第3話
お師匠さんから「“名取り”にならないと踊れない曲もある」と、教えて頂き僕は、日本舞踊にのめり込んでいきました。
自分の人生とは違う沢山の人物になれて疑似体験をしているような気分。もはや日本舞踊は僕の単なる娯楽やお稽古ではなく、いずれは「お師匠さんの様な舞のできる師範代となる」と、人生の目標となっていきました。
そんな中、母の鬱が悪化しました。
それは踊りにも出てしまい、振りが覚えられなくなり、稽古中もお師匠さんに叱られ、それでより萎縮してしまい、踊りの最中に身体が固まり踊れなくなってしまう、という悪循環。
あの時の母は、本当に息子の僕でも目を逸らしたくなるほど痛々しかっです。
僕はというと、同世代の門下生が出来た。彼女もまた純粋に踊りが好きで真っ直ぐな人でした。
一方、母は鬱が悪化し、家で昔の母に戻り、僕への暴言や暴力の日々。
それでも僕には日本舞踊があったから救われました。どんな嫌な事かあっても扇子で要回しをしたり、寝る前にひとりで稽古をして現実逃避していたのかもしれません。
そんなある日、事件は起こる。母と一緒に稽古に行った時に、彼女がいました。
そして、日本舞踊では稽古までの待ち時間まで見学も自由だったのですが、「真っ直ぐな踊りで好きなんです。」と、よく彼女は僕の稽古を見学してくれていて、後にお師匠さんから教えていの頂いたのですが、彼女はお師匠さんに僕の稽古日を聞いて見学出来る様に稽古のスケジュールを組んでいたらしいのです。
その日も母の稽古はボロボロで、家に帰ってから母はヒステリックを起こして暴れ出しました。
僕が母を落ち着けようとした時でした。
母が「あの新しい門下生が何よ!良いわよね。若いっていうだけでチヤホヤされて。若いから踊りも見た目も綺麗で、振りの飲み込みや吸収も早くて。ただ若いだけじゃない!」と、なんの関係もない彼女へ嫉妬心なのかはわからないが泣き叫んだのです。
僕は限界でした。
母のこんな姿も見たくなかった。
ただ真っ直ぐに踊りが好きな彼女の事をそんな風に言われた事。
僕は、暴れる母をリビングに残し、自分の部屋に戻りました。
そしてその後、僕は母にはバレないようにアパートを探し家を出ました。
最後の日、母に今まで育ててくれた感謝の気持ちを伝え、しかし彼女の事を悪く言われた事に落胆し絶望した事、そして、僕はもう死んだと思ってくれ、家族の縁を切って欲しい、と告げて家を出ました。
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