めた。


「そうですね。七海の言う通りです。まぁ、先程の出来事は気になりますが、本題に入ろう」


「ななくん? ここに集まったってことは、やっぱりゲームのことだよね? 」


「そうだよ。あと、思いっきり胸当たっているから、気持ちは嬉しいんだけど、少しの間は離れてくれない? 大事な話をするみたいだし、クラエルさん今なら話は出来そうですか? 」


「すぐ準備しましょう」 


「ひどいよっ! 」


「ナポリタンにグラタン、シーフードサラダ、ショートケーキにティラミスを一緒にシェアして食べたいんだけどなぁ〜? ほら、あーんっていつものしたいんでしょ? 」


「うっ、分かったよ。今日は大人しくしてます。約束だからねっ」


客がいないのでマスターは約束通りに俺が注文した料理を作り終えた後、スタッフに店を任せて、カフェの個室に三人が集まる。丸いテーブルを囲むように俺たちは座った。飲み物はみことはオレンジジュース、俺はアイスコーヒー。クラエルさんはウイスキーをそれぞれワイングラスに入れて置いてある。


「ねー、ここって防音なんだよねぇ? 」


「そうですよ。君はいつも声が大きいからね」


「なんですって! 」


「それだよ。全く、双葉七海くん。彼氏として真野みことの面倒は見ておくべきだよ」


「は、ははは、すみません。みこちゃん、少し声のボリュームを下げてね」


「う、わ、分かりましたよ〜」


一通り料理が運ばれたので、俺は食事を楽しみながら話を切り出す。


「まずゲーム。いや、儀式の現状なんですが」


「知っている。参加者は九日で一名しか脱落していないことでしょう? 」


「はは、すみません。五年前よりペースが遅いですよね」


「ねぇ、これって良いことじゃないの?」


みことは、オレンジジュースをストローで一口飲む。彼女の小さい皿には、グラタンとシーフードサラダにナポリタンが少しずつ盛り付けされている。クラエルさんは、みことの疑問に答えた。


「君は平和ボケしているのかな? 」


「ななーくん? この人、さっきから物凄く失礼なこと言ってくるんだけど、酷くない? 」


「まあまあ、落ち着こーね、みこちゃん。クラエルさんの料理は美味しいんだから許してあげなよ」


「う〜ん、まぁ、ななくんが言うなら」


「良かった。でさ、脱落者が少ないことの問題はね、ゲーム自体は、本来の目的として参加者同士で戦わなきゃいけないからね。けど、実際にあまり戦いが起きていない。これはどういうことだと思う? みこちゃん? 」


「わ、私に聞くの? 」


みことは目を閉じ、静かに考える。俺もサラダとグラタンを皿に盛り付けて口に入れた。レタスのシャキシャキと、オレンジとレモンをブレンドしたドレッシングに、ブリやイカとサーモンを混ぜたサラダは美味しかった。またグラタンもジャガイモとサツマイモ、チキンやブロッコリーにホワイトソースとチーズで何層も重ねていたため、見た目も凝っており味も美味しいものだった。俺が食事を楽しんでいる束の間に、みことはハッと気づき答えを口に出した。


「もしかしてゲームクリア自体に興味がないとか? 」


「八割型正解だよ!やっぱり、みこちゃんは天才だね! 」


「うれっし!ありがとうっ!」


「どういたしまして。みこちゃんの言う通り、今の参加者はゲームクリアより自身の目的で動いている人が多いんだ。これまでと違ってね。例えば、殺人事件が多く発生してしまったのがその理由だ。母子連続殺人事件に死刑囚の脱獄、不自然な死、現に5名ほどはゲームクリアより、能力を得て事件を起こしている。つまり、本来の目的であるゲームクリアのために最後の一名になるよりは、参加者という立場だからこそ能力を得てる今できることを優先したいってことだね。まあ、厄介な問題はそれだけではないんだけどね」


「五人もいるなんて。これじゃあ、ゲームの目的と反するじゃない!あの人が伝えたかったものとは違うでしょ! 」


その通りだ。これは予想以上に多い。母子連続殺人事件や死刑囚の脱獄。これには、俺自身も驚いている。日本でこれほど事件が起きたのは、日本史上かつてないほどの事件件数だ。俺はゲームマスターとして自身の力不足を痛感した。


しかし、それだけではなかった。原因についての責任はもう一人心当たりがある。


「クラエルさん?あなたにも責任があるのではないのですか? 」


「そうですよ!その参加者を選んだのは、あなたですよね? なぜあんな人を選んだんですか? クラエルさん? 」


みことは怒りながらクラエルさんに尋ねた。クラエルさんは冷静に話す。


「参加条件に当てはまっていたから選んだ。例え死刑囚や殺人鬼であろうと参加条件が満たされれば選ばれる。それが本来の儀式だからな」


俺たちの怒りを無視し、クラエルさんは続ける。


「ただ問題はあなたです双葉七海。五年前にゲームをクリアしたあなたが、今度はゲームマスターの立場になった挙句、助手に彼女をつけるなんて!おかげで歴史ある儀式がめちゃくちゃだ! すべてそいつのせいだぞ! そいつが失敗したからこんな状態になったんだぞ! 」


熱が入ったかのように怒るクラエルさんに対して、みこちゃんを侮辱された俺は怒りを最低限抑えながら、声を冷たくして言葉を放つ。彼女のポツリとこぼした涙を見ていられなかった。


「みこを侮辱する発言は慎め」


「ななくん? 」


「なんだと? 」


「彼女だって一生懸命頑張っている。みこちゃんは俺がお兄さんを殺人ゲームに巻き込んだことを今でも悔やみきれないはずだ。それでも、それでも、みこちゃんはこのゲームの本来の意味を伝えようとしている。儀式の歴史が変わっても構わないだろ? みこちゃんを助手に選んだのは俺だ。だから、彼女の責任は全て俺にあるっ! 彼女はとてもいい子だ! だからっ、だからっ」


俺は、自分の過去を思い出しつつ内心悔やんでいる。あの時、失った命が帰ってくる事はないことは俺自身が何度も実感している。だからこそ嗚咽を吐きながら、みこちゃんを庇いたい。彼女には生きてて欲しいから。俺の意思が伝わったのが、みこちゃんは涙を流している。右腕で目を隠して涙を拭いているが、ボロボロと零れ落ちている。多分、これだけ泣いてしまう理由は俺とみこちゃんにしか分からない何かだろう。それを言葉にするには五年もの時間が必要だった。俺も彼女がいなければ今も壊れていたかも知れない。だからこそ、彼女の優しさは必要なんだ。涙ぐむ彼女に俺は、黒柄のハンカチを貸してあげた。華奢な彼女の手は俺のハンカチを掴んで、涙を拭く。


「ななくん。ありがとう」


涙を流し終えた彼女が見せた笑顔は、俺の心に響き渡る。俺は胸を張り、彼女に堂々とセリフを言う。


「気にしなくていいよ!彼氏なら当然のことをしただけさ」


「さすがだね! 英雄さん」


からかうくらいに元気になったみことを、俺はそっと抱きしめた。かつて、何度も嗅いだことがある初恋の匂いとは違うが、それとは異なる良い匂いが俺の身体に染み渡る。抱きしめ終わった後に、両手で彼女を一回離してクラエルさんに告げる。


「さっき、みこちゃんと俺を侮辱していたが、あなたも同じじゃないですか? 俺たちの許可もなく第|三勢力を解放するなんて。ゲームをぶち壊す行為と同じだ。あれに見つかったらどうなるか分かってるんですか? 」


「そうだな。あれは殺戮マシーンだ。ゲームのクリアに進ませるために人数を減らす強制手段であり、この後は...」


そうだ。あれの結末なんて知っている。5年前に俺は第三勢力の恐ろしさを体験してしまった。クラエルさんも俺もみこちゃんも、このゲームの結末なんて全て分かっているはずなんだ。だけど、それでも誰が何度も何度も争って、やり直したり後継者に継がれたり、繰り返しつつ本当のハッピーエンドを目指してはダメなんだろうか? 俺は今回でゲームを終わらせたいと心の中で願っている。


「俺の意思は君、いや、君たちに託すよ」


同時刻 カラオケ店内の個室


「聖也くん、何言っているの?そんなの警察に任せた方がいいんじゃないかい? 」


ようやく、澄太の口から言葉が発せられた。それは、これ以上の恐怖をしたくないからか澄太は怯えながら一言一句を身震わせて発した。しかし、今度は聖川が澄太に強く反発するように言い返す。


「いや、警察じゃダメだ。参加者である以上は能力者だ。警察だって生身の人間だし捕まえることもできねぇだろう」


聖川のいう通りだ。確かに参加者である以上は拳銃などの武器で殺せるとは考えにくい。俺と聖川はお互いに目を見つめ。相槌を取るようにうなずく。そして、澄太にも同じように同意してもらえるように目を運ぶ。だが澄太の意思はまだ変わらなかった。


「でも、人殺しているんだよ? そんな人と戦うなんて…怖いよっ…」


びくびくしながら答える彼に、俺の脳裏には、トゲトゲの形をした髪に筋肉質の男性のシルエットの形をした男が発したセリフが浮かんだ。


『お前さんよぉ、あの子に真実を伝えなくてもいいのかよ? 後悔すっぜ』


(誰だ、この人は? )


筋肉質のシルエットは形を変えて、懐かしく、ほろ苦い味を味わせた、初恋の彼女の姿に変化した。


『ごめんなさい。私は...君のこと...』


(君はっ、どういうことだ? これは俺の記憶とは何かが違う)


女の子のポタポタと地面にこぼれ落ちる涙は、黒いシルエットだが俺の何かを伝えるために現れたことは認識させずにはいられなかった。


(どういうことだよっ! 君たちは俺に何を伝えたいんだ?)


筋肉質の見知らぬ男に初恋の少女は、どうかんがえても俺がまだ知らない何かが、俺の中で伝えようとしている。


すると今度は、シルエットの影が線状にくっきりと輪郭が捉えられている。そして、女の子の形は崩れ去ってしまい、ある男の姿へと変化していった。


みるみる黒い輪郭が鮮明な色へと彩られて、元の人に戻る。そこに現れたのは誰だったのは、俺自身もわからぬまま神々しい光と共に彼のそばから離れていく。


その懐かしい人物の名前は、俺は絶対知っている。見た目は可愛らしく目はぱっちりしていて、睫毛は長く、ボーイリッシュな少女のような高校生くらいの顔立ちの少年。


だが、服装は古代西洋のような冠と高級感漂うクリムゾンレッドの分厚いマントに黒い上下のシャツとズボンだ。古い服装だが、懐かしくも感じたりする。彼は口を大きく開けて何かを告げよいうとしている。


(待てよ! あなたは誰なんだっ、俺をここに連れてきた目的はなんなんだよっ)


俺の身体はどんどん引っ張られてしまうが、王様のような男の姿はまだ紙コップほどの大きさはある。聞くなら今しかない。俺は開かない口を無理やり開こうと願い、力強く口に出した。


「お前の答えはなんなんだぁー! 」


大きな声は意識の中ではなく、現実でもきっと叫ばれたんだろう。俺の声が二重に聞こえた。


ゴマ粒ほどの大きさになった王様のような男は、俺が出口に吸い込まれる直前に告げた。


『歴史と思いはいつだって不変だよ。君が偉大な王を見るように、俺も後世の君を王としてみている。自分は英雄や脇役のように振る舞うな、何事も動かすのは自分自身の意思だよ。だから、君にこう告げよう。受け身になるな、君が王となり導け! 真野聖也! そうすればゲームをクリアできる。俺、...が保証する』


彼の言葉を聞き終えた後には、俺の意識は真っ白な空間から現実世界に引き戻されていた。


そこにはきょとんとした顔の聖川と澄太が、俺の両肩に手をやり、きょとんっとしていた。


「えーと、聖也くん? 大丈夫? 」


「おいっ、聖也?答えって、なんの答えなんだよっ?ってゆーかどうした?聖也、何で泣いているんだよ?」


「あっ、あれ?なんで、俺泣いているんだろう」


『何事も動かすのは自分自身の意思だよ』


俺はカラオケ室内でなぜ意識が真っ白な空間に行って、筋肉質な男と初恋の少女に謎の王様に巡り合えたのかは分からない。ただ不思議な体験だった。特に最後に出会った王様とは、他人ではない気がした。ただ、彼の言葉がずっと脳裏によぎっている。


確かに俺は双葉七海という人間に憧れ、いつか彼のような人間に慣れたらいいなとは思っていた。しかし、実際に彼を超えることも彼と同等の人間になれるとは、俺自身も思えないと感じていた。

彼のように誰からも尊敬されて、異性からもモテて、素晴らしい才能や能力を生かした仕事で稼いでいる彼は、完璧なリア充だと思い込んでいた。

でも、あの王様の言葉を聞いた時、俺は涙を流してしまった。どんなに手が届かないと思い込んでも、人を惹きつけるのは己の行動次第だってことだ。七海さんが人として尊敬されているのも、彼がどんな人にも優しく接して、努力しているからだ。

七海さんが妹や他の女性にもモテるのも、彼が顔だけの人間ではなく、人の話を親身になって聞き、困ったときに救いの手を差し伸べる人間だからだ。七海さんが才能や能力を生かした仕事で大金を稼いだのも、彼が必死に努力しているからに違いないからだろう。

彼は一生懸命に自分だけでなく、他の人に対しても愛して接しているからだろう。俺は改めて双葉七海という人間を尊敬する。だからこそ彼を才能や能力のみで見てしまった。ゲームマスターだからって関係ない、

俺にとって双葉七海は、英雄だということは変わらない。

だから彼を超す人間として、このくらいの問題は解決しないとな。


『君が王となり人々を導け! 真野聖也!』


(ああ、ありがとうな! おかけで大事なものを思い出したよ、お前の顔…俺と瓜二つだった。でも、悪いがお前の名前はまだ思い出せそうにない。いつか、思い出してまた会いたいなぁ)


俺は心の奥から何かをグッと奥に敷き詰めて、彼に目を向ける。


「貴和澄太、君と話がしたい」


「えっ? 聖也くん? なんか雰囲気が変わったけどどうしたの?」


澄太は俺の声が低く口調が少しだけ変わったことに気づいた。俺は、彼に話を続けることにする。


「正直に言うよ。確かに澄太の気持ちはわかる。俺だって怖いし逃げたいし、でもさ、これ以上の犠牲は耐えられないんだ。それに参加者を止めるなら、参加者しかできないんだよ!」


俺は歯をぐっと噛み締めて、右手の拳をぐっと澄太の胸に当てて言う。


「俺たちなら出来る!犯人を必ず倒そう! 」 


「で、でも他の参加者に任せれば…」


「他の奴が渡真利のような奴かも知れないぞ? あいつみたいな奴が、犯人を倒すことなんて出来ないだろ?澄太はさ、自分の奥さんや子供が殺されることに許せるか? 」


「許せないよ」


「だろ? この事件の遺族のお父さんは、これから歩むべき人生の希望を全て失ったんだ!こんなことが続いていいのか? 殺されたお母さんや子供だけじゃない、残された遺族はこれからずっと捕まらない犯人を恨み続けるかも知れない。なら、せめて俺たちが犯人を倒して罪を償わせようっ! それで残された家族が報われるなら、俺は犯人を...」


この後の言葉が出てこなかった。これほどの熱量を込めた説得は久しぶりのような気がする。残されたお父さんたちは事件に対して許せないや一刻も早く罪を償わせたい。犯人を死刑に処するべきだ、などとニュース番組で答えていた。澄太は俺の説得に観念したかのように、一瞬だけ表情が緩み。ゆっくりと息を吐く。


「わかったよ。聖也のいう通りに協力する。ただ僕は直接戦えないから二人を手伝うよ! それでもいいならだけど、どうかな? 」


「あっああ…ありがとう澄太! 」


「ほんとっに、いい人だよね君は」


「うるせぇよ」


「そこは素直になってよ。でも、そういうところが聖也くんのいいところの一つかも知れないねっ」


澄太は俺のことを褒めるとカラオケボックスのソファーに腰を下ろして。がっくりと疲れた様子を見せた。俺は澄太を説得してほっとした。澄太は直接戦えないと言ったが、俺自身も戦うべきではないと考えていた。ただ。澄太の協力は彼の人生を変えるはずだということも予感した。澄太が母子連続殺人事件の犯人を倒すのを手伝わなかった場合、きっと彼の後悔はゲーム終了後もずっと引きずることになるだろう。だから、澄太の自らの意思で犯人の確保に協力して欲しかったのだ・そして聖川は澄太よりも戦い向きの能力ではない。だが澄太よりは犯人との対峙への覚悟はあるから問題はない。だが一つ懸念があるとすれば、聖川と俺になにか確執があることだろう。俺は澄太と聖川の反対の場所に座って、確執を埋めることにした。


「それと聖川? 」


「なんだよっ、俺にも何か言いたいことがあんのか? 」


「お前の能力は、窃盗を操るでいいんだよな? 」

「!? 」


聖川は手が震え。顔も青ざめている。先程の澄太への説得時には聖川の表情は見てなかったが、どうやら俺の意識世界で何かあったか疑問に思っているのかも知れない。それに能力のことだってそうだ。無理もない、ずっと隠していたんだ。なぜ能力を隠していたかは知らないが、それなりの事情があるのは間違いない。こいつには何があるんだ?俺は親友の領域に踏み込む


「ナイフを操るとか能力はハッタリだってすぐにわかったよ。たださ、初日の参加者に突きつけたナイフあるじゃん。あれはお前の家にあるナイフだろ?どうみたって新品のナイフではなかったよ。護身用のナイフでもなさそうだから、一度見たものや所有したものなら自分の手元に戻せるのが発動の条件、だから隠したかったんだ。自分の弱みを知られたくなかったから、聖川は俺たちにまで隠したり、嘘ついたりした。あってるか? 」


聖川は、さっきの澄太と同様に観念したかのように深く深呼吸をして、肩をがっくり落として空を見上げた。その後に、手を自分の胸に置く。


「全くお前は本当に恐ろしい奴だぜ。ああ、そうだよ。俺の能力は、聖也の推理どおり窃盗を操るで間違いない。条件も理由も大方はあっているよ」


「なぜ隠していたか聞いてもいいか?」


聖川は数秒黙った。そしてやれやれとボソッと呟いて首を横にふる。


「いいぜ。ただし条件が一つだけある」


「なんだ? 」


「少し前に数秒だけお前の意識が飛んでいただろ?あの時なにがあったんだ? 」


「なっ! 気づいていたのか? 」


「聖也くん? 透? どういうことなの? 」


俺たちはお互いに話せず、信頼が揺らいで、しばらく沈黙の状態が続いてしまった。


「分かった。事情があるんだろ? これ以上は詮索しないでおく」


「それでいいのか? 」


「ああ、悪いが俺も意識が飛んでいた時のことを言いたくはないんだ。あの時だけ、なぜか懐かしくてもどかしい感覚が戻ったんだよね。まるで昔にあったことがあるような感覚さ」


「それって、聖也くんの子供の頃じゃないの? 」 

「多分、違うと思う」


「じゃあ、誰かの記憶とかではないのか? 聖也に縁がある人物が送ったメッセージとか? 」


「詳しくは分からないよ。ただ、俺の意識が別の世界に入ったのかも知れないかもだし、それより俺は聖川や澄太に俺自身の潔白を証明できたからもういいかな」


「そっか。それもそうだよね、聖也くんにも聖也くんなりの事情があるんだよきっと。透にも僕にも事情がある。でも、もしお互いに信じ合えるようになれたら三人で話せる日もきっと来るって僕も信じている」


「澄太、俺が能力を言わないばかりに悪いな」


「気にしないでいいよ、透の事情は大体察したから、仕方のないことだよ」


「ああ、俺も聖川のことはこれ以上詮索しないよ。俺たちと関係を維持したいための事情があるんだろ? 」


きっと、聖川透には俺たちに知られたくないような深い過去がある。それでも本人の口から開かれない限りは聞かないでおこう。それが三人がこれからもずっと仲良くいられる最善の選択だと俺は内心考えていた。聖川も表情がいつものようにチャラチャラした顔に戻っていた。


