ナナトゥ-72

柚子七斗

高校生が憧れた英雄大学生

第0章 君とあなたの出会い

ずっとずっと昔のこと。世界は争いが絶えず滅ぶ危機に直面した。だが、平和を目指すために立ち上がった一人の人間がいた。その人間は、知恵を求めており、人間は、何故、他人を貶めてまで自分の私利私欲を満たそうとするのかと考えた。その人間は、諸悪の権現の一つと思われる貴族をこの世から葬り去り、やがて世界の王となった。そして.その人間は世界の王となり.民を幸せにし続けた。だが、それは見せかけの幸せに過ぎないと彼自身も感じていた。そして、彼はある結論に達する。


「そうだ! 本当の幸せを作り出せばいい。争いの末に生まれた絶望の先に感じる幸福こそが幸せなのだ」


その後、彼の存在は後世にも残らなかった。名も姿も形も何もかも残せず消えた。ただ残ったのは儀式のみ。これが儀式の始まりである。


その数千年後


あたり一面の白い空間。だが、地は雲のような形をしているが、硬さは岩以上で地平線のように平らに広がっている。そこに、白い空間が黒に侵食される程の黒い八芒星の魔法陣が出現した。その魔法陣から放たれる黒い光は、白い空間の最上部まで届き、辺り一面を黒く塗りつぶす。その魔法陣から、天をかけるように謎の馬車がこの世界に抜け出していく。白い馬を連れた、金色の薔薇が一面に描かれたドーム状の馬車が現れた。その馬車から降りたのは、金色で鬼のような鋭いツノがあり、右側か黒く、左側が白いフェレットだった。フェレットはテクテクと人型の形くらいの大きくなり二足歩行をしてきょろきょろあたりを見渡す。


「クゥン、クゥーン」


(なぜだ。なぜ? ここは神殿だ。そんなありえない。なぜ私はここにいる)


フェレットは驚くように鳴き声を上げる。


「おえっ、なんだよこれぇゲボッ」


次の瞬間、フェレットの口から煙が吐かれた。


「ハァハァ、あれ?喋れるようになってる」


煙は、みるみる姿を変えて、その生物の二倍くらいの大きさの姿となる。そこにはこの世のものとは思い難いような、信じられないような生物がいた。この生物は、目の前には鋭い目をし、全身が白い煙で構成されている筋肉質の男性のような姿だった。世界中の生命が萎縮するほど、恐ろしい圧倒的なオーラの様な波動を放つ。髪は、白髪の短髪で、右目がレモンのような黄色、左目が、黒曜石のような黒色の鋭い目を持ち、口にはあらゆるものを噛み砕くような、鋭い牙が四つ生えているのが特徴だ。服のようなものは着ておらず、全身真っ白だ。爪はダイヤモンドのような色と硬さをして一メートルほどあり、その先端はレイピアに似た形状だ。この生物はこの世のものとは思えない快感を満たす声を発する。


「そなたよ。これまでの活躍を見ていたがご苦労であった。そなたの事は鏡を通して見ておった。そなたは数多ある試練を乗り越え罪を負った。その末にたどり着いた答えを聞かせて欲しい。もし答えがなければ、その時は」


「はい」


白い煙の生物は無情なトーンでフェレットに問う。その生物の感情も思考も読み取れない。フェレットは知った。右側は黒く、左側が白い。それは自身が生涯で得た善行と悪行ということ。白は善行。黒は悪行。そしてツノはおそらく二つから生まれた罪の重さなのだということだ。フェレットは怒りが高まり、やがて後悔へと繋がってしまった。


「うわあああああああああ。やめてくれ。やめてください。許してください。どうかどうか許してください。うわぁぁぁぁぁ」


(その時、私は知ってしまったのだ。私は死んでしまった。そして白い神殿には私と白い煙の生物。人に見えて人ならざる力を持つ。あれこそが本物の神なんだろう)


そう神だ。白い煙はみるみる大きくなり変容し天井十メートルほどの高さまで巨大化した。その姿は人から変容し、白い羽が特徴の天使のような翼と黒い歪な形をした悪魔のような翼を背中から右側が白い翼、左側が黒い翼えおそれぞれ二本ずつ生やす。身体は血のように赤く染まった竜のような姿だが尻尾はエメラルドのように緑のランスのような形をしている。目は変容前とおなじく黄色と黒のオッドアイだが、鼻はまるで天狗のように長く、耳はネズミのような形で耳の最上部には右耳が白い鬼のようなツノ。反対に左側が黒い鬼のようなツノが生えていた。


「どうした? 早く答えを聞かせろ」


神は牙の間からよだれを垂らし歯を何度も噛む。フェレットはビクビクするが一瞬落ち着くように深呼吸をすると、大声で叫ぶ。


「ありません! 」


フェレットはは自信を持つかのように強く誇らしげに叫んだ。


(答えなんてあるわけがない。むしろ私の方こそ知りたい。なぜ、あの方は死を選ばなきゃいけなかったのか? なぜ、多くの人が死んでしまう未来を神が導いたのか? ってそれはこっちが聞きたいわ! )


神は難色を示すかの表情でさらに質問をする。


「そうか。答えが出ないか」


「はい、答えなんてありません。むしろこっちがお尋ねしたい限りです」


神は一瞬、口を開けて驚いたような表情に見えたが表情を戻し話を続ける。


「なんだ? 言ってみろ? 」


「なぜ? 人は争うを避ける方法を選び続けないのですか?神ならその方法に導くこともできたはずです。なのに、なのに、あなたはどうして? 」


フェレットは涙を流し、怒りに身を任せ地面にツノを刺す。


パリッ


「痛っ」


地面は硬くツノは上部が砕け、半分に折れてしまった。


「それを知ってどうなる? 」


神は話を続けた。フェレットは先ほどの痛みで逆さまに寝転び倒れ込む。やがて痛みは引き、フェレットは二足歩行で立ちながら、怒りに身を任せて言う


「あの惨劇の原因があんたかも知れなかっただろ? もし神だったら下界にも現れたり、不思議な力でどうにかできたはずだ。それなのに何故なにもしなかったんだよ! 」


フェレットは神の腹に飛び乗った。


「くらえっ!あんたのせいで、あんたのせいで」


神は振り払おうとするが、フェレットは必死に折れたツノを神の腹に刺して、我を忘れるほど刺しまくる。


「時間切れだ」


神は腹にしがみついたフェレットを右手で掴み、デコピンするように指で弾き飛ばす。


「ギャア」


フェレットは白い空間の中だが、かなり遠くにはじき飛ばされた。そして地面に転がり続け、止まった時には


「ぎぁあああああああああああああああ」


全身の骨が折れてしまったような痛みだった。フェレットは身体を微動だにせず仰向けのまま大の字になっている


「答えがないなら仕方がないな」


神は一瞬でフェレットの前まで近づき、爪を刺す。血は出ないが、魂の何かに触れたような痛みはあった。身体の中にある丸いピンク色のダイヤモンドが傷つくようだった。


「ぎゃああ」


フェレットは痛みで意識が朦朧としている様子だった。怒りに満ちた表情で神を睨む。


「この人殺しが! 」


「ほう? 」


神に向けて吐き出す。今、フェレットに向けて傷つけた何かはおそらく生前でいう魂のようなものだろう。そして骨や筋肉もないがピンクの丸いダイヤモンドが死者にしては身体の核みたいなものなので、ダイヤモンドが欠けるたびに痛みが生じるようだ。


「ふむ、何をいうか? それはそうと、そなたから提示された質問の答えを伝えとこう」


神はひょうひょうと話を続ける。まるでモルモットを見ているような怖い目だ。


「人は争うことによって、幸せを感じ成長する。つまりあの惨劇は必須だったのだよ」


「なんだと? 」


フェレットはかつての光景が蘇った。大量の死体が浮かぶ川と血の雨。無数の槍に刺される兵士、首がない母親の死体と黒焦げにされた赤ん坊の死体が母に抱えらておらず側にあった。そして大切な女性のシルエットが塵になって消えた光景。それらがフェレットのダイヤモンドを傷つける。ダイヤモンドはもう前の半分の大きさまで削られてしまった。神は話を続ける。


「現に人類の叡智は年々成長している。それは争いが生み出した産物だと私は考えるがな」


神は尻尾を身体の後ろから前へ回し、先端のランスをフェレットの口に突っ込もうとしたとき


「でもっ」


寸前で尻尾のランスは止まった。フェレットはまるで子羊のようにビクビク震えている。


「そんなこと許されるはずがない? とでも言うか? 」


「なっ」


神はフェレットの思考を読むように瞬時に返答した。


「はっきり言えば、そなたらが人間が牛や豚を食べるように、我々はより良い人間を作り出すために犠牲はつきものだと考える。どう言う意味かわかるな? 」


神の語り方はまるで正論の有無を言わせないつもりのようなものだった。


(それより我々だと?まさか神が他にもいるのか? )


「クゥン? 」


フェレットは何かを察したように話を続ける。思考を読まれる今は神にとって道楽の一種に過ぎないのは確かであった。


「つまり、神にとって私たち人間は豚と同じように下位生命体だから何人死のうか構わないと? 」


私は確信をついた。だが神は何か深い意味を考えるように首を傾げる。


「いや?そこまでではない。ただ、良いものを作り出すためなら、犠牲はいくらでも出すということさ」


その発言は神そのものである。


(こいつ、つまり人間の愚かさを利用して良いものを作るためなら何人死んでも構わないっていうのか? 例え、子供でも。いや待て? )


フェレットは黙り込んだ。思考を読まれていれば話すのは無意味。もし読んでなくても伝えれば死より辛い苦しみを与えられてしまうのは間違いなかった。


「それに戦争を起こしたのは神じゃなくて人間自身さ。人間が止められなかった責任を神になすりつけた。そう人間の責任なんだよ。何か不都合があった時、なにもかも他人に責任をなすりつけようとするのが人間さ」


フェレットはビクッとした。もう死んだが、それでももう一度死んだような痛みだ。ダイヤモンドはもう碁石程度の大きさでしかない。

「そうか。そうだったんだよな」


(ああ、私は気づいていた。全て人間が起こして人間が望んだ結果だった末路なんだ)


「全部、私たち人間のせいなんですか」


フェレットは涙を流す。


「ああ」


「じゃあ、私はどうすればよかったのですか? 神様」


もう認めるしかなかった。あれは神様。全治全能の唯一無二である神様だ。フェレットは傷が引いたようにゆっくりと立ち上がる。まだふらつくがそれでもなお一生懸命立ち上がった。


「答えはただひとつだ。大罪により天国にも地獄にもいけないそなたにはここ神界で働いてもらう」


神は尻尾を地面に叩きつけると、地面には深い亀裂が生じ、中から白い板を出現させた。そして今度は翼を神の頭上に覆わせた。翼の中から地球に似た球体を出した。


(凄い。まるで本物だ)


その球体は地球そのものだと感じられた。フェレットには細かな微生物のような動きが察知できたのだろう。神は話を続ける。


「神界で働くのには二種類ある。一つは死者の管理、もう一つは重要な仕事である生者の管理だ。ほれ? 」


「うわっ、なんですか! 」


神は尻尾で球体を指す。神の力か分からなかったが、人間の行動がスローモーションで見える。高度な建物に変な文字が書かれている。


(魔法ではない?これは私たちの犠牲の果ての進歩なのか? )


「ここは渋谷だ。そなたが生きていた時代から約三千年もの月日が経った世界だ」


(信じられない。人類はこれほど進歩していたのか)


放課後三人組でタピオカを飲む女子高校生。満員電車に乗るサラリーマン。看板前で動画を撮る眼鏡をかけた男性。その様子を撮影するテレビ局のスタッフとアナウンサー。フェレットにとっては見慣れない光景だったのだろう。でも分かる。この世界は平和そのものであり、理想卿なのかも知れないと三千年前の人々なら誰しもそう思ったに違いないのだ。

「どうだ? 平和だと思うか? 」


神の不思議そうな問いにフェレットは感無量のように


「はい! 神様! 」


フェレットは頷いた。だが神の返答は予想外だった。


「残念ながら違う。時代が変わっただけで人間の本質は変わらなかった」


神はこの時代の人間に呆れるようにため息をつく。しっぽをゆらゆら揺らして、少しだけフェレットの上空をぐるぐる飛び回った。空は一面真っ白なのですぐに神の存在を確認できた。


「表面上は争わなくなっただけ。ただ裏は濃く醜い争いばかりだ。かつての過ちを受け継がれていないのだ」


「神様」


フェレットは神様に同情してしまった。過ちは受け継がれなければ惨劇は後世でも続く。


(どうもできないのか? )


神様は急に優しく宥めるような声で語りかけた。


「そのためだよ。死者の管理は天界で行うが、そこは人が足りておる。そなたには生者の管理をして貰う」


「生者の管理ですか?」


フェレットは理解できず首を傾げる。神は詳細を話そうと順に説明し始めた。


「そうだ。とは言っても災害を起こしたり、人口や技術の発展に力を入れたりするのもすでにいっぱいだ。そこである儀式を管理して貰えないか? 」


それでもフェレットは神が何を言っているのかが理解できなかった。


「儀式とはどう言う意味ですか? 」


フェレットはは恐る恐る神に尋ねた。神は一旦


「めんどくさいな」


そう言いながら、儀式について詳細に説明した。フェレットは真剣に話を聞いている。


一時間後


「と言うわけだ。そなたは出来るか?」


(そういうことか。私は全てを知った。それを儀式と言う形で伝える。それが私の償いなのですね。あの方もきっと喜ぶに違いない。今頃あの方は天国にでも行っているかも知れない)


「見ていてください」


フェレットは両手で拳を作り、拳をぶつけ合わせた。


バンッ


少し腫れたが、それでもフェレットには覚悟があったのだろう。


「儀式については私が支援しよう。ただやり方は全てそなたに任せる。儀式を無事に達成できた瞬間にそなたは答えを得ることができよう」


「はい! 神様! 」


白い空間に神殿が出現した。黒い魔法陣は神殿を包み、白い扉だけを残した。次の瞬間には白い扉が開かれた。その先には、綺麗な街並みがある。


(でも私の時代よりは進んでいるな。渋谷という街よりは古い街並みのようだが、それでも大きい。そこは後に聞いた話だがイギリスというらしい。フェレットは人の姿に戻った。服装は白い布を羽織っている。彼が扉の前に立つとみるみる扉が彼を吸い込んだ。最初は足から胴体。そして顔が吸い込まれそうなときに

