第3話
正直この年でここまでそんな想像をリアルにすること自体が恥ずかしかったがそれしかまさしく形容できる比喩がなかった。23までの一生でドレスコードというものをここまで本気で意識したことなどなかった。大抵本当にそんなものがある場所ではちょっとシンプルかおしゃれめなワンピースを着るかスーツや貸衣装で済んだものを。これがそうか、この感情がまさにあれか、こんな気分だったのか?王子じゃなくて推しなんだが。本当に遠目に見たいだけなんだが。いやグッズも欲しいけど。
浴衣ではどうアレンジしようと10月31日の浅草を歩くには恥が勝つ。それを恥じてしまう程度にある教養が邪魔臭い。ゴスロリファッション系統はリアルにロリだった時代は楽しんだが大学時代にほぼ卒業して手放していた。結局お面や何かを買ったりもしていない。
チケットは簡単に手に入る。
あの公園での催しもそうだったが、彼らはとても小さな規模でも地域巡業などをやっている。
競争率などはない。
だがあやかしにならなければあの遊園地の門はくぐれないそうだ。
あやかしとは。妖怪系の仮装とは?
海外ブランドのチープな雑貨やにもハロウィングッズはある。というかまあ、ヘアピンの猫耳くらいで済むならさっとつけて外せばいいだけだ。あやかし。妖怪系。妖の仮装?
このドレスコードに最後の最後まで迷った。
そしてまあ、軽くそれらしいものになればと思いしっぽのキーホルダーとファーケープを買って、これならそれぞれ普通にも使えるというぐらいの安置なアイテムをそろえた後、彼女とのファミレスの食事でこう漏らしたんだ。
「あの和装のときの襟ってどうなってるの?浴衣とかだと抜いてもあんなに立たないけど。なんか入ってる?」
参考程度に聞くつもりだった。ようはあの首元だけうまいことやれば、洋服のままでも耳と毛皮と尻尾があってロングスカートでも和装のようになるだろうというイメージで聞いた。彼女は私があやかしにならねばと思い立つほどマイナーすぎるマイナー新規ジャンルを開拓していることなど知る由もない。
手元にあったタバスコの瓶に紙ナプキンを折って巻きつけながら説明し始めた。
ふむふむと聞きながらまあ巻き方とか重ねがどっちが上とかぐらいは知ってるんだってそれくらいの知識と教養はあるんだ、だからなんで立ってるんだあれと聞いたら普通に芯を通していると聞いた。
芯がいるのか。面倒だな。コスプレとかは衣装から作ったりはしたことないんだよなあと思いながら自分のフィールドの質問をされてテンションが高くなっている貢癖のこども相手に話半分で相手をし続ける。
いつどういう形で会っても彼女と私の会話とは常にこうだった。
通じることのないのが前提のやりとり。
それを面白がりながらわざと聞き流す大人と、理解できないはしゃぐこども。
ドリンクバーのすべてのボタンが押されたありえない色のジュース。
何リットルも入るゴミ袋のようなボリュームのチープで高価な貢ぎ物。
浴衣関連で和装用品はひととおりもらっていたが襟芯はなかった。
それを聞くか聞かないかのうちに、彼女は珍しく私の意図を汲んだ。
着る機会のないポリエステルのきものがあるからもし少しでも興味があるなら、と。
私は昔から、彼女に何かモノを要求したことがほとんどない。
おもちゃやおかしだけではない、食事までも。
なにかを欲しいとねだったこともぐずったこともない。
手のかからないいい子だったはずだ。
その反動でもあるんだろう、彼らがこの十数年私に貢ぎ続けたのは。
私の部屋が城を動かす星を飲んだ青年の寝室のような様相を呈しているのは。
ようするに、その次から。
彼女はいっきに様々な着物用品も私に貢ぎ始めた。
むかしばなしか。すずめのつづらか?
芯どころかまずそのポリエステルのきものというものも二枚セットかつ帯とひもと鞄とひもとひもとひもとその他もろもろのスターターセットがやってきた。ありがたく頂戴する。向こうに負い目がある分こちらには一切の負い目がない。今までもこれからもこれはどんなに高価なものに対してもそうだ。
まあ彼女が着ないと言っていたのは茶道の師範の資格も持っていた彼女には本物の着物が数十枚もあり、ポリエステルのこれらは本当に軽く着れるためのものだったが今となってはということらしかった。あれだけのさまざまなことを経て、娘に自分のきもののおさがりに袖を通してもらえるというこの事実が親孝行でしかないだろう、全く出来た娘を持って感謝するんだよというぐらいの完全な上から目線で拝領した。
つづらというか、二つあった和物用の衣装ケースがあれよあれよと言う間に着物で埋まっていった。たとうしたちがえげつない圧のミルフィーユになっていく。
先程から何度も触れている、かつての私の6畳の自室の様相についてはまあだから別の話にしよう。
いつまでたっても本題に辿り着かない。アニメ映画のパプリカのような話になるからそちらはそちらでいずれ書く。
そう、ここで書き留めておきたいのは手持ちの付喪神着物ちゃんの話のネタメモ+前日譚エッセイ。
前々から思っていたが、私の手元にある100年越えの歴史あるかわいい現役おさがりきものちゃん、付喪っ娘のゆかりちゃんの話を書きたいので経緯を整理するエッセイを書きいている。
今まずは着物を始めたきっかけと手に入れた経緯の前日どころかここまででやっと1、2年前というところまで来た。
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