「ありがとう、聖也」


「どういたしまして。じゃ話を戻すか! 今、俺たちのチームは この三人だけしかいない。これではゲームにおいて生き残れる確率も勝つ確率も低いと思う。だったら先にもう少し仲間が欲しい」


「「そうだね」」


聖川と澄太は同調するように反応してうなずく。そして具体的にどうするのか。俺には一つ熱考えがあった。それは意識世界において認識を変えざるを得なかったある人物に運命を託す案だった。


「そこで! 俺は七海さんから、俺たちの近くにいる参加者と母子殺人事件の犯人の情報を聞き出すっ! 」


「「はああああああああああああっ〜〜〜〜〜」」


澄太は、あまりにも俺の唐突な策に驚きすぎて口が開いたままになった。聖川も同じ反応だが口元を指で無理やり緩ませて反論する。


「ちょっと待った! いくらなんでも、あいつに聞き出すなんて無理じゃねぇか? あいつゲームマスターだろ? 」


「いや、おそらく参加者の全てを七海さんが決めているとはもう考えられない。死刑囚や殺人鬼を選ぶなんてゲームを壊すリスクもあるからね。多分、七海さんより上がいるんだ。そいつがこの状況に持ってこさせた。そいつの目的や狙いは分からないが、少なくても七海さんと反する狙いがあるはず。そして七海さんはこのことをよく思ってない」


俺の推論は、これまでの状況からまとめて考察したものだ。今度は澄太が口元を指で戻して、俺に質問をする。


「ちょっとまって! 聖也くんは七海さんって人のことを知っているの? 連絡先とか居場所とかも知っているの?」


「ああ、うちの妹の彼氏だから。ほら連絡先も持っている」


俺はスマホを操作して七海さんのラインを二人の目の前に突きつけた。


「「え〜!!。妹の彼氏って!」」


「ど。どういうことだよ?聖也の妹の彼氏が七海さん? 妹ってみことちゃん? 」


「そだよ」


「なぁ〜〜んだってぇ〜、俺、お前の妹を狙ってたんだぜ! ふざけんなよっ双葉七海ぃ」


「はぁ? お前がみことの彼氏なんて絶対認める訳ねーだろぉ! 」


「うるせぇよ!シスコンっ」


「それはこっちのセリフだロリコンっ」


「まぁ二人とも落ち着いて」


「「澄太は黙ってろ!」」


澄太の目はうるうると泣き出してしまった。俺と聖川は十分くらいお互いの額を擦り付けて言い争った。二人はは俺と七海さんの関係を知らなかったらしい。それはそうか、澄太には妹のこと自体を話したことあまりないもんだしな。聖川には写真と名前だけだし実際に会ったことないんだよな。俺たちの喧嘩は劣化のごとこ罵倒し合い、お互いが満足するまで言い続けた。

俺たちはお互いに罵倒し続けたために疲れた後。三人でスマホをスピーカーにして七海さんに電話をかける。


プルルルルルルルルルプルルルルルルルルルプルルルルルルルルル


ガチャ


「もしもし? 七海さん? お久しぶりです」


『おおっ聖也くん? いきなり電話をかけてくるなんて珍しいね〜どうかした?』


ジャジャジャジャーン


七海さんは今、クラシックのBGMが流れていることからカフェにいるらしい


「お久しぶりです七海さん。今、お時間大丈夫ですか? 」


俺は、七海さんにいつにもまして丁寧に尋ねた隣の聖川は、俺の電話に出ようとしているが、澄太が聖川の背後に回ってタオルで歯喰い締めにして聖川の暴走を押さえ込んでいる。


うぐぐぐぐぐぐ


『ああ、みこちゃんとデート中だけど大丈夫だよ!』


『え? 』


今の声は妹だな。


「うぐぐぐぐぐぐぐぐぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃ」


「げっ」


『え? どうしたんだい?聖也くん』


俺が隣にいる澄太に抑えられている聖川の表情を見るとすでに鬼のような形相となっていた。俺は聖川を無視して七海さんとの話を続けることにした。


「あっ、なんでもないですよー。それより単刀直入に聞きます。ゲームマスターの双葉七海さんに」


『そっか、その反応だと俺がゲームマスターをしている理由も知ってたりする? 』


「そこまでは知りませんよ。ただ七海さんが英雄だってことは、例えあなたが極悪ゲームマスターだとしても変わらないはず」


『ご、極悪ゲームマスターだって? なんかいつもと違って辛辣だね...』


「そうですか? 」


『そうだよっ! それになんか変な自信ついてない? 』


「そうですかね? まっ、全部七海さんのおかげだと思いますけど」


『えっ、俺が何かしたの? ねぇ! 』


「あはは。大丈夫ですよっ。ただ、ありがとうございます。って伝えたかっただけです。七海お兄ちゃんに」


『懐かしいね、最後にその呼び方で君とみこちゃんに呼ばれたのは半年前だったよね? 』


「はい。五年前に妹を救ってくれた時からずっと七海さんは、うちの家族同然でしたからね。おかげで俺も兄貴もみことも口酸っぱく七海さんみたいに勉強しなさいとじか散々両親に言われ続けましたけどね」


『ははっ、それはごめんねっ』


俺は七海さんと何気ない会話で時間を過ごして楽しんでいた。ふと隣にいる聖川の様子を見る露、すでに半ベソ掻いた子供のように不満げな顔をしている。


「いえいえ、ところで話を戻しますが、母子連続殺人事件の犯人の居場所と協力できそうな参加者の居場所と名前もを教えてください! 」


俺は七海さんとの会話でプラスになるように打ち解けた後に、切り札を打ち込んだ。ここで七海さんを味方につけることにできればクリアがしやすくなるのは間違いない。俺は唾をゴクンと飲み返事を待つ。一秒一秒時間が経つのは長く感じる。数十秒かかり、ようやく七海さんが答えてくれた。


『残念ながら無理だね。ほんとは教えたいところなんだけどね〜でもゲームマスターとして特定の参加者に肩入れするのはルール違反なんだ。本当にごめんね』


七海さんの返事は思ったよりあっさりだった。さすがにゲームマスターが義理の家族のように大切な人の頼みでも参加者に肩入れすることは七海さんの立場自体が危ういため、そう反応するのは覚悟していた。


「そうですか、わかりました」


俺は一旦諦めるように電話を切ることにする。コールボタンをタップして通話を切ろうとすると、七海さんからメッセージが数件届いた。


「!? 」


そこには数字と文字が横文字に並んでいる画像が俺のトークに送られた。


{2K2M5N1A2N.2H5N4R2A5T,1K1N1G1W}


{ニーケーニーエムゴーエヌワンエーニーエヌ? ニーエイチゴーエヌヨンアールニーエーゴーティー?ワンケーワンエヌワンジーワンワイ? }


俺は七海さんが送った暗号を理解できなかった。これは間違いなく参加者の情報だろう。だが、どういう意味かは分からなかった。しかし、七海さんは今送った画像のヒントを電話で教えてきた。


『ところで聖也くん? ルールは守らないといけないけど、ルール外なら出来るかも知れない。価値観なんて人それぞれだよ? 』


「何をです? 」


『例えば家族のルールは家庭で守らなきゃいけない。スマホで呼び出される前に夕方までに帰るとか、イタリア語や英語や日本語で会話するとかね? でもルール外なら、用できる兄弟ならお互いのことを知って分かち合うことができる。相談してもいいんじゃないか? 』


{まさか? そういうことか}


俺の頭に電撃が走った。この人は、短時間で頭を回転させて文字を打った。正確には協力者の情報を直接伝えずルールを守りながら教えてくれた。俺は七海さんから送られた画像を読み終えて思わず笑みを浮かべてしまった。


{イタリア語はローマつまりローマ字、英語はアルファベッド、日本語はローマ字入力で書き換える意味だ。そして数字はスマホの文字打ち、2Kはき。つまり七海さんが俺に伝えてくれたメッセージの意味は...}


(きみのあに、ひのれいと、かながわ)


これは協力者の名前と母子連続殺人事件の犯人の名前だ。俺は小声で七海さんのメッセージを理解したこと示す。


「わかりました。兄貴に相談してみます」


『そうだね。そのほうがいいよ! それと最近のニュースなんだけどね、男性の不倫があって妻が夫を殺害した事件があったんだ。怖いよね』


「え、は、はい。確かに怖いですね」


つまり裏を返せば能力者の事件を紹介している。しかも俺が知らない事件だ。どうやら、七海さんが隠したかった情報は俺に兄貴が参加者と母子連続殺人事件の犯人の名前と住んでいる県のみらしい。そして、隣で不満げながら聖川がそのニュースをタブレッドで調べていた。すると容疑者の顔と名前がすでにネット上で出回っていたが判明する。


「練馬夜子(ねりまよるこ)。こっちは顔写真が出ているな」


ピコンッ


「はぁ? ちょっ」


今度は妹からラインがきた。妹が七海さんの前で俺に対してスマホからメッセージを送るとは、久しぶりすぎて感無量です。


『お兄ちゃん、デート中に邪魔しないでよっ! あと、ゲーム参加者の事件リストをネカフェから送るからマカロンでも奢ってね! 』


想像とは違い妹から有益な情報と不利益な情報が送られてきた。ごめんなさい、妹のデート中に邪魔してしまって。トホホと妹からのラインを見てしょんぼりしてしまったが、七海さんは俺に伝える。


『聖也くんも気をつけたほうがいいよ。覚悟して戦うといい』


「はい! 」


七海さんの言葉の意味はすぐに理解できた。俺はスマホのボタンをタップして通話を切った。


「ひのれいと。神奈川県、そして、俺の兄貴が参加者だった。。だめだ〜情報量が多すぎる」


俺の思考回路はすでにパンク寸前だった。聖川はドンマイと言って俺の肩に右手を乗せる。澄太もハハハと苦笑いを浮かべ俺の身を案じていた。

カフェ内


「ルール違反だ! 双葉七海! 」


先ほどから隣で電話を聞いていたクラエルが俺に怒ってきた。俺は、フッと嘲笑い


「クラエルさん、これでお互い様ですね。あなたが俺より上の立場だからって、ゲームマスターの俺に第三勢力の許可は必要だった」


「それとこれとは関係ないですっ」


「大アリだ。みこちゃんに謝らず、俺たちを舐めている、あなたはスポンサーのような立場なんですよ!ゲームの管理者である俺たちの邪魔はしないで頂きたい! 」


「ふ、ふん。ガキが偉そうにでしゃばりやがって。いいだろう、こちらもルールに従ってお前らのお気に入りの参加者を排除してやるっ。真野聖也とお前の仲間も全員排除してやるよっ」


「そうですか、まぁ俺がサポートしなくても、あなたが選んだ方のお気に入りの参加者には聖也くんたちを殺せないと思いますけどね? 」


「ぐぬぬぬぬ、仕方がない。食事が済んだら出て行け。今日は解散だ」


俺は腕を組みながら足も組み勝ち誇る。クラエルさんは足早にキッチンに戻り去り悔しがっていた。俺はニヤリと笑ってしまった。


(クラエルさん。あなたの思い通りにさせたら、いつまでたってもクリアできないからね。悪いけど、俺が、いや聖也くんたちがゲームをクリアさせてもらうようにするよ)


「ね、ねぇ、あんな事を言って大丈夫なの?クラエルさんが無理やりでも私たちを追放したりしたら? 」


みことは俺に心配しているようだ。彼女は不安げな表情で俺を見つめている、俺は彼女を安心させるかのように前髪を上げておでこを撫で撫でする。


「きゃあ! く、くすぐったいよぉ〜〜」


俺はいつもの無邪気な笑顔で微笑む彼女に戻ったことに安心した。


「大丈夫だよっ、クラエルさんもルールは守るだろうから排除はできないし、何よりさっきの聖也くんに参加者の情報を漏らした件は、参加者の親族や関係者に事前告知をしてもいいというルールと実社会にゲームの存在自体がバレる恐れがある場合は、特例でその参加者の情報を公開してもいいというルールに従ったまでさ」


「へぇー、そこまで考えてたんだっ! 偉いね〜 」


今度はみことが俺のおでこをポンポンよ優しく撫でてきた。俺は正直恥ずかしくて彼女から目を逸らしてしまった。


「ななくん? どうしたの?顔が赤いよぉ〜こっち見てよっ! 」


「い、嫌だよ」


「ふぅ〜ん?じゃあ私から見てあげるね」


「なっ、ちょっと! 」


この後、みことが両手で俺の顔と彼女の顔をくっつかせてきた。お互いに赤面が続き料理を食べ終わった後。俺たちはクラエルさんのカフェを出て行った。


四月八日二十時


俺はすでに糖分が欲しいほど身体が疲れていた、俺と澄太と聖川の三人がカラオケ内で会議した後、俺たちは解散してそれぞれの家に帰った。ようやく家が見えてきて、うちの玄関に入ると俺の目には兄貴の水色の流行のスニーカーが映った。妹のローファーはないため、まだ帰ってきてないようだった。


「まだデート中なのか? まさか、泊まりじゃないよな? 」


俺は妹と七海さんが二人きりで抱き合っていることを想像してしまった。 


『あんたたち遅くない? 』


(いや、ないないない。俺は絶対に信じないから)


妹の身体は兄の俺からしても男性にとって理想のスタイルだろう。顔たちも男の中で可愛いと言われる俺と同等レベルのショートカットヘアの少女のことだからモテている。その妹を理想のイケメン、リア充大学生、英雄さんなど呼ばれる双葉七海さんと付き合っている。俺は話から目を逸らすように玄関を一面見渡す、

ピコン


{ごめん、聖也! 今日は母さんと父さんは仕事で帰れないから、ご飯は出前でも取ってね}


両親も今日は家に帰れないと母さんラインがきた。無理もないな、うちの両親は共働きで常に忙しく家にいること自体珍しいのだ。三年前から兄貴は俺たちの父代わりになった。しかし、料理はチャーハンやカレー、シチューなどワンパターンで俺と妹は出前をとる日々が時々起こっていたほどだ、たまに七海さんが泊まり込みで家の手伝いをしていたけど、家にいる兄貴がほとんど俺たちの家事をしていた。当時のみことは中一で俺は中二、兄貴は高校一年生。そして七海さんは大学一年生。当時の俺たちは四人兄弟みたいなものだった。それが二年間続き、俺が高校生になった時にはもう七海さんが家に泊まりにくることはなかった。そして今年の春に兄貴は一人暮らしをしてこの家から出ていった。今は俺とみことだけがこの家に住んでるといっても過言ではないだろう。


その兄貴が今、実家に帰ってきている。兄貴とはまともに話すのは一ヶ月ぶりかも知れない。それ以前に真野大和という人間自体に俺から話したことはあまりなかった。最近だと、大学受験とかで一回相談したことがあるが、それ以外は二人きりでの雑談もない。決して家族仲が悪いわけでもなく、ただ、俺は一緒にいる時間が長く頼れるのは妹と七海さんの次くらいに兄貴だと感じている。そうしみじみ考えながら、俺は靴を脱ぎ兄貴のいるリビングに行く。


「ただいま」


リビングに入ると、兄貴がノートパソコンで作業していた。目が細い兄貴は四角いフレームの黒眼鏡をつけている。レポートを作成中のようだ。大学生というものは大変なんだろうか? 


「おかえり」


兄貴が俺の顔を見て曇ったような顔を見せてきた。その目はじろじろと俺を観察している。


「兄貴? どうかしたのか? 俺の顔をじろじろと見て」


俺は、この時どんな表情をしていたかは自分でもわからない。メガネ越しに見る兄貴は、俺との境界線に壁を作っているような気がした。兄貴はレポートの入力作業をやめてパソコンを閉じる。俺はぐっと右手を下ろして拳を作り力強く言い放つ。


「兄貴、久しぶりに話がある。ゲームの件なんだけど...」


「は! ? そっか、それは最悪な話だな」


兄貴は一瞬驚きつつもこの時の兄貴の表情は疲れを感じていたように見えた、ブルーライトの眼鏡を外して、少し複雑そうな表情をしていた。俺はそんな兄貴を見て、何かおかしいと薄々気づくべきだった。


「兄貴も参加者だったんだな」


兄貴は、はあ〜〜っと深いため息をした。ゆっくりとしたモーションでこくんとうなずいて認める、


「ああ、そうだよ。まさか、お前らが参加者だったなんてな?全く、大嫌いなお前らが参加者なんて最悪すぎるだろって、神にでも見放されたのか?俺は」


「は?お前らってどういうことだよ?それに大嫌いってなんだよっ? 」


兄貴が放った一言に、俺は衝撃を受けつつあった。十五年以上も共に過ごした家族に対して嫌いだったと吐露する兄貴は俺の中で一度も見たことがなかったからだ。兄貴は、俺が驚いた表情をしていると追い討ちをかけるように話を続けた。


「そのままの意味だよ。俺は家族が嫌いだった。さっき、みことが家に戻ってきてな、お前に協力して欲しいって強くお願いされたよ。あまりにも都合いいことに腹がたってな言ってやったんだよ。俺は、お前の彼氏が死ぬほど嫌いだってな。ついでにゲームを利用してお前らを殺せるならちょうどいい」


「あ、兄貴。てめぇ」


俺の怒りは脳天を貫くようにこみ上げてきた、右手から雷、左手から炎を包ませてる。


「それがお前の能力か? さすが英雄志望だなぁ」


「なんだと! 兄貴、本気で俺たちのことが嫌いなのか? 」


「ああ! そうだよっ、父さんも母さんも、参加者のみこともお前も大嫌いだったんだよっ」


「いや、みことは副ゲームマスターだ!参加者ではないから殺せないし、そもそも俺は兄貴と戦うなんて」


「はっ? 知るかよっ、副ゲームマスターってことはゲームマスターは双葉七海だろ? 聖也ぁ」


「ああ、でも七海さんには事情が…」


「あのクソ野郎! ! ふざけんじゃねーよ! 事情だと?そんなの知ったこっちゃねーよ! 俺の気持ちも知らないで今までよくも長男気取りしやがってよぉ」


「兄貴? やめろっ! 」


俺はびっくりした。兄貴が狂ったように豹変して怒りであたり一面をぶち壊そうとした。俺は兄貴の前に立って、右手の雷で兄貴の動きを止めようとする、


「絶対円術! 34のS発動! 」


俺の両手が黒い球体の空間に包まれた、


「な、なんだよっ! これっ」


「安心しろ、今日は殺さねーよ。みことも今日のところは見逃してやったから安心しろ」


黒い空間に入った手は次第に、全身に駆け巡り俺の能力を消してしまった、


「くっそ、何も使えないし感覚も無くなっている」


バタっ

直後、俺の身体は床に倒れてしまった、


「悪いな、これでも俺だって人間だ。話を最後まで大人しく聞いててくれりゃ解放してやるよっ」


「分かった。約束する」


兄貴が七海さんに怒ったところを初めてみた。こめかみにブチギレマークが付いているように見える。兄貴は家族に一切見せたことがない狂った表情に変化して笑みを浮かべる。


兄貴は、ソファーに股を開きつつ両腕も左右に開いて座り込む。直後、俺が今まで見たくとがないほどの怒号が兄貴の口から放たれた。

「お前らなぁ!俺から何もかも奪うだけじゃ気が済まねーのかっ? みことも聖也も母さんも父さんもみんな俺のことを見てくれなかった。俺が少しだけテストで良い点とっても、お前やみことの方が上に行く! もっと言えば、双葉七海だ!あいつは俺より優れているおまけに、優しく運動神経抜群なんて反則だろっ! そのせいで、母さんと父さんは毎日俺とあいつと比べた。どんなにいい成績を取っても、生まれ持った才能や顔を持つあいつには及ばないのは俺自身も分かっていた。だから大学もせめてあいつと同じランクに行こうとした! 結果は俺が不合格であいつのお気に入りのみことは付属に合格した。その後、母さんと父さんはなんて言ったか分かるか?お前は七海くんを見て何も学ばなかったのか?とかいいやがってふざけんじゃねー! 」