「最後にお主の名はなんだ? 」


彼は神に自分の名を教えた


これが私の始まりの物語だ。私は問う。答えは出たのか?と。


現代


世界は日々変化し移り移り変わる。時は無情にも進む。その先にあるのは希望か絶望かは神のみぞ知る。


「はぁ。今日も雨か」


窓を見れば、一目瞭然だった。七階からでも聞こえる雨音は人を憂鬱にさせるものだ。もう夏だというのにここ三日間ずっと雨が降り続けている。男はソファーに寝ている。黒いウルフカットが特徴で顔立ちは整っており、目はキリッとした二重瞼で、鼻はスラっと形が整っていて、唇もシュッと整っている。世間では芸能人レベルのイケメンと言われるくらいの分類だ。彼は白いTシャツに黒いジャージを着ている。男の部屋には赤い高級そうな二人用ソファーと高級木材を使ったテーブル。最近買った大型テレビがある。他にもモデルや執筆の仕事で使う最新型のノートパソコンやスケジュール帳、最新ゲーム機が置いてある。


ピンポーン


(誰かが来たようだ)


とは言っても、この家を教えたのはあの子だけだ。男はインターホン前で返事をする。


「すみませーん、出前頼んでないんですが」


男はふざけるようにインターホンの前で演技する。するとインターホン越しでいつもの声が元気な声が聞こえた。


『もう、七海お兄ちゃん。ふざけないでくださいっ』


「あはは、ごめんごめん」


いつもの女の子が現れた。彼女の名前は真野みこと。可愛い大きな目とショートカットが特徴の中学三年生だ。七海こと双葉七海(ふたばななみ)はとある出来事で彼女の家族と仲が良くなり、今も家族ぐるみで付き合っている。インターホンのカメラから見れば、女の子は中学の制服を着ているようだった。白いセーラー服にグレーのスカート。


「からかったお詫びに出前頼んでくださいね? 」


みことのスマイルと両手を合わせてお願いする仕草は相変わらず効果抜群であった。


「嫌だと言ったら? 」


「ここのことお兄ちゃんや学校の人にバラしちゃいます」


みことは平然と言った。七海も諦めて部屋に通すことにした。


「分かったよ。家に上がって! 」


銀の長方形にB2から7と順番に並んでいるボタンがある。七海は1のボタンを押して玄関のロックが解除された。


「わーい、お邪魔しまーす」


ドアが開く音が下から聞こえる。玄関には世界中の写真や絵画がずらりと置いてある。それらがなければ真っ白な空間だが、七海が玄関として使用したため様々な美術品を置いたのだ。入り口は木製のボードに土足厳禁と注意書きがあるのでみことは靴を脱ぎ、いつものようにビルにある最新式のエレベーターで七階まで行く。彼女はスマホを操作し上機嫌で最新式のヘッドフォンで大好きなアイドルグループの曲プレイリストを流しながら足をパタパタ動かしている。


「お兄ちゃん!会いたいでちゅか〜? 」


エレベーターの音声が七海のノートパソコンから聞こえてくる。突然、赤ちゃん言葉で接してきたので一瞬イラッとしてしまった七海だが、


「ああ、会いたいよ。みこ」


パソコンでエレベーターのスピーカーに接続した。七海は得意のイケメンボイスで返事をする。七海は一瞬ドキッとしたが、ちゃんと倍返しをするようにグッと握り拳を作る。今頃、みこちゃんは赤面だろうな。


「やられたらやり返す?でちゅか〜? 」


「なっ」


「ななくんのことは、お・み・と・お・し・デス」


エレベーターのモニターを見ると、みことは右手の人差し指を唇に近づけて、ニコッと微笑んだ。七海は悔しそうに頭を深く抱え込む。

このビルは現在、七海の家である。このビルは渋谷区にある7階建てのビルでB2はモニター室、B1は大浴場、1階は玄関、2階は応接間、3階はオフィススペース、4階は書斎、5階は娯楽スペース、6階は客人用部屋だ。エレベーターが止まる音がしたので7階の入り口まで迎えに行く。七海が急ぎ足で歩くと、みことは満面の笑みで右手を大きく振っていた。七海も二メートルほどまで近づくと両手を大きく振る。みことは一気に口元まで近づき、七海の背中に両手を回して抱きしめた。


「七海お兄ちゃん!久しぶり! 」


「久しぶりって毎日電話しているよね? 」


「でも会ったのは久しぶりじゃん!どう?大人っぽくなった? 」


みことは女性の平均よりかなり大きい胸を七海の身体に押し付ける。七海も理性を保とうと身体をすり抜けるように避ける。


「もう、俺を誘惑したって意味ないぞ。そういうのは彼氏にやりなさい! 」


七海は良い兄のようにみことを叱る。みことは頬がリスのように膨らみ、再びグッと抱きしめた。


「いいもん。別に」


彼女は少し弱々しい声で呟いた。七海も困ってる表情になる


「いや、俺と毎日電話してたら、彼氏できた時、困るよ? 」


「それは大丈夫。私、好きな人には毎日アプローチしてるから」


「え? 」


突然、真っ白になった。みことの家族とは知り合ってもう四年経つ。特にみことに関して言えば七海は命の恩人だ。七海は納得した。


「みこちゃん、もしかして俺のことが好きなの? 」


「うん」


みことは静かにこくと頷いた。先ほどの活発な動きとは反対に静かな返事だった。これが本当の真野みことだと七海は知っていた。みことは家族や友達とはとても仲が良く、容姿も性格も比較的完璧に近いことから男女問わず人気者だ。ただし、実際は違う。四年前に七海とみことが出会った事件以来、彼女が一生懸命に可愛く、そして強くなれるように努力し続けた人間であると七海は知っていた。それは、何の為か今まで七海も分からなかった。人の役に立つ人間になりたいとか、単純に可愛くなりたい、頭良くなりたいとか単純なものだと七海は思っていた。だが、みことの気持ちを聞いたとき全てわかったような気がした。


「もしかして、四年前から突然イメチェンしたり、フレンドリーになったのって? 」


「七海お兄ちゃんに好きになって欲しかったからだよ」


みことは下を向き、心の奥底にある気持ちを吐くように言った。


「みこちゃん」


七海は名前を呼ぼうとしたとき


「だって、私が努力しなければ七海お兄ちゃんの彼女に相応しくないってずっと思ってた!そのために可愛くなろうとおしゃれやメイクを頑張ったんだよ! 」


「みこちゃん」


本気だった。みことの頬は、すでに目から出る涙によって、川のように氾濫しているため、頬は対照的に真っ赤だった。


「それだけじゃない。勉強だって頑張った。私、七海お兄ちゃんの大学の附属高校に行くことにしたよ」


「え!みこちゃん本気なの 」


「本気だよ!この間の模試でB判定だったし、このまま勉強すれば私たち毎日会えるよ! 」


みことは両手拳を組み胸の前に抱えて告げた。七海はみことの言葉が信じられず呆気に取られている。七海が通う青野学院大学は渋谷にあるが、何しろ偏差値六十あるためかなりの難関大学だ。その附属高校でも難関には変わりない。


「みこちゃん、気持ちは嬉しいんだけど。君はまだ中学生だし。それに歳が六才差なんだよ」


七海はみことの前で両手でバリアを作るように前に出す。


「歳なんて関係ないよ!私は七海お兄ちゃんが好きなの! 」


みことはバリアを避けるように七海が両手で作ったバリアを両手でどかした。そして両手を合わせて握手する。


「あとお父さんとお母さんは、七海お兄ちゃんのこと気に入っているから両親公認だよ? 」


「なっ! 」


みことは何が何でも諦めないようだ。


「分かった。どうせ隠しても、みこちゃんなら俺の気持ちもすぐにバレそうだし、ハッキリ言うよ。覚悟はいい? 」


七海は覚悟を決めた。一旦深呼吸をした後にみことは七海の正面近くの距離まで立ち、こちらも深呼吸をする。


「うん」


覚悟の決まったかのような返事と両手を胸の前で組む彼女はまるで試験の合格発表を待つようなものだった。


「俺も好きだよ。ここずっと、みこちゃんと一緒にいて楽しかった。もし俺でいいなら付き合おう! 」


その慎重だが気持ちが一言一句こもっている告白だった。


「はい! よろこんで」


みことはすぐさま元気よく返事をした。彼女はまた俺の元に抱きついてきた。


「けど、ご両親にはちゃんと言ってね? 今度、挨拶しに行くから」


七海は笑顔で美琴の顔前で注意する。しかも以前より抱きしめ方が強くなっている気がしている。


「分かった! 七海お兄ち...」


みことの口が開いたまま止まっている。


「ねぇ、これからさ。ななくんって呼んでもいい? 」


「ん?どうして? 」


「その、彼女だし。お兄ちゃんは変かなって? 」


「分かった。そう呼んでいいよ! 」


「ななくん。大好き! 」


エレベーター前でいちゃいちゃしてたので、七海はみことと一緒に自分の部屋に行くことにした。これから続く二人の物語がやがて運命を変えてしまうとはこの時はまだ知らなかった。守るべきものを守り、失うものは失った。そして、彼はある少年に自分の願いを託すことを決意した。


「君が主人公だよ。さぁゲームを始めよう」


これは高校生が憧れた大学生が極悪ゲームマスターだったお話である。


一ヶ月後 立川第十中学校 校舎裏


「先輩大好きです。付き合ってください」


「えと、冗談ですよね? 」


ミディアムマッシュヘアが特徴の真野聖也は、よく同級生や後輩に可愛いと言われる。まつ毛が長く、細くて長いがぷるっとした唇に、女性のような可愛い目に身長が百六十センチ前後で細マッチョだが何故か男性にはよくモテる。その彼が、ついに女性から告白されたのだった。それは立川私立第十中学校の校舎裏でのことだ。真野聖也は。月に一回行う母校の中学のテニス部に特別臨時コーチという身分で。母校の中学にテニスコーチをしている。母校のテニス部は、相変わらず男女両方とも弱小テニス部である。だが、聖也は中学三年生の時にシングルスで都大会ベスト八まで進出した。この件で、この立川第十中学校のテニス部員からは唯一プロに匹敵するかも知れないという程、同級生から後輩までに英雄視されてしまった。しかし、部活はやりがいはあったが何か物足りなかった。そのため、高校はスポーツ推薦では行かず、都内にある偏差値五十五の新宿第二高校に通っている。表向きは、男子は黒に近い紺の学ランと女子はブレザーと灰色のスカートの制服だ。今日も聖也は制服を着ているが、学ランなので周りから普通の高校だと思われる。だが、新設されたばっかりだがグローバル教育が優秀で海外の大学や留学制度が整っている国内の大学進学には強いため、いわゆる国際色が高い普通の高校だ。そんな高校に通う聖也は学校内でもトップテンに入るほど成績は良いが、異性としてはモテたことがない。だからさっきの告白も空耳かと思ってしまった。そんな聖也にこの可愛い顔立ちでぱっちりな目と癒し系な仕草が特徴の女の子が目の前にいる。そう黒髪ポニーテールを黄色と白のストライプ型リボンで髪を結んでいるテニス部員こと神田寧々(かんだねね)が聖也に告白した。モスグリーンの長袖ジャージに立川十中と学校の名前が背面に入っている。


「 リピートアフターミー? 」


「先輩?私のこと舐めてます? 」


寧々はキレ気味な口調で返事をした。さっきまで可愛く告白していた表情ではなかった。聖也は英語が下手だ。聖也は学校内では国数社理は学年トップ二なのだが、英語が学年百五十位中百二十位という散々な結果を出し続けている。それゆえに下手どころではなかった。


(とりあえず謝っておこう)


「ごめんなさいっ! 」


聖也は、社会人のように直角に上半身を曲げて丁寧に謝った。寧々は慌てふためいて困惑した表情になっていた。


「え?先輩どっちの意味ですか? 」


(そんなの下手な英語だけに決まってるだろ!)


聖也は、頭を下げ続けながら、心の中で主張した。

寧々は、学年でトップクラスの可愛さを持つ女の子とテニス部で話題になったことがあるくらいだ。一方、聖也も学校でトップクラスの可愛さを持つ先輩として有名なのだ。だが、聖也は高一で寧々は中一。


(正直、ただの後輩しかに見れないんだよな)


「ごめん、気持ちは嬉しいけど」


「え?先輩、嘘ですよね? 」


聖也は両手を胸の前で合わせて、目を閉じて手の動きを強調するように一生懸命に謝る。聖也が目を開くと、寧々のまぶたから洪水のように涙がこぼれ落ちてしまっていた。


「先輩ひどいです。私、先輩のこと好きなんですよ。先輩が私の初恋です」


無邪気な笑顔が失恋に犯されてぐちゃぐちゃになる。聖也は罪悪感を背負ってしまいそうだった。


「寧々?大丈夫だよ。寧々はかわいいからきっと大丈夫!」


聖也は、寧々の頭を右手で優しくポンポンした。寧々はダムの洪水のように泣きまくる。すると校舎裏でいつもは誰も来ないはずなのに、とあるニワトリヘアーのような黒モヒカンのヤンキー男子中学生発見されてしまった。


「おい、誰かきてくれ!うちのアイドルが虐められてるぞ! 」


「ち、違う! これには深いわけが」


ニワトリヘアの中学生は、かけはやに去ってしまった。聖也はこの時まだ知らなかった。寧々は、この学校トップクラスの権力を持つほど可愛いということが、どれほど恐ろしいのか。寧々は涙が止まらないが落ち着いて話せるくらいにはなったみたいだった。


「先輩は知らないと思いますけど、小学生の時はいじめられっ子だったんですよ。でも一年前にお姉ちゃんと一緒に先輩の都大会を見たんです。本当に感動しました。周りの強豪校のブーイングにも負けずテニスで堂々と戦い続けた先輩の姿勢に救われました!その日から私は先輩みたいになるためにテニスを始めました。そして、いつか先輩に追いつくように! 」


寧々は強くはっきり言った。その表情には何かを決意したかのような表情があった。


「寧々。俺はき...」


ドタバタ ドタバタ


地震のような足音が聞こえる。足音の正体はここに向かって走ってきたのですぐに分かった。

聖也はあわてて周りを見てみると、すでに五十人ほどの男子中学生に囲まれていた。


「なんじゃこりゃあああ」


聖也はあまりの衝撃と男子中学生の恨みの視線から、尻餅をついてしまった。


(ちょっと待て。寧々ってここまでファンがいるのか?もしかして告白断ったら俺の命ないんじゃね? )


「先輩、チャンスをください」


聖也は寧々が周りの視線を無視してまで告白しているのに大きく開いた口が閉じないほど驚いた。その瞬間に寧々が言ったことは


「私が二週間後の新人戦で地区予選優勝したら付き合ってくれませんか?」


(それってかなり難易度が高いよね? )


「もういいよ。寧々。付き合おう。大好きだからさ」


「ダメです!先輩は昔言いましたよね? 男に二言はないって」


「ぐっ」


(違う、今すぐ告白受けないと俺の命がないんだよ)


