9-3

一方研究所から脱出したコウジは、地上をふらふらと彷徨い歩いていた。ダークフォースの襲撃で受けた傷が癒えない街は、例えるなら廃墟のようだった。立ち並ぶ建物の窓ガラスは割れ、街道には瓦礫がばら撒かれ、あちこちから煙、そして炎が上がっている。人々は未だに避難しているのか、人の姿は見えないままだ。


コウジは暗い気持ちで街を歩く。普段のシャインシティとは雰囲気が違いすぎて、見知らぬ戦場を歩いているかのようだ。今までの戦いでも街が破壊されたことはあったが、怪人が倒されればすぐに立ち直り、翌日には活気が戻っていた。この街の復興はとにかく早い。怪人に破壊された市民体育センターやスクランブル交差点も、数日後はほぼ元通りになっていたのだから、よほど建設会社が優秀なのだろう。もっとも彼は、修復されている光景を見たことは無かったのだが。それを考えると、今回の事態の深刻さがよく分かる。敵を倒したとしても、人々の笑顔が戻ってこなければ、本当に平和を取り戻したということはできない。


「……?」

彼はふと違和感を覚える。たった今脳内に走った思考の中で、何かが頭の片隅に引っ掛かったようだ。だが、間もなくその違和感も消失する。それよりも、これから何を為すべきか考えなければ。


コウジは人影の消えたメインエリアを後にし、他のエリアへと足を踏み入れる。人々の避難場所が判明すれば、ユキエや博士の居場所も分かるかもしれない。住宅エリアやベイエリア、開発エリア。いずれも中央部より被害の度合いは低かったが、やはり人々の姿を確認することはできなかった。おそらく大多数の市民は、都市の外へと避難済みなのだろう。それは分かっていても、まるで街全体が放棄されてしまったかのような不吉さを感じてしまう。そして彼は唐突に思い出した。街中を巡り、漠然とした不安感を抱く。この流れが、以前ダークフォースの基地を捜索した時とそっくりである事を。現在に至るまで基地の手がかりは見つけられていない。


結局、俺の戦いは何かを変えられたのだろうか。ダークフォースの侵攻を根本的に止められず、何度も空回りし続けているだけなのではないか。ネガティブな思考を止められないまま、気付けばコウジはメインエリアに戻ってきていた。ここはシティ東端、他の街へと続く幹線道路の始発点となっている。人々が避難したとすれば、ここから出発して最寄りのトワイライトシティに移動した可能性が最も高い。


無人の道路を眺めながら、コウジは思い悩む。博士達の安否が知りたいなら、今からでもこの道を渡り、人々の後を追うべきだろう。守るべき人々が既に居ないのであれば、ここに留まる理由もない。だが、ここを後にするということは、シャインシティを見捨てるのと同義なのではないか。この街のどこかにダークフォースが根を張っているのは疑いようがないのだから。


そもそも、シャインシティを見捨てるなどという行為を本当に俺はできるのか?思えばスパイナーになって以降、シティの外に出ようという考えすら浮かばなかったような気がする。ダークフォースとの戦いを最優先させる以上、当然と言えば当然ではあるが、何かが引っかかる__


もう少しで何かを掴む所にまで至っていたコウジの逡巡は、今回も突然打ち切られた。彼と入れ替わりになる形で地下へと潜り、スパイナーの脱出を悟って地上へ帰還してきたダークフォースの追っ手が、ようやく標的を捕捉したのだ。

「探したでありますよ、解体戦士スパイナー」

コウジは背後からの声に即座に反応し、マインドアーマーを一瞬で装着して敵と対峙する。敵はマフィア風の機械怪人一体。この距離まで気配を感じられなかった事からも、只ならぬ存在であることが分かる。


「我輩はダークフォースの掃除屋・スモッグダークであります。スパイナー、ここで掃除させていただくでありますよ」

「ハ、やってみろ!」

スパイナーが駆け出そうとした瞬間、彼の視界は足元から立ち上ってきた黒煙で包み込まれた。スモッグダークが密かに地表に薄く漂わせていた毒ガスを、敵が動くのと同時に拡散させたのだ。微かな息苦しさと、肉体が僅かに重くなる感覚。だがマインドヘルムが毒を中和しているのか、それ以上の症状は出なかった。もっとも幹部級怪人が相手では、それだけでも命取りになりかねない。速攻で終わらせる……!

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