兄貴は、早口かつ怒りを抑えられずにテーブルを叩いた。テーブルには深い穴がつくほどだった。


「お、おい?こ れは運命か? 因果か?そんな時、俺はゲームの参加者に選ばれた。一人暮らしのアパートに届いたから家族に見られずに済んだよ。最初は能力を受け取って今までの恨みを他人にぶつけていた。あのことを思い出すと笑わずにいられねーんだよなぁ」


「お、おい何をしたんだ?」


「簡単だよ、俺の闇を操る能力で人の闇を片っ端から開花させた」


「なっ!?」


兄貴の行いは想像を絶するものだった。ゲーム開始して九日ほど経つが、その間に兄貴は人を弄んでいたのか? 俺はどんどん怒りが込み上げてきた。もう抑えられそうにもなかった。


それに俺は兄貴がそんなふうに七海さんのことを思ってたなんて知らなかった。いや、知っていたかも知れない。俺の脳裏には、兄弟四人で遊んだ記憶のうち、ほとんどは俺とみこと、七海さんの三人のみだったんだ。


「人の闇はほんとっにおもしれーな!愚かな人間ほど憎悪の闇を開花させれば、すぐに殴りかかるし。お金が欲しいという衝動を開花させれば、詐欺やスリに走る。そしてみんな逮捕されて行った。可哀想だよな? 俺と出会わなければ普通に生きていけたかも知れねーのに」


「兄貴、こんなことは…もうやめよう。七海さんだって兄貴のことをそんなふうに思ってないよ」 


「どんな事情があったって関係ねーよ!俺はこの家の長男だぁ!!子供の頃にお前とみことに勉強教えたり、一緒に遊んだり、ゲームしたりした。あいつと会う前は俺が一番うまくて頼りになる長男としていれてたんだぞっ!」


兄貴の言う通りだ。当時は俺も美琴も兄貴のことを尊敬していたし大好きだった。

しかし、七海さんが俺たち家族と仲良くなるにつれ、次第に兄貴は尊敬の対象から外されるようになった。兄貴が悪いわけではない。三年前には、俺とみことが七海さんから勉強を教えてもらいすでに成績がグングン上がった。

しかし、その光景を見た兄貴は家でも学校でも居場所がなくなって夜中まで帰らなかったため、両親にこっぴどく叱られていたのを思い出した。この時の兄貴は瞳から涙がポロポロ落ちていた。

自分のポジションを七海さんに奪われた今、五年前からずっと七海さんという存在に嫉妬していたのだ。俺には分からないが、ずっと苦しい日々を兄貴は過ごしていたんだ。俺は兄貴の本心を気づいてあげられなかった。兄貴は目からポタポタと怒られた時みたいに涙を流す。


「あいつのせいで全て崩れた。五年前にみことが誘拐された時、俺は塾を真面目に通っていた中学二年生だった。みことが誘拐された時は急いで家に戻ったさ。俺も学校や塾の友達に必死で呼びかけた。俺が兄として妹を助けるんだ!って必死だったんだよ! 」


兄貴は父さんと一緒に泣き弱っていた俺と母さんに必死で寄り添ってた。何度も大丈夫だ!警察が必ず見つける! 家に帰った時、ちゃんとおかえりって言うんだ! って涙を流して励ましの気持ちを込めながら叫んでいた。


「けど高校生だったあいつがみことを助けた。全身傷だらけになって俺たちの元まで運んできたんだ。それ以来、家であいつは命の恩人として扱われてお前やみことはあいつに憧れた。俺があの時やるべきだったことを、あいつはやったんだ」


確かにそうだ。俺は幼い頃、兄貴のことが大好きで兄貴のようになりたかった。でも、五年前から追うべき姿が兄貴から七海さんに変わっていた。


「中二の俺はその時から嫉妬していた。あいつと同じ大学の付属高校に入ろうとしたら落ちて、滑り止めに入学してな。大学でも受験に失敗してあいつと同じ道は辿れなかった。そして、あいつを見習えとか母さんと父さんに言われ続けた挙句の果てには、みことがあいつと付き合うことになった。お前らはあいつのことが大好きなようだが、俺はあいつのことが大嫌いだ」


英雄に憧れた弟や妹とは違い、兄というポジションを奪われて英雄の能力に嫉妬した兄。もう返す言葉も出なかった。五年前に妹を助けたことから七海さんは周囲でも評判の英雄となった。インフルエンサーとしての道を進み始めたのもこの時だった。彼のことを聞いた話によると、七海さんは成績優秀で誰に対しても優しくて、運動神経抜群で女子からもモテるほどの全ての人が憧れるほどの英雄だった。それは、前までの俺だったら生まれ持った顔や能力の差かも知れないと俺も感じていた。それは違う! 七海さんだって最初からそんな人間ではないはず。でも、兄貴はその事実に気づかない上に嫉妬してしまったのだ。それをずっと俺たち家族に黙ってたなんて。


「みこともお前もあいつの味方をしているってことでいいんだな? 」


兄貴は、深く恨むような声で尋ねた。それは怒りが篭っていて低い声だった。俺は覚悟を決めて正直に言う。


「ごめん兄貴。俺は七海さんのことを今だって尊敬している。それは確かに生まれ持った才能があるかも知れない。でも、だからって七海さんが全く努力しないで英雄になったとは思えない」


「は? 何言ってんだよっ! あんなの才能の塊に決まってんじゃねーかよっ! じゃあ、あれ

か? 俺が努力不足だからこうなったって言いたいのか? 」


兄貴の問いに答えるには、俺は覚悟を決めなければいけなかった。この返事次第では兄貴とは殺し合う結末が待っているかもしれない、だが、その結末を選ばなかったら七海さんが可哀想だ。自分が良いことをしたのに、兄貴には反して恨まれてしまった。正しい行いをした人が報われるべきだと俺は信じる。だから、ごめん兄貴。俺たちはしばらく別の道に進むことになる。


「そうだよ。兄貴より七海さんのほうが正しい努力をして結果を出したんだ。兄貴の言い分は軽々しく理解できるなんて言えない。けど、兄貴が七海さんを恨んでいるのは間違ってるよ」


「そっか。じゃあな。もう俺は一人だ。家族なんて関係ない、俺の好き勝手させてもらう。人の闇を暴いて弄んで利用して、俺自身の闇も......もし邪魔しようとしたら兄弟でも殺す。お前もみこともあいつも! 父さんも母さんも殺してやるよ」


兄貴は目の前にあるにあるノートパソコンを大きいリュックに詰めて家から出て行こうとした。俺は玄関前にいた兄貴を最後のチャンスだと思い説得しようとする。


「待ってくれ兄貴! 俺たちが止めなきゃ犠牲者は増えるだけだぞ! それでもいいのか? 」


もう、俺らしくもないほど焦っている。家族が分裂するなんて、そんなのみんな耐えられない。それに俺たち兄弟で殺し合いもしたくないし、兄貴を人殺しにしたくはない。


「頼む! 俺たちと一緒に! 」


俺が兄貴の右手をつかんで両手で引っ張ろうとした時。


「触るんじゃねぇぇ」


兄貴は容赦無く能力を放った。手から黒い渦みたいなのが発生して俺を吹き飛ばす。


「ぐっはっ、あ...兄貴」


俺は玄関から奥の壁に吹き飛ばされた。兄貴は一瞬俺の身を案じたかのように心配するような表情を見せたが、すぐにギロっと睨み付けて怒鳴り散らす。


「もう…限界なんだよっ。なんで分かってくれないんだ! 母さんも父さんもお前もみことも!全てあいつに盗られた。あいつのせいだ…」


「兄貴。俺は兄貴のこ…」


「もう兄貴じゃねぇ。俺はこのゲームを打ち壊して、俺の復讐を果たす。今日からお前らは俺の敵だ!じゃあな真野聖也」


バタン


兄貴は家から去った。俺はショックのあまり、よろめきながらもゆっくり立ち上がる。兄貴がそんなふうに思ってたなんて知らなかった。もし、五年前に妹が誘拐されなかったら七海さんとは出会わなかったのかもしれない。そうすれば俺と妹はずっと兄貴と一緒に平和に過ごせたのかも知れない。俺と兄貴はどこの分岐点で狂ったのかは今思うと明白だった。現実に起こったことは仕方がない。俺は家の扉を見つめて、しばらく立ったまま動けなかった。少し心が落ち着いてきたので俺はリビングに戻る。家の電気を全て消してソファーの上に体育座りし顔をうつむけた。


「うっううう…」


俺は家族の絆を守れなかったことを悔しく思い泣いてしまった。後悔しても仕切れない、兄貴の気持ちに誰も気づいてあげられなかった。


バタン


「お、お兄ちゃん! ? いる? いるなら返事して!」


「せ、聖也くん! 話はみこちゃんから聞いた。俺も気づけなくてごめん!大 和くんを巻き込んでしまったことも本当にごめんっ! 」


その後、すぐに妹と七海さんが帰ってきた。二人がリビングの電気をつけてソファーの上で泣いている俺の姿を見つけると、二人が俺の名前を呼び続けた。


「聖也くん! 」


「お兄ちゃん! 」


二人は俺のことを心配しているようだった。というかもう、あんたらゲームマスター失格じゃないのか? と内心思いつつも改めて二人に感謝の気持ちでいっぱいになり、俺のことを心配して駆けつけたことが嬉しかった。この気持ちが兄貴にも分け与えられたらこんなことにはならなかったのかな? 


「ごめんなさい七海さん、みこと。俺、兄貴の気持ちに気づかなかった」


俺の声はすでに枯れていた。だが妹も七海さんも首を横に振って否定する。


「ううん、お兄ちゃんのせいじゃないよ。私がななくんと付き合ったこともあるから私のせいだよ。だから気にしないで」


「いや、みこちゃんでも聖也くんのせいではないよ。悪いのは俺だ。部外者のくせに俺が二人のことを大切にしていることで大和くんを傷つけてしまった。俺が大和くんから奪ってしまったんだ。だから気にしないで」


俺たちは、それぞれ自分自身を責め続けた。七海さんはずっと顔を下に向けながら正座をして涙を流し続けている。その握られた両拳は膝の上に置かれている。妹は俺の肩にすがるように抱きついている。でも、彼女の制服から感じるどこか寂しい気持ちはもう取り戻せない後悔だと俺は感じていた。七海さんも俺と妹を覆うようにグッと両手を広げて抱きしめてくれた。そこそこ鍛えられた身体から感じる包容力から再び俺は滝のように涙を流し続けた。三十分ほど時が経ち、俺は七海さんと妹に今後のことについて話す。


「兄貴のことは今は仕方ない。今追いかけても、余計な刺激を与えるだけだし、悔しいけど父さん母さんには俺から兄貴のことについて話しておくから」 

「うん。大和兄が無事だといいんだけど」


「それは安心して、大和くんの位置情報ならゲームマスターの権限で分かるから」


「そうですか、ありがとうございます七海さん。それと母子連続殺人事件の犯人の名前は、ひのれいとですよね? 」


「そうだよお兄ちゃん。でも大和兄が無理なら、お兄ちゃんに協力する参加者ってもういないんじゃない? 」


確かに妹のいうことは間違いない。聖川と澄太だけでは犯人を捕まえようにも心細い。しかし、俺にはすでに状況を打破する柵がある。俺はある賭けに出ることを心の中で決めた。すぐに二人に協力してもらうように連絡することにした。 


「いや、まだ手はあります! 」


俺の言葉の意図に気づいたかのような反応をして、七海さんはハッと頭を上げて答えた。

「そうか、ナナトゥか! 」


ゲーム開始時にナナトゥというスマホ型端末を参加者全員受け取った。ならば、ナナトゥの掲示板機能を使えば問題ないはず。 


「そうです!ナナトゥの掲示板機能で協力者を集める。参加者の本名と住んでいる場所を書き込めば、参加者は七十一名いるから仲間も集まるはずです! 」


「で、でも、危ないんじゃ?」


みことは俺の策の懸念点を困った表情で指摘した。おそらく、複雑な反応なのはゲームマスターとしての役割もあるからだろう。


「勿論、自分の情報を話したら、他の参加者に狙われる可能性が高い。だが、特定の参加者が来るように仕向ければどうだと思う? 」


二人は俺の言葉の意図を考えている。 


「「はっ!? 」」


「まさか、掲示板の限定公開機能を使うのか?」


七海さんは俺が行う策について当てた。確かに、全員に情報を教えてしまえば、ひのれいとを狙う参加者を狩るほうが早いはず。しかし、特定の人数に絞った掲示板の書き込みなら、少なくとも返り討ちに合わず、フェアに対応できるはずだ。俺は指パッチンをして正解だと教えて、話の続きをする。


「さっきラインで連絡したら既に聖川が神奈川県に住む犯人を特定したようです。そしたら犯人がいる可能性が高い森を発見しましたので、その森に俺と聖川、澄太と後一人か二人を含めた五人の参加者で倒します! 」


「まさか、ナナトゥを逆手にとって参加者を集めるとはね。やっぱり君の方がすごいよ」 


「そんなことはないですよ〜 」


「でも、そんなことしたら犯人が気付くんじゃない? だって、犯人も協力してくれそうな参加者のナンバーも分からないでしょ? 」


妹の指摘通りだ。この策において、協力者の番号と犯人の番号が分からなければ、この策の実行は難しいだろう。だが俺だけは違う。参加者の番号が分かる切り札がある場合はそれは可能なんだ。俺は彼に向かってニヤニヤと不適な笑みを浮かべながら、彼の目を見つめ続ける。


「だから、犯人の番号だけ教えてくれませんか?七海さん」


「えっ!ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ。いやっ、度直球すぎない!? 聖也くん」


俺の直球すぎる要求に対して、七海さんがかつてないほどに驚いている。余りにも唐突だったので口を限界まで大きく上げて目は魚のように大きく見開いて腰を抜かしている。この人の本当に驚いた顔が半端ないって!俺は七海さんの反応が可笑しすぎて我慢できず、吹き出してしまった。やばい笑いがとまらねぇ。この人の本気で驚いた顔、五年間で初めて見たかも!? 


「ぶっハハハハハハッ! なんですか? その顔? ははははっははははは!まじでおかしいです」


俺は自分の可愛い顔が崩れるほど、笑いが止まらず、涙は流し続けて大きな口な表情へと俺の顔はさらに変形して、腹が痛いほどだ。 


「笑いすぎだよお兄ちゃん」


妹はため息を混じらせながら俺に呆れていた。


「みことは笑わないんだな」


「だって、彼女だもん。もうその程度で笑わないよ! 」


「二人とも。今、俺の中で過去最高に傷付いたんだけど」


バシっ


「す、すみません」


「うむ。分かればよろしい」


七海さんは俺のデコに軽くチョップした。七海さんの顔が不機嫌な子供のように膨れている。こんな子供っぽい表情をする七海さんを俺は初めて見た。


(意外と子供っぽいんですね。少し安心しました)


「きゃあああ〜〜〜〜可愛いっ! 」


妹が膨れた顔の七海さんをスマホで連写していた。充分に満足した妹はスマホを見て


「うふふ、ななくんの可愛さゲッドですっ」


「ちょっ、お願いだから消して! 」


「おーい。リア充ども話戻すぞ! さっきの話はどうですか七海さん? 」


「聖也くん。それは、さすがに無理だよ。ゲームマスターが直接参加者の情報を漏らしたらルール違反だし。さっきのは親族だから許されたんだよ」


「そうですよね。すみません」


俺は二つの意味で七海さんに謝った。この答えで俺の策は実現せず、俺はショックで熱が冷めたように身体が溶けた。表情は引きつってて、諦めて俺はシャワーを浴びようと立ち上がった時、七海さんはある言葉を告げた。


「でも、君が思っているような人では無いよ。例え犯罪者でも人間なんだから。君の好きな物語の言葉ならば、スイッチをいくつか間違えただけなんだ」


「えっ? どういう意味ですか? 」


「そのままだよ。俺もみこちゃんも聖也くんだって人や環境の違いによって道を踏み外すかも知れない。直接、彼を見たほうがわかるかもね」


俺は七海さんの言葉の意味が一瞬理解できなかったが、直後、その言葉の意味に気づいて俺は目が覚めた。俺は何を勘違いしてたんだ。犯人は人間だ。どんなことをしたって俺と同じ人間なんだ。犯人に対して俺たちは三人だ。犯人の経緯は知らないが、少なくとも俺たちと同じ人間であるはずだから、本当はそんなに怖がらなくてもいいはずだったんだ。それを七海さんは俺に伝えたんだ。なら俺がすべきことは、いや、俺たちがすべきことはただ一つだ。


「そうですね! 分かりました。俺たち三人で犯人と戦います。そして捕まえて罪を償わせまよ!だって、犯人だって元は普通の人間だったんだから」


「うん!その通りだよっ聖也くん。気づいてくれてありがとう。君の健闘を祈る」


「私も、お兄ちゃんの検討を祈るよっ」 


「ありがとう兄妹」


七海さんも妹も俺の決意を見て安堵した表情だった。兄貴のことも不安だが、俺たちはひとまず布団に入って寝ることにした。七海さんも俺の両親に家に泊まっていい許可をもらえたため、久しぶりにリビングに布団を三枚敷いて、俺たちは横になる。左側は妹、真ん中は俺、右側は七海さんが布団で寝ている。こうして俺たちの長い一日が終わった。

こうして兄貴はいないが、三人で過ごせた夜は半年ぶりだ。俺はこの仲が永遠に続くことを信じて眠りに落ちた。


第三章 命の価値


四月九日


兄貴が俺たちの敵となった翌日のことだった。俺たちは、なんやかんやで布団ではなくソファーで寝てしまった。最初に妹が真ん中でソファーに寄りかかり、左隣に七海さんが寄ってきてイチャイチャしていたため、俺は夜中に目が覚めて結局三人仲良くソファーで寝てしまった始末だ。俺は妹の右隣に寄りかかるように寝た。きっと俺たちの関係を知らない第三者から見れば、俺と妹と七海さんが兄弟に見えるような感じだが、俺たち家族と七海さんは血は繋がってない。だが、何度も隣で寝たり、一緒にご飯を食べたり、一緒に遊んで過ごした五年間で俺たち家族と七海さんの関係はもはや家族同然だ、しかし、兄貴は七海さんのことを家族とは思ってもおらず、本物の家族である俺たちから離れてしまった。兄貴にとって家族はなんなんだろうか。ななみさんについては、妹とすでに彼と恋人同士だ。俺にとっては理想のお兄さんと慕い、今でも憧れの存在だ。


ピンポーン ピンポーン


家のインターホンが鳴る。俺はおぼろげだった視界が、まぶたがピクピク上がり目が覚めて時計を見る。妹は珍しいうさ耳のモコモコパジャマだ。一方、七海さんは泊まる準備をしていなかったため、俺から部屋着を借りたため、俺の高校ジャージを着ている。俺の高校の紺がベースに薄緑のラインが胸から上に横線で何本が入っているのが特徴だ、そのジャージを着た七海さんは高校生と見間違えるほどだ。本当に二十一歳か?と俺は七海さんの顔を見て内心思いつつ数秒ほどじっくり見て観察する。イケメンだが若干高校生にも見えるのはなぜか、確かにヒゲも生えてないみたいだし肌は白い。そういえば脱毛したとか言っていたな。でも程よい筋肉質で妹を抱く姿を想像すると、俺は少し複雑な心境となった。決してシスコンではない。


ピンポーン ピンポーン 


こんな時間に誰だよ?朝早くに何度もインターホンを押すんじゃない。でしかも、今日は学校がある。俺は寝起きでまぶたがいまだに重く寝起きでゆっくりとよろめきながら玄関のドアに向かう。


ガチャッ


朝だからゆっくりとドアを開けると、朝日の眩しさと共に彼女の笑顔が俺の視界を包んでしまった、


俺の彼女こと制服姿の神田寧々がいた。


「おはようございます!  先輩! 寝起きも可愛いですね! 」


カシャッと寧々は俺の寝顔をスマホで撮ってきた。俺はニコニコとしながら、怒りのこもった声でトーンをなくして、すこしゆっくりと喋る。


「おいおい、お前もみことも彼氏のストーカーをする体質か? ああ?」


「へへへ。それほどでも〜」


「褒めてない」


なぜか、寧々はすごい照れてる!いつものポニーテールが恥ずかしさによる首振りが倍速してゆさゆさと激しく揺れている。


「とりあえず立ち話もなんですから家の中に入りますね〜」


「勝手に入るなぁ!っ」


俺は玄関位入る彼女の右手を両手で握って静止させた。


「用件はなんだ? 一緒に登校するなら、もう少し後にしてくれ」


「え? それもありますけど〜先輩にサプライズしようと思ってきました!叔母さんが今日の朝なら先輩の家に行ってもいいって言ってくれたものですから! 」


「へー、そうか! って何かってに家に入れてんの?うちの母は! 」


「ははは、いいお母さんですねっ!これなら結婚も認めてくれる日も近いかも」


「勝手に話を進めないでくれるっ」


「お邪魔しま〜す! 」


「無視するなぁぁぁ」


俺の手をいつの間にか解いて寧々はリビングに向かっていた。


リビングの中に入ると、妹と七海さんがいつの間にか抱きあって熟睡していた。これはあれだ?家に入ったお母さんが息子とその彼女のラブシーンを目撃したくらいきつい刺激だ。


「先輩? もしかしてですけど私たち邪魔でした? 」


突然、寧々の表情が半笑いのまま引きつって固まり、声のトーンもアハハとロボットのようになる。俺も右手を口に添えて、きまずいものを見たと思ってしまった。


(ってか、インターホンがなった時、絶対起きてたろ? どっちかは絶対起きてたな! )


寧々は顔をいつもの笑顔に戻して、七海さんの顔をペットの犬を見るようにじぃ〜っと見ている。


「この人が先輩が言っていた双葉七海さんですか? すごいイケメンですね! いやぁ男の中で一番可愛いと思う顔立ちの先輩も負けますねっ! ププッ」


寧々は俺の顔と比べて嘲笑うかのように俺を馬鹿にしてきた。。悪かったな可愛い男で!俺は内心ピリッとしつつも表情を隠して寧々の言葉に同意する。


「そうだな、イケメンだろ? 」


「先輩、嫉妬してます? 彼女取られるかもしれないとか思ってたりして」


「そ、そんなわけないだろ。七海さんはみことのことが好きなんだし」


俺は一瞬だけ焦ってしまった。寧々を取られてしまうと思ってしまったからだ、付き合った当初は、こいつのことはそこまで好きでもなかった。現にあの時断ったら、寧々のファンクラブみたいな中学生どもに殺されていたのかも知れないしな。でも、もし寧々と七海さんが先に出会って付き合っていたら別の未来になっていたかも知れない。それこそスイッチも変わっていたのだ。


「寧々? 本当に私の彼氏を取らないようにね? 」


「ひぇぇ、みことさん! 」


妹の方がすでに起きていたのか。妹は寧々の発言を聞いたみたいで。ドス黒いオーラを放ちつつ頬を引きつっている。声にも一言一言に圧がある。


(やばい、戦争状態だ。七海さん起きてよっ!)