「でも、寧々の気持ちは有難いから付き合いたいんだけどなぁ〜? 」


気づくとドンドン人が集まってきた。しかも、今度は女子グループもいる。その数は百人を超えていた。気づくと小声でヒソヒソ外野が呟いているのが聞こえてしまった。


「誰か〜寧々たんを泣かした奴を吊し上げてくだせぇ〜」


「やだ、真野先輩が寧々を泣かしたんだって」


「信じられない。でも真野先輩ってめっちゃ可愛い見た目してますけど、男なんですね〜」


「寧々さんを泣かすなんて許さない! 」


「真野先輩って寧々の告白を断るなんてどんな神経してんの? よし晒そ」


「じゃあ、俺も! 」


「「「「僕も」」」


「「「「「「私も」」」」」」


百人以上がメッセージアプリを交換しあっている。もう、何がなんでも引き受けるしかない。確かに寧々は一年生の中では一番テニスが上手い。だけど他校に比べたら正直厳しいだろう。でも寧々がそこまで言うなら絶対に諦めないだろうと聖也は冷や汗をかきながら感じてしまった。


「わかった!そこまでいうなら」


そういうと寧々は聖也の目の前まで近づき、一歩間違えれば唇に触れそうな段階まで近づいてきた。


「ありがとうございます先輩!大好きです! 」


寧々はそう話すとくるっと反対側の方向に向いて去って行った。百人以上の中学生は寧々の気持ちが届いたと感じたようなので寧々の後ろをついて行った。


「この学校怖すぎる」


「ん?なにか言いました? 」


聖也は、もう二度と母校の中学に来ることはなかった。その夜に様々なアプリやサイトに自分のことが書き込まれてなかったので一安心していた。

これは俺、真野聖也が英雄になった始まりの物語である。その後、寧々は地区予選を優勝して俺たちは結ばれた。

第一章 極悪ゲームマスター

半年後 三月二十一日

相変わらず寧々は部活で忙しい。真野聖也はいつも通りラノベやテスト期間で溜まったアニメを消化していた。中学の時は小説やドラマが大好きだったが、妹のみことが恋愛ドラマをお勧めしまくったせいで、聖也は恋愛色が濃い昼ドラより非現実的なアニメや漫画を見るようになった。両親が共働きであり、兄の大和は大学生になったので一人暮らしをしている。この街に帰ってくる事は月一程度だ。その関係で実際ほぼ聖也と妹の二人暮らしみたいなものだ。その妹は中学を卒業し春から英雄がいる大学の附属高校に通う。英雄こと双葉七海だ。双葉七海は勇者ではないし、別の魔王を倒したってことでもない。聖也にとっての英雄は理想や憧れみたいなものだ。イケメンで優しいし、運動神経や成績がよくお金を稼いでいる。まさに双葉七海は皆の理想だった。英雄と妹は人生において勝ち組に近いと聖也は感じていた。英雄は青野学院大学(あおのがくいんだいがく)に通って妹は青野学院付属高校だ。青野学院大学とは渋谷の表参道方面にある都心の大学だ。そこにいる大学生は渋谷にキャンパスがあるという点からしておしゃれな人が多く、カップルが多いと聖也は親友から聞いていた。その勝ち組カップルは今日も英雄さんの家に行っているようだった。妹が英雄さんこと双葉七海さんの家に行く時はいつも置き手紙をしている。置き手紙と言ってもルーズリーフを掌サイズの正方形に切った形に文字が書かれているだけの単純なもので、


(お兄ちゃんへ。彼氏の家に行ってくるので私の分のご飯は作んなくていい

よ! )


もう誰でも分かることだが妹と英雄さんは付き合っている。五年前の誘拐事件で当時十一歳の妹は犯人に誘拐された。だがすぐに犯人を探していた英雄さんこと当時高校二年生の双葉七海は、真野家の事情を聖也の両親から事情を聞き、彼は犯人を追いかけて妹を背負って聖也たち家族の元まで連れてきた。犯人は森の中で自殺したらしいが、小屋の中に置き去りにされた妹を英雄さんはドアを壊して救った。ただ必死に妹を探し見つけた英雄さんは優しさを感じるように強い抱きしめ方で背負ったと聖也は妹からしょっちゅう話を聞いている。その英雄に救われて以降は、真野家の家族と英雄さんは親交を深めて、今では英雄さんと妹は家族公認で付き合っている。英雄さん曰く、当時は彼女がいたらしいが、方向性の違いで別れて以降は恋愛より仕事や生活に重点を置いてたらしい。


「七海さんって何者なんだろう? 」


ガシャ


そうしているうちに玄関の扉が開く音がした。妹と英雄さんが帰ってきたのだ。


「ただいま〜」


「お邪魔します! 」


妹のただいまが聞こえると同時に聖也はアニメとラノベを片づけた。夢物語の医者は恋したJKを救う、それでも栄光を求めたいラブコメ、ラストスイッチの三作の漫画は聖也にとってお気に入りなので、ベッドの下に隠した。


「よし、うまく隠せたな」


他の漫画やラノベは問題ないが、聖也にとってこの三冊は人生を変えた漫画なので、ベッドの下にある木製の箱に閉まっている。


「これは墓場まで持っていく秘密だからな、特にあの二人には見られたくないし」


急いでリビングに向かうとソファーに座りながら妹と英雄さんが、聖也を待っていた。


「聖也くん! こんにちは! 」


「七海さん。こんにちは! 今日は妹と何の御用でしょうか? 」


(急いでラストスイッチの続きが読みたいから早く帰ってくれないかな)


聖也は心の中でそう願っていた。顔が引きつっているから七海にもわかったようだった。


「なんかごめんね」


七海が放った一言に聖也は


「え、いやいや」


(もしかして心読まれた?)


七海さんは相変わらず英雄だ。というよりは本心は英雄というより神に近いかもしれない。双葉七海は青野大学経営学部の三年生。身長は聖也よりも背が高い高い百七十七センチで顔立ちが整ってていて、黒髪ウルフカットでモード系ファッションがトレードマークだ。今日も黒のジャケットに白いシャツに黒パンツだ。高校二年生のときに妹が男に誘拐される事件があった。その時に妹を犯人から取り返し、真野家まで背負って家まで届けてきた。その時の七海さんは黒いズボンに白いTシャツを来ていたが、土塗れで頬や腕、足にも切り傷があった。犯人はナイフで自殺したことになっている。


(あの時、七海さんが犯人を殺したのか? )


聖也は当時疑っていたが、警察によると妹が監禁されていた小屋は犯人が自殺した森林より遠く、何より犯人は七海さんが妹を救出したことを知らない。ならば犯人は罪の重さに耐えられず自殺したのが警察の判断だった。実際、犯人は他にも女児の誘拐事件を起こしていて、中には殺人事件もあったらしい。全て明るみになれば死刑間違いなしだったのだ。あれから四年以上経ち、当時妹を助けた双葉七海は、その事件を機に人を救った救世主や人柄が良いことを評価されたのかは分からなかったが、インフルエンサーになった。主にイムスタグラムやツルッターで合計フォロワーが八十万人いるくらい有名だ。さらに経営にも詳しく、SNSマネジメントもしている。正直、うちの親が親交を深めている理由としてはこのことが関係してそうだ。社長かつインフルエンサーの双葉七海の年収は億を超えているとも噂もあるほどだ。謎が深い。


「もうー、ななくん!急に家に行きたいなんて言わないでよ」


妹のみことは空気をぶち壊すように手のひらで七海さんを叩くようにツッコム。七海さんも察したようにしんみりした顔から一瞬で笑顔に変化して、声もテンション高いような感じに返してくる。


「ごめんね、みこちゃん! 急に彼女の家行きたいなんて言ってさ」


「う、うん別にいいよ。何か理由があるんでしょ? 」


そう返す妹に英雄さんは恥ずかしそうに赤面している。


「ああ、仕事が早めに終わったからというのもあるけどさ。みこちゃんと二人きりで過ごしたいから」


「でも、家にはお兄ちゃんがいるじゃん。それに久しぶりに会ったんだからデートもしたいじゃん? 」


「あっ、そういうことか。じゃあ、この後映画館でも行こ! 」


「うん!ななくん好き」


聖也の妹こと真野みことは新高校一年生だ。身長は百六十センチで黒髪ショートカットの女の子で目がぱっちりしてて顔立ちが整っている。青いデニムジャケットに白いワンピース、スカートから見える脚と豊かな胸はまさに男子高校生の理想スタイルらしい。読者モデルもしていて中学の時に告白もされているが、好きな人のため断っていたそうだ。みことも随分頑張ってたんだな。今思えば、妹も英雄さんと付き合うために努力していたのだ。そんなことをしみじみ思いながら聖也は遂に二人の間に入った。


「あの〜俺もいるんですけど? 」


聖也は二人が座っているソファーまで移動して間に入る。妹からは兄貴に対する嫌悪感を感じた。英雄さんはニコニコしたまま固まっている。


「聖也くん?ごめんごめん!そうだよね大事な妹さんだからね!お兄さんの前で妹が彼氏といちゃつくのはダメだったね。ごめんなさい」


「いえいえ」


聖也は顔を引きつらせて、複雑かのような心情をしているかのような返事だ。


「むしろありがとうございます。俺も七海さんに会いたかったし、七海さんが五年前の事件から妹を救って以来、七海さんは俺と妹にとっての英雄でした! 妹の気持ちにも答えてくれましたし俺こそ兄として感謝の気持ちでいっぱいです! 」


「そっか、あれからもうすぐ五年も経つのか」


英雄さんは家の時計を見ていた。なぜ時計を見てたのかは聖也にはわからなかった。妹は何かを察したかのように慌てて話題を逸らすようにとをバタバタ顔の前で振った。


「ちょっとお兄ちゃん! しんみりしちゃったじゃない!ななくんもほら!ニコッと笑顔になって」


「う、うん!っ て痛いよ、みこちゃん」


妹は英雄さんの頬を両手でそれぞれ餅が膨らむくらい強く引っ張る。


「ごめん、ななくん!」


英雄さんの頬は餅ぼように伸びていた。妹は右手を英雄さんの頬に当て。彼の耳まで近づいて何かを話しているようだった。


「大丈夫だよ。ななくんは悪くない。ななくんのせいじゃない」


「分かってる。あれは仕方のないことだったんだよね。分かっているけど」


二人は小声でヒソヒソ何かを話している。聖也は何を話しているか気になっていた。ふと聖也は悪いことを思い付いたかのように可愛い小悪魔の感じで歯を出して笑い続ける。


「なぁ、みこと? そういえば七海さんとキスした? 」


「なぁ!」


妹は顔を赤く染めて照れていた。次の瞬間、照れ可愛い表情から鎌を持つような死神になるとはこの時、聖也は思いもよらなかった。


「お兄ちゃん? 何? 喧嘩売ってんの? 」


目がキリッとなり、眉間のシワを寄せ、こめかみのブチギレマークが見えた。


(あっ、死亡フラグだ。これ)


「ごめんなさい!」


聖也はソファーから離れて部屋から駆け足で出て行った。聖也がドアを開けたその時


「2人とも落ち着いて」


七海さんがウルフカットの髪を揺らして二人の間に入る。死神のよう妹と、その恐ろしさに逃げる兄を仲裁する七海さん。


「みこちゃん落ち着いて! 好きだから! 」


七海さんは得意のイケボでなだめる。妹は脚に力が入らなくなったかのように崩れ落ちて、息が荒くなる。


「なな…くん。不意打ちずるいよ」


「そんなぁ、もしかして俺のこと嫌いになった? 」


「ううん、ななくんと一緒にいると楽しいし、幸せな気持ちになれる。大好きだよ! 」


「良かったぁ」


(俺、邪魔かな?)


この二人、兄としては複雑だがお似合いすぎる。お互いに素直な気持ちで通いながら成長していく。多分、理想のカップルとはこのことだろう。聖也も寧々とは何回かデートしているが、聖也は寧々に素直な気持ちを話すことができない。何故だか分からないが、話したら嫌われる感じがして怖いのだ。それでも寧々が楽しいと思ってくれているなら、聖也は寧々の彼氏としての役割は果たしているのかと自身で思ってしまう。そう想い焦がれ、聖也は冷蔵庫前に行ってジュースを取りに行った


「そういえば、寧々とはどう? 」


なぜ妹が寧々を呼び捨てしているかと言うと、妹と寧々は同じ塾に通っている先輩と後輩だ。聖也が妹の名前を寧々に伝えたときは、びっくりしていた。同じ苗字でも寧々は兄弟とは思わなかったらしい。なぜなら妹は寧々に話しかけてくれた優しいしリアル充実してそうな先輩であると思ったらしい。つまり俺は?と聖也が聞くと


『テニス以外は普通の先輩』


そう答えたので聖也は少しショックだったが、


『でも、そこが好きですよ』


と言ってくれた。聖也にとっては意味が理解できなかったため、苦笑いしてしまった。寧々は両手で口元を押さえて、うふふと笑ってしまった。今も寧々が聖也のどこが良かったのかは聖也自身も分からない。こうしてお互い時間をとりながらもうすぐ半年記念日を迎える。


「ああ、相変わらずテニスで忙しいからお互い調整しながら会ってるよ」


聖也はオレンジジュースをガラスのコップに注いでいる。


「それならよかった」


妹は何故か安心したように肩の力が抜けた。


「みこちゃん?大丈夫?」


英雄さんは妹のことを心配していた。ソファーでぐったりと寝ている妹の両肩を優しく腕で支えて英雄さん自身の方へ持っていく。そして妹の頭を自分の膝に乗せた英雄さんは何かを話していた。


「みこちゃん。やっぱり、俺は、君のお兄さんを...」


一瞬、何かを妹の耳元で囁いた。それから二秒ほど経ち、今度は妹が彼の耳元まで起き上がり囁いた。


「ななくん。私は覚悟できてるよ。例えお兄ちゃんが死んでも、それが世界のためだったら、仕方のないことなんだよ。だから始めよう! 私たちが儀式をするんだよ! 」


「みこちゃん」


英雄さんは最後に妹の名前を呼んで二人は家から去って行った。

それから二時間くらいゲームをしたり、アニメやラノベを見るという何事もない日常を過ごした。それが幸せだったのが今でも覚えている。こんなことフィクションで十分だ。現実に起きるべきではなかった。でもこの十日後に俺はあるゲームへと参加することになり、英雄こと七海はゲームマスターだった。

これは英雄だった七海が極悪ゲームマスターとなり、俺はゲームをクリアする。そんな物語のはずだった。なのに運命は既に決まっていたんだ。


「この世界は残酷だった」


この時の聖也はこの言葉を投げかけるほど追い詰められたことを想像さえできなかった。


十日後の三月三十一日


今日が聖也にとって高校一年生の生活が終わる。明日から高校二年生だ。朝六時に目覚まし時計が元気良く騒音を出している。目覚まし時計は聖也が大好きなアニソンのラストスイッチの主題歌だった。

