第8話 果てしなき侵略

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ヒーローワールドの一都市であるシャインシティ。幾度となくダークフォースの魔の手に襲われてきたこの街の上空を、過去最大級の暗雲が覆い尽くそうとしていた。これは、単なる比喩ではない。シティ中心部に立ち並ぶビル群を見下ろすような上空から、巨大な物体が街に影を落としていたのである。


ラグビーボールを左右に引き伸ばしたような楕円形のシルエットは、全長20m級の大きさを誇る。格子状の外骨格に補強された表面は漆黒に塗装され、その側面にはダークフォースの禍々しいエンブレムが描かれている。見る者に比類なき威圧感を与える、悪の組織の武装飛行船。しかしこれは、単なる決戦兵器ではない。この飛行船自体が巨大化改造を果たした機械怪人。その名も、ツェッペリンダークであった。


「ブオオォォーーデン!」

ツェッペリンダークが咆哮とも汽笛ともつかない異音を上げると、胴体下部に設置された船室部分の窓から大砲が一列にせり出し、眼下のシャインシティに向けて一斉に砲撃を開始する。各地で上がる火柱、轟く爆音、人々の悲鳴。平和な都市は今、戦場へと変わりつつあった。


「おやおや、派手にやってますねぇ」

ダークフォース基地内のモニター越しに、守護騎士プロスと参謀カンディルがその惨劇を観察していた。

「あのツェッペリンダークは、確かに破壊規模だけなら我々をも上回るでしょう。ですが、火力を求めて無茶な改造を繰り返したせいで、自我は殆ど残ってない暴走状態。何で自分が暴れてるのかも分かってませんよ」


参謀の言葉通りだった。ツェッペリンダークの船室部分の少し上には、よく見ると小さな人型がへばりついている。かつてはこの部分が怪人の本体だったが、度重なる強化改造の結果徐々に自我が薄れ、現在では本能のままに暴走する兵器へと成り果てている。今回の出撃も、破壊闘士が電子頭脳に強制的に命令を送り込んだ結果だ。


「たとえスパイナーを排除できたとしても、あれでは次の将軍は任せられませんねぇ。破壊闘士殿も、意外と頭が回る」

「……大量殺戮など、下らない。スパイナーだけを狙えば良いものを」

「ほう?」

「それに、あんな意志なき機械に倒されるほど、スパイナーは甘くない。あいつは強くなっている。昔より、遥かに」

「フハ、随分とスパイナーの肩を持ちますねぇ。でも、考えてみれば当然ですか。スパイナーへの思い入れが一番強いのは、間違いなく貴方ですから」

「黙れ」

「まあまあ、ここは破壊闘士殿のお手並み拝見といきましょう」

ちょうどその時、モニターは戦場の新たな局面を映し出した。逃げ惑う人々とは対照的に、巨大な影に向かってくる1人の男の姿。すなわち、解体戦士スパイナーが現場へと駆けつけたのだ。

「博士、見えてきました。ダークフォースの大型兵器ですか?」

コウジは通信機越しに博士と会話しながら、街を走り抜ける。

『いや、恐らくは改造して暴走状態になった機械怪人だろう』

「あんな巨大な敵に、俺の攻撃は通るんですか?」

『落ち着くのだコウジ。機械怪人である以上、必ず弱点はある。今までのデータから推測するに、あいつの弱点は__ザザザ』

博士との通信は途中で切れてしまう。どうやらあの飛行船怪人が上空からチャフを撒き、通信を妨害しているらしい。だが、攻撃可能なことが分かった以上、やることは一つしかない。コウジは足を止めずに、ナットクリスタルを額に翳す。

「マインド・イン!」


「そこまでだダークフォース。街の破壊を止めろ!」

解体戦士へと変身を果たしたスパイナーは、大声を張り上げながら飛行船の前面に立ちはだかる。ツェッペリンダークの電子頭脳は標的の存在を認識すると、全砲門をスパイナーへと向けた。


「ブオオォォー!!」

轟音と共に砲弾が射出され、彼が立つ道路ごと陥没させる程の火力が一箇所に叩きつけられる。その一瞬前にスパイナーは跳躍し、手近なビルの壁を伝って屋上へ着地した。

「換装!アームチェンジ!」

彼の伸ばした右腕が、細長い狙撃銃のような形へと変わる。これぞ彼の新たなる力、ネイルガンアームだ。スパイナーは右腕を上段に構え、上空の飛行船へと狙いを定める。


空中に赤き光の斜線が走り、何発もの釘弾がツェッペリンダークの脇腹へと撃ち込まれる。だが、博士の手によってオリジナルよりも威力が強化された筈の釘弾は、強固な外骨格に容易く弾き返されてしまう。

「無駄な努力ですよ。その程度の攻撃、ツェッペリンダークにとっては蚊に刺されたとすら感じません」

参謀が楽しそうに口走るとおり、ネイルガンアームの攻撃は敵には通じていない。そして、この距離では他のアームでの攻撃は届かない。だが博士の言うように、必ずどこかに弱点があるはず。そこを見つけ出し、スナイパーブレイクを叩き込む!


そんなスパイナーの決意を邪魔するかのように、上空から奇声が聞こえてきた。

「ネジー!」「ネジジー!」「ジー……」

ツェッペリンダークの船室内部から戦闘員ネジーが次々と飛び降り、パラシュートを使ってスパイナーのいる屋上へと降下し始めていたのだ。その数は一体や二体ではない。空中で一斉に花開く数十体分のパラシュート。荒ぶるネジの大群が、スパイナーに向けて降り注ぐ!

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