すでに目覚めていた美琴が、寧々に近づいて圧をかける。俺はすっぴんでも充分に可愛い妹の表情が一瞬だけ鬼のように見えてしまった。寧々もビクビクオドオドしていて反省しているように見えた。俺は仕方なく彼女を助けるため話題を変える。


「そ、そうだ! 寧々はご飯食べたか? 」


「た、食べてないですっ」

「ななくんを奪おうとした分際で朝食なんておこがましいよね? 寧々ちゃん? 」

「ご、ごめんなさい。取りませんから許してくださいぃ」


「落ち着けって、みことっ! じゃあ俺はみんなの分の朝食作るわ!」


「え! 本当ですか! ? 先輩の手料理が食べられるなんて! 」


「じゃあハムエッグとサラダにロールパンでいいかな? 」


「「うん! 」」


二人が息が合う姉妹のようにハモっていた。彼女らは喧嘩していた状態とは全く変わり上機嫌になった。そしてソファーの上には七海さんが寝ている。みことはスマホを取り出してカシャカシャッと七海さんの顔を連写して、画像見てニヤついている。


「寝顔やっぱり最高! 」


(妹のヤバイ部分を見てしまった)


寧々はスマホをいじって、いつもの動画配信サイトでも見ているのだろう。俺はフライパンを取り出して調理の準備する。フライパンに油を敷いて熱して、レタスとシーチキンをプレートに盛り付けて、ハムハッグをフライパンの上で料理して、ロールパンをレンジでチンする。まるで新婚生活のようだった。ただ、寧々は料理が全くできないため、もし結婚しても俺が生涯かけて料理するかも知れない。それらをプレートの上に盛り付ければ完成した。


「できたよ〜」


「おはよっ! 聖也くん」


「七海さん、すっごい熟睡でしたね」


「仕事が溜まっているんだよ。一応、経営者とかインフルエンサーもしてるし」


「え?七海さんってインフルエンサーなんですか? 」


「そうだよっ、まぁ、ただSNSで成功してるだけだから、大したことないよ。芸能人ではないから」


「それでもすっごいですよ! 」


「あと、ななくんは作家でもあるよ〜!ほら?確か...」


「そ、それはいいよ!そこまで売れてないし」


俺たちは四人で一家団欒のような感じで盛り上がった。まるで家族だと思えてしまった。短い時間はあっという間に過ぎて朝食を作り終わる頃には七海さんは起きていた。


それから朝食を食べ終えて、七海さんとみことは渋谷方面のため先に学校に向かった。


「そうだ、一つだけ忠告するのを忘れていた」


七海さんは家から出る前に俺に忠告してきた。


「俺はゲームマスターだから犯人の正体を知っている。だから忠告するよ。犯人の正体を知ったら、君はスイッチの意味を知って恐怖を感じるだろう。そして、多分だけど犯人と対峙した時の結末は…その時に力になれるかは分からない。でも俺は双葉七海として君を応援するよっ!だから、これからどんなに辛いことがあっても生き抜いてクリアしてほしい」


「どういうことですか? 」


「さぁね。いずれわかるよ。じゃあ、みこちゃんを待たせているから行くね!行ってきます」


「は、はい、行ってらっしゃい! 」


七海さんは少し曇った顔になり颯爽と出て行った。後にこの言葉に込められた七海さんの真意を経験することをこの時の俺は思いもしなかった。


俺は洗い物を片付けて身支度を整え終わったら、寧々と共に学校に向かう。いつも通りの通学路の途中で寧々を学校に送ったので、俺は立川駅から高校のある新宿駅に向かう。


ガタンゴトン 


満員電車の車内


ふと、電車の中で思い出した。これから兄貴はどうやって生きるのだろう?そして父さんと母さんはこのことについてどう思うか?兄貴に怒るのか、それとも俺と妹と同じく後悔するのか?家族の絆が引き裂かれてしまった。そのヒビがどんどん広がるのかも知れない。俺はそう考えてしまった。何度も気にしても仕方ないと思いつつ、兄貴のことを気づいてやれなかった後悔が俺の脳裏に何度も過ぎる、きっと、兄貴をこの家に戻すまで俺の脳裏には兄貴のことが過ぎるんだ。兄貴のことを止めれなかった後悔、そもそも気付けなかった後悔、俺はスイッチを踏み間違い続けたため、どうすることも出来なかった。


「はぁ〜、俺は兄貴にどうすればよかったんだろ? 」


そのこと以外にも俺にはもう一つ問題がある。それは母子連続殺人事件の犯人だ。母子連続殺人事件の犯人の顔については、今日の昼休みに聖川から監視カメラの映像を見せてもらうことにした。七海さんが送ってくれた情報からすぐに特定できたから入手も簡単だったとのことだ。そして、俺は七海さんが忠告したことが気になってしまった。


「俺が犯人と対峙した時の結末か」


七海さんはきっと犯人がどうして事件を起こした理由や過去も知っているんだ。だけど、なんで俺の結末まで分かるんだ?きっと犯人に何か手がかりがあるのかも知れない。


「犯人よ。お前はどうして知らない母と子を殺し続けるんだ? 」


俺は電車の中で呟いた。犯人は母になった人物を殺し続けている。そして母が腹を痛めて産んだ子供も殺す。世間からは非人道的な行いでとても許されない行為だ。今日もニュースランキングのトップになっている。


(どれどれ、詳しい情報はないかな)


この事件のニュース特集を俺は読んでいた。最初の事件は三ヶ月前。東京都蒲田区の某所で妊娠八ヶ月の妊婦の女性が殺害された。凶器は刃渡り二十センチの包丁だ。目撃者はおらず、警察は犯人について、当初は被害者の元カレだと疑っていた。しかし、すぐに取り調べやアリバイの成立によって元彼が犯人ではないことが証明された。二ヶ月前にはに東京都板橋区某所の路地裏で二十代女性と一歳の娘が殺された。凶器はまた前回と同じ刃物である。刃物で前回の事件同様に女性の腹部をめった刺しにしたらしい。犯行はどちらとも白昼のことであった。しかし、どちらとも遺体の発見はされておらず、事件が明らかになった時はその後だ。連続で二件もの母子連続殺人事件が起きた。三人目は妊娠七ヶ月の三十代女性だ。ここから能力者だということがすぐに分かった。なぜなら、これまでと同様にめった刺しだったが、遺体は形が変わるほど燃えていたみたいだ。そして妊娠九ヶ月の二十代女性もめった刺しにされて、遺体は燃えていた。そして、一件目と二件目の遺体が現場近くの川から焼死体となり発見された、この時にはすでに、犯人は八人以上の母と子供を殺害したことから警察は事件の早急な解決のために対策本部を作っておるが、ネットニュースによると監視カメラの穴を潜り抜けたりしており、証拠も限りなくゼロに近い。被害者の遺族は一刻も早く犯人を捕まえてほしいと願っているが、犯人は未だ捕まえられていない。このことから世間では犯人は相当頭が切れる人物との書き込みがあるほど盛り上がっている。中では警察や他国の陰謀、または神隠しとか憶測の情報を流す人々も多く迷宮入りも近い。だがゲームの参加者に犯人がいることが判明した今、犯人を倒して捕まえて罪を償わせるしかない。これはチャンスだ!犯人をこのゲームで倒して、凶器を見つけて証拠とともに犯人を警察に突き出して、ちゅみを償わせて真実を公表すれば、すべてが終わる。そうすれば少しでも殺された方や遺族の無念が晴れるに違いない。


俺は、電車を降り学校に着き授業を受けた。正直言って、ゲーム開始からあんまり集中できていないが、真面目なふりをして授業を受けているから問題はないはずだ。


昼休み


俺は顔見知りの教師から空き教室を借りて聖川透をラインで呼ぶ。空き教室といっても机がトライアングルに置かれたり、円状に置かれたりなどしている保管場所だ。ゴミは散らかっていないため、俺は床に寝転びながら気長にスマホゲームをしながら聖川を待つことにした。


「よぉ、お待たせ」


聖川は扉を開いて、購買の弁当を俺に見せてにっと笑う。


「購買行ってきたのかよ。そりゃあ遅いわな」


そして鞄を置いて、聖川は犯人について語る。購買で買った焼きそばパンを片手に持って一口かじると本題に入ってくれた。


「聖也。犯人の正体がわかったぜ」


「ほ、本当か?ひのれいとってどんな奴なんだ? 」


声のトーンと表情が真面目だったのである。


「日野零斗(ひのれいと)は俺たちと同い年の高校二年生だった」


「高校二年生だとっ!?まじなのか?だって、八人も人を殺してるんだぞっ!そんなの高校生にできるはずじゃ...」


信じられない。犯人は俺と同い年だった。日野という男について俺は中年の男が実行していると想像していた。しかし現実は日野零斗は俺と同じ高校生だった。あまりにも想定外な真実に俺は驚きを隠せなかった。そして聖川は真実を知ったことに対して複雑そうな顔をしている。


「ああ、間違いない。双葉七海から送られたという名前と神奈川、珍しい名前だからネットで調べたら簡単に出てきたよ。そっから同級生や近所の人にアポ取って確かめて、日野の素性と俺の知り合いから監視カメラの映像を貰って確信したさ。やつの家は両親が離婚して。母親との二人暮らしってことだ。さらに一部映っていた監視カメラの映像からもAIの分析通り男性で中高生くらいで犯人像ということ事実も的中した。残念だが、日野零斗という高校生が間違いなく犯人なんだ」


「くっ、信じたくもないニュースだ! 警察は? 」


「まだAIの分析を信じていないせいで、ひたすら大人にターゲットを絞って捜査しているみたいだぜ」


「まさか。AIの分析が当たるとはな。俺もニュース見たときは信じられなかったわ」


警察が業務効率化及び迷宮入りの事件解決のために、AIの分析を近年の警察は導入することとなった。だが一部の幹部による反対意見も多く、AIはあくまで警察の捜査による進展で犯人絞れない限りは信じない。だから、手がかりが少ないこの事件ではAIの分析を信じれなかったんだ。犯人は日野でもう間違いないだろう。そして犯人は俺と同い歳だった事実。七海さんが伝えたいことはこのことだったんだ


「聖川。一応聞くが、動機は分かるか? 」


「いや正確にはわからなかった。確かに両親の離婚が動機という可能性もなくはない。でもSNSで奴の情報を調べまくったら、少しは参考になる情報はあったぜ。どうやら、とんでもないもんに踏み込んでしまったな」


聖川は、俺に自分のスマホでストーリー機能をスクショした画像を見せる。そこには、日野零斗が付き合っていた彼女の噂と不自然な自殺が書かれていた。彼女については確たる証拠がなく特定はできなかった。しかし、日野と同中の女の子が自殺したのは何か関係あると俺は考えてしまった。


「その子の名前はわかるか? 自殺した女の子の」


「ああ、神無月美菜乃(かんなづきみなの)日野と同い年で同じ中学の女だ。両親の離婚と女の自殺が同じ月で起きたから何か関係あるみたいだな」


「それが、とんでもないもんか? 」


「ああ、ほらさっきは画像をよく見せなかったからな。もう一回見せてやる」


そこにはスクショしたストーリーだけでなく、タイムライン機能の呟きも載っていた。投稿者は日野だ。しかし、内容は日記のようなもので、日野が一方的に呟いていただけだ。


(今日はデート)


(今日は記念日)


(ずっと好きだよ! )


という短めの文章だった。虚言か妄想かは分からないが、他の投稿も見る限りそんな人物ではなさそうだった。ケーキや家族旅行の写真も投稿している

そして三年前の七月だ。これが最後の投稿となり、アカウントのトップ写真は真っ黒になった。


〈二人ともごめん〉


この文章を見る限りは、俺は両親に離婚する原因を作ってしまったことを謝っていると感じた。それ以降は更新はなかった。。そして同日に離婚している。俺はある予測を立てた。


「俺の推測だが、犯人は両親の離婚の原因となった。そして自分の家庭が壊れたことで、他人の家庭を壊したくなったのか。そして母子連続殺人事件の犯人になった」


俺は少年探偵みたいなポーズをして推理する。聖川も面白半分に俺と同じポーズをしながら首を傾げて呟く。

「二人って誰なんだろうな?」


「そう、そこが引っかかる。彼女か両親のうちに誰かが多分含まれているはずだぜ」


「同じこと考えてたか。奇遇だな、多分この二人に向けて事件を起こしていると思うんだよな」


「それは違うんじゃねーか?よっぽどのサイコパスでもなけりゃ、離婚くらいで殺さないと思うぜ?奴は常人の思考だった。もっと深い何かがあるはずだ」


ドン!

俺は机を叩く。弁当とバッグがゆさゆさ揺れた。


「もう考えてても仕方がない」


「せ、聖也」


「とりあえず、ご飯を食べよう」


「は、ははは、そうこなくっちゃな。あと俺の期待を返せよ。馬鹿野郎」


俺はコンビニで買ったシーチキンのおにぎりとメロンパンを袋から出した。聖川は再び焼きそばパンを美味しそうに口に頬張った。すると俺の昼食を凝視するや否


「お前なぁ、どんだけメロンパン好きなんだよ。おにぎりにメロンパンなんてな」


「うるせーわ!いいんだよっメロンパンは安くてうまいんだから」


「はぁ〜、結局、俺の恋も淡いままで終わったし、変なゲームに巻き込まれるし、俺はぁ前世で何をしたっていうんだよぉ」


「まあ、妹がフリーだったとしても聖川とは付き合わなかった気がするけどね」


「おい?今聞き捨てならないことを言ったな? ああ? 」

「ところで聖川! カメラの映像で犯人がよくいる森については分かったか? 」


「人の話を無視するなあああ。ほらっ、準備してきたぞ」


聖川は焼きそばパンをペロリと平らげてバッグを足元からテーブルへと移す。このバッグの中から俺が用意してと頼んだマップ、スタンガンとロープを取り出す。


「約束通りに森の地図は手に入れといたぜ! あとスタンガンとロープがあれば捕まえられるだろ?」


「おおっ、これだけ用意してくれるなんてな。持つべきもんは親友だよっ。よし! 犯人を捕まえるぞっ」


「ああ! 俺も澄太と協力してお前を手伝うわ」


「頼んだ! 」


「任せとけっ!とりあえず、奴が潜伏する森は広いからマップだけは覚えとけ」


「了解」


こうして犯人との戦いの幕は切って落とされた! しかし、このときの俺は知らなかった。七海さんが言った言葉の本当の意味は、想像を絶する結末だったのだ。そして参加者の人数が少しずつ減り続けていること、つまり第三勢力が動き出した。


四月九日十八時


「ハァハァハァ、誰か助けてっ」


練馬夜子(ねりまよるこ)は化け物から逃げていた。彼女は紫色のナイフを持ち、赤いドレスに長い髪を後ろで結び、おいても美しい美貌から悪女と呼ばれる。毒を操る能力で初日に浮気していた夫を殺害し、警察は重要参考人として容疑をかけた。しかし、今追っているのは警察ではない。人間でもなかった。


「オマ エニゲルナ。ワタ シトタタカエ」


その生物は黒い熊のようだが手と足がそれぞれ四本ありムカデのように地を這い追いかける。背中には無数の触手のようなものが生えており、その先端には鋭い刀が備え付けられている。その生物の顔は、目が赤と青のオッドアイが特徴で、口が横ではなく縦向きとなっている。そして熊の耳はコウモリのような大きい耳で、お腹には首から足の先にかけて赤いラインが迷彩色のように入っている。その生物が鋭い刃を備えた触手を彼女の方へ伸ばしてきた。


ギュルルル


「死になさい。絶対円術!2のL」


彼女の下には魔法陣が出現して、生物に向かって大量な紫の液体を突き刺した。


「アアアアアアイ タイ イタイ」


化け物は三秒ほど苦しんでいたが、不気味な悲痛な声を叫ぶと、再び彼女に向かって追いかけてきた。


(私の毒を操る能力も効かなかった!なんなのこの化け物! )


彼女は次第に自分はどんなに足掻いても勝てない相手だと察した。

「オワ、リダ」

ザクッ グサっ


彼女の身体から大量の血が流れた。腹を刺されただけでなく、胸や顔も触手によって傷だらけに切り刻まれてしまった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア」


次の瞬間、化け物は彼女に対して最後の攻撃でその触手の剣で胴体に深い穴を開けるほどの触手を集めて集中させて貫いた。そして彼女の死骸をその生物は踏みつけて喜ぶように笑い続けた。縦にある口は気持ちの悪いほどの笑いだ。


「ヤッ、タギャハハハハハハハハハ!ヤッ、パリタノシイヒトサケブサイコ」



これは化け物と誰でも思うだろう。その生物の名前は、ジェネラリキラと呼ばれる第三勢力であった。


参加者ナンバー2 練馬夜子 毒を操る 死亡


残り参加者七十名


四月九日二十時


学校が終わり家に帰った俺は黒色メインのスポーツジャージのズボンに青と赤のラインが脇から下に入っているジャージを上に着替えた。俺は今、神奈川県川崎市にある森にいる。そこは自然豊かな森で緑が生い茂っていおり、周りに木が沢山あるため樹海に近い。彼はそこにいる。そう母子連続殺人事件の犯人こと日野零斗だ。俺は昼休みに森近くの監視カメラの映像から犯人の顔を聖川から見せてもらって確認しておいた。その時、聖川は俺に釘を刺すような口調で念押ししてきた。