ラストスイッチとは昨年放送された深夜アニメで、来年には二期決定しているほどの人気作品だ。人気の理由はスイッチのように一般人が犯人になったり誰かの命が奪われたりそれを防ごうとする中年刑事と新人医者のアニメだ。

この話はとても人気だ。特に一期のラストに書かれた罪を犯した犯人を医者が手術で失敗したせいで亡くなってしまう話だ。その時に世間は命を奪った医者を非難したが、刑事は医者に寄り添って


「お前は悪くない。これは神が押したスイッチのせいだ」


医者はこの言葉によって救われた。その視聴率はここ数年の深夜アニメで最高の視聴率を更新したが、今も賛否両論されるアニメのため聖也は家族にもラストスイッチが好きなことを話していない。

聖也はベッドの上にある黒いスクエアでデジタル表示の目覚まし時計を止めた。まだ眠たいが、今日は親友の聖川透(ひじりかわとおる)と吉祥寺に遊びに行く約束をしている。

聖也は部屋から出ていき顔を洗い、シャワーを浴びた後に朝食を取る。朝食は妹が用意してくれたようで、ガラスコップに入ったグリーンスムージーとアスパラとベーコンの炒め物。そして丸いこんがり焼いたロールパン二つに黄色のコーンスープにバジルソースが真ん中にかかっているいかにも映えそうなスープがあった。

それらをキッチンからリビングのテーブルに移す。リビングのソファーには妹のみことが寝ていた。妹はピンクの耳をつけたウサギ風のパジャマを着ている。なんでも彼氏の双葉七海こと英雄さんが買ったらしい。英雄さんは仕事で忙しいらしい。最近始めた投資が上手くいっているらしくて、月収が倍になったそうだ。


(いったいあの人、いくら稼いでいるんだ? )


近年は仮想通貨や為替取引、株の売買で億稼ぐ人もいるみたいだから英雄さんも億稼いでいるかもしれないと聖也が想像したらぞっとした。一方、妹がソファーで寝ている。黒い木製のテーブルに雪柄のソファー。家族に不可欠なテレビに家族写真。父と母は相変わらずいない。両親の仕事が忙しくて、実質数ヶ月に一度くらいに帰ってくるのが普通だ。聖也は妹の隣に座る。ふと聖也は寝ている妹の寝顔を確認した。昔は聖也によく甘えてきた妹だったが、七海さんが家によく来るようになってからは、妹は七海お兄ちゃんに甘えるようになった。


「それが今では付き合ってるなんて人生何が起きるかわからないな」


聖也は妹の唇に自分の人差し指を当てた。唇は柔らかいし何より妹は眠った表情は昔と変わらず可愛いと思ってしまった。


「なあ、みこと。実はさ俺、隠していることがあるんだ」


妹はすやす眠っている。聖也は隣に居続け話を続けた。


「実はさ、俺」


次の瞬間、妹は目を覚ました。妹は隣に兄貴がいることにびっくりして足蹴りを喰らわせた。


「きゃああ、変態」


「うぐっ、隣に座ったからって俺の腹を脚で蹴るな」


妹の怒りが治らないのか、蹴りはとんでもない威力だった。聖也はしばらく立ち上がれないほど痛みをあらわにした表情だった。


「お兄ちゃん、存在が邪魔なんだけど?」


「ごめんなさい」


妹はご機嫌斜めのようだ。声のトーンが低いし顔がめっちゃ怖い。睨みが鋭いし、汚物を見るような目で聖也を見ている。


「悪い、食べたら出ていくよ」


「そ、ならよかった」


聖也は急いで朝食をテーブルから自分の部屋に持って行き食べた。その後、友達と遊びに行く準備をしていた。青い海のようなジーパンにラストスイッチと真ん中に書かれたベージュのパーカー、白いシャツを白衣のように羽織るコーデで家から出て行った。


「あ、お兄ちゃん」


「ん?どうした? 」


妹が玄関前で聖也を呼び止める。妹はドア越しから両手でピースを顔の前に作って


「ううん、行ってらっしゃい!」


手をピースからパーにして両手を思いっきり振っている妹は満面の笑みだった。


「お、おう。行ってきます! 」


聖也は白シャツが揺れるほど手を思いっきり振った。妹は聖也が視界から消えるまでずっと送って行った。家から見えなくなったところで、みことは胸から手を撫で下ろし、深呼吸をする。そして、いつも使っているようなピンクのスマホではなく、黒い72と真ん中についた番号のついたスマホを右手に取り、電話をかける。みことの耳から聞こえたのは


「もしもし、みこちゃん? 上手くいった? 」


双葉七海だった。双葉七海は聖也の前でいた時のような声ではなく、何かを覚悟したかのようにいつもとは低い声だった。


「うん、大丈夫。ななくんの言う通りにお兄ちゃんを家から出て行かせたよ」


「分かった。じゃあ、今さ彼らを君の家に向かわせた。俺らは予定通りにゲームの準備をしよう」


「そうだね。ななくん」


「ありがとう」


みことは通話を切ると、クローゼットから服を取り出し、着替えて半分ほどの私物をリュックに詰め込んだ。そしてドアに鍵をかけずに家から出て行った。その後、黒服を着た何者が真野家に侵入したのを聖也たちは知らなかった。これが長い戦いの始まりであるということも。


十一時に吉祥寺駅のデパート入り口で待ち合わせだ。聖也は立川駅から中央線快速の電車に乗り、吉祥寺駅に向かう。吉祥寺駅に降りると聖川がいた。聖川の髪はミディアムヘアのアップパングが特徴で目はキリッと地平線のように長くて小さい。

それ以外は整っていて身長は百七十八センチあるのが特徴だ。モスグリーンのパーカーに黒いジャケットを羽織り、黒いジーンズを履いてるのが聖川透だ。

対して聖也は黒髪のマッシュで可愛いとよく言われる男子高校生。ある同級生からは女装したらモテるぞと言われるほどだ。まあ目はぱっちりでまつげ長いし鼻も口もまあまあ整っている。正直、かっこいいより可愛いらしい。でもモテないのだ。そんな聖也は青いジーパンにベージュのパーカーの上に白いシャツを羽織っている。そりゃ英雄さんみたいにかっこよくないし、被りたくないから明るい系コーデをする。聖也は聖川にジャンプしながら手を振ると、聖川は俺がいるシュークリーム店の前に来る。


「おせぇよ、聖也」


呆れたようなため息をついた聖川に聖也はスマホの時計を見て違和感を感じた。


「いやいや、まだ十分前だぞ」


今は十時五十分。そう聖也は遅刻していないのだ。


「普通は十分前行動だろ?そういうことなんだから彼女できないんだよな」


聖川はケラケラ笑った。


「いや別にいいよ彼女なんて」


(というかもうすでにいるし)


聖也はそう思いながら話を聞き流していた、聖川はいつも通りチャラいしウザいように絡んでくる。


「そんなこと言うなって、いつかは出来るぞ」


聖也は、親友にも彼女がいるなんて伝えてない。まあ周りには秘密にしているだけであって知っているのは家族と例外の一人のみだ。


「第一、ラストスイッチのパーカー持ってる時点でオタクなんだよな」


さすが国民的人気アニメになっただけのことはある。聖川は聖也が着ているラストスイッチのパーカーを指差し告げた。


「でもデザインいいだろ? 」


聖也はそう反論した。ラストスイッチのパーカーは一見アニメを見ていなければデザイン性だいいと評価されるほどだ。


「デザインはいいよ。でも社会的ブームを巻き起こしたアニメから出来たパーカーだからな。普通からするとオタクなんだよ」


そう現実の指摘はこうだ。普通のアニメやラノベはネットでも盛り上がるほどなので、一見共感を沸かせるもののラストスイッチは社会問題までになってしまった。神の手を持つ孫の医者とベテランで解決できない事件がなかった刑事のタッグアニメは放送開始当初から絶大な人気を誇っていた。

いくつもの名言や最先端言語大賞にも複数ノミネートされるほどの流行語を生み出し、テレビ局やマスコミは大々的に絶賛したのだ。

だがその末に待っていた結末は犯罪率の増加だった。例えばラストスイッチでネットの誹謗中傷に苦しんだ女子高生を登場させた回によって誹謗中傷が増えてしまった。マスコミの情報操作を取り上げたら、マスコミにも匿名で多くの人から誹謗中傷の手紙が来たらしく、ラストスイッチを批判した。さらに今度は作者を特定したら一千万円もの賞金を与えるとネットで募集した人もいて、現在も作者を特定しようとしているが、作者について明確な情報はない。これが大問題となっている。


「まじか。俺、ラストスイッチ大好きなのに」


聖也はどんよりして眉を潜めた表情になり深く落ち込む。膝から崩れ落ちて頭を下に下げるほど落ち込んでいた。


「あれは仕方ねぇよ。それにラストスイッチは世間でも大問題になったから、もう放送難しいよな」


聖川は同情するように聖也を説得した。聖也もゆっくり首を縦に振り、足に力を入れて立ち上がった。


「そういえばお前の彼女はどうしてんだ? 」


聖也はふと自身が気になっていた疑問を聞いた。聖川は一瞬間が空いて、反応に困っていたがフレンドリーに答えた。


「ああ別れた、浮気してたからな」


「なんか、ごめん」


聖也は真摯に四十五度の角度まで腰を曲げ謝罪した。これでしんみりムードになってしまった。


「おい、もういいって! 顔を上げろ! 」


聖也が顔を下に向けていると、聖川は肘を俺の脇腹に突いた。


「いってぇ! 」


聖也は脇腹を抑えて、思わず痛みに耐えられなくて叫んでしまった。


(今日、二発目なんだけど! )


「いや、なにしんみりしていんだよ! 別にお前が気にすることじゃねぇぞ! 俺は別れることを選んで後悔してねぇから安心しろ! また次の女を探すからな! 」


ハキハキと喋る聖川が一瞬暗く見えたのは気のせいだろうかと聖也は疑問に思っていた。だが聖川は両手にグッて拳を作って胸を張っていた。こいつはどこまでも頼もしいな。だからこいつといて楽しい。


「聖也! それよりゲーセン行こうぜ! 」


聖川がさっきのことは何もなかったようにゲーセンに向かって走ろうとした。聖也は聖川を追うように走っている。


「え、なんで? 」


「いや、今日お前を呼んだのは聖地巡礼だから」


「えっ? 」


どういう意味かは理解するまで少し時間がかかったが、聖也はすぐさま理解した。


(まさかこいつそのために吉祥寺を選んだのか。相変わらずやべぇよお前)


そうしてこいつと元カノの聖地巡礼をした。ゲーセンに肉屋のコロッケ定食と本屋、カラオケに行った。元カノとの思い出を忘れたいという目的を忘れれば最高に楽しかった。夕方になり、聖川と俺は最後に井の頭恩賜公園に寄って小船のようなボートを漕いだ。周りはみんな男女カップルなのに、なぜか楽しめた。聖也は力があるため、漕ぎ板でボートを必死に漕いだが、途中でハァハァと息が荒くなってしまう。

もしかしたら明日は筋肉痛になるのかも知れない。結局は、陸に上がるまで聖川一人で漕がせてしまった。


「今日、ありがとな」


「え? 」


突然、聖川が放った一言は聖也にとって衝撃的だった。普段はチャラいしお礼も言わないような聖川がありがとうと言ったのだ。


「何驚いてんだよ? 」


「ああ、お前からありがとうって言葉を聞くの初めてのような気がしてな」


「たまには言うぞ? 」


「出来れば感謝するたびに言ってほしい」


聖也は自分の額に右手を当てて、少し困っているような表情だった。


「俺さ、お前に出会えて本当に良かったって思ってる」


「おい、今日はどうしたんだよ? 」


聖川は何か遠くを見るように空を見ている。空はいつの間にか夕焼けが真っ赤で鮮明な美しさを漂わせていた。


「いや今日ずっとお前のことを考えてな。お前は凄いやつだよ。俺が好きな女の告白するとき、応援してくれたり、テストの日が近くなったら勉強苦手なやつと一緒に勉強したり、文化祭の時は最後まで運営委員の役割を果たしたし、みんなお前のこと感謝しているんだからな」


聖也は英雄さんみたいになりたかった。ただそれだけだったのに、いつの間にか多くの人を惹きつけていた。でも聖也は英雄さんみたいにリーダーシップや能力はない。だから聖也は人と同じ位置に立ち寄り添って生きていく。真野聖也はそう言う人間だと聖也自身も感じていたはずだった。


「そうか、よかった」


「だからこれからも頼むぜ! 聖也」


聖也は聖川が差し伸べられた手を握り返した。聖川の手はいつものようにごつい手だった。聖也も強く握って握手した。


「おう! こっちこそ頼む聖川! 」


そして夕日は沈み夜になった。聖也は聖川と吉祥寺駅で解散した。聖也の家は立川で聖川の家は福生だ。聖川は少し吉祥寺に残るらしいので、聖也は先に帰った。


家の前に到着してドアを開ける。


ガチャ


「ただいま」


夜になり聖也は家に帰った。誰もおかえりと返してくれない。どうやら妹も両親もいないみたいだ。しかし玄関の前には黒い小型の段ボール箱が置いてあった。大きさからしてネットで注文したラノベや漫画でも届いたと聖也はふと思い出していた。確かに、ネットでラストスイッチの限定DVDを予約していたが、大きさからして違うことはすぐに感じていた。


「なんだこれ? こんなものいつ頼んだっけ? 」


宛先 真野聖也様

箱の差出人は記載されておらず不明だった。いわゆるこの箱は差出人不明だった。中身については取扱注意商品と記載されている。


「どういうことだ? 」


聖也は部屋に行き、自分の机の上に箱を置いた。テーブルも黒いため、箱と同化して違和感があったが気になっても仕方ないので、聖也はとりあえず箱を開けてみることにした。


「開けてみるか」


聖也はテレビ後ろの木製の小さい籠から使い勝手の良い水色のストレート刃のハサミを取り出し、段ボールの前に向かう。段ボール前で聖也はハサミの刃先でテープをスイスイとテープをカットして聖也は段ボールを恐る恐るゆっくりと開ける。


「なんだ? スマホ? 」


開けてみるとなにやら一台のスマホ端末みたいなのがあった。黒いスマホのような端末の裏には72と明朝体で書かれている。


「ななじゅうに?こ の機種の名前の何かか? 」


聖也には全く見当もつかなかった。現代のスマホでも72まで続いたものはない。今でも売れているスマホの中で最高でもまだ十番代だ。七十二代目の機種なんて絶対に存在しない。聖也は両手をこめかみを当て意味を考えていると、箱の奥には手紙が入ってるのが確認できた。聖也は手紙を取り出し読んでみた。手紙には白い和紙のような素材で日本語で綺麗な字だった。


