第19章 終戦②

 母親を思い出して泣き出しそうな江美を、何でも良い……何でも良い、理由をつけて褒めてやろうと思い、頭をクシャクシャと撫でた。

「じゃあ、もしかして、その森でひとりで住んでるの? すごいね、江美ちゃんはとっても偉いね?」 


 途端、照れながら江美が言う。

「えへへ。まぁ……そういうこっちゃ……」

「江美ちゃん……その口癖……」

 その懐かしい口癖に横井は再度感極まり、涙を流しそうになる。


 しかしどうも不思議だった、森の中で子供だけで生活していると言うのか?

 戦後の何も物資のないこのご時世に、どうやって食料を? きっと苦労しているに違いない。もし何か力になれる事があれば……横井はそう思った。


「おじちゃん泊まるところ無いんだ。よかったら江美ちゃんのお家に、お邪魔してもいいかな?」


 正直、泊まるところなど問題ではない。野宿なり何なり方法はある。

 唐突だが、そうすれば彼女の生活の様子も垣間見えるだろう。少々わざとらしいが、申し訳なさそうに頭を掻きながらお願いしてみる。


「うん、えぇよ」

 意外とすんなり受け入れてくれたみたいだ。ふたりは仲良く手を繋いで、たくさんの辻岡の思い出を話しながら森へと向かった。


 市街地からかなり離れたところにある森。人も立ち入らなそうな鬱蒼と生い茂る木々の中に、いつ誰が建てたのだろう一軒の小屋がある。


「こんなところに住んでるのかい?」

「うん」


 江美はその問いに答えると、足速にその小屋へと入って行った。横井もそれに続いて入ろうとすると、背後から何者かが横井に話し掛ける。


「あら……お久しぶりね?」


 振り向くとそこには、洋風のドレスをまとった幼い少女と、シワひとつない洋服を着たの男の子が並んで立っていた。

(こどもっ? この子がさっき言ってた……しかし、なんという格好だ。貴族の子だろうか?)


「お久しぶり……って、君たちに会った事があるかな?」

 横井の記憶では、ふたりの子供に会うのは初めてだった。こんな特徴のある子供たちを忘れる事はないだろう。


「そうね……初めましてだったかしら? もうどちらでもいいわ、貴方は知らなくても当然ね、この能力もそれはそれでややこしいわね?」

 そう言ってクスクスっと嗤い、口を手で隠す。


 横井は困惑する。全くと言っていい程、会話が読み取れない……


「ところで、君たちはここでなにを……?」

「私たち……? 私たちは貴方を迎えに来たの」

「わ、私を?」

「そうよ……横井哲也」


 突然会った子供に、名前を言い当てられる。それは明らかに偶然などではなく、自分を知っている。横井は動揺を隠せなかった。


「いったい何処で……」


 その心を見透かしたように、今度は少年が諭す様にゆっくりゆっくり話し始めた。

「君は、この戦争を生き残って……いや、正確には……辻岡寛人と長く接する事で、ある強い欲求と……ある強い使命が芽生えた。そうだろ?」


 今度は自分だけではなく、帝國軍人である辻岡艦長の存在も……更には自分の心理状況まで知り当てる。なにか恐ろしいほどの違和感と恐怖を覚えた。


「何故、辻岡艦長を知っている?」


 その問い掛けを無視し、さらに少年は続ける。

「自分たちは一体何の為に……誰の為に命を犠牲にして戦ったのか……そして、それは報われたのか? 守る事が出来たのか、正しかったのか……その後、日本はどうなっていくのか?」

 まるで自分の心の内側を鏡で写されたような、少年の言葉に不思議と吸い込まれていく。


「そして君は……見たいと願うだろう」


 少年がそう言い、横井の頭に手の平をそっとかざす。すると横井の脳裏に、今まで体験して来た恐怖、絶望、失望、喪失、更には目の前で命を落として来た数々の仲間たちとの別離、それらが走馬燈のように駆け巡る。


「私たちの命は……何の為に。知りたい……み、見て……みたい。この日本が……歩む未来を……私たちの戦いは……間違ってなかったと……」


 横井の眼前には、過去と現在……そして未だ見たこともない未来。無数の風景が写真のようにパノラマに広がり、そして混濁していく回想の中で願った。


「その答えこそ、私たちの救いなのだから……」


 辺りが激しい光に包まれ、身体に信じられない程の重力の負荷がかかり身動きが取れなくなる。


「貴方なら、そう言うと思っていたわ。さあ、ごらんなさい……貴方たちが護ろうとした日本の行く末を――」


 少女の声と同時に、無数の眩い光が自分の前を何度も通り過ぎて行く。

 その光は次第に速度を増し、一層輝きを増す。眩しさのあまり目を開く事すら出来なくなると、身体にかかっていた重力が突如解放され、視界が暗転すると同時に、意識と全ての感覚が遠く薄れて途絶えて行くのがわかった――


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