『いいか? こんな普通の高校生が八人も殺してんだ。そのことを忘れんじゃないんだぞ』


彼は身長百六十センチ前後で、目はつり目だが爽やかなイケメンと言われるような雰囲気だ。顔は面長でが常に笑っておらず、人生を諦めているような不気味な笑みを浮かべているような感じなのが印象だ。髪も左右に分けていて全体的に長めだ。その彼がこれまで八人もの人間を殺した。世間の人々や遺族からは到底許されるはずもないが、なぜ彼が事件を起こしたのかは俺自身も疑問に思う。


(子供の未来を奪ったのは、まさか高校生の奴自身なんて)


そう考えながら俺は森の中を少しずつ歩く。犯人は、おそらく小屋の近くにいる。聖川の情報だと最近建設された古屋らしく所有者はとっくに亡くなっているとのことだ。ここから小屋まで五分くらいか。俺は歩きながら犯人を捕まえるまでの段取りを確認する。


まず、澄太が犯人がいる小屋の近くで霞を出して小屋の周辺を煙幕のように囲む。その後に。霞は澄太の能力で形状変化させて檻のような壁に変形させることで犯人を閉じ込める。小屋の中から出られなくなった犯人は身動きが取れなくなるはずだから、数秒の間に凶器を監視カメラから凶器の形を確認した聖川の窃盗を操る能力で武器をすべて奪えば能力しか使えなくなる。そして能力を使わせる前に俺の能力で小屋を破壊して死なない限りの重傷を犯人に負わせれば勝利である。つまり、聖川と澄太は俺のサポートのみで。俺が犯人と戦うため彼らには死のリスクは低くなる。これはあくまで放課後に考えた案だ。まだ犯人の正体が何者かわからない限りは最新の注意を払って捕まえるべきだろう。


(だが、これだけじゃ足りない。俺の中に何か違和感があるんだよっ。くっそ、なんなんだ? それに、これから犯人と戦うのに全く緊張もしないなんて、どうなってんだよっ。俺の心は! )


そう、俺は自分自身の違和感と犯人である日野に対する懸念があった。下には大量の葉っぱがある。まるでラストスイッチの白骨化死体事件に赴いたときだろう。あのときは結局犯人の自殺として片付けられて結末を迎えたが、終盤のシーンで主人公の若手医者と中年刑事が現場の樹海の奥で犯人と思われる手がかりの何かを見つけたシーンだ。


「人徳(じんとく)さん! これを見てください」


「どうしたんだい? ぐっちゃん」


人徳とはラストスイッチに出てくる中年刑事だ。本名は人徳憲司(じんとくけんじ)。そして若手医師の名前はぐっちゃんこと山口宏人(やまぐちひろと)祖父がゴッドハンドの医師である卵だ。山口医師は人徳刑事に遺品を見つけたらしく指を指してる。


「見てください。これが真実だったんです。この事件の犯人はこの国だったんですよ」


「まさか! ? いや違うぜぇ。これは自殺だぁ」


「でも見てください! ここに国の社会保障制度から外れたと書かれていますよ ?」


「違うっ! この人は失業して自分で稼ぐ力がなくて自殺したんだ。国に頼ったのは希望なだけだぁ」


「し、しかしここに証拠が! 」


「悪いなぁ。ぐっちゃんは医者だし若いから分からんかもしれんが、これ以上不利益になる情報をお天道様に明るみにされれば警察組織どころか国への痛手となる。理解してくれ」


「し、しかしこれでは、この方が可哀想です」


「まっ、この人の不当解雇は企業の責任として罰せられるから報われるんじゃねーか。それに人には表と裏がコインのように分かれておる。お前が見ているのは表であるんじゃねーのかい? 人の裏なんて誰にも分からんさ」


「人徳さん」


(あの時の人徳刑事の通りなら、日野にも表の行動と裏の意思がある)


回想が終わり俺は一回、足を止めて自分の胸の前に手を組んで祈る。


「今から降るよ」


少しだけ昔みた映画の真似をしてみた。その映画は雨を晴れにしていたが、俺は犯人の能力が火を操る能力だと推測したので雨を降らすことにした。

ザーザー


すると天からポタポタと雨が降り始める。念のため全員、鞄と制服は家に置いてきたので、教科書などが濡れる心配はなかった。そのためにジャージを着てきたのだ。他の参加者に目撃された場合。俺たちの学校がバレてしまったら。それこそ襲撃される可能性もあるので事前に対策しておいた。


(さて準備完了だ。)


ピコーン パコーン


聖川からラインが来た。ちなみにラインの通知音はいつの間にかダサいのに変えさせられた。多分、変えたのは聖川だろう。

俺は雨が降る中、防水のスマホを取り出してメッセージを確認する。


『人影が見えた。犯人は小屋の中にいる』


聖川からのメッセージを読みすぐに返信をした。迷っている暇はない。今は一刻も早く犯人を捕まえて罪を償わせねばいけない。


「了解。俺も小屋の前にいる。じゃあ十秒経ったら作戦決行だ」


雨がさらに強くなり降り続けた。正直に言ってもう全員びしょびしょだ。


「うわあああびしょ濡れだ! 」


「澄太、落ち着け。俺たちの着替えはコインロッカーに置いてきただろ?」


「そうだった。はっ、ハクション」


「うわっ、汚っ」


「透? ティッシュ持ってない? 」


「持っててもびしょびしょだから使えねーよ」 


予備の服は駅のコインロッカーに預けてあるので、犯人を捕まえたら急いで着替る予定だ。聖川と澄太は俺とは反対方向で小屋の後方にいる。俺はここにきてふと気づく。聖川と澄太は後方、前方は俺が待機する予定だが、そもそも犯人は急な大雨が降っていることに何故気づかないんだ?本当は小屋の外に出てもいいはず。ということならば犯人は小屋の中で何かの作業をしているかもしれない。俺はハッと気付いてしまった。そしてすぐに二人に大声で伝えることにした。


「聖川!澄太!いますぐにげろおおおおおおおおおおおおお」


「絶対円術、6のL」


「絶対円術、36のS」


ゴオオオオオオオオオオ 


「「ヴヴヴヴヴ。ガァアアアアアアアアアア」」


突然、小屋の周りから前方後方にいる俺たち目掛けて白い竜の形をした二つの炎が襲いかかっていた。


(しまった、完全に油断していた。あの小屋の中にカメラがあって俺たちの確認していたんだ)


俺は見誤っていた。犯人の協力者も能力者だが、この戦いには来ないだろう。と思っていたがそれも違った。協力者は間違いなくいる。さて、まずは白い竜を止められるかだな。


『いいかい? 聖也くん。君にはルールについて後から個別で教えるつもりだったから説明するね。絶対円術はその名の通り魔法陣から出てきた魔法は高威力の攻撃かつ参加者のみしか見えたり感じたりすることができない魔法なんだ。原理をわかりやすく言えば四次元ポケットみたいなもので。参加者の絶対魔法は次元を超越した魔法や能力って言えば分かりやすいかな? 』


七海さんは前日の夜に絶対円術について分かりやすく説明してくれた。俺も理解した上でうなづいている。ふと丁寧に説明してくれた七海さんに俺は絶対円術についてある質問をした。


『あのひとつ質問があるんだけど? 』


『ん? どこか気になるところでもあった? 』


『渡真利と戦った時は、絶対円術はGまで使ってきました。絶対円術には回数とか種類の違いってあるんですか? 』


『ああ、絶対円術には威力が高い方から順番にZ、X、L、G、T、M、Sの七種類あるんだ。エスとエムは何発でも使用可能だけど威力は通常と変わらない。ジーはエスとエムより広範囲と少しだけ威力が強まる。ただし、使用は一日三回まで。エルはジーと同じ範囲だけど、エスの四倍、エムの三倍、ジーの倍ほどの威力はある。ただ、こっちも回数制限があり一日二回までしか使えない。次にエックスは大技だからジーやエルより広範囲かつ威力はエルの倍ほどある。まぁ、想像しづらいようだから、もし絶対円術でなければビル一個は破壊できるほどって言えば分かりやすいかな? 』


『めちゃくちゃ恐ろしいじゃないですか! 』


『ただエックスは習得するのに個人差があるからね』


『個人差? 』


『うん。その人の体力や意思といった肉体や精神を使い魔が図ったりするんだ。だから使い魔と同調した参加者でないと使用できないよ』


『な、なるほど』


『最後に絶対円術最大の威力であるゼットについてだけど、絶対に使わないでね』


『え? それって』


俺が真剣な眼差しで七海さんに問い詰めようとした時、お風呂上がりの妹がリビングに戻ってきた。


『ななくんっ! お風呂入ったよ〜』


妹はピョコっとウサギのようにジャンプし俺たちの間に座った。


『分かった! 今すぐ入るよっ。じゃあまた後でね。くれぐれも絶対にZは使わないでね』


あの言葉はどういう意味だろうか。その後、俺は犯人が来る場所に向かっている間に七海さんが絶対円術についての続きを話してくれた。そう絶対円術のZだ。


『聖也くん! 昨日の夜の話の続きなんだけど、絶対円術のZは所有者の命と引き換えにXの十倍の威力を出せるものなんだ。だから聖也くんは絶対使わないでね』


絶対円術のシステムについて理解した俺は、七海さんに追記であるメッセージが送られた。


『俺は君に死んで欲しくないんだ。みこちゃんも寧々ちゃんも君のことが大好きなんだよ。だから必ず生きて帰ってね。ゲームマスターではなく双葉七海として応援してるよ! 』


その言葉を聞いた時、俺は誰かにすでに大切にされていることを実感した。まるで昔は愛するものはいなかったとも意味として受け取れるが、俺は昔から友達もそこそこいて愛されている方だ。だが、俺の心の奥は常に穴が開いているように寂しさがじーんと感じる。


そんな俺の謎は分からないが今は二頭の竜を対処する必要がある。澄太は霞をまとめて壁を作っているが、竜は鋭い目と大きい牙を輝かせて霞の壁をを喰いちぎった。


「と、透。逃げてえええ」


「ばっ、馬鹿野郎!お前を見殺しなんかしねーよ」


「で、でも透の能力じゃ」


「やってみねーと分かんねーだろ!聖也、俺はやってやるぜ!絶対円術!52のL発動」


聖川の下には黒と白の半分ずつ色付けられた魔法陣が地面に描かれる。そこから大きいカラスのように黒く羽が鋭い生物が現れた。


「「で、でかい」」


せの生物は白い炎の竜を吸収するように体の中に包み込ませて消滅させた。


「どうだああああ」


「す、すごいね!これが透の絶対円術か」


一方、俺は炎の竜に対して雷の壁を作っていた。


「絶対円術の1のTで巨大な盾を作ったが無理そうかな」


「せいやぁぁぁ」


「聖川!澄太!離れろ!絶対円術!1のL!」


俺にも聖川と同様に地面に魔法陣が描かれた。そこから黄色く無愛想な顔をした大仏のような生物が出てきた。後ろには太鼓をつなげたアーチのようなものを背負っている。


「なんじゃこりゃあああ」


俺は自分の絶対円術に大袈裟に驚いてしまった。


「あれは雷神か? 聖也ぁ、ケケケお前は神でも出したのかよっ」


「で、でも見て!さっきの竜が倒れたよ」


俺はふと竜の方に視界を移すと、すでにもがき苦しむ炎の竜の姿があった。


「おいおい、どういうことたよ?」


バキバキバキ


「空から雷が落ちたんだ。あれが雷神の力だよ」


「あっ、小屋もろとも破壊しようとしている!」


「あ?それやばいんじゃねーか?どうすんだよ? 聖也」


「いや、多分無理だな」


「「え?」」


ドカーン


突然、雷神が透明になり消えてしまった。


「やっぱり時間制限があったんだな」


「え? 時間制限って? 」


「悪いが後で話す。日野零斗出てこい! 今からお前に罪を償わせる! 」


俺は澄太より魔法を使い切った犯人を倒す方を優先するため先決に選んだ。すると俺の叫びを聞いた彼は落ち着いたような雰囲気で小屋から出た。黒いパーカーに黒いズボンの黒ずくめだが少しやつれている。そして、目には間違いなく何かを許せないような殺意の目を宿しているような感じだった。彼は右手で頬を掻いている。


「はぁ。せっかくあいつのサポートもあったのに始末できないなんて、何が威力を高めただよ? 殺せないんじゃ意味ないじゃん」


「こ、こいつが八人を殺した犯人か? 」


「かなり痩せているよね? それに目が充血しているし、目の下には隈があるよ」


「さっきからうるせぇよ。 悪いけどこの小屋には近づかないで欲しい。僕は小屋にいるのが唯一の安らぎなんだよ。だから、大人しく帰ってくれ」


日野の言葉は感情が一切こもってないが、帰ってくれという言葉は強く言い放った。俺は日野の言葉を聞いた時、恐怖で身の危険を感じた。俺は日野に冷たい言葉で彼の業を責めるように答える。


「八人も殺しているお前には罪を償わせないといけない。俺たちはそのためにいる」


「あ? 何様のつもりだ?てめぇら?とっとと帰れ! 」


日野の状態はすでに冷静を通り越して狂気と絶望の淵にいるように見える。俺は何様と問われたのではっと思いついた突拍子のないセリフを日野にむけて堂々と放った。


「正義のヒーローだ」


俺は堂々と胸を張り腰に手を当てて正義のヒーローと宣言した。犯人は一瞬、何か悲しい表情をしたが、首を素早く横に振り元の狂気を放つ殺意の表情に戻った。


「は? 正義のヒーロー? 馬鹿じゃないのか? この世に正義のヒーローなんているわけないだろ? 大体なんでヒーローなんて名乗るんだよ? ヒーローだったら...」


「助けて欲しかったのか? 手遅れになる前に」


「え? どういうこと?」


「悪いな。聖川がお前の過去を勝手に調べてたんだ」


「は? 俺のせいにしてんじゃねーよ」


「まぁまぁ。透。落ち着いて!」


聖川は俺に向けて睨みつけている。俺は日野に向けて説得を試みようとした。


「さっきのヒーローの話なんだが。確かにお前の言う通りかもな。本当に正しい正義のヒーローなんてこの世に一人もいない。バイキンもアンパンの世界でもないんだ」


「で? 僕のしてきたことはなんなの? 悪だとでもいいたいのか? 悪いが今日は帰ってくれ」


「悪いが俺たちは帰らない。どんな理由があっても人を殺すことは決して許されないことだ。お前のやってきたことは間違いなく悪だよ。罪もない関係もない母親と将来の宝の命を奪うなんて絶対に許されないことをしたんだぞ! 」


「そう? 」


「この国では誰もが平和に幸せに生きていける世界ではないかもしれない。お前のようにスイッチを踏み外して堕ちていく人もいるだろう。だが同時に人の幸せを願い、堕ちていく人々の希望になれる人もいるんだ。俺はその人を知っているから、その人みたいになりたいと今でも思っている」


「ふぅ〜ん? 」


「君にも誰かいたはずだ。君を心配してくれている友達や家族が!その人が君が犯した罪を堂々と言えるのか!?あの時、君が最後のスイッチを押す前に誰かに助けを求めれば良かったんじゃないか? 」


俺の一つ一つに被害者や遺族が抱える悲しい気持ちを代行したかのように俺は重く言い放った。事件の犯人である日野は憎しみも悲しみもなく。ただ目が笑ってなく、口元は左だけ笑っている表情で興味なさげで反応していた。おそらく犯人自身も止められなくなっているんだ。その時、終始狂気を浮かべて聞いていた彼が早口で衝撃的な言葉を口に走る。


「でも、例え悪でも僕は人の親子の幸せを見るとイライラするんだ。僕はこの国からそういう幸せを奪われたのに、あいつらは何も奪われず幸せになっている。なんでだよ? なぁ?なんでだよっ! ? 僕は幸せを手に入れられなかったんだよ。ただ生きていて欲しかっただけなのに」


「日野? どういうことだよっ? やっぱり中学の時に自殺した子と何か関係があるのか? 」


「うるせぇええよっ!そうだよっ、僕が付き合ってた神無月美菜乃はこの国によって自殺に追いやられたんだよっ。俺はそれが許せねぇから殺してしまったんだ」


「は! ? どう見たって逆恨みだろ?それにっ、そんなことして彼女が喜ぶはずないだろ?」


「いや、美菜乃だけじゃねーよ」


「「「なっ」」」


俺たちは日野がこれまで犯行を起こした動機とネットの呟きの謎を理解した。そういうことだったのか。日野が悲しみの末に枯れたような声となり答えを発した。

「僕たちの間には子供がいたんだよ」


「はあっ? ! お前ら十四歳だったろ? 子供なんて」


「出来てしまったんだよ」


「で、でも子供はどこにいるの? それに彼女はいじめで自殺したんじゃ? 」


「ああ、妊娠したことがバレて僕たちの子供もろとも自殺したんだ。俺たちが気づいて一週間ほど経ったら腹の子供と共に自殺した。この怒りはどこに向ければよかったんだよっ」


「そういうことか。お前のことは許してやれそうにないが、それでも大切な人に辛い思いをさせて亡くならせた後悔は同情できるよ」


「だからって僕のことを捕まえることには変わりねえだろ? 」


「ああ、どんな事情があったって殺人はダメなんだ。でも、今は少し考え方が変わった。誰かの命が脅かされた時、その人たちを守るためなら殺すしかないかもしれない。たとえそれで一生後悔したとしてもね」


「ふん。やっぱり意味ねーな、どっちにしろ帰ってくれないなら殺すしかないみたいだし」


「そうか。分かり合えそうにないな。なら捕まえるしかないな! これ以上お前に事件を起こさせない! 」


俺は一度数十メートル後ろまで走って位置に着く。そして日野に向かって両手を広げ、黄色い雷が手の間から高速で放たれる。


「くらえっ」


「ふん、甘いな。やっぱり、あの人の言う通りだったかな?絶対円術6のS発動」


「お、おい! これって巨大な盾 ?てか下の魔法陣の展開が早すぎないか? 聖也」


「ああ、さっきの協力者はサポート系の参加者だったんだ!逃げられたみたいだけどな。だから、奴のせいで日野は能力と身体能力が向上しているはず。七海さんが身体と意思によって強くなるって言っていたから間違いない」


「聖也くん! つまり? 奴はすでに化け物になってしまったの? 」


俺たちは日野の能力を見て驚愕する。彼の前には白い炎の壁が四方で彼を塞ぐように守っていたため、俺の雷は白壁に当たった石ころ程度の技となった。日野は炎の壁の中から俺たちに向かって大きな声でひたすら悲しみを抱えるような声で叫ぶ。


「この小屋は大切な物が詰め込まれてたんだ。でもね、彼女はもうなくなった。僕の大切な人はいなくなってしまったんだ」


「日野! お前は俺に助けを求めているのか?」


「さぁね? どっちにしろ、僕はお前と戦うしかないようだな。僕の能力も知っているみたいだな?」


「火を操るんだろ?だから、あらかじめ雨を降らしておいた。これなら火力も下げられるし、森で火事が起きて逃げる恐れもない」


「それはどうかな? 」


「澄太くんに聖川くんと言ったな? 不思議だと思わないのかい? 僕の炎って全然火力が下がりそうにないでしょ? ハハハハハハハハ」


「なんだ? また狂ったのか? 」


聖川が呆れるように反応する。


シュッ


日野は白い炎をか手足できわけるように飛び出して、俺たちの目の前に現れた。


「あれ? 熱くもないよね?寒くもないよ? 雨なのに炎が弱まらないし消えないよね? 」


「そ、そうだよっ! 地面がすでにジメジメしているほど濡れているのに、奴の周りは地面が乾き切っているんだよ! 」


「お前の能力ってただの火を操るじゃないのか? いや、炎を操るじゃない、温度や火力が下がらないなんて絶対有り得ないはずだ」


「僕の能力は火力が下がらないだけだよ。僕が殺した遺体を燃やしたとかニュースで見たようだけど厳密には違う。じゃあ聞くけど、その火はいつ消えたの? 」


「う、嘘だろ?都合が良すぎる能力があるなんて」


「そういうことだよ。君の絶対円術には驚いたけど、僕の炎は消えないんだ」


「つまり? お前の能力は? 」


「多分、今お前が思った通りだ。僕の能力は不滅の火を操る能力だよ。この火力は雨でも弱まらないし他の能力者に対しては効きづらいみたいけど。基本的に僕が死ぬか、解除するまで消えない。どう? いつまでも消えない火なんて最高だろっ!母と子もみんな生きたまま燃やした時、もがき苦しみながら叫び続けるんだ。そして、命はポツリと切れてしまう。僕が幸せになれないなら他の子供も親も幸せになるなんて許せないんだよっ。だから僕は…」