(ご当選おめでとうございます。あなたには ナンバー1としてゲームの参加権が与えられました。したがって天気を操れる能力をプレゼントいたします。どうぞゲームを最期までお楽しみくださいませ)


読み終わった瞬間、聖也は心臓が止まるくらいゾッとしていた。


「どういうことだ?ゲーム?参加者?天気を操る能力?それに最後という漢字が最期になっていたことは、まさか俺は死ぬのか?」


聖也は両手を体で支えるように腕を組み、ビクビク震えている。脚はすでに力が入らず崩れ落ちる。聖也は恐怖で立てなくなってしまい、白いカーペットに這いつくばる。


「はぁはぁはぁ」


聖也は恐怖を抑えるかのように頭を床に何度も叩きつける。


「夢であってくれ、頼むよ夢であってくれよ! 」


だが、聖也の額は腫れ続けて、痛みとともに理解した。


「くっそぉ、やっぱり現実なんだ。なんだよ! 」


聖也は床に這いつくばっていると先ほどの72と書かれた端末が振動し始めた。そしてその瞬間に黒いカラスのような生き物が聖也の身体の中に入っていった。痛みは感じなかったが恐怖があった。もう言葉が出せないくらい驚いている。


(状況を整理するか。天気の能力?参加権利?儀式?それにカラス?なんだこれは?何が起きたんだ。その瞬間、端末から声が聞こえた。声は男性のようだが加工されている)


『参加者の皆様、手紙は読んでいただけましたでしょうか?はじめまして私はこのゲームのゲームマスターです。以後お見知りおきを。さて今からルールを説明いたします。まず皆様はこのゲームの参加者に選ばれました。おめでとうございます。これは素晴らしいことなのですよ! 皆様は一度はファンタジーの世界に憧れた方もいると思います。このゲームは、まさにファンタジーなのです! 皆様の体の中には使い魔と端末をプレゼントさせて頂きました。この使い魔はいわゆる魔法が使えるという素晴らしいものなのです』


(魔法。つまり天気を操る能力は魔法なのか。それだけ考えると素晴らしいようで怖い)


聖也は何か思いつくように端末を見た。端末の裏を確認するためにドライバーを使いこじ開けようとしたがネジがない。


「やっぱりダメか」


聖也は諦めるかのように大人しくゲームマスターの説明を聞くことにした。


『しかし、タダという訳にもいきません。それなりの対価を我々は求めます。今からこの参加者七十二名でゲームクリアを目指してもらいます。簡単なことです。ゲームクリアの条件と致しましては一年間生き残ることです。簡単ですよね? 』


(簡単だ。だが気になる。それはつまり)


聖也は急いでスポーツ用の鞄からメモを取り出し、シャーペンでメモを取る。メモを整理するとそれまでの自分だと信じられないくらいに頭が回転しているのは聖也にも分かった。


ゲーム、参加者、1番、天気を操る能力、最期という言葉を箇条書きでメモした。そして聖也が下した結論。


「殺し合い、バトルロワイアルか」


『その中でもキル数が最も多い一名は願いをなんでも叶えることができます! 』


(やっぱりか。つまり、報酬を得るには参加者を殺さなきゃいけないってことか)


普通の人は殺し合いせず生きたいはずだ。

報酬と条件?聖也はメモに続きを書く。


(ダメだ、情報が少ない。でもせめて何かを暴かなければ、奴の思う壺のまま殺し合いが始まってしまう! )


聖也は目を瞑り深淵を覗くように深く考えた。メモをまとめても情報は少ない。


「どうすればゲームを止められる?いや、違う! 」


聖也の脳内にビビッと電流が走った。聖也は目を開き、あるものを探そうと端末を持ち一階に降りる。


『またゲームを盛り上げるために様々な工夫をしました。例えば、キル数が増えるたびに脱落させた参加者の魔法が使えるとか、魔法を強化できるとかです。これは使い魔が端末に送られますので、どちらかを端末で選ぶことができます』


(やっぱり、殺し合いか。これはゲームだ。遊びではない。アニメで主人公が言ってそうなことだな。)


聖也は急いで階段を降りて、リビングに入る。リビングの中には両親や兄貴には知られてない秘密機器がある。聖也はソファー裏に隠したものを取り出した。そこには五年前に妹が誘拐された事件を機に、真野家の入り口に監視カメラのリモコンと部屋の様子を全て録音した録音機を隠していた。そう一年前から妹を守るため、聖也と妹が協力して対策した結果だ。


「嘘だろ? 壊れている」


聖也が手に持てば一目瞭然のように分かった。二つとも壊されている。でも、この家に犯人を忍び込ませたのはおそらく分かった。


「みことか! 」


そう。この隠し場所を知っているのは聖也と妹しかいない。聖也の頭に稲妻が走るかのようにまた閃いた。聖也は自分のスマホにある人物に電話をかけた。


『最後にですが、皆様がより賢明な判断をしていただけますように我々が送った端末にナナトゥというアプリが入っていますので、そこでキル数や参加者ナンバーやその他のルールが記載されています。皆様は確認してください。それではゲームスタート!』


三月三十一日に二十一時にゲームがスタートした。俺はこの状況のせいで顔が青ざめていた。誰だって鏡を見ればすぐわかるほどだ。


プルルルルルルルルルル


端末越しから着信音が加工されて聞こえた。これでゲームマスターの正体が判明してしまったのだ。電話の相手は、双葉七海。妹の彼氏で聖也が唯一尊敬していた人物だった。


「なんなんだよ! あいつら! 」


(どういうことだ?七海さんが殺人ゲームのゲームマスターで妹が手伝っているなんて)


もう恐怖しかなかった。今日までもしかしたら英雄さんみたいな英雄になれると信じていた。英雄は裏切ったんだ。青ざめたままリビングを出ると、みことが帰っていた。靴を脱ぎ妹は何も言わずにリビングを指差した。妹は聖也がゲームマスターの正体を気づいたことを知った。白いワンピースの少女が俺に声をかける。


「流石だねお兄ちゃん。初日でゲームマスターを見破るなんて」


妹が心配そうな顔で俺を見ている。どういう真意かわからないがもう怖い。


「どうして協力してるの? このままじゃ警察に捕まるんだぞ! 」


聖也の怒鳴り声は家の外まで聞こえるほどだった。聖也は兄として妹を心配した。


「大丈夫。警察には捕まらないよ。ゲームが終わったら何事もなく処理されて世界は進むんだ」


すると妹は泣く様子も怒る様子もなく、表情を変えずに突然抱きついてきた。


「なんだよっ」


「それに私はお兄ちゃんが思っているほどいい人間じゃないんだよ? お兄ちゃんも本当の自分を知らないでいたいよね? 私も同じだよ? 」


今度は妹が顔を近づけて聖也の頬にキスをした。妹は聖也の前から数歩後に離れると手を広げ語り始める。


「ごめんねお兄ちゃん。ゲームに巻き込んでしまって。私からはこれ以上何も言えないし、何よりお兄ちゃんならゲームクリアできると思うよ! 」


妹は薄暗い表情から歯を出しニヤっと不気味に微笑み、満面の笑みに変化した。


「待て、みこと。一ついいか? お前らが何を考えてゲームを始めるのかは分からないが、俺は必ずゲームをクリアして見せる。そして七海さんを倒してお前を救う! 」


聖也は妹の前で高らかと思いっきり宣戦布告した。右腕の拳を前に出し覚悟を決めるかのような立ち方はまさに英雄そのものであった。


「うん、ありがとう。でもね、ななくんは悪くないよ。これは私が決めただから。じゃあ生きていたらまた会おうね。真野聖也くん」


みことは笑顔だった。次の瞬間、妹の下に白い八芒星の小さい魔法陣が出現し光を家中に放った。


「うっ」


聖也は眩しさのあまりに目を閉じると妹の姿はなかった。聖也はリビングに戻り先ほど戻したソファーに寝転がる。


『ラストスイッチ完了!プルルルルルルル』


電話がなった。聖也はスマホを取り出し、電話相手を確認した。相手は今日遊んだ親友の聖川透だった。聖也はスマホを操作してスピーカーで電話に出る。


「どうした? 聖川? 」


『大変だ、聖也。落ち着いてよく聞いて欲しい。お前のとこに黒い段ボール箱とスマホのような端末が届かなかったか? 』


聖川の質問に聖也は戸惑ってしまう。少し間が空き、聖也は聖川の要件がだいたい察することができた。


「なぜ、それを知っている? 」


『俺のとこにも来たんだよ、あの後、電車に乗って家に帰ったら、二人組のスーツの男が家から出ていくの見て話していたんだ。ゲームマスター様は真野聖也を気に入っているってな』


(気に入っている? どういう意味だ? 妹と七海さんは俺をこのゲームに参加させて何をさせるつもりなんだ? )


聖也は右手でフレミングの法則を作り、人差し指を顎の下に乗っけた。


「で、そいつらは? 」


『車に入ってどっかいったよ、ただ妙なんだ』


聖川はゆっくりと口を開いて衝撃的なことを言った。


『お前、双葉七海って人知ってるか? 』


「え、今なんて? 」


聖也は地震のような衝撃が心臓に与えられたように感じた。顔を下に向けて冷や汗を掻く。


(なんで聖川が七海さんのことを知っているんだ? これは単純なことじゃない。もっと事情があるに違いない)


『双葉七海だ。実はさっき俺の方にも同中の友達から電話かかってきて、そいつは三日前に双葉七海に会った。俺は昨日、双葉七海に会った。これは偶然でもないかもしれない』


偶然じゃないのはゲームマスターを見破った時点で聖也にも理解ができていた。聖也は冷や汗を拭くように腕で額を擦った。そして冷静な口調で話を続けた。


『これは偶然ではない。もう分かっただろ、俺と同中のやつが会ったのは十五日前、お前は双葉七海といつ会った?』


「え、、確か十日前」


『もうこれは偶然ではないな、お前と俺の友達、それに双葉七海は俺と同じ参加者。そして参加者の七十二名は多分、顔見知りや知り合いで集められているかもしれない』


聖也は咄嗟にあることを思い出した。


(さっきメモした条件ってゲームマスターと顔見知りってことか?でもそれだけじゃ弱いな)


「そうか分かった。これからどうする?」


『ああ、俺はお前と友達の三人でチームを組もうかなって考えてみたけど、どーだ?』


「その方がいいかもな、ただ双葉七海は絶対に誘うな」


『どうしてだ?』


「双葉七海はこのゲームの極悪ゲームマスターだからだ!」


聖也が発した一言に聖川は少し間を置き、十秒ほど沈黙が続き返事をした。


「どうしてそう思った?」


聖川が一言一句強く返答したのに対し聖也はとんとん拍子のよなスピードで説明する。


「ごめん、妹が協力者であることをすぐに見破って、その彼氏が七海さんだったんだ」


「そうか。辛かったな」


それ以降、しばらくの静寂が続いた。聖也は口を開けて何かを伝えようとしたが、声が出なかった。シスコンでもないが、昔、妹が誘拐されて何もできなかった時の後悔が聖也の頭に過った。双葉七海と初めて出会ったのは五年ほど前で妹を誘拐犯から連れ戻し、聖也の両親に妹を引き渡した時だった。あの時の二人の顔は心底この世に絶望したくらいの暗い表情だった。そして傷だらけだった。実はこの時を振り返り聖也にも疑問があった。


(俺は記憶喪失かも知れない)


「とりあえず、今から例の公園にきてくれ。じゃあ」


聖川は用件を言い脚早に去るように通話を切った。これは高校生が憧れた大学生が極悪ゲームマスターだった話である。


ゲーム開始四十五分後


七海さんがゲームマスターという説。あの時確かめたから間違いない事実であった。いくら加工してたって声の特徴が一致しており、何より聖也が電話したときに電話アプリのの着信音が鳴った。


(こういう時はあれを食べるか)


聖也は冷蔵庫に食べ物を取りに行く。冷蔵庫下に冷凍スペースがあるので、引き出しを開けると五個ほどのメロンパンアイスがあった。メロンパンアイスといってもメロンパンの中にぎっしりアイスクリームが詰まっているものだ。聖也は学校帰りにドライアイスをつけてメロンパンアイスを購入して貯めている。


(今日は気分悪いけど何か食べたいな。定番のレモンメロンパンアイスにするか)


聖也は冷凍スペースからレモンメロンパンアイスを取り出し、口いっぱいに頬張りつく。


(さて整理するか。俺が気になるのはこのルール)


聖也は食べかけのメロンパンアイスを片手に端末を片手で操作する。指でスワイプしてルール画面を開くと、黒い屋敷の影の背景に赤い文字で書かれたルールが画面に映し出された


ゲームルール

1.期間は最長一年間

2.生き残った参加者のうち使い魔の所持数とキル数の総合数が高い一名の願いを叶える

3.チャットアプリのナナトゥは自分の番号と自分の能力またはプレイヤー全員の生存が確認できる。なおチャットも可能。

4.エリアは東京、千葉、埼玉、神奈川

5.リタイアする場合は後継人を連れて管理人との手続きを受ければリタイア可能。ただし後継人が参加者となる。

6.殺した参加者の使い魔は所持可能になる。ただし使い魔は最大七つまで所持可能。

7.もし所持権を拒否する場合は能力強化される。


(そう気になるのは生き残った参加者のうち、使い魔の所持数とキル数の総合値、なぜ総合値なんだ?合計なら納得できる。総合値、つまり他にも選定基準があるのか)


聖也はメロンパンアイスを食べ終え、袋をゴミ箱に捨てて自室に戻る。そしてさっき開いたナナトゥというアプリをよく見ている。あちこち操作したり、裏コードがないか確認してみる。そして隠しコマンドを入力してくださいという表示画面が現れた。


「隠しコマンドはおそらく七海さんが設定したものだ。隠しコマンドは28772、これでどうだ。」


聖也は七海さんのスマホのパスワードをたまたま知っていたので入力した。


(隠しコードを入力することで生存者名簿も端末情報を確認できるはず)


聖也はゲームクリアするために参加者の情報を抜き出そうとする。スマホを片手で素早く操作し、ついに画面が切り替わった。


「おいおい、嘘だろ? 」


隠しコマンドを入力した瞬間、聖也の顔が青ざめた。そこにはノットファウンドと大きな文字で映っていた。次の瞬間に画面が真っ暗になり端末がしばらく反応しなくなった。


「ノットファウンド? いや違う。これは七海さんの罠だ。つまりこの端末では無理だということか」


聖也は諦めて能力を確認する。聖也は端末の電源を再起動するためにボタンを押す。端末の画面が白く変わった。そしてスタートボタンをタッチして能力画面に変更した。そこにはプロフィールと能力の詳細が載ってある。


「天気を操るなんて、なんなんだろう? 」


聖也の能力は、天気を操る能力。端末に書いてある情報だと、天気とは、晴れなら火の玉を出し、曇りなら霧を出し、雨なら雷を出せるなどか。しかも使用者から数キロ圏内なら天気を自由に変えられる。


