第18章 重巡洋艦カレス③

「ほな、始めようか――」


 艦内の乗組員たちは、既に全員持ち場についていた。

「メインタンクブロー! 艦首を五〇度まで傾け、一気に急速浮上!」


 大量の海水がパラストから吐き出され、グググググと船体が大きく傾く。

「同時に頭上の敵艦に目掛け、回天発射よーーーい!」

 魚雷発射管室の横井と西森が、共同して瞬時に的確な発射角と距離を割り出す。微々たる誤差が作戦を左右する。

 これもまた、天才同士が織り成すその分析の速さは、およそ一分にも満たなかった。


「「てーーーーーーーーーーっ!」」

 ふたり同時に発した声と共に勢い良くスクリューが回り始め、二基の回天が並走して海面へと向かって発射された。



 ――その頃、重巡洋艦カレスでは


「ソナーにスクリュー音を感知! 回天でしょうか?」

「動き出したか? スクリューの数は?」


 重巡洋艦カレスの通信兵が、再度スクリューの音に聞き耳をたてる。

「……音、ふたつです」

「ふたつだと? 間違いないな?」

「はい! 確かに二基のスクリューがこちらに向かっています」


「回天か?」

 そのクリヤマの問いに、道端が自信に満ちた語気で断言する。

「いや、海底のこの距離から正確な位置のわからない敵艦目掛け、無闇に回天を二基とも撃ってくる奴がいるか! ……それに辻岡は人間魚雷である回天を使う事はしない」


「確かに……ならば、それは本艦だ。最大取り舵にて旋回、魚雷にてゴーストを水面で迎撃せよ」

 クリヤマの命令で、魚雷が勢いよく発射される。

「魚雷発射! ファイヤーーーーーーッ!」


 斜め下から向かって来るのは無人の回天二基だとは知らず、伊一四一潜を迎撃するつもりのカレス艦から数発の魚雷が水平に発射される。

 その発射と同時に、カレス艦は大きく左旋回を始める。


「魚雷到着まで、あと五……四……三……二……一……」


「ズドーーーーーーーーーーーーン!!!」

 海面に爆発による激しい轟音と水飛沫があがる。


「よし! 仕留めたか?」

 嬉しそうに急いで双眼鏡で洋上を確認するクリヤマ。



 その爆発から遅れること、僅か数秒……

「深度……二〇……一〇……浮上します!」

 日比野の声と共に、カレス艦左舷側に突如勢い良く海面に姿を現す、伊一四一潜水艦。


 大きく飛び出した艦首を水平に戻した艦体から、海面へ流れるように海水が滴り落ちる。

「敵艦との距離四〇〇、魚雷全弾発射用意! てーーーーーーーっ!」


 一番から四番まで、全ての魚雷が順に発射され、静かな水跡を引いてカレスへと向かう。


 カレスの艦橋から双眼鏡を覗いていた、ガイバーが大声をあげる。

「艦長! 七時の方向に敵潜水艦を目視! さ、先程の水柱はデコイ(囮)によるものです。さ、更に魚雷を確認! こちらに向かって来ます」


 そのガイバーの声に、歯ぎしりしながらも咄嗟に指示を出す。

「なんだとっ……何て奴だ! あの大爆発……回天をデコイに使って回り込んだと言うのか……くっ、全速前進にて魚雷を回避しろ」


 四本の魚雷のうち、先に放たれた三本はカレス艦のギリギリを惜しくも擦り抜けて行く。

 しかし、ブルーデイジー戦で異常を起こし放たれる事のなかった四番魚雷発射管は、偶然にも発射角がズレて他の三本より内向きに発射されていた。

 その一本だけ、逃げるカレス艦を追うように水面を潜行して行く。


「魚雷、敵艦到着まで、三……二……一……」


「ズガーーーーーーーーーー ン!!!」


 魚雷はカレス艦の左船底部に命中し、黒煙を上げる。しかし、沈没に至らしめる迄の致命傷を負わせる事は出来なかったようだ。

「あかん、当たり所が浅い。一発では沈められんかった」


 潜望鏡で外の様子を確認する辻岡。ブルデ戦に続き、またしても丸腰になった一四一潜。

 海面まで浮上しての攻撃では撃沈出来ない場合、敵艦の反撃を受けやすい弱点も持ち合わせている。


 航空母艦ブルーデイジー、重巡洋艦カレス、両艦共に今まで戦ってきた相手とは比べものにならない程の強敵で、最後まで辻岡たちを苦しめた。

 危険水位を超え、更に急浮上して著しい圧のかかった船体の損傷は著しかった。一四一潜はすぐに急発進する事も出来ず、洋上にただ浮かぶだけだった。


 後部から黒煙を上げながらも次第に距離を詰め、重巡洋艦カレスの砲台が伊一四一潜を捉える。

 あとは敵の砲撃と機銃掃射で蜂の巣にされるのを待つのみ。


「万事休す……やな。今回はさすがに、一郎と徹の幽霊も地獄から助けには来てくれへんやろ」

 そう言って苦笑いを見せ、力なく笑う。


 すると艦の外から、拡声器で呼びかける何者かの声が聞こえる。

「キャプテン辻岡、そして伊一四一潜水艦の乗組員たち……出て来なさい。歓迎しよう」

 ナオヤ・クリヤマの声だった。


 どういう風の吹き回しか? このまま沈めてしまうのは惜しいと思ったのか、ゴーストサブマリンの艦長である辻岡の顔を、最後に拝んでやろうと思ったのか。どんな理由にせよ、もう少しのあいだ生き残る望みがありそうだ。


 その場にいる兵員たちと目を合わせコクリと頷くと、辻岡は一番にハシゴを登りハッチを開け勢いよく外へ出た。次々に乗組員たちが抵抗の意思がない事を見せ、両手を挙げて小さなハッチから出て来る。


 惜しくもあと一歩、沈める事の出来なかった敵重巡洋艦カレスが眼前に悠々と浮かぶ。

 その姿をデッキに並び、雄祐たる眼差しで見つめる辻岡と、伊一四一潜の乗組員たち。


 しばらくするとカレス艦長である、ナオヤ・クリヤマが満悦の表情をしながら艦橋から階段を通って甲板まで降りて来た。


 その敵艦の将に対し辻岡は、礼節を以って帽子を脱ぎ敬意を表する。

 しかし、クリヤマは不敵な笑みを浮かべたままその辻岡に応えようとしなかった。なぜなら答えは明白、彼は辻岡を好敵手としてではなく、敗者として見下していた。


 その後ろから遅れて「パチ……パチ……パチ」とゆっくり手を鳴らしながら道端が降りて来た。

 薄ら笑みを浮かべ、蔑んだ目で辻岡を舐める。

「これはこれは……ナイストゥミーチュー、キャプテン辻岡。あの日以来の再会ですね?」


 そのふてぶてしい顔を見て辻岡の記憶が甦る。

「お前……確か、あん時の? 名前……なんやった……」


 

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