これは驚いてしまった。確かに能力について察せる部分は多かった、俺の天気を操る能力も火や雷、氷を中心とした攻撃なため非日常感はあったのだ。しかしゲームにおいて現実のものに当てはめて考えてしまった俺は見誤ってしまったんだ。白い炎の時点で気づくべきだったんだ。この炎は現実の炎とは違うってことに俺は気付けなかった。俺は振り返って後ろにいる澄太と聖川にむかって一か八かお願いをする。


「聖川! 澄太! 作戦失敗だ!悪いが、二人とも俺と一緒に戦ってくれ! 」


俺はこの日で一番大きな声を発して叫んだ。澄太と聖川もお互いに会釈した後に俺を見つめて返事をする。


「「もちろん! ! 」」


「残念だけど遅いよ。絶対円術6のM」


日野の下には目を凝らしてみた結果、彼の下には絶対円術の魔法陣が敷かれていた。魔法陣には小さくMの字と白黒ハーフのカラーが神々しい光を放ち白い炎で構成されている不死鳥が一羽召喚された。不死鳥は協力者が発動した絶対円術の影響なのか十メートルほどの大きさがある。


「な、なんだよっ。これじゃあLより大きいじゃねーか。こんなの喰らったら一溜まりもないぞ! 」


「そうだよっ! せ、聖也くん! 僕たち協力するって言っちゃったけど、あれはさすがに」


「いや、俺たちも絶対円術を組み合わせればなんとかなるはずだ」


俺は日野の絶対円術に焦って心配している二人に七海さんが教えてくれたメモを見せた。


昨夜 深夜


『七海さん! さっきの話を教えてください』


俺は七海さんがお風呂から上がってくるまで、みこととテレビゲームをしながら時間を潰していた。


『ちょっと! ななくんっ!ゲームマスターのルールを忘れたの! ? 』


『いや、聖也くんに絶対円術について教えてあげただけだよ」


『そ、そうなんだ』


『ああ、だからみこちゃんの心配は気持ちだけ受け取るよっ』


『気持ちだけって、でもそういうことを素直に言えるななくんが大好きだよっ』


『ありがとう! みこ』


『きゃああああ』


『あ、あの〜七海さん?話の続きを…』


『ん? ああ、ゼットの絶対円術についてだったよね? それは後でいいかな?今日はみんな疲れているだろうし寝よう! 続きは明日からっ、聖也くんはそれまで宿題を終わらせてから寝ること』


『宿題って今日は...まさか』


『そのまさかだよっ」


俺はイチャイチャする二人を置いていって急いで自室のある二階に向かった。部屋の中に入ると見たこともない虹柄のキャンパスノートが机の上に置いてあった。


『名前は...七海さんのノートだ! ここに何か書かれているんだな」


【君の仲間の聖川くんの絶対円術は相手の能力を盗めるから防御に使って、貴和くんの絶対円術は霞の神を出現させる能力だから攻守万能に、そして聖也くんの絶対円術は超攻撃型だよ】


俺はノートを読み終えて七海さんから二人の能力についてのアドバイスを受け取けとることができた。ノートの通りなら澄太の能力が日野の能力と相性が良いはずだ。そのためには聖川に俺たちの命運が握られている。


「なあ、聖川。絶対円術のエルで無効化してくれっ。そして澄太! 君も絶対円術のエムを発動してくれ! 後は俺がなんとかする」


「よしっ! お前を信じるぜ真野聖也!」


「うん。分かったよ聖也くん! 僕やってみる」


「どうやら話はついたようだね」


日野が俺たちに向けて挑発するかのように手を手前に振る。


「ああ、行くぞっ! 」


俺は決戦の合図と共にすぐに黄色の雷を両手から大きく広げて左右に放つ。雷の二連撃を日野に喰らわせて重傷を負わせるのが狙いだ。雷は何度もカーブして捻るように日野を一メートルほどの近さまで接近する。日野は雷の他にもう一つ狙いがあることを察知した上で雷を避ける。


「おいおい、その反射神経ありえんだろ! 」


俺の雷は確実に接近してダメージを放てる距離だ。事実、この雷は日野を動けなくするためでもあり、最高でも重傷を与えるだけだ。しかし、日野はとてつもない反射神経で俺たちの狙いを覆した。


「なるほどねぇ、悪いけど数は君達の方が上だからってかてると思ったら大間違いだよ」


日野は雷の二連撃を見破った上で、澄太と聖川が雷から日野に向けて接近していたことも見破っていた。残り十メートルほどまで近づいた二人に向けて、白い火の玉を右手から発生させてピッチャーのように全力で投げた。


「絶対円術!52のS発動っ! 」


「透、危ないっ!逃げてっ! 」


聖川は絶対円術を発動させて地面には魔法陣が再び描かれている。魔法陣が光出すと炎の球から炎が消えて、聖川の腹部に直撃する。


「ごぼっ」


腹部には出血ってほどでもないがしばらく立ち上がれないほどの強烈な痛みが襲ったのは間違いない。


「いてええええええええええええ、へへっ、間一髪だったぜ」


「全く、透は無茶するんだから。待っててすぐに仇は取るよ」


「へぇ、もしかして? 僕の炎を消したのかな? まぁいいや。まだまだ投げるよぉぉ! 絶対円術6のS発動! 燃えちまえええ」


日野の背後に炎の球が八個ほど出現した。どうやら絶対円術はあくまでサポートのようで彼の炎はおそらく実害がある。


「なっ!あんなの受け止めれるわけねーだろ」


「いや、まだだ。、まだ手はある。絶対円術1のS発動」


「そうだね! 僕も絶対円術35のM発動! 」


まずいな、俺は日野の狙いにすぐに察することができた。不滅の炎ならば持ちを燃やし続けることだって容易いはずだ!俺たちの周りには火が移りやすい森がある。もして火花が飛んでしまったら白い炎は引火して瞬く間の火災となるだろう。


ボッ ボッ バシっ バシっ


澄太が発動した絶対円術のエムは俺たちの前に出現する強固な白壁となり、日野の炎球を弾いた。霞とは思えないほどの硬さに俺自身も驚いている。一つ一つの球を必死に弾き飛ばす彼の姿は汗や疲れを見えているが、それを隠すかのように必死で霞の壁を支えている。


日野の炎の球はすでに半分以上使い切り残り四つだ。


「聖也くん!後は頼んだよっ! 」


「ああ、任せろ! 」


俺の絶対円術は赤い火の精霊が白い炎の球に向かって自爆するものだった。すでに霞の壁にはヒビが入っており、持ち堪えられそうになかった。俺は火の精霊を自爆させて二つの弾を消滅させた。火の精霊が球とともに自爆したおかげで残りの球は二個となり、日野は高速で放ったが。霞の壁を崩すことはできなかった。霞の壁の効果も消えたので、これでイーブンイーブンだ。


「ま、まさか。サポートを受けた僕でも君たちを殺せないなんて...」


「どうする? 大人しく罪を償ってくれれば手荒な真似はしないよ」


「いや、それは無理じゃないかな?この森なら完全に燃え移るまで一時間くらいあれば十分だね。不滅の炎は僕自身には効かないからね。僕は森が全焼しても逃げ切れるけどお前は逃げ切れるかな? 楽しみだよ...」


「絶対にさせないっ! 七海さんと約束したんだ!俺たちは絶対に生きて帰ってお前を捕まえる! 」


「それだけじゃないよ!聖也くんも透だけのためじゃないっ! お前に殺された人や残されたお父さんたちのために戦わなければ報われないんだよ!だったらせめて。今日で終わらせるっ! 」


「俺もいるぜぇ」


「聖川!」


「と、透! 怪我は平気? 」


「ああ、身体を動かすと痛いくらいだが。絶対円術は使えるはずだ!ここで決着をつけるぞっお前ら」

「そうか。本気なんだな、悪いけど君たちには興味がなかったんだ。だから今までは手加減していたんだけどね。でもありがとう。こんなに殺したくなったのは久々だよ」


「絶対円術、6のX! 発動」


「絶対円術、1のX発動」


「絶対円術、35のX発動! 」


「絶対円術!52のX発動! 」


それぞれの地面に巨大な絶対円術の魔法陣が展開された。いつの間にか雨は降り止み晴れ晴れとした夜空である。三対一で俺たちの方が優勢だ。しかし、日野の仲間からの絶対円術によって能力を強化されているため、日野の絶対円術の威力も計り知れなく油断できない。


「ごほっ、さすがに反動がきたか」


「日野ぉぉぉ」


日野の腹部から突然大量の血が垂れ落ちる。失血と共に絶対円術は消えかかったが。足に力を入れて立ち上がっ。

「聖也くん、心配している場合じゃないよ」


「そうだぜ、あいつが八人も殺した殺人鬼だということを忘れたのか? 」


「でも、でもなっ!...」

(だからって、見捨てる理由にはならねーだろ。あいつの命にも価値があるだろっ)


「そう…だ。ごほっごほっ。僕の...ことは気に......する...な」


「日野? 」


「全力で...放って...くれ。どのみち...僕もお前らを......殺すつもり...だったし」


「嘘だ。なぜ、こんなことした? 」


「なぜって? 」


「なぜ俺たちを遠ざけようとしたんだよっ」


「さっきお前がわかり合えないって言っただろ? なら聞くな」


「それでも聞きたいんだ!君はどのみち死の道しかないだろう。でも俺は君のことを良い人間だと感じた。俺たちが小屋の前で会話したときに気づいたんだろ?だから小屋と俺たちを守るように遠ざけていたんだ。答えてくれ、あのリミッターを解除する魔法は君の味方ではなかったんだろ?能力を強化する反動で俺たちと君を道連れにするための手段だった。聖川が窃盗を操る能力で君の不滅の火は消せないはずだ。澄太の壁でも消せないはずだ。もう一度言うよ、君は俺たちを守るために俺たちを遠ざけようとしていたんだよね」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ、なん…で、なん…でお前…は僕の…話を…聞いて…くれるんだよおおおおおおお。ごほっ、ごほっ」


俺が彼に強く放った問いかけに日野はこれまでに見せなかった弱い自分をさらけ出してしまった、それは本来の高校生に戻った日野の姿であった。

俺たちも彼に対して攻撃を止めるとともに絶対円術を解除した、血はドボドボこぼれ落ちていく。


日野の出血量は明らかに助からない。それでも俺は彼に事情を聞いた。澄太も聖川も仰向けになって最期を迎える日野に寄り添う形で近づいてきた。


「もう......だ...めか」


日野の目は輝かず死を悟った目立った。彼の顔から血の気は下がっていた、


「日野! 死ぬな! 生きろぉ! 生きて罪を償えっ、いや、お前は利用されてたんだろ? 母子連続殺人事件を引き起こさせたのは、ゲーム開始前からすでに能力を持っていた参加者ってことだよな? 」


「えええ!聖也くんっ! じゃあ、日野くんは事件を起こしたくなかったってこと? 」


「ああ、日野は自分の彼女と子供を失った逆恨みで殺すような人間ではないだろ? 多分、最初から能力で操られていたんだ。母子連続殺人事件を起こさなければ、自分の命だけでなく、他の人の命を巻き込んでしまう。だから殺人事件を起こすしかなかったんだ」


俺は彼に同情してしまい思わず涙がこぼれ落ち続けた。彼は確かに許せないことをした。でも今なら分かる。彼は俺との戦いで諦めていた自分に対して本来の自分を取り戻した。だから、俺を遠ざけて小屋の中で生涯を閉じようとしていたんだ。自分が好きな彼女と子供を失った挙句他の参加者に利用されていたなんて事実は残酷だった。七海さんが言っていた正体が今わかった。このゲームには裏があった。それは参加者になる前に彼らに接近して自分は能力を得た人物がいる。それは誰だかわからないが、七海さんが敵対している可能性は高い。澄太はここまでの疲れか聖川の方に寄り添うように眠っている。


「ああ…せ…いか…いさ。僕は君たちには生きて欲しかった。ごほっごほっ、がはっ」


「もう喋るなっ! 」


「いや…最期に君に伝えたいことがある。ピース…クラエル…には…気を…つけろ」


「日野おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


俺は日野という人間を悲しみを抱えたまま死なせてしまった。聖川も澄太もこの真実を聞きどう思っていたかは分からない。ただ、彼が最期に告げた名前、ピースクラエルという人物は彼の人生を弄んだ人物だ。俺は奴を絶対に許すことはできないだろう。日野はすでに息を引き取りこの世を去った。夜空には満開の星空が開かれており、彼の悲しみと来世での幸せを願っているようだった。


「正義のヒーローじゃない。俺の名前は真野聖也。お前と同じ高校二年生だ」


俺は彼の遺体に告げるようにそっと森から立ち去った。その後、聖川と澄太の三人で森の入り口まで合流したが、その後の記憶はなかった。こうして母子連続殺人事件は幕を閉じた。日野のように怒りを利用し操られる人間が減ることを俺は願いたい。


参加者ナンバー6日野零斗 不滅の炎を操る 死亡

参加者ナンバー1真野聖也 天気を操る 能力+1 


残り参加者69名


四年前


これは後に母子連続殺人犯として操られた日野零斗の過去である。彼は当時、両親と良好な関係を築いており、お隣さん曰く両親かた大切に育てられていたらしい。日野零斗は同学年の中で学年一位を取っており、野球部ではピッチャーをしていたことから同級生から文武両道と言われるほどである。そして学校行事は全て父と母が来ており、本当に両親に愛されていた。この時から彼自身も大人になって父と母のような家庭を築きたいと思っていた。だが、後に彼自身が招いた命の誕生によって全て壊れてしまうことを彼は知らなかった。


「いってきます〜」


「気をつけてね」


「は〜い! 」


今日は僕がこれから通うの中学校の入学式だ。僕は着慣れないブルーの中学校の制服を着て学校に向かう。


「おいおい? なんであたいの言うことが聞けないんだよぉ? 」


その途中で女子三人にいじめられている女の子を見つけた、体が細く華奢な女の子は僕と同じ学校の制服を着ているため、新入生だとすぐに理解した。女の子は住宅地外れの空き地で女の子三人に囲まれている。三人とも昔のヤンキーみたいな感じだったが、全員同じ制服をスカートは短く、髪はリーダーぽい人が金髪、残りの二人は茶髪だ。

「やめて! 」

華奢な女の子は三人にビクビクしながら叫ぶ。髪は背中まで届くほどのロングで前髪も目にかかっている。

(まるでホラー映画だ)

僕は女の子を観察してみる。ボサボサだが丸い瞳に艶やかな唇を持ち、身長は僕と同じくらいで汚れが一切ない制服を着ている。

「随分、制服は大切にしているんだな」

僕はポツリとつぶやいた。まるで女の子は自分自身のことを嫌いで、制服だけは汚したくないと感じていた。現にバッグやローファーは汚されておらず、むしろ綺麗なほど大事にしているように見えた。

「おねがいだから、それだけは汚さないでください」

金髪の化粧が濃い長髪リーダーは女の子の鞄から本を奪った。その本はとても有名な自己啓発本と枠組みされるものだった。

「あの本ってナナシの話か?」

僕はナナシの話という本の内容を知っている。いつ誰が書いたのかはわからないが、名前を記されていない誰かが伝えたかった伝記だろう。とても歴史のある本だが、メジャーではなく僕も亡くなった祖父から子供の頃に少しだけ聞かされたことがある程度だ。

『れーと。ワシはな昔ある本を読んだことがあるんじゃが、確かナナシの話じゃ。あの本は読んでも読まなくてのおそらく人生の影響は変わらないと思ったわい。ただのぉ、ナナシという人が不憫でならないまま亡くなってしまったのじゃ。悲しいお話じゃ』

僕は思い出に浸っている間に、不良っぽいリーダーが女の子の胸ぐらを掴んで女の子を投げ下ろした。

「調子に乗るんじゃねぇよ! ブス」

「きゃっあ、いっったいっ! 」

女の子は地面に背中を打った。さらに不良っぽいリーダーが女の子にのしかかり右手で拳を作り殴ろうと襲い掛かる。周りには僕しかいない。止めるには今しかないんだ!僕はすぐさま女の子を守るため不良の拳を受け止める。

「おい! その子をいじめるのはやめろ!嫌がっているだろっ! これ以上続けるなら警察を呼ぶからな」

僕は大きな声で注意し三人を睨んだ。大きな声に反応したか、ようやく周りにはたくさんの人が見物してきた。

「おいおい! 大丈夫か? 」

「なにこれ! ? いじめ? 可哀想に」

「これ以上続けるなら、警察か?それか学校に通報するからな」

多くの人々が女の子の味方をしていじめは収まりつつあった、

「う。うっうっ」

女の子が頭を下にして号泣していると三人の不良は焦りまくって

「ちっ、邪魔が入ったな」

不良たち三人は駆け足で急いでこの場から去った。女の子は頭を上げた途端に肩から力が抜けて仰向けに倒れる。僕は女の子を必死で支えるかのように膝の上に女の子の頭を置いた。

「大丈夫か? 」

「うん、大丈夫だよ。私を守ってくれてありがとう」

「当然だよ! 女の子がいじめられてたなら放っておけないさ! 」

「ぐすっ」

女の子から再び涙が溢れていた。僕は心配しハンカチをあげて理由を聞く。

「ど、どうしたの? もしかして僕のせい? 」

でも彼女は俺のせいではないと首を横に振った。

「ううっ、ううん違うの。嬉しいの!私を守ってくれた人なんて初めてだからさ。四年生の時にさっきの先輩の好きな人から告白されたんだけど、断ったんだよね。興味ないってさ。それ以来、私が可愛いと迷惑がかかると思って私を大切に出来なかったんだ」

「そうなのか?」

「うん。そしたらさ先輩たちにいじめられるようになった。ブスだからって調子に乗るなって毎日ボサボサになった髪をさらに崩されたり、ノートが盗まれたりしてクラスからも私と関わるといじめの対象になるからって噂が出回って誰も味方をしてくれる人がいなかったの」

「そのことを先生は話したの?」

「うん。でも先輩と同じ学校の時はなんとかしてくれたけど、先輩が中学生になったら学校が違うといって積極的に対応してくれなかったの。あっちの学校なんだから任せるって」

これが現実だ。教師にも限度がある。

「やっと私を守ってくれる人がいて嬉しかった。あなたのおかげよっ! 本当にありがとうね! 」

「いや、そんなことないよ。僕は最後の最後しか助けられなかったし」

「ううん。それが嬉しかったのよ。ところであなたの名前を聞いていなかったね」

女の子はニコニコ泣きながら微笑んだ。ボサボサの髪の合間に見える顔はおしとやかと言えるほど可愛いかった、僕はその時にある感情が芽生えてしまった。それが初恋というものと知るのは遠くない未来だということを僕はまだ知らない。僕と女の子はお互いに名前を教えた。

「俺の名前は、日野零斗だよ! 今日から君と同じ中学に通うみたいだからよろしくね! 君の名前は? 」

「私の名前はね神無月美菜乃(かんなづきみなの)。そうだよね、同じクラスになれるといいね!よ ろしくね日野くん! 」

それ以降、僕は彼女をいじめから守るように毎日一緒に登下校をするようになった。

翌日

「おはよう! 神奈月さんって…髪切ったんだ!」

「ど、どうかな? 似合う? 」

「すっごい! 可愛いよ」

「よかったあ」

その後、僕は野球部に入り実力をメキメキ伸ばしていった。野球は趣味程度でやっていたが、中学の時に本格的に野球をやろうと小五から決意していた。その結果、僕は見事に入部二ヶ月でピッチャーを任せられるようになった。

「日野くんっ! ピッチャーおめでとっ」

「ありがとっ! 神奈月さん」

「ふふふ、私も日野くんのおかげでお友達が沢山出来たよっ」

「それはよかったね! 」

「うん! 」

神無月は野球部のマネージャーをしている。この時にはすでに神無月はクラスでトップの美女と呼ばれるようになる。髪は酢ストレートで長くおろしており、前髪は顔が見えるほどになり、ぱっちりな目にぷるんとした唇。そして何より愛嬌のある笑顔が美しかった。それに彼女はおしゃれにも気を使うようになっていた。かつて本当にいじめられていたとは到底思えなかった。そして入学式から三ヶ月が経ち、彼女は一切いじめられなくなった。入学式の時に彼女をいじめていた先輩は僕のおかげか分からないが、神奈月から離れるようになった。そして僕は彼女の笑顔が増えてほっとしていた。でも僕自身の気持ちはもう収まらなくなってしまった。

(僕は君に恋したんだ!届け、この思い!)