「つまり火と水と雷を使い分けることができるってことか」


ピコン


その時、聖川からスマホにメッセージが来た。聖也はスマホを操作して落ち着きながらメッセージアプリを開く。


『聖也? まだかー 』


「分かった。すぐ行く! 」


聖也は犬のスタンプを送った。犬と言っても白いポメラニアンのスタンプでオーケーと書かれている。


聖也はマッシュヘアの髪型を整え直して出発する。


「天気を操るなんてどんな能力だろう?」


歩いて十分くらいにある自然あふれる公園に着いた。そこに着くと入り口前にアップロングのヤンキー風の聖川がいた。


「あれ? もう1人はやっぱり? 」


聖川透の隣にもう1人いた。もう一人の見た目は丸眼鏡で前髪が目にかかっているのが特徴で小柄な猫背でありグレーのシャツに黒のカーディガンや水色のジーパンだ。


「聖也、遅かったな」


聖川は手をハイタッチするかのように右手を聖也の前に出す。聖也は体を左に逸らし避けた。


「ちぇ、今日はそんな気分じゃねーか」


「そりゃそうだろ。それより、さっき言ってた聖川の友達はそいつか? 」


聖也はもう一人の方に視線を移す。彼はニコッとほんわかに微笑む。


「ああ、はじめまして。僕の名前は貴和澄太(きわすみた)だよ。透から話は聞いているよ」


「そっか、俺は真野聖也。聖川の高校の友達だ。聖也って呼んでいいよ。貴和くんは聖川と中学の友達だっけ? 」


「澄太でいいよ!僕は小学校から友達だけど、最近の透は昔と違くてチャラいから驚いたよ」


(聖川のチャラさは昔からじゃないのか)


聖也は驚き無意識に目を大きく開き聞き返してしまう。


「え?貴和くん。聖川って昔からチャラいやつじゃないの? 」


澄太は聖也の驚きに反応して両手で口を囲むように手で塞ぎプップッと思わず吹き出してしまった。笑いが収まったら澄太は話を続ける。


「うん。そうだよね。確か、あ」


聖川は澄太の前まで移動し、目で澄太を牽制するかのような睨みを放つ。


「ごめん、透。やっぱり、まだあのこと知られてないんだね」


澄太は聖川の耳に耳打ちで何かを伝えているようだった。聖川は首を静かにゆっくり縦に振るモーションをして、うなずき聖也の方向までターンして戻る。


「悪いな。色々事情があるんだ。これ以上は深く聞かないでほしい」


聖川が放った一言は何かを永遠に隠すようなものだった。目に希望もなく顔は一切微笑まず、氷のような無情さだった。聖也は聖川の右肩に手をぽんと乗せる。

「分かった。お前が言いたくなければ別にいいよ」


「ありがとう」


聖也の一言が救いになったのかは定かではないが聖川の表情が少しだけ元に戻る。目だけは優しいような目になり、口も少し緩ませた。


「それより、お前らの能力は何だった? 」


「僕の能力はね霞を操る能力だよ」


「へぇ、どんな? 」


澄太の手から白い煙のようなものが出されている。澄田は両手を大きく広げると、聖也たちの周りを包み、ドーム状に閉じ込めた。


「澄太、これって? 」


聖也はとても興味津々な様子だった。能力なんてラノベやゲームみたいに非日常系なので、もし現実に能力が使える世界なんて物凄い興味があったのである。澄太は若干引き気味な様子だがニコって笑い聖也に答える。


「そう。僕の能力はあらゆる霞を操る。気体を変化させたりすることも出来るよ」


(これは強い。つまり気体を形状変化させたりできるのか。それなら俺の能力と組めば強いかもしれない)


霞を操ると澄田は能力を告げたが、詳細までは、聖也でも見るまでは分からなかっただろう。霞とは本来白いもやみたいなものの筈だが、どうやら能力の範囲は広いらしい。聖也は脳に電流が走るようにハッと閃いたようだった。思わず余裕の笑みを溢す。


「澄太。もしかして霧も操れるか? 」


聖也は、自身の能力が天気を操る能力のため、霞と霧は同一として扱えないかと閃いたのだ。澄太はきょとんとしたが二秒ほどかかり聖也の言葉の意味に理解できたようだ。


「え?聖也くんも霧を操れるの? 」


「まあ見てな! 」

聖也は両手を交差して広げ天気を操る能力を発動させる。聖也の身体から白い霧が発生し、聖川の目元を覆った。


「何すんだよ! 」


聖川は目元が霧のせいで全く見えない。あいつは両手で霧をどかそうと仰ぐが、霧は一向に収まらずギュウウウと目元を絞める力が大きくなる。


「す、凄いね。こんなに早く能力を扱えるなんて」


聖川は。俺の力に驚いている。なぜか、俺の身体が、覚えているような気がするんだよな。


「そんなことないよ、澄太! 試しに、霧を武器に変えること出来るかやってみてくれ」


「う、うん。わかった」


澄太は右、手をクイッと自分の手元に仰ぐと、先ほどの、聖川の目元を隠した霧が澄太の周りを囲み、聖也の霧を集めて武器に変えた。澄太が目を閉じてイメージをする。すると霧はあっという間に澄太のもとに集まり剣になった。それは一メートルほどの真っ白な日本刀のようだった。真っ白で美しい剣は、聖剣と言われるほどの美しさなのは間違いなかった。


「どう? これでいい? 」


「驚いた。これは予想以上だ。まさか霧で日本刀を作れるなんて。澄太って相当のオタク? 」


「まぁ、結構アニメ見てるし」


「俺と同じだ! なら俺の出番だな! 」


今度は聖川が能力を見せると思ったが


「ちょっと硬そうなもの買ってくる」


俺たちはポカーンとなった。聖川が戻ってくるまでの間、澄太と俺はお互いの能力について確認していた。


「そういうことなんだね。聖也くんの能力って天気を操る能力か。だから霧も出せるんだね」


「ああ、でも、天気を操るって言っても、雷や火の玉が中心だから、街でやったら騒ぎになるし、雨降らすのは迷惑そうだしな。まだ試してない」


「え、すごい現実的な考えだね。さっきまで、魔法使いみたいに能力操ってたのに」


「そ、そりゃあ、どんな力を持っても、人に迷惑かけるのはダメだろ? 」


「そっか、そうだよね! 聖也くんって優しいね」


そう言われると、俺は照れるほど嬉しかった。誰かに褒められるのって、いつまでたっても慣れないな。


「ところでさ。澄太は、聖川と同中の仲なんだって?」


「うん。僕と透は、サッカー部だったからね。そこで出会って今に至るって感じかな」


澄太は照れていた。なるほど、サッカー属性か。だから、聖川はモテるんだな。とこれ以上考えてしまうと、寧々がナイフを持って、俺を殺しにかかりそうなシーンが、思い浮かんだのでやめよう。寧々は俺が弱音を吐く姿は嫌いらしいからな。さて話を戻そうか。


「サッカーか。いいな! 」


「いつか二人でバルセロナ行こうって話もしてたんだよ! 」


澄太は照れながら話す。また少し早口になったな。なるほどサッカーオタクか。


「でも、僕には才能がなくてね。透は僕が辞めたらサッカー自体を辞めてしまったんだ。あんなに才能があったのに勿体ないよね」


聖川は、サッカーより澄太とするサッカーが好きだった。でも澄太が辞めてしまったらサッカーに向き合えなくなったってところか。だから女に走ったのか?と俺は内心思う。


「でも澄太。聖川は、澄太のせいで、サッカー辞めたとか思ってないと思うぜ」


「それってどういうこ…」


「見つけたあ! 能力者。」


振り返ると、公園内からガリガリの細身の男が現れた。身長百八十センチほどの黒縁眼鏡をかけて、髪は、ボサボサで目を隠すほどの長さがあり、目は三日月のように細い。彼は、ボソボソと小声で何かを呟いているみたいだ。


「誰だ? 」


俺は、彼に問う。彼の服装は、白いワイシャツのボタンを全て開け、黒いドクロのシャツを着ており、下は迷彩柄のハーフパンツだ。中でも、青い数珠のネックレスを首に巻いている。


「まあ、これから死んでいくやつに名乗っても問題なさそうだなぁ。俺の名前は、渡真利蓮屋(とまりれんや)。冥土の土産に覚えておけ! 」


名を告げた渡真利は、右手で指パッチンをした。すると、公園から、現代や中世や古風な建物が地面から地ならしを与えつつニョキニョキ生えてきた。


「地面からビルが! 」


澄太が、驚きのあまり腰を抜かして大きな声で叫んだ。正直、殺される恐怖もありそうだから無理もないな。でも俺は違う。まるで俺は何かを知っているのか?


「建物を操る能力だろ? 能力からして事前になんらかの仕掛けをしといて発動させた」


「なぜそれを? 」


「さっき遠くの方であんたを見た。おそらく手を地面に触れるのがトリガーだな」


俺の推測に間違いない。俺たちが公園で能力を確認しているときに、偶然、渡真利がいた。渡真利は、建物を操る能力で間違いない。だが、建物はおそらく数に制限がある。今、出したビルや建物は、一つ二十メートルほど。そして、建物の数は全部で四つ。つまり一回に最大四つまでしか出せない。俺はそう自信満々に胸を張り、堂々と勝ち誇るように指を一本空に向ける姿勢で確信する。


「ふん!なんのことやら」


「とぼけても無駄だろ。この公園は、広いが、俺たちが狙いなら一般人は巻き込まないはず。そりゃあ、いくら建物をバンバン出しても、警察やミサイルには無理だろ。その上で、ゲームの攻略なら、確実に俺たちを殺せる場所に置くはず。つまり、公園から離れさせて、駅前に来させるのが狙いか? 」


「ちょっと待って!聖也くん?建物を操るだけなら、なんで駅前なの? 地面から建物を生やすだけじゃ? 」


「確かに、生やすだけなら、ここで問題ない。でも怪しいんだ。やつは誘導するように仕掛けを配置して逃げ道をなくす。そして、駅前の建物を使えば。能力で伸縮自在に曲げたりもできるんだろ? 建物を操るってことなら出した建物以外も操れるはず。だから、駅前に誘導して確実に殺すつもりだった。そして、能力からして殺傷能力は低い。対して、俺たちは剣を持っている。それに、俺は、雷や火を出せるから、数を多くして確実に仕留める必要があった。どうする? 今すぐ降参するなら俺たちは追わない! 」


「うるせぇよ! うるせぇうるせぇうるせぇ! いいか? 俺には、この能力が必要なんだよ! ゲームをクリアしたら、俺はこの能力を使って一生遊んで暮らす! 」


渡真利は、歯軋りしながら呟く。俺はそんな渡真利に呆れ

「お前さ、もしかして中退が怖いのか? 未来が見えないのか?社会が怖いのか? 多分さ、全部怖いんだろ? 」


「え、聖也くん? 」


澄太は驚いている。俺は、自分でもわからないが、俺は。ある時から何かに集中すると頭がフル回転するらしい。以前、妹に言われたことがある。


『お兄ちゃんは、見た目が可愛い、反面、たまに言葉が荒っぽいんだよね。でも、なぜかお兄ちゃんの言葉には、ななくん以上の何かがあるのよ』


妹の言葉の意味は後になって気づくのだが、俺は時々普通ではないのかも知れない。


「そうだよ! そうだよぉ!俺は、子供の頃から建築士になりたかった! そのために、大学を卒業して就職したかった。けど、両親が離婚して、俺は、父親の会社を継ぐために、中退して就職しなきゃいけなくなった!でなきゃ、自分で学費を稼がなければならない! 」


「甘えるんじゃねーよ! 」


「ひっ」


俺は、彼の言葉に、心底うんざりするほど苛立ちを与えられた。右手拳を思いっきり彼の前に突き出す。


「いいか!そんな、くだんねー理由で人を殺そうとしてるんじゃねーよ」


「くだんねぇだとっ!高 校生のお前に何が分かるんだよっ?」


「分かるわ! だってよっ、お前は、環境のせいにしているだけだろ?もし、社長になりたくねーなら、親父さんを説得しろ! それでも、ダメなら社長しながらでも、学費稼ぎながらも大学行けよ!結局な、逃げてるだけじゃねーか!そうだろ? 澄太? 」


「う、うん。そうだね」


俺の主張に澄太は頬を引きつらせながら反応した。渡真利蓮屋の事情の詳細は知らない。でも逃げちゃダメなんだ。


「そうかよぉ!でもなぁ、俺さ、俺さぁ、人はいくら正論を叩きつけられても動かないよ」


渡真利は、地面に右手を置き、ゴゴゴゴと地ならしを起こしながら、何かを引っ張り出した。


「おいおい、これは魔法陣? 」


魔法陣と言われても、少し特殊のような形が地面に描かれた。それは、魔法陣の円が黒いに二重線で描かれており、中央には数字の3と描かれている。そして、数字の周りには細々とした白い三角形が、円の中をあちこちに動き回っている。


「聖也くん! これ、多分ヤバいよ。大魔法だよっ」


澄太は、大魔法というが、俺は何か違うと感じていた。渡真利は、ニヤニヤ狂気じみた笑みを浮かべながら勝ち誇る。


「ゲーム初日なら知らねーかもだが。まぁ、いいぜ。先輩から教えてやるよ! この能力? 魔法? んなことは関係ないか」


渡真利は、壁から細いビルを出した。俺たちに目掛けてだ。俺は 手から雷を刺す。ビルは破壊された。ビルは破片とともに爆発して消えた。どうやら能力で発動したビルは跡形もなく破壊されると消えるらしい。


「今のが、俺の能力。建物を操る能力だ。しかし、この下にあるモノを発動すれば、どうなると思う? 」


「ま、まさか。大魔法? いや、これが絶対円術なのかっ! 」


「え? ナニソレ? 」


「えー、聖也くん!ゲームが始まった時に、副ゲームマスターから言われたじゃん! 聞いてなかったの? 」


「副ゲームマスターって、あっ…」


副ゲームマスターの正体は、妹だということを俺はすぐに理解した。あいつら、何で俺に言わなかったの?


