6-4

石畳の敷地を駆け抜けるスパイナーのヘルム内に、再び光の点滅が写し出される。回避姿勢を取ろうとするコウジに襲いかかる違和感。弾道がずれている……?

彼の動きが僅かに鈍った次の瞬間、上空で爆発音が響く。ネイルガンダークは低層ビルの中腹を狙撃していた。爆炎と共に、コンクリートや鋭利なガラスの破片が下方へと降り注ぐ。下方。すなわち、コウジとユキエの頭上へ向けて。


(しまった……!)

雨のように降り注ぐ瓦礫片を見上げながら、コウジは己の判断ミスを悔やむ。マインドアーマーを装着していれば、あれが直撃したところで大したダメージにはならないだろう。だが、ユキエがいるなら話は別だ。今俺がすべき事は一つしかない。コウジは地面に伏せた妹を、瓦礫の雨から身を呈して庇う。


「お兄ちゃん!?」

再び頭上で爆発音。今度はビルを支えていた柱の一つが破壊され、動けないコウジの背中を直撃。アーマーでは吸収しきれなかった衝撃が彼を揺さぶる。

「ぐっ……ユキエ、大丈夫か?」

「お兄ちゃんこそ大丈夫なの!?」

「気にするな……このくらい余裕だ」


明らかに強がっている兄の言葉を聞き、ユキエは顔を歪める。

「ごめんなさい……わたしが外に出たがったから……お兄ちゃんの足を引っ張っちゃって__」

「馬鹿言うな!ユキエは何も悪くない。迷惑かけてるのは俺の方だ」

そう言いながらコウジは妹を助け起こす。周囲は既に瓦礫が積み重なりバリケードが作られたような状態で、姿を隠すのは難しくない。

「いいか?俺はあいつを仕留めてくるから、この辺で隠れてるんだ」

「う、うん」


敵の待つ中層ビルへと向かおうとするコウジに、ユキエが背後から声をかける。

「あ、お兄ちゃん!」

「どうした?」

「さっきみたいに、爆弾を真上に打ち上げる時は注意して。シャトルみたいに減速するから」

「……どういうことだ?」

「さっき爆弾が落ちるのを見て、思い出したの。バドミントン のシャトルって、羽根の部分の空気抵抗が大きいから、高く打ち上げるとその分ゆっくり落ちてくるんだけど、あの落ち方はそれにそっくりだった。多分あの爆弾にも、空気抵抗が大きいところがあるんだと思う」

「__なるほど」

「呼び止めちゃってごめん、こんなこと役に立たないよね」

「いや、すごくいい情報だった。ありがとうユキエ。じゃあ行ってくる!」



目標のビルに向かって加速しながら、コウジは戦略を練り直していた。今の情報は、実際かなりの価値がある。特に、相手がその特性に気付いていなければ。流石はユキエ、俺の妹だ!

飛来する普通の釘弾を何度か回避し、スパイナーはビルの入口へと到達する。


さて、これからどうやって屋上に向かうか。ビル内部を通れば敵に攻撃されることはない。しかし、同時にこちらも敵を見失う恐れがある。それより手っ取り早いのは、ビルの外壁を直接駆け上がって行くルートだ。スパイナーは外壁を見上げる。高さは約20m。自分の跳躍能力なら、2度のジャンプで屋上まで到達できる。

そうと決まれば、ぐずぐずしてる暇はない。スパイナーは腰を落とし、跳躍体勢に入った。


一方のネイルガンダークも、屋上から敵の様子を見下ろしていた。なるほど、裏取りしてくるかと思ったが、堂々とFRONTから来るとは。ならばこっちも最大火力で迎え撃つ。機械怪人は爆薬付きの釘弾を大量に取り出した。


スパイナーはビルに向かって斜めにジャンプする。壁面のちょうど中間地点に足をつけると、その反動で更に上方へと跳躍。よし、このまま一気に屋上まで__

その時彼は、複数の光弾が上空から雨のように降ってくるのを見た。


迫り来るのはいずれも爆薬付きの弾。こちらの動きを見て一気にばら撒いたか。だが好都合だ。スパイナーは空中で体を捻り、細心の注意を払いながら数発を跳ね返す。そのまま壁面に再度着地し、残りの爆薬をやり過ごしてから改めて垂直に跳び上がる。


スパイナーの眼前から外壁が途切れ、高く張り巡らされた安全柵をも跳び越し、とうとう屋上全景が視界に入る。そして彼は、遂に敵の姿を捕捉した。軍人のような姿をした敵怪人・ネイルガンダークが銃を構える姿を。その銃口は、スパイナーの頭部を完璧に捉えていた。


来た!ネイルガンダークは心の中で快哉を叫ぶ。敵の動く場所を予想して事前に照準を合わせる、いわゆるPOSITIONING SHOTが見事に嵌った。奴があの体勢から攻撃するのは不可能、つまり引き金を引けば勝利は確定だ。後は確実にHEAD SHOTが決まるよう、AIMを微調整して__


怪人が勝利を確信したその時、スパイナーの右腕が動いた。スパナアームの先端、突起と突起の間には、いつの間にかマインドエネルギーの薄い膜が張られている。そして同時に、彼の頭上から降ってくる発光物体。ユキエの言ったとおり、打ち上げられた爆薬弾は空気抵抗により落下中に大幅に減速していたのだ。


落下の瞬間を予期していたかのように、スパイナーは空中で右腕を振り下ろす。スパナアームはラケットのように動き、光るシャトルを捉える。安全柵のネットを越え、必殺の一撃が敵陣へと叩き込まれた。

「スパナスマーッシュ!!」


コートの、いや屋上の片隅に爆炎の花が咲く。ネイルガンダークはボロボロになりながらも立ち上がってきたが、エネルギーコアに致命傷を負ったのは明らかだった。

「お前が、MVPだ。これで、人生、ログアウトか……」

そう言い終えると狙撃手は静かに崩れ落ち、活動を停止した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る