彼は一学期の修了式に神無月に告白することにした。野球部の部室に神無月さんを呼んで二人きりの状態だ。

「神無月さん。君のことが好きです付き合ってください!」

僕は深く頭を下げて神無月さんに向けて右手を前に出す。神奈月さんはポロポロと嬉し涙を出して、返事をする。

「はい! よろこんでっ! これからもよろしくねっ! 日野くん:

彼は顔が赤くなってしまった。彼女も同じく頬が真っ赤になってしまった。でも僕が彼女に向けて差し出した右手を彼女の両手が優しく包んで微笑んだ。

「本当にいいのかい? 」

僕は彼女に再度確認すると彼女はこくんと頷く。

「いいよ! 私も日野くんのことが初めて会った時からずっと好きだったんだよ! 」

「本当か! ? よかったぁ! 」

僕は嬉しさのあまりに野球部の部室で何度もジャンプした。僕の初恋はこの時実ったのだ。でも、この恋が僕と彼女をを狂わせてしまったのを二人はまだ知らなかった。

四月九日二十二時 死後の世界

「ここはどこだ? 」

僕は白い雲の上にぷかぷかと浮かんでいた。なぜか僕の身体に傷はついておらず、服装はかつての中学の時の制服だ。戦い前の服装だった。

「そうか、僕死んだんだった」

僕は不思議と死の後悔はない。美菜乃が亡くなった今、僕には生きる意味なんて一切なかった。父と母のことはあの時から嫌いだったし、唯一守りたかったものは幸せな家庭を築くべき人の命を奪ってしまったことだ。どんな理由があっても、僕は八人も人を殺してしまった。例え自分自身の意思ではなくても責任は僕にもある。僕は白い雲の上に立ち上がりポツンと小声で呟いた。

「天国にはいけないのはもう分かるよ。でも最後に彼女と子供に会いたかった。例え、二人に望まれなくても生まれ変わったら今度こそ三人で幸せに暮らしたかったよ」

彼女と子供は天国で過ごしているに違いない。そして僕は命を奪った罪を償うために地獄に行くのだ。

バタン 

突然、雲がなくなり僕は降下する。何メートルかは分からないが遠くに堕ちるのは確かだろう。二人が幸せであることを僕は願いたい。そして僕に奪われてしまった命が再び幸せな世界で生まれ変わってほしいと心の底から願う。

バタン

「いてててて、ここは…?もう地獄に着いたのか? 」

僕の身体に強烈な痛みが走った。これは地獄だろうか。あたり一面真っ黒だ。

「あ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

僕は何かを思い出したかのように過去を振り返ってしまった。あの夜のことだ。そこで全てが狂ってしまった。僕は自分の後悔を走馬灯のように見る。

三年前の七月

僕は彼女に呼び出された。僕は美菜乃と付き合って一年の記念日だから彼女とお祝いをしようと思い、ハートのネックレスを購入して彼女の家に向かった。付き合って一年経つが僕の両親には彼女のことは言ってない。以前にお前に恋愛はまだ早いと怒られたからだ。僕の家は他の家と比べても厳しい家庭だ。門限や家族ルールもある。そういうことを内心思いつつ

ピンポーン

俺は彼女の家のインターホンを押す。

ドンドンドンドンドン ドン

大きい足音がこっちに向かってくる、

バタン

なぜか彼女のお母さんが出てきて俺にビンタをした。

バシッ

「おいっ! よくもうちの子を! 」

「痛い! 何するんですか! 」

バシッバシッバシッバシッバシッ

彼女の母に何発もビンタされると、二階から僕の彼女が降りてくるのが聞こえた。

僕の前に現れた彼女は泣いていた。僕は思い当たる節があったので背筋が凍るほどの寒気がした。彼女は大きなお腹を両手で抱えていた。

「ママやめて! 」

「美菜乃は黙ってな!こいつよくもウチの娘を妊娠させやがったねっ! 今すぐ責任取りな」

彼女のお母さんは体格が良く小太りだが、美菜乃に似て美しい顔立ちでショートカットヘアだ。彼女の母の怒りの表情と同時に僕は妊娠させてしまったことのことに対する重大さに気づいた。これから僕は彼女との間に生まれた命の責任を取るしかないのだ。無理に中絶して降ろす方法も知っているが、彼女のことを考えてしまえば苦渋の決断のはずだ。望まない命を宿してしまった彼女は一番辛いに違いない。

「美菜乃。どういうこと? 」

「私、身体がおかしいってお母さんに言ったんだ。そしたら病院に連れてってくれて。お腹の中に赤ちゃんがいるって先生から言われたの。ごめんなさい。私があの時、ちゃんと対策していれば…」

「いや、これは僕の責任だ」

「れいくん…私やっぱり」

「言わなくてもいい。美菜乃の気持ちは分かるからね。待ってて必ず君と赤ちゃんのために頑張るから!だから三人で幸せになろう」

僕は彼女を安心づけるように背中から抱きしめる。彼女のお母さんは僕たちを冷たい目で睨み続けていたが、美菜乃の方は泣き崩れた。僕たちは本来超えてはいけない一線を越えてしまった。望まない妊娠を起こした僕たちが今更新しい命を大切に育てることを考えなくてはいけない。これからの未来を考えながら、僕は彼女のお母さんに両親の電話番号を教える。

「大丈夫です、僕が絶対に彼女とこの子を守ります。逃げも隠れもしません」

「ふん! どのみちあんたの両親には話さなきゃいけないからね! 今日は大人しく帰りな、ここからは大人の領域だよっ! 」

彼女の母は僕に怒鳴りつけるように、家の前から追い出した。この後、僕たちの妊娠は両家合わせての戦争となってしまった。両家は付き合った経緯や妊娠の問題を追求してきて、僕も美菜乃もひたすら尋問のように聞き続けられた。僕たちがそれぞれ部屋で休んでいても、お互いの両親の言い争いは一晩では終わらなかった。そして翌朝に僕の父からある判断が下された。

「子供は即刻中絶することとなった。向こうの娘さんは中絶してお前との関係を終わらせるように説得したから俺たち家族とは赤の他人だ」

「なっ! 親父っ、なんでそんなひどいこと言えるんだよっ」

「お前のためだぞ。どのみち彼女はもう終わりだ。とっとと忘れんだな」

「は! ? どういうことだよおやじいいいいいいい。美菜乃はこれからどうなんだよっ、なぁ僕の子供は? 子供には罪がないはずだ。せめて、僕たちとは違うところで生きることも出来ないのか? なぁ、おやじいいいい」

両家は即刻中絶するべきだと合意した。僕は美菜乃と離れ離れになるのが嫌だったため親父に泣いてしがみ続けた。

バシっ バシっ バシっ バシっ

「ガハっ」

僕は親父に部屋に閉じ込められて暴力を振るわれ続けて、何度も罵声を浴びせられた。

「この馬鹿息子が!お前は家の恥さらしだ。お前は大人しく野球だけやっていれば良かったんだ!」

「た、頼む。美菜乃に会わせてくれ! 親父」

「うるさいっ。まだ足りんのかぁ」

僕はひたすら親父の拳から暴力を振るわれ続けた、顔は一時期痣だらけとなり、学校にも仮病を使って休ませられている。それでも僕は彼女に会いたかった。

家族会議から三日後

僕はスマホでひたすら調べ続けて新聞のアルバイトをすることと両親の説得をして美菜乃と子供との三人で暮らすことを目指していた。中学生であっても僕たちの結婚と出産を認めさせようと家のリビングで両親を待っていた。でも遅かった。母が家に帰ってくると僕に残酷な真実を告げた。

「神奈月さんが亡くなったって」

美僕は急いでスマホを取り出して美菜乃について調べた。出てきたのはニュースと一枚の画像が拡散されている事実と噂だ。菜乃はこの日、お腹の子供とともに命を断ったのだ。首吊りによる自殺だった。美菜乃が妊娠していることが学校中に知れ渡り、おまけに知らない男から援交していたという噂が流れた。その原因はSNSで出回っている加工された偽画像だ。

「なんなんだよっ? これ」

美菜乃の顔を合成された女子中学生くらいの身体に小太りの中年っぽい顔がモザイクで隠されている男がホテルの部屋の写真に加工され二人が写っている。僕は美菜乃の身体を知っているので嘘情報はすぐに分かった。そして俺の親父が学校や周囲に美菜乃が妊娠している事実を流して、相手は僕じゃない知らないおじさんだという嘘の画像を流した。

(親父が美菜乃と俺たちの子供を殺した? いや違うよ。中学生が妊娠するということを社会が否定した。つまり社会が美菜乃と僕たちの子を殺したんだ。なんで大人は幸せを手にできるのに僕たちはダメなんだ?僕たちから生まれる命には価値がないのか? 

(許せない許せない許せない)

「みなのぉぉぉぉぉ!うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

僕はずっと泣き続けると同時にそんな社会を恨んでしまったのだ。母はそんな僕をどう接したらいいか分からずひたすらごめんなさいと言い続けた。

さらに三ヶ月ほど時が経ち

僕は両親の離婚により母と二人で暮らすようになり、家族関係も良好だ。美菜乃の死は今も心の中に囚われているが、僕は何かと理由をつけて隠して自分自身の心に嘘をついて夏休みも半分が過ぎた。美菜乃のお母さんとはもう会ってない。娘を失ったショックが大きかったのだ、野球部も辞めて暇になったため、僕はいつも美菜乃と共に通っていた様々な場所に巡っていた。すると白いスーツを着た人物が僕の目の前に瞬間移動したかのように現れた。

「うわあああ」

「こんばんは。君は?それ相応の恨みを抱いているね?」

「え?なんのことですかって。んぐぐぐぐ」

突然現れた金髪のハーフの男が僕の首を両手で掴みこう告げた。

「今から半年以上経った時に、ある儀式が開催されます。私の名前はピースクラエル。あなたの味方です。今からあなたにアレをあげるのはルール違反ですので、私から一つプレゼントをあげますね」

ガチャ

クラエルという男が首元から手を離すと突然、首元に何かが設置された。僕の首元にはチョーカーのようなものがつけられていた。

「な、なんだよ? うぐぐぐ取れない」

「安心してください。このチョーカーは恨みが果たされるまで外れません。あなたが母四人、子供四人ほど殺せば外れます」

「ふざけんなよ、てめぇそんなことするわけ」

「大丈夫です。すでにあなたの憎悪が少しずつ溢れ出して、いずれ抗えなくなります。それではまたお会いすることを願いますね」

「おい! 逃げるなっ! 外してくれって。おえっ、ぎゃあああああああああああああああああ」

その後のことは知らない。そして僕はチョークのせいで溢れ出てしまった怒りに負けて二年後に殺人のやり方をとある人々から教えてもらった。この組織はピースクラエルという男によって作られたものだという。僕は諦めて怒りのまま行動し。組織からターゲットとなる見ず知らずの母親の情報を入手して、暗い場所に呼び出しめった刺しに何件も行なった。そしてピースクラエルの予言通りにゲームに参加した。

死後の世界

僕は地に堕ちた。でも待っていたのは何もない真っ黒な空間だ。そこにスポットライトが当てられ、僕の視界には華奢な女の子と何かがいた。

「もしかして美菜乃? 」

美菜乃は中学の制服を着ていて、笑顔で涙ぐみうなずいた。

「うんそうだよ。れいくん! 」

彼女は怒りも悲しみもない声でただ笑顔だった。すると僕は美菜乃の手には赤ちゃんがいることに気づく。

「美菜乃? その子はもしかして? 」

僕は驚きを隠せなかった。この子は間違いなく

「そう産まれるはずだった私たちの子供だよ。男の子だったよ! 」

僕も涙がこぼれてしまった。僕たちは死んで再会できた。そして僕たちの子供にも会えた。

「嬉しい、嬉しすぎる。それと守ってあげられなくてごめん! ごめん! ごめんなさい! 」

「ううん。私も最後までれいくんを信じてあげられなくてごめんなさい。あなたのお父さんに脅されていたの。二度と関わらなければ痛い目に遭うぞって。そしたら嘘画像が流れ出して私、耐えられなかったの。だから…」

「もう、いいんだよ」

「パーー、パ」

僕は本来生まれるはずだった子供と美菜乃を優しく抱きしめた。三年ぶりに抱きしめた彼女はどこか懐かしさを感じてしまった。僕たちは泣きつきながら必死に謝り続けた。

「パーーパ、マーーマ? 」

子供の形をした生き物は必死になって僕たちにパパとママって叫び続けた。この子も赤ちゃんの形のまま未来が閉ざされてしまった。

(生まれ変わって、今度は三人で平和に暮らしたいなぁ)

僕はそう思いつつ再び黒い道に向かって歩き続けた。この先は地獄で罪を償うまで戻っていけないだろう。僕は最後に二人に手を振って再び地獄に向かって一歩一歩歩き続けると、美菜乃は僕に向かって大きな声で叫んだ。

「私、何百年でも何千年でもずっと待ってるから! パパが地獄から戻ってくるのをこの子と一緒に待ってる! もし許されたら今度は三人で幸せな家庭に生まれ変わろう! ね! パパ! 」

彼女の思いを聞いた僕は、一歩だけ戻って彼女と子供に向かって大きな声で思いを伝える。

「ああ、必ず償ってまた二人に逢いに行くよ! 元気でな! パパ二人のために頑張るよ」

僕は再び地獄に向かって遠い道のりを歩いて行く。もう彼女の姿は振り返ってもいない。でも僕には三人で生まれ変わりたい思いがある。そのために地獄で罪を償うだけさ。僕は道の途中で大声で今の気持ちを叫んだ、きっと誰にも届いてないが叫びたかった。

「僕は再び幸せになれたんだ! 」

第四章 無情な社会

『ごめんなさい、あたし真野くんと付き合えない』

二年前のことだ。俺は小学三年生の頃からずっと好きだった女の子に告白した。その子のことは今でも覚えている。性格は男勝りだが正義感に強い女の子で、顔は美しい猫のようなくっきりとした目つきと丸くて小さい芸能人みたいに身長が高いしスタイルが良い女の子だ。でも不思議なことにその後の彼女のことは一切覚えてない。突然、彼女は俺の元から去っていた。俺はあの時、電話で告白したが振られてしまった。でも不思議と振られてもあまりショックはなかった。

彼女の名前は覚えている。しかし、振られるきっかけも好きになるきっかけも覚えてない。彼女のことは顔と名前と出会った日の情報のみでどこが好きか?どこに住んでいるか?今の姿も覚えていない。でも、俺には彼女の謎に違和感があった。まるで現実ではなく夢の続きを見ているかのような映像に見えていた。

(なぜだろう?なぜだろう? )

「もしかして、あの時の記憶がないのか? 」

俺の夢はブラックアウトした。この事実に気づいたのは常に夢の中である。そして目が覚めると夢の記憶が消える。真野聖也は目が醒めた。

四月十日六時

俺は見知らぬ部屋で目を開けた。

「ここはどこだ? 」

あたり一面高級感が漂うこの部屋は。大理石の床に高級な皮を使ったふかふかのベッドがある。本棚には大量の自己啓発や投資の本があった。ドアの入り口前には大きな古時計のような木製で高級な鉄鉱石の針がついている古い時計がある。その時計には古い写真が挟まっている。

「誰だ?いや、この人は! ? 」

写真の裏に書かれている名前に俺は目を見開いた。

「ピースクラエル!」

写真はだいぶ痛んでおり、顔が分からないがビッグベンの前に西洋のドレスを着たマダムが映っているので百年程前なのだろう。この人はピースクラエルって人が大切にしている人なのか?俺は腕を組み頭を右に傾け考えていると

「うぐぐぐ、いってっえええ」

俺は痛みを堪えながらベッドの前まで移動して倒れた。俺は戦い直後のことしか覚えていないが、どうやら森の出口で気を失って転げ落ちてしまったらしい。現に俺のジャージには葉や土が付着し、ボロボロだった、俺は部屋の天井を見つめてあることを考える。

「日野零斗。ごめん、俺はお前を救えるスイッチにはなれなかった」

人生には幾つものスイッチがある。それは職場や学校、家族や友達の間でもふとした行動からスイッチが押されてしまうのだ。時にはスイッチを押し間違えて最悪の末路を辿るものもいる。また時には、家族さえ信じられず悪に染まるものもいる。これから俺は幾つものスイッチを押すのだろうか。俺はベッドの中で丸くなり頭を抱え込み深く考える。

ガチャ

「聖也くん。大丈夫かい? 」

ある人が部屋に入ってきた。彼は思いっきりドアを開けて白黒の服しか着ないあの人が青のジーンズと白黒を横に分けたツートンカラーのセブンズというブランドのシャツを着て現れる。相変わらイケメンで似合っている。だが今日は何か違う双葉七海さんだ。

「大丈夫です。と言えば安心しますか? 」

俺は七海さんを挑発するかのように言い放った。正直、あの時の七海さんの言葉は当たっていたため、俺には返す言葉もない。

「そうだね。安心しないと言えば嘘になる」

双葉七海は両目に隈ができており、髪も少しボサボサだったが聖也を心配させないためか口元は口角を無理やり上げているようにも見える。

(そうか、ここは七海さんの家か)

俺はホッと安心して天井を見ながらあることを思い出す。

『お兄ちゃん! 今日も七海お兄ちゃんの家に行ってくるねー』

妹が中学の頃以来、よく七海さんの家に遊びに来ていた。しかし俺自身は初めて七海さんの家にお邪魔した。俺は日野の顔を思い出して、同時にピースクラエルという男について聞こうとする。

「七海さん。俺は…」

「分かっている。ピースクラエルのことだろ?」

「知ってたんですか?」

「ああ、奴は主催者だからね。君にわかりやすく言えば俺の上司の人物かな」

「上司ですか。分かりました、ありがとうございます。ところで俺を運んでくれたのは七海さんですよね?」

俺はベッドの上で首だけを動かして話を伺う姿勢にした。七海は両手で無理しないでと言いながら俺の身体をベッドに戻す。

「そうだよ。君は母子連続殺人の犯人を倒した後に、意識を失って倒れていたんだ。そこに俺が来て、車で家まで運んだのさ」

「そうだったんですね。でも俺は人を殺したんですよ?」

「違うだろ?どのみち君はとどめを刺さなかっただけ偉い。彼は死ぬ運命だったんだから」

「ピースクラエルが作った運命ですよね?だったら、俺は日野を見殺しにしたから殺したも同然なんだ」

七海は少し暗い表情なった。聖也自身も人を初めて殺してしまったことを少し後悔している。だが不思議なのは後悔はしているはずだが、身体は一切震えてなかったのだ。

「事実はそうだね。でも犯人は自殺したってことで世間はなっているから君は人を殺したという事実はない」

「どういうことですか!」

聖也はあまりの衝撃に七海の首元を掴み問い詰めた。七海は首を横に振り聖也に手を離してもらうように促す。聖也の表情は自分自身の罪を勝手に消されて償う機会すらなくなって怒りだと自身も感じる。七海は真面目に事実を話した。