「絶対円術、3のS発動」


渡真利の魔法陣から、金色の光の柱が一本、天に突き刺してしまった。


「こんなの、ありかよっ」


「ありだよ!聖也くんって、もしかして、人の話を聞かないタイプなの? 」


「うるさいわ!あれは、仕方がなかったんだよっ」


「しかも、普通に怒った顔は可愛いんだね? 」


「あ?やんのかっ? 」


「やっぱり、顔以外は怖いね」


光が触れた地面から、白いビルに顔の一部が沢山生えたビルが出現した。


「しかも、四足歩行? 気持ち悪いなぁ、おい!」


「これが俺の絶対円術だ。このビルはな、お前らを食うまで生き続ける。目、口をそれぞれ二体ずつ出しといたぜぇ」


目のビルは、人間の目が沢山生えており、二メートルほどの四足歩行だ。


「というか、街の人は、あの怪物を見えていないのか? 」


「うん、絶対円術だからね。実害があるのは僕たちだけで、他の人には絶対に効果がないみたい」


「すっごーい、都合のいい魔法だな!それ」


一方、口の多いビルは、同様の大きさをしており、口が多いほうは、目より吸引力が大きいみたいだ。


「澄太くん?俺にも、絶対魔法は使えないのかな? 」


「知らないよ! 副ゲームマスターからは、適当に覚えれば何となく出来るって言われただけだし! 」


「あいつ、適当すぎるだろ! 」


俺の妹は色んな意味でで雑だということを思い出した。いや、彼氏の七海さんの仕業かも知れない。それよりも、今はこの状況を打開しないとヤバいぞ。とりあえず、魔法を発動するみたいに叫んでみる。


「ぜったーーい、えーんじゅっつっ、いちーのえーすっ! 」


ビュッ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


聖也の下には黒と白の魔法陣が地面に描かれて光る。


「ちょっと!俺の下に、奴と同じ魔法陣があるんだけどっ、これ絶対円術だよね! 」


「あっ、出来ちゃったね」


「すっげぇー簡単に出来ちゃったよ! 」


とりあえず、絶対円術を発動?出来たみたいなので、俺たちは追いかけてくるビルの方向に身体を向けた。すると、地面に描かれた魔法陣はビルの化け物の方向に移動して、魔法陣の中から小さい赤の精霊と黄色の精霊が飛び出してきた。精霊たちは化け物のビルの上にしがみつき、目のビルには黄色の精霊が雷を放出して自爆する。口のビルには火の精霊が飛び出して、真っ赤な炎で燃やして自爆した。化け物のビルは粉々に吹き飛んだが、俺が期待していた魔法とは少し違っていた。


「ナニこれ? これ魔法なの?イメージ違うんだけど」


「そだね。って聖也くんが発動したんでしょ」


「いや、だってさ。絶対円術って言うからさ、天気を操るならドラゴンとか魔神を期待していたんだけど、まさかの小さい精霊が自爆しただけだよ。おかしくない! ? 」


「いや、おかしすぎでしょ! 」


澄太が、あっけらかんとした表情で俺にツッコミを入れた。俺も、これは魔法らしくないと思ってしまい目が点になってしまっていたが、ただ1人は意外な反応を示していた。


「な、なんだとぉ! 俺の絶対円術が! 」


「なんで驚いてんの? 」


「ひぇえ、来るなぁ」


「これ、そんなに強い魔法かな? 」


渡真利は、目が周り腰を抜かすような姿で、驚いてしまっている。


「ふ、ふん。まだだ! 俺には、まだ他の絶対円術があるんだぜぇ」


「いや、ただセリフ言うだけで発動するなんて誰でも出来るわ! 」


こいつ、まだやる気かよ。めんどくせぇなぁと内心思ってしまった可愛い俺であるが、澄太は両手で三角形を作り、渡真利に向けてあのセリフを言った。


「くらえっ!絶対円術、35のG発動! 」


「す、すみたくん! ? 」


澄太の下には、絶対円術の魔法陣が敷かれていた。しかし、先ほどより広い範囲で描かれており直径三十メートルほどある。直後、白い霞が勢いよく魔法陣から放出された。


「「「うわぁああああ」」」


俺は、白い煙で見えなくなったため、目を閉じてしまった。


「でっか! 」


「せ、聖也くん。これやり過ぎだよね? 」


澄太の一言を聞き、俺は目を再び開くと、信じられないようなものを目にした。


「やりすぎだろ!さすがに巨人はないわっ」


俺の視界に映ったのは、白い霞で構築された魔神だった。縦の大きさは二十メートルほどあるように見える。その魔神の顔はのっぺらぼうだが、頭には王の冠のようなものをかぶっているように見えあぐらをかいている。


「え? 」


ズドーン


霞の魔神が、渡真利を目掛けて右腕を振り下ろして一撃を与えた。


「うわぁああああああ」


渡真利の悲鳴は、公園中に響いてしまった。周りの人々は変な建物が現れ続けたばかりで、すでに避難していた。渡真利は、地面に人型の穴ができるほど潰されてしまったようだった。俺と澄太は急いで様子を確認してみると、奥には、渡真利が気絶しているように見えた。


「どうしよう、聖也くん? 」


「どうするって言われても、仕掛けてきたのは、あいつだしな」


「生きているかなぁ? 」


「生きてるわ! 」


突如、渡真利の叫び声がしたので振り向いてみれば、土埃に塗れていた渡真利の姿は、穴の奥から飛んできた。


「あっっぶねぇえわ! 絶対円術でビルで身体を守らなければ死んでたわ! 」


ぜぇぜぇと息がすでに荒くなっている渡真利は、再び謎の余裕感で勝ち誇っている顔をして胸を張っている。


「この人、可哀想なほど丈夫でアホなんだね」


「いや、澄太くん。これはアホの域を越して、馬鹿だね」


「聖也くんも呆れてしまったんだね。この馬鹿に」


「ああ、本当に馬鹿だよ。というか世間知らずだよね、これほど頑丈なら、刑事にもなれそうだよね」


「確かにね! 」


「馬鹿馬鹿うるせぇよ!」


俺たちのショートコントを妨害するように、渡真利は怒りをあらわにしながら足でトントンと叩いている。


「もう! 怒ったわ! さっきから馬鹿にしてなんなんだよ! 」


「なぁ。もう終わりにしない? 」


「しねぇよ、ほら第二回戦のスタートだ! 絶対円術3のLはつど…」


「絶対円術! 1のM発動」


再び、魔法陣が発動されて、中から今度は炎の虎と氷のライオンが飛び出し、渡真利に向かって走っていく。


「え?ちょっ、待って! 早くね?やべっ」


「おい! 逃げるな」


追いかけてくる魔法で作られた虎とライオンが、渡真利に迫ってきたので駅方面に全速力で駆け足で逃げた。俺は手を前に構えて渡真利に火の玉を放とうとした時だった。


「聖也くん。さすがに殺しちゃだめだよ」


澄太は俺の行動の真意を察したかのように、焦りながら言う。


「仕方ないな、まぁ絶対円術じゃないから他の人も巻き込むよな」


「そうだよ! とりあえず、あの馬鹿を止めよう」


「わかっている。なら捕まえようか」


俺たちも渡真利を追いかけるよう走って公園から出ようとするが、澄太は公園の出口に目を向けると何かに気づくように反応する。


「聖也くん! あれ見て! 」


ゴゴゴゴ


戦国時代のような城壁が、公園の出口に現れた。澄太は息を荒くして、両手を膝につけており疲労を露わにする。俺は壁をよくみて感心してみた。


「城の城壁かよ! リアルだね」


「って感心している場合じゃないでしょ」


「大丈夫、後はあいつに任せたからさ」


再び澄太のツッコミが冴えていたため、俺は少し嬉しかったそぶりをする。しかし、渡真利が逃げたのが手痛いのは確かだ。俺たちは追いかけるが、渡真利が城壁を生やしたため、公園の入り口を塞がれた。ならば、もうあいつに任せるしかない。


「ハァハァ。よし、あの化け物は消えたなぁ」


渡真利は、息を荒くして駅に向かうが、そこには聖川がいる。聖川は手を前に出すと


「逃げるなよ、建物野郎。逃げたらどうなるか分かってるよなぁ? 」


聖川の目は、渡真利をゴミを見るように扱い脅す。


「ふ、ふ、ふん!知るかよ。お前の魔法なんか怖くねーよ」


「そうか? じゃあ、試してみるか? 言っておくが、俺の魔法は一撃で殺せるぞ」


「は、はははったりだろぉ」


スッ


聖川の手からナイフが出されて、渡真利の左頬にかすり傷を与えた。


「ヒイッ」


「どうした? 怖くないんだろ? 今のは一本だったが千本くらいは軽く出せるぜ」


渡真利はガクリと腰から力を抜け出しビビった。


「ご、ご、ごめんなさいいいい」


「あ? じゃあ、俺の仲間を解放しろや?」


「ひぃい。は、はい」


こうして渡真利の魔法で作られた城壁は素粒子状に分裂し消滅した。


「聖川! 」


「透! 大丈夫だった?」


「ああ!とりあえず、こいつ殴っていい?」


「「いや、ダメでしょ」」


その後、俺と澄太は霞と霧を出し、澄太の能力で形状を縄に変化させて、二重の縄で渡真利の腕を背中の方に縛って、公園前の裏側の木にくくりつけた。


「ご、ごめんなさい」


渡真利の反応は、母に叱られた子供のようにグスンと泣いているような反応だった。


「あ? まだ謝るんじゃねーよ」


「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいい」


聖川は、鬼のような顔と低い声で渡真利に圧をかける。


「じゃあ、まずは全て元に戻してもらおうか。そうすれば命だけは見逃してやる」


「は、はい」


聖川が放ち怒りのオーラは公演中に伝わるかのようだった。

渡真利は、恐怖から早く抜き出したいように、魔法で仕掛けたトラップを全て解除した。


「終わりました」


しょんぼりしている渡真利を見て、こいつはもう反省したからいいだろと内心思っていた。


「もういいよ」


公園には、渡真利の魔法で作られた建物が消えた。聖川は先ほど買ったナイフを渡真利の首に突きつけて鬼の声のように低く威圧的に叫ぶ。


「いや、まだだわ。大人しくリタイアしろ。リタイアしなければ今すぐ殺す」


「わ、わわわわわ分かりました」


再度、聖川と言う男がどれだけ怖いかを再認識した。というか普通に目が怖いわ。俺は抜け殻のように正座している彼に告げた。


「どんな事情があったって人を殺したらダメだ。例え殺人ゲームでもだ」


渡真利は、反省しているようだったから俺たちは渡真利の縄を外した。直後、渡真利はゲームマスターにメールで連絡をして、リタイアの意思を伝えたが、後継人がいなければリタイアが出来なかったため後継人を探す必要があった。


「じゃあ、俺が後継人になるわ」


聖川が後継人になり、渡真利とともにリタイアの場所に向かう。彼らを見送ると、残った俺たちは、駅に戻って、帰りの電車に乗ることにした。


参加者ナンバー3渡真利蓮屋の過去


俺は、建築がしたかった。自分が作ったものを誰かに見せたい。そう思ったのは、いつからだったろうか。もう何年も前のような気がする。父は社長で母は大学の教授のため、お金には不自由な暮らしではなかった。しかし、中学の頃から父の口からある言葉が放たれ続けた。


「お前は俺の会社を継げ」


父の会社は、俺が学びたい建築学を生かせるものではなく、カレー屋のチェーン店を経営する企業だ。飲食店の社長になることも、当時の俺は悪くないと思った。しかし、俺には建築に対する強い夢があった。当然。俺は親父には反発し、建築学を学べる大学の東京工営大学の建築学部に入学して、好きなデザインの建物を描き続けた。


「イタリアやフランス。スペインのサクラダファミリアか!見てみたいなぁ」


俺の建築に対する探究心は日に日に強くなり、大学のサークルや飲み会に行かず、設計図を描き続ける大学生活を送るようになっていた。だが、そんな日も長くは続かなかった。


母はすでに限界だった。元々、大学教授で地位も権威もある母が、飲食店の大手経営者である父とは、いずれうまく行かないことになることは想定していた。それはそうだろう。もう二人の仲は方向性の不一致が続き、離婚するのは時間の問題だったんだ。しかし、一つ問題が起きてしまった。大学生活の金銭的援助がままならなくなった。もうすぐ大学三年生になるが、学費を払えない今、このままだと中退してしまう。そんなとき、家に帰ると黒い箱と、このゲームへの参加券が与えられたんだ。俺はこのゲームをクリアして、親の力もなく社会を出て、有名な建築士になるという夢を叶えるために俺はこのゲームで戦った。しかし、あの可愛い顔の高校生と睨みが怖い奴のせいで、俺は正論を突きつけられたとともに粉砕してしまった。


「俺は、焦っていたのかな」


初日に敗れてしまったが、まだ命はある。


「もう一度、やり直してみるかな」


俺は、新たな第一歩を踏み出すことにし、聖川という男と一緒にゲームマスターとの待ち合わせ場所に向かった。


四月一日 朝八時


朝早くに俺の仕事は始まった。今日は一人目の脱落者の手続きをするためだ。


ピンポーン


さっそく脱落者が来たようだ。俺の名前は双葉七海。このゲームのゲームマスターだ。といってもこのゲームは俺が始めたわけではない。俺はあくまでゲームマスターなだけだ。ゲームを管理するのが俺の仕事だ。それがこのゲームのゲームマスターの仕事である。そして、今住んでいる俺の家はゲームマスターのために用意されたビルの地下だ。半年前に真野聖也の妹、つまり俺の彼女こと真野みことに家を特定されて以来、セキュリティシステムや行動には注意をしている。

ここの地下二階にはゲームのために用意されたモニターがある。この二百七十度のパノラマモニターは、最新式で能力者の位置情報を示す端末の発信機と能力者の番号が映っている。右下端にはテキストで能力者の行動が載っている。


ナンバー1とナンバー35、ナンバー52がナンバー3を倒した。


ナンバー1の名前は、俺の彼女の兄貴である真野聖也だ。彼のことはゲーム直前までに調べ終えており、俺が自身の目的を叶えるために、適正だと判断してゲームに参加させた。


ガチャ


玄関のロックと地下2階のロックを解除した。ナンバー3の彼は、誰かと一緒に少し早歩きで歩いていく。


「ん? 誰だ? 」

顔は黒いキャップで隠れており、端末の位置情報にも載っていない。


「おそらく後継人だが、どういうことなんだ? 」


俺はモニター室でボソッと呟きながらゲーミングチェアで回転する。だが、俺の脳裏にはある人物の顔が思い浮かび、画像を拡大すると納得してしまった。


「あっ、そういうことか。やっぱり油断ならないね」


もう一人の男の正体が分かり、全てを察した俺は発信機のレベルを少し高めれば俺の予想は確信へと変わった。


トントン ガチャ


ドアが開かれると先に長い髪が目にかかっており首元に縄で締められたような跡があり、猫背だが高身長の青年が現れた。着替えたようで綺麗めな白いシャツにグレーのズボンと、絆創膏を何枚も貼った顔は、彼の心が何か変わったかも知れないという現れかも知れないと内心思った。俺は、一回咳払いをし彼の目を見て会釈をする。


