第4話「スーさん」

 明日から点滴入院に入るというスーさんは、会社の上司。白血病を克服した現在も、検査と治療を続けている。

 前回の検査で肝臓の数値が高くなり、即刻入院となった。仕事を片づけるために医師を説得して、会社に戻ってきていた。

 爆弾を抱えた彼の身体は、些細な変化も油断ならない。体調管理には慎重だったろうが、連日の書類の山やクレーム対応で、疲労が溜まっていたのだろう。


 坊主頭のスーさんは、顔と頭の境目はどこか、とからかわれる。薬のせいだから仕方がないのだが、私は初対面からそのスタイルの彼しか知らないので、逆に髪の毛があるスーさんのイメージが湧かない。

 そうとう悪ガキだったであろう青春時代をひきずっている感は、彼の言動の随所に見受けられる。そしてそれゆえに、彼は了見の広い大人である。

 ちょっとやそっとじゃ本音は見せてくれない。いつも冗談で会話を落とし込む。それも得意の下ネタで。


 入社して間もないあるとき、

「どうしてそんなに焦ってるの?」と聞かれたことがあった。

「だって、人生が刻々と短くなるんですもの」

 私の言葉は迂闊だった。

 命の重みを知っている彼を前に、私は甘えたことを言っている。転職してみたものの、馴染めない雰囲気と描けない未来への悲観とで、ぎこちない毎日が続いていた。

「みんな同じだってば。生きてるだけでまるもうけ♪」

 歌いながら手を洗っていた彼の前で、私はふやけた石鹸のように愛想笑いをしていた。


 遅番勤務の私は、スーさんが降りてくるのをひとり待っていた。ガタゴタと建て付けの悪い木戸をこじ開けるようにして、彼が姿を見せた。両手に紙袋やら書類やらの束を手にしている。

「じゃあ、しばらく休むけど、ヨロシク」

「やっぱり苦しいの?」

「いや。別に。普通だよ」

「一日でも早く済むといいね」

「連休があってよかったよ。会社の業務にそれほど支障がないと思うんだ」

「そういう意味じゃなくって」

「俺の病気は薬が治してくれるから大丈夫。それから。あんまり考えないように。君は何でも抱え込むクセがあるようだ」

「考えるのが好きだから」

「それでもさ。自分が一番大事さ。仕事は二の次。だってさ、生きているってことは……?」

「……まるもうけ」

「そっ! まるもうけだからな」


 私達は握手をして笑いあう。

 スーさんの手はするっと薄くて、熱くも冷たくもなかった。

 エンジンがかかり、スーさんの車は去ってゆく。ほの暗い街を抜けて家路に着く間、何を思うだろう。家族の前でどんな表情をするのだろう。治療を受ける姿を想像すると、切なくなる。


 帰り際、見積依頼の書面がファクシミリから流れてきた。専用のボックスはスーさんの席の脇にある。彼の机の上は整然としていたが、一枚のメモに何か書き込んであった。小さくて読みとれないので目を近づけると、『見たな』と書かれていた。


 やっぱりスーさんは、坊主頭が似合っている。

 簡単にはわからない、何者か知れない底がある。

 顔と頭の境目がないのが、スーさんなんだ。


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