「聖也くん。このゲームのルール上ね、参加者は死んだとしても、参加者同士の戦いで死んだのなら何らかの事件に巻き込まれたこととして処理されてしまうんだよ。それは僕やクラエルさんも例外ではない」

「そういうことだったんだ。だったら七海さんも…」

「ああ、殺されても仕方ないんだよ。少なくてもみこちゃんには絶対生きててほしいんだけどね」

「それは俺も同じです」

聖也は納得してしまった。バトルロワイヤルである以上、参加者同士が殺し合うのは当たり前。つまり参加者が人殺すのは当然であるため、罪に囚われないようにしているってことだとすぐに理解できた。そしてゲームを管理するピースクラエルも七海さんもみことも同じなんだ。俺と同じく命をかけて参加する参加者だったんだ。俺たちは静かに相槌を打つようにコクンとうなづく。

「だから、最後まで言うつもりはなかったんだけど、向こうが仕掛けてきたからあえて言うね。俺は聖也くん。聖川くん、貴和くん。そしてこれから君たちの仲間になる人間の味方さ」

「ほ、本当にいいんですか? 」

聖也は七海の発言に信じられなかった。この人は極悪ゲームマスターなんかではない。本当に心優しい人間だ。

「もちろんだよ。聖也くんは一キル獲得している。結果はどうあれね、彼は君に救われたに違いないよ。まぁ、今回は気絶して選ぶこと自体できなかったこともあるけどね」

「俺は日野を本当に救えたのでしょうか?」

「というと? 」

聖也は罪の重さを感じたのかは定かではないが、体が重くなりゆっくりと話す。脚が震えてしまっていたのでしばらく立ち上がれなくなった。

「俺は日野を生かして罪を償わせることが出来ませんでした。俺はそんなに素晴らしい人間ではないですし、主人公のような力も勇気もどこにもありません」

「うん」

「だから、あの時は残された人や殺された人が可哀想だから動いたって言いましたけど、実際は違うんです。ただ、七海さんだったら七海さんのような素晴らしい人間になるために動いただけです。俺ってそこまで優しくないんですね。強くもないし、賢くもない、生まれ持った才能もないんです。だから…俺は」

「無理しなくていい」

「え…?」

「本当は泣きたいんでしょ?日野零斗は確かにクラエルさんによって怒りを利用された挙げ句の果てには君たちを道連れに始末しようとしていた。彼の犯した罪は失われることはないけど。君も自分を責めなくてもいい」

「七海さん…」

「それに君は俺のことを特別な人間や努力家みたいに思ってるみたいだけど、俺も救えない人も沢山いるし後悔だってある。それに賢くなるには経験と知識だし、生まれ持った才能なんて誰かしらは持っているから生かす方法を見つけるだけ。強さなんて身体と心ぼ両方だよ。鍛えればいいし、何より頼ればいい。みこちゃんや聖川くんに俺とか? それか今は難しいかもしれないけど、君のお父さんやお母さん、大和くんに相談してみなよ。一人で解決できない悩みもみんな揃えばより良い意見が導ける。だから、もし俺みたいな人間になるなら答えは一つだよ」

「答えって何ですか? 」

「永遠に研ぎ続けろ、死ぬまで自分を磨き続けることさ。一回でもやめてしまえば怠惰になるし、続けていれば誰だって素晴らしい人間になれる。だから胸を張って前に進んでほしいんだ。俺は聖也くんのことが大好きなんだから! 」

七海さんは俺に安心させるかのように微笑んだ。彼は部屋にある小型の冷蔵庫から飲み物を持ってきた。

「はいどうぞ!お疲れ様」

「な…七海さん」

七海さんは五百ミリリットルのペットボトルのスポーツドリンクを俺に向けて投げた。彼は満面の江笑みでニコニコしている。そういうところは極悪ゲームマスターといったところか。

「もう泣いていいよ?今日は学校休んでもいいようにお母さんに連絡しておいたから」

「ありがとう…ございます。うっ、うっ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

俺は部屋で号泣してしまった。七海さんはすぐに部屋から出て行ってくれた。俺は嗚咽と共に心の底から叫び泣き続けた。

「自分とは関係ない人のことをここまで思えるなんて聖也くんも凄いよ」

七海さんはポツリと部屋の外でつぶやいた。

三十分後

俺は少しだけ運動しようと立ち上がって腹筋をする。

トントン

「入るよ〜」

七海さんが部屋に入ってきた。俺は慌ててベッドに戻った。すると七海さんは俺の端末を素早く奪った。

「ちょっと! 」

俺が七海さんに端末を返してもらおうとすると、七海さんは雑に左手のひらで俺の顔面を掴み離してきた。

「いいから貸して! 」

「わ、分かりましたよぉ〜」

「はい、これ見て」

七海さんは端末を操作して画面を俺に見せた。それは生存者確認だった。

現在の脱落者は。ナンバー2、ナンバー3、ナンバー6、ナンバー15、ナンバー26、

ナンバー51、ナンバー72

残り参加者六十五名

「昨日で六人も減っている! ? 」

俺は画面に映されていた真実に驚いてしまった。この殺人ゲームで短期間にこれだけの脱落者を出した。七海さんは落ち着いて説明する。

「そう。原因は二つある。何だと思う? 」

俺は腕を組み深く考えた。一つ目の答えはすぐ分かったが、もう一つの答えはわからなかった。

「チームか派閥争いですか? 」

一つ目の答えはこれで間違いないだろう。現に俺も聖川と澄太の三人でチームを組んでいる。そして、日野のように誰かと組まれて参加している人もいる。もし三人ずつでチームを組んでも二十四組は存在することになるからな。でもだったらもうひとつはなんなのか?と考えている間に七海さんは手をグッのポーズに変えて前に出した。

「正解だよ! 聖也くんみたいにチームを組んだり、キル数や一般人に協力させられることができれば間違いなく勝ちやすい。そしてクラエルさんのように参加者を利用してゲームを思い通りに進ませたい奴もいる」

「じゃあ、もう一つは? 」

「これは詳しく言えないんだけどさ。なにしろゲームマスターの原則に触れるからね。クラエルさんみたいな抜け道が使えない俺にとっては助言しづらいけど、もしゲームが思うように進まないときはさ、ゲームを加速させる兵器を使えばいいだけじゃない?と思ったことはないかい?」

「ゲームを加速させる兵器? つまり、参加者以外のゲームマスター側が何かしらの力で減らしているってことですか? 」

「俺からは正解は言えないけどどうだろ?でも人間じゃなければ、そういうことさ」

七海さんは歯を出してニコニコ笑っている。俺はすべてを理解した、

「なるほど。第三の敵ですか? 」

「さあね? 」

七海さんの反応からしてこれが正解か。殺戮マシーンとは何かは正確には分からない。でも明らかに参加者より強いのは確かだ。死者が想像より多いためまともにやり合っても勝てないのだ。俺は七海さんから受け取ったスポーツドリンクをゴクッゴクッと飲む。

「できる限りの忠告はしたよ。さてここからが問題だ。再度聞くが君は日野零斗をどう思った? 」

「そうですね。確かに奴がしてきたことは決して許せるものじゃありません。でも奴の過去や真実を知ったときに少し同情してしまう自分がいました。奴は好きな人と子供の三人と幸せな家庭を築きたかったのに、社会がそれを奪った。そしてその怒りをピースクラエルに利用された」

「そうだね、それに今日のニュースを見てみて! 」

七海さんはベッドの正面にある大きいテレビの電源をリモコンで操作してつけたためニュース番組に切り替わった。ニュースの内容は母子連続殺人事件のことだった。犯人は高校二年生の少年であり、ナイフで自殺。動機は交際相手の中学生の妊娠が原因となる自殺が原因だったと報じられている。ニュース画面に映ったにはアナウンサーの男性とその背後には学校への生徒や教師のインタビューや近隣住民のインタビューを目的とした報道陣の行列によって囲まれていた。中でも一番ひどいのは両家の両親には大量のマスコミが囲んでいることだ。日野が起こした事件は世間を賑わせてしまったニュースとして社会の刃の犠牲となった。

「これって? 」

警察が調査し始めた結果、真実が明らかになってしまった。

「君が解決した日野零斗の事件さ。この事件に関して様々な憶測が出ているよ。妊娠した女子生徒と事件を起こした男子生徒が黒幕とか、親の育て方が悪いのが原因とか、学校でいじめや性知識への教育不足とかね。そのせいで犯人の両親は仕事をクビになり、もう社会で生きられないだろうね。本当に悪いのは弄んだクラエルさんのせいなのに」

七海さんは許せない気持ちだった。これが世界なら壊したい!俺たちは同じ気持ちだった。

「そうですね、七海さんの言う通りだと思います。でも、本当に悪いのは」

「ああ、簡単に人の気持ちを踏みにじったインターネットさ。クラエルさんは事件に関与して途中から操っていただけど、原因はネットに責任があるね。日野や神奈月さんがどれだけ苦労してきたことも知らず、偽善で犯人と家族や親戚の個人情報を全て晒した挙句、犯人が通ってた高校は殺人鬼を生み出した私立高校として有名になってしまった。もう狂っているよ」

そう、誰でもネットで検索すればすぐに簡単に情報が開示されて、傷の癒えない遺族の情報やだだの同級生にもマスコミやネットの悪意が付き纏っている。これが情報社会の無情さなのだ。七海さんはグッと握り拳を作って自分の膝に下ろして怒りを露わにした。

「絶対に許さない」

「七海さん。俺もです」

これは俺たちがどれだけ不満を露わにしても伝わらない怒りだ。ただそれだけのことだ。今の七海さんはネットに対してとてつもなく怒っている。普段ニコニコしている七海さんがまるで冷たい目をして唇を噛み続ける、俺はこれだけ怒りを露わにした七海さんを見たのは初めてだった。

ピンポーン

七海さんは部屋から出ていく。五分くらいすると最愛の妹が来た。制服姿の妹はなんだかホッとする。

「お兄ちゃん生きててよかったぁ! 」

みことは俺の体に抱きついた。シャンプーの匂いのせいかいい匂いがする。シスコンではないが、妹の俺に対しての心配について安心したような笑みが可愛かった。歯をニッと笑い俺の額にコツンと頭をあわせ合う。七海さんは俺たちの様子を見て安堵の表情を浮かべてベッドに倒れていた。

「は〜疲れた! 」

「だよねぇ〜ってお兄ちゃん臭い! 」

先ほどの笑顔とは半面にみことは鬼の形相になり

「おりゃあああ」

「ごほっ」

俺の腹にアッパーした。

「ごめん、みこちゃん。聖也くんを風呂に入れるの忘れてた! 」

七海さんがつかさずフォローをし軽く手を合わせて謝っている。みことの鬼のような表情が収まると思いきや

「ななくん。もうダメでしょ! お兄ちゃん今すぐお風呂入ってきて! 」

「ごめんなさい」

七海さんがしょんぼりしている。俺はそんな七海さんを放っておいてすぐお風呂場に向かった。ここは七階建てのビルでお風呂場は地下一階ってベッドの隣にあったフロアガイドに書いてあった。つまりこのビルは七海さんの家ってことだ。俺は寝ていた寝室が六階なのでエレベーターを使い移動することにした。七海さんからはワイシャツと黒スキニーを貸されたが。そこまで恩を受け取るほどの器は俺にはないので、俺の服装は昨日着たジャージ(七海さんが洗濯してくれた)あの時着ていたジャージを脱いでお風呂に入る。一応、防水のスマホを持っていく。更衣室は昔ながらの銭湯だが、お風呂場は白い大理石にライオンのジャグジーが特徴の大浴場だった。はっきり言えば、子供が泳いでそうだった。

「七海さんって何者なんだろう?」

俺は風呂桶に溜めたお湯を身体にかけて湯船に浸かる。しかもバスタオルとタオルもご自由にお使いくださいなんて気が利くわ。

ブーブーブーブー

ふと、しばらく極楽浄土までお風呂を楽しんでいる時に、マナーモードにしておいたスマホの着信音がなった。相手は聖川透とスマホ画面に映ってあった。

「聖川か? なんだろう 」

スマホはライオンのジャグジーの上にかけておいたので俺はすぐさまお風呂場で電話に出る。

「もしもーし聖也? 」

「聖川か! 無事か? 」

「まあ、なんとかな! 」

「よかったぁ」

そう言えば、日野よ戦い終えた後に森から抜け出した俺はあの後何していたんだろう?  そう考えているうちに聖川は俺にあの事件を.語ってくれた

「本当に犯人を倒したんだな」

「聖川、俺は」

「ああ、それ以上は何も言うな。最終的には自殺したんだろ?ならその通りだ。それにお前が手を下してなければ関係ねーじゃねーか? 」

聖川は多分戦う時点で気づいていたのだ。どんな理由があれゲームならば殺人に問われることもないってことも。

「実はな、聖也に伝えなきゃいけねぇことがある」

「ん? どうした? 」

「まだ世間には出回ってねぇ情報だから誰にもいうなよ? 」

「ああ」

俺は聖川がなぜそれを知ったのか疑問だが、次に聖川の口から言われたことはとんでもないことだった。

「この事件はピースクラエルに手引きされた関銀組が裏で手引きしていたらしい」

「えっ、どういうことだよ! 」

誰でも一度は聞いたことある指定暴力団の極道こと関銀組が母子連続殺人に手を貸していた。それだけじゃない、ピースクラエルって奴にも繋がっていたんだ。俺はこの時察してしまった。

「そう、関銀組には日野に手を貸した移動系の参加者とあいつを殺した参加者がいるってことさ。マスコミに防犯カメラの映像と取引して教えてもらったから間違いねぇ」

殺人鬼の次に暴力団、そして裏で手を引いているのはピースクラエルという七海さんより上の立場の人だ。このゲームは本当にやばいのばっかりだな! あんたら人選やばすぎでしょ! ?

「本当なのか? 」

「ああ、間違いねえ。それとな他の事件も裏で支援していたのは若頭だ」

「つまり、関銀組の若頭が仕組んだ殺人鬼ってことか?」

「そうだな、まあ詳しくは学校でな! 」

「ん? 学校? 」

「え? お前さ、今日普通に平日だろ? そんじゃあな! 」

「あ、ちょっと待って! 」

俺は聖川から通話が切れたので急いでスマホ画面を時刻表示にして見る。今の時間は七時半。やべっ遅刻だ! 俺は急いで風呂から出て着替えることにした。

「あ、聖也くん。もしかして学校行くの! ? だめでしょ? 今日くらい休んでも」

「違うよ、ななくん。お兄ちゃんって皆勤賞なの」

「七海さん! 勝手に親に連絡しないでくださいっ!危なく皆勤賞取れなくなってしまうじゃないですか! 」

「ごめんごめん」

七海さんは俺に軽く謝った。そして俺は入り口で待ってるみことと七海さんの三人で登校した。ふと都会すぎる景色を楽しみながら歩いていると、ん? そういえばここってどこなんだ? 俺は何も気にせず街の様子を見ていたが、よく見るとビルが多すぎて整備されたコンクリートの地面がある。

「ところで七海さん? そういえば、ここってどこなんですか? 」

「あれ、そうか言ってなかったね。表参道だよ」

「それを早く言ってください! もう行ってきます〜」

すごい都会すぎてびっくりした!同時に俺は表参道から小金井まで急いで行かないと間に合わないと気づいて駅までダッシュした。

「「行ってらっしゃい」」

みことと七海さんが俺に向けて思いっきり手を振って見送ってくれた。

この後、実は九時登校になった学校に間に合ったから俺は皆勤賞を守れてどっしりと椅子に疲れて物思いにふける。

「今があるから未来がある。だから今日も生きようぜ! 聖川」

「ああ、って授業前に言うセリフじゃねー 」

俺と聖川は何気ない日常を過ごしていく。寧々も七海さんもみことも兄貴も父も母もみんな大切です。こうして再び不穏な影が来るかもしれないが、今日も何気ない充実した日常が過ぎていくであった。

残り参加者六十五名

母子連続殺人事件犯人死亡から翌日のこと

日野家は父親が逮捕され母親は実名を晒されてしまった。そのため、日野妻は夫と離婚して田舎に帰った。神無月家は父親が ネットによる拡散や中傷を受けて会社の退職を余儀なくされ、母親は心身ともに疲れて痩せ細った。また、神無月家は名前も知らない誰かによる大量の悪戯の被害に遭ってしまった。いたずらによるピザの大量注文や警察への偽の通報。玄関前にはゴミの不法投棄によって置かれた大量のゴミが袋から切り刻まれて玄関前に散らばっている。さらに近隣住民までもが壁に落書きされるという嫌がらせ行為の連続が続いた。その日の朝、神無月の母は毎日の悪戯に疲れ切っており、今日もゴミの掃除と壁の落書きを落とすために、家の玄関前まで掃除をする。

「美菜乃。守ってあげられなくて本当にごめんなさい」

母は心身ともに疲れ切っていた。父も会社をクビになり、今は両親共にパートを複数持って日銭を稼いでいる。しかし、通報された事も多く、雇ってくれるお店も少なかったが何とか知り合いに頭を下げて雇ってもらった。

(娘が死んだって私たちは生きていくしかない)

もう娘が自殺して三年が経つが母子連続殺人のせいで娘は再び世間の晒し者となった。そんな時、一つの花束を目撃する。一面、ごみや落書きだらけの家の前に白い紙に包まれた美しいカラフルな複数の花が置いてあった。美菜乃の母は美しい光景にガクンと腰から崩れ落ちて涙する。

「え? 花束がこんなに。どうして? 」

スイッチが間違えた方向に押されたとしても、命を落としてしまった彼女を本当に心配する人もいるのだ。例え世界が間違った方向に進もうとも誰か一人が正しいと信じればやがて世界は変わるのかも知れない。これは一人の女の子が愛した男と子供の三人が本来の幸せという結果に導くスイッチだ。

ふと母は三年前のある出来事を思い出した。

「ねぇ。お母さん。私、この子の名前決めたんだ」

「美菜乃?何を言っているの? 」

「分かってるよ。お母さんの言う通り、私とれいくんにこの子は幸せな家族にはなれない。でも名前は付けたいんだ」

「そう。それで名前は何て言うの? 」

「演奏の奏と書いて。かなで! 」

神界

「人生には幾つもの試練が課される」

一面真っ白で何もない空間には神がいた。神は白い煙に人影のようなものを姿と捉えている。だが、今日の神は女性のような姿だった。服装は金飾りをしているような容姿端麗で絶世の美女と思われるクレオパトラのような顔だ。全身は煙で白いため分かりにくいが、このように変幻自在に姿を変えられる存在こそが神なのかも知れない。その神の背後には人影がある。だが私には見えない。

「そうだな。その試練を乗り越えた先には希望か絶望が待っている」

人影は神の問いに答え、すらりと神の前に立つ

「かつてのそなたのようにか? 」

神は残酷な声で人影に問う。人影は不気味のような表情で笑い、いつものように

「そうだとしたら? 」

挑発するように神の問いを躱す。人影は準備運動をするように屈伸やブリッジをしている。

「はぁ。そなたという者は」

神は呆れてため息をつく。神は再び話を続けた。

「そなたは功績が認められて、私の後継者として選ばれた。皆が望む正しい理想となるのだ」

「だから興味ないよ。神なんて終わりがない世界を見るなんて退屈じゃないか? 」

神は影に理想を説く。かつて神になりたいと思った男は死んだ後もなお理想を求めた。その結果、答えが得られることはなく、ただ抜け殻のような存在になっても中には強い信念はあった。男は理想になりたい。ただそのために必死だった。知識を学び、肉体を鍛え、心を保ち続けた。結局は理想という存在になれなかった男は大罪を犯し、死を迎えることになった。それが私だった。

「色々あったな」

「ああ、色々あったよ」

「あの時の儀式の遂行大変だったがご苦労だった。真野聖也」

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ナナトゥ-72 柚子七斗 @yuzunanato

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