「はじめまして、このゲームの現ゲームマスターである海(うみ)です。君は参加者ナンバー3の渡真利蓮屋くんかな?」


「は、はい! そうです。渡真利です」


「昨晩、彼と仲間がが君を倒したようだね」


「はい! 彼らにやられました」


「それで、今日、リタイアをしたいのかな?」


「お願いします」


「よろしい、では先に彼を呼んで貰えるかな? 」


脱落したので、彼に後継人とともに来るように住所を教えておいた。だが、後継人の名前は俺の予想とは反していた。まず、順に振り返ることにした。ドアから入ってきたのは渡真利蓮屋。二十一歳の建築家志望の大学生。ただし、リタイアなので後継人を連れてこないといけないのだが、渡真利は一回首を左右に振る。


「その前に色々とリタイアについて確認するべきでは? あなたは本当にゲームマスターなんですか? 」


「ああ、俺がこのゲームのゲームマスターなのは本当だよ。まっ、君が想像していたのは、高齢の男性か極道な人物だと思うけど、残念だがそんなスポンサーはいないよ」


「でも、じゃあ!なんで、こんなゲームをしているんですか? 金持ちの暇つぶしでもなさそうですし」


「ある人物の願いを叶えるためだよ」


「願い? なんですか? 」


「まぁ。リタイアする君に言っても無駄だからね。これ以上は詮索もされたくはないし言わないよ。それより、今度はこっちの番だ。なぜ、君はリタイアしたくなったのかな?彼にやられた以外にも、何かを見つけたような感じはするけど? 」


少しの時間、渡真利は黙って俺の目を見つめた。そして、彼がふいに天井を見上げると答えを独り言のように呟いた。


「これは俺の物語だ。親や友のものではない。俺が創らなきゃいけないんだ」


渡真利は再び俺の目をジッと見つめて言葉を発する。


「誰にも縛られたくない。誰かを不幸にして生き残っても虚しいだけですよね?それが、俺の答えです」


「え? 君なのか? いや、ごめん。なんでもない」


このゲームの参加者には様々な事情がある。家庭や仕事などの人間関係や、夢や希望で満ちている者。普通に人生を送っているような人は選ばれにくいはずだ。俺が、彼らを指名したから間違いなかった。真野聖也という男を選んだのは、ずば抜けて正解だということを俺自身も思っている。結果、過去最速で脱落者を引き起こしたのだ。やっぱり、聖也くんは俺とは違うか。


「人生まだまだ長いんでゆっくり考えます! 時は金なりですから! 」


「そっか」


このことわざには意味がある。渡真利蓮屋と言う男のモットーとなるだろう。その渡真利は、俺に笑顔で近づくのだった。


「ありがとうな。海」


「どういたしまして」


俺は何かを後ろめたく思うような顔で彼に反応する。渡真利は俺に感謝を告げたのは、きっと、ゲームは彼の何かになれたのだろうと俺は思いつつ。彼に後継人とリタイアの手続きに戻すことにした。


「では、リタイアのための手続きをします。後継人はどなたでしょうか? って彼か」


基本、後継人がいないと、参加者が生存したままリタイアすることは出来ない。なぜなら、これはクリアまでの間に、殺し合いをしなければいけないゲームだからだ。もし、後継人がいなければ、端末と能力を回収して、ゲームマスターの権限で殺害しなければならないのだが、今回はリタイアを認めずゲームに戻すと定めた。その後継人が彼だとはな。


「はい、決めました。後継人は彼でお願いします」


ガチャ


「失礼しまーす!って感じじゃねーよな。極悪ゲームマスターさん? 」


ドアからあの子が現れた。緑のパーカーでスポーツ系の男子高校生で前髪を上げている。モニターを見て察することができた。


「まさか、君とはね? 悪いけど聖也くんとは馴れ馴れしくしないでくれるかな? 」


「一昨日ぶりだな双葉七海。それは嫌だぜ。そう簡単にあんたの思い通りにさせるかよって」


「ああ、そうか。もしかしてさ、聖川透くん一つ質問があるんだけど?俺のこと聖也くんにバレてる? 」


「勿論バレてるぜ」


「やっぱりバレていたのか。ところで聖川くんが後継人であることは、聖也くんには言ったのかな? 」


短時間でお互いに腹の探り合いをする俺たちに、渡真利はきょとんとした表情になっていた。


「悪いね。彼とは、少し因縁があるのでね」


「は、はぁ」


「因縁ってほどでもないだろ? あんたは俺が聖也に干渉するのが嫌なだけだろ?過保護だねぇー」


「別にいいじゃないか?大事な弟的な存在に変な虫がつくのが心配なだけさ」


「なんだとっ! おいっ。訂正しろ」


聖川の怒鳴り声がモニター室全体に響き渡る。俺は少し過度に挑発しすぎたことをお詫びすることにした。


「ごめんごめん。言いすぎた」


「ふん、まぁいいぜ。それより、話を戻すがいいか? 」


「ああ」


「あんたさぁ、聖也の正体が、相当頭がいいこと知ってただろ? 驚いたぜ、まさかな。こいつの能力や行動まで読んでいたしな」


「知っていたよ。聖也くんは俺のことを英雄だと言っているが、俺は、聖也くんのことを神だと思うよ。ただね、本人は気づいてないみたいだけどね」


「なるほどねぇ。じゃあ絶対円術を隠していたのは、あんたの差金か? 」


「試していたんだよ? 聖也くんが本物か偽物かね?」


「どういう意味だよ? 」


「さぁね? 」


俺はこれ以上彼に探られることを恐れて話を逸らした。聖川は不満そうな顔をして俺を見ている。


「ちぇ、仕方ねぇな。じゃあ、とっとと俺の能力を強化してくれ。建物なんていらねーから」


「え?なんでだよ! 俺の能力欲しいってさっき言ってただろ? 」


「俺は能力じゃなくて能力強化をして欲しい。そのためにお前はリタイアするんだよっ。俺には、成し遂げなければいけないことがあるんでね」


「なんで、能力強化にこだわるのかな? 」


「あ?」


俺は、両手を組んで足を交差する。聖川の表情は、おぞましいほどの怒りを放つように俺を睨む。渡真利は両手を前に出しておどおどしている。

「君はどうしてその能力にこだわるのかな? 」


「いや、こだわりじゃねぇ。確かに、渡真利の能力は便利だ。でも違うだろ? このゲームは能力を複数使えるってこともクリアの鍵になりそうだが、昨日みたいに聖也の能力と澄太の能力は明らかに聖也のほうが上だ。だったら、渡真利の能力は下位のほうじゃねーか?俺が欲しいのは上位の能力だ」


「そっか。その考えは正しい判断だよ。もしかしたらと思って君もゲームの参加者候補に入れておいたんだけど、大正解だったようだね。君も聖也くんと同じようにゲームをクリアに導ける人材かも知れない」


俺は彼を少し挑発してみた。聖川透という人間は、聖也に干渉することで目的を果たそうとしている。その目的は俺にとっても厄介なのは明らかだ。もし、彼がゲームに巻き込まれたことに対することで俺に怒ってるなら、彼は俺に殺しにかかるだろう。聖川は右手の拳をぐっと握りしめてため息を吐く。


「残念ながら、俺は聖也には及ばない。ただ、聖也は俺のこと親友だと思っている限りは、俺も親友を裏切りたくはない」


「というと? 」


「俺たちは本当に分かり合える友達だと思っている。でも、俺のことを全て聖也に全てを伝えてしまったら危険だろ、俺自身がどんな人間か全て知られてしまったら、聖也は俺と絶縁すると思う」


やはり、彼は面の皮が厚いな。聖川透は自分の過去を遅れてしまっておるのかも知れない。俺は首を横に振り、彼の力になることを決めた。


「残念だけど、聖也くんはそんなことで絶縁なんかしないよ。君の過去は、ゲームマスターの権限で大体知っているけど、聖也くんはそんなことで怒る人じゃないよ! 」


「分かったよ。聖也のこと好きなんだな。でも、あんたも同じじゃないのか?無理してなにかを押し殺しているように見えるぜ」


聖川の指摘は正しかった。俺は五年前からずっと無理をし続けている。それは英雄としての双葉七海でもあるし、もっと奥の感情だ。


「いずれわかるよ」


この言葉の重みは深淵のように深い。聖川はふぅんと呟く、渡真利は黙っている。

俺は本題を進める。


「それより後継者さん?能力の強化でいいですね? 」


聖川は、俺が話を逸らすという意図を理解したようだ。渡真利も同様に理解したかのように慌てて俺に端末を渡す。


「ああ頼む」


「それでは能力強化を! 」


すると使い魔が渡真利の口から出てきた


「おええええええ」


嗚咽を吐く渡真利のことから、俺は目を逸らして聖川の方に向ける。


「おおっ」


使い魔の黒いカラスには腹に3とかかれている。カラスは聖川の腹の中に入ると七色に光り融合した。


「能力強化完了いたしました。また、渡真利さんはリタイアいたしましたので速やかに退出してください。」


「は、はい」


渡真利は聖川のことが怖いようだ。何をしたんだ?渡真利は部屋から出て行った。


「さて、聖川くん。再度確認するようで申し訳ないが、もう、俺が事情があってゲームマスターしていることくらいは知っているんだろ? 」


「まぁ、あんたに何かしらの事情があるのは間違いねぇな。一昨日会ったときとさっきの反応からみて明らかに違っていた。この数日間にも何かあったんだろ?」


「それは一昨日に元カノと電話していた君を心配していたからだよ! 」


「嘘つけ!そこまで調べてあんのかよ。じゃあ浮気じゃねーことも知ってるな? 」


「まぁな。もう用件が済んだなら帰ってくれないか」


「ああ、その前に最後に一つ聞いてもいいか? 」


聖川は真面目な表情と声のトーンを低くして俺に聞いてきた。


「答えれる範囲なら」


「あんたにも能力はあんのか?」


「あるよ! 」


俺は、彼の質問に笑顔で返す。聖川は、心底うんざりしたような嫌な顔を俺に見せた。彼は、怒り土呆れて部屋から出て行った。俺はペットボトルのミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して


ゴクゴクと口に含む。


(そろそろいいかな? )


「もう、出てきていいよ! 」


俺の彼女がモニター室の右横の扉から出てきた。


「ななくん」


「何か言いたいことがあるんだね」


「うん、ななくん。本当のことを言わなくていいの? このままじゃ、ななくん悪役だよ? 」


「ああ、いいよ。聖川くんのことは」


「そうじゃなくて! ああ、もう! ななくんって、どうして一人で抱え込もうとしているの? 」


彼女は、先ほどの聖川との会話を聞いていたことから、心配していたと俺は思っていた。そしかし、彼女はそのことで起こっているわけではなかった、真野みことは俺の彼女であり、真野聖也の妹だ。俺の黒白であるモードコーデとは違い、白いカーディガンにピンクのロングスカートのコーデ。ショートカットが特徴の高校一年生で、豊かな胸だがスタイル抜群でモデルの仕事もしているほどの逸材だ。


「いや? 俺は一人で抱え込もうとしているわけじゃ…」


「嘘つかないで! ななくんはゲームマスターをしている理由を話していないじゃない! もし、話してくれたら、せめて…」


「気持ちは嬉しいよ。でもね、ゲームマスターをする以上は理由なんていらない」


「ななくん。私は、ななくんの味方だよ? 」


「ありがとうね、みこちゃん。それでも俺は、彼らを信じているんだ。彼らなら、俺ができなかった答えを導けるかもしれないからね」


「やめてよっ! お願いだから、ななくん。そんなこと言わないで」


彼女は泣き出してしまった。俺は、彼女を少しでも安心させようと笑顔で返す。


「笑ってもダメだよ。私は、あなたにも幸せになって欲しい」


「大丈夫、大丈夫だよ。俺は君のことが好きだから」


「うん。信じるね」


「ああ、約束するよ」


正直、彼女の心配は死ぬほど嬉しかった。でも俺は救わなければならない。彼を救わなければこのゲームの惨劇は永遠に続くだろう。


「ななくんがそこまで言うなら。でも、私はななくんの力になりたい!私をもっと頼って欲しいの! 」


彼女は、はっきりと言ってくれた。これ以上、ありがたいことは多分起きないだろう。


「みこちゃんが俺のサポートを少しでもしてくれるだけで十分だよ」


「ほんとに? 」


「俺は、みこちゃんと一緒にいられるだけでも嬉しいよ」


「ななくん」


俺と彼女の日常はゲームの最中でも変わらなかった。だが、俺は彼女のことを完全に信じているわけではない。俺はゲーム開始前までには、彼女に自分の過去を全て話した。彼女は俺を強く抱きしめて、頭を撫でてくれたことは今でも覚えている。六つ下の高校生の女の子に一瞬だけだが、懐かしい記憶を思い出させてくれた。彼女のシャンプーの匂いは、俺の過去を優しく和らげてくれた唯一の時間だった。しかし、俺が英雄やリア充などといった理想の大学生ではないことを彼女に見せてしまえば、彼女は俺の元からいなくなるのかも知れない。故に、俺は彼女に本当の姿を見せたくない。双葉七海はいつだって理想である必要があるのだ。俺は、ふいに彼女に抱きついてしまった。


「きゃあ、ど、どうしたの? 急に」


「ごめん、しばらくこうしてもいい? 」


彼女の柔らかい身体とシャンプーの匂いが、俺の身体を優しく包み込んだ。彼女は、俺の要求に快く頷いた。


(少しだけ、少しだけだから)


これ以上、ただ抱きついてしまえば、彼女に本当の姿を露わにされる恐れがあるので。俺は彼女に話題を持ちかけることにする。


「ところで聖川くんのことどう感じた? 」


「お兄ちゃんの親友って聞いてたけど、こんな人だったんだね。ななくんに対しても失礼だったしなんなの!」


彼女は抱きつきながら、彼の口をこぼしている。


「まぁ、彼にもいろいろ事情があるんだよ。彼も皮肉な能力を持ってしまったもんだし」


「え、そうなの? 聖川さんの能力って? 」


みことは俺に聖川の能力について聞いてきたため、彼女の体からゆっくり離れて、俺はモニターに彼の情報を表示させた。


参加者ナンバー52聖川透 窃盗を操る能力


「これって? どういうこと? 」


「見た通りだよ、窃盗。つまり。一度見たものなら、大体のものを自分の懐に持たせる能力。キル数が上がれば、範囲と対象の数も増えていく。絶対円術もその進化版かな。彼が誰にも本当の能力を言っていないのは、まさにこのことだよ」


俺は知っている。聖川の過去は、到底計り知れないものだということを。いずれ、聖也が知るかもしれない。でも、聖川透は自身の過去を知られるのを聖也に遅れているが、聖也は君の過去を受け入れるのは間違いない。だって、聖也は本当にすごい高校生だから。

参加者ナンバー3 渡真利蓮屋 建物を操る リタイア

参加者ナンバー52 聖川透  窃盗を操る  能力アップ1

残り参加者七十一名

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