6-2

「!」

常人の反射神経をはるかに超える速度で、彼は右腕をスパナアームに換装し目の前に向けて振るう。金属音と共に、体育館の外壁に何かが突き刺さる。

「い、今の音はなに?」

あたふたしているユキエとは対照的に、コウジは事態を的確に把握していた。どこかから飛来してきた金属片がアームに弾かれて軌道を変え、体育館に激突したのだ。その金属片は棒状で、先端は平らで反対側の端が尖った、巨大な釘か画鋲を思わせる形をしていた。そして何より重要なのは、この金属は赤い光に誘導され、コウジの眉間に正確に飛来してきたという事。すなわち、誰かが自分たちを狙撃しようとしている。彼は冷静に、そう結論づけた。


とにかく、まずはユキエや他の客を逃さなくては。コウジは妹の方を振り返る。

「ユキエ、今すぐ屋内に__」

そして彼は絶句した。ユキエの額に赤い光点が照射されている。急いで射線を遮る位置に回り込み、弾丸を跳ね飛ばしつつ妹を連れて体育館内に退避する。


「お兄ちゃん、今の……」

「いいから、ここで隠れてろ」

ユキエにそう言うと、コウジはナットクリスタルを取り出しながら単身扉へと戻る。スパイナーへ変身しつつ、扉から外の様子を窺う。この体育館がある体育センターは市のメインエリアにある関係上、周囲には高層建築も多い。だが、先ほど一瞬見えた光の軌道を考えると、狙撃手がいるのは管理棟から道路を2本挟んだ先にある3つのビルのいずれかの屋上に違いない。


コウジは、マインドアーマーのスキャンデータをフル活用して冷静に計算と思考を続ける。しかし、その心の奥は激しい怒りが渦巻いていた。襲撃者がこっちの素性を知っていたのかどうかは分からない。だが、そんなことはどうでもいい。よりによって妹を、ユキエを傷つけようとしたのは絶対に許さない。ダークフォースであろうとなかろうと、必ずぶっ倒す。必ずだ。



一方、中央エリアの某ビルの屋上では、狙撃手が双眼鏡越しに体育館の入り口を監視し続けていた。2発ともAIMは完璧だったのに、対応するとは、見事な腕前だ。そして現在のところ、カンディルの情報は、間違ってはいない。あのコウジという男がスパイナーの正体、または仮の姿であり、隣にいた女がその妹のユキエ。そいつがコウジのWEAK POINTであるというのは、今しがたスパイナーが、怒りを漂わせながら出てきたことからも、明らかだった。


__面白い。狙撃手の心が俄かに騒めく。己の内側の、狩猟本能が刺激されるこのSENSE(感覚)。長らく忘れていたものだ。あいつの言う通り、獲物は遠くから一撃でKILLするに限る。それも、相手の警戒を超えて不意を衝くのは、最高に楽しい。男は心の中で舌なめずりをしながら、参謀から渡された発光体を取り出した。



マインドアーマーを身に纏ったスパイナーは、体育館の外で3つのビルを注視する。現状、どこにも怪しい動きは見られない。だが敵は必ず仕掛けてくるはず。スパイナーの動体視力を持ってすれば、次の狙撃で敵の位置はほぼ特定できるだろう。マインドエネルギーによってブーストされた彼の思考は、そう結論を出していた。さあ、どこからでも来い……!


「__!」

不意に、右端のビルの屋上が赤く光った。来た!スパイナーは身構えつつ、こちらに伸びているであろう光の射線を見極めようとする。しかし、赤い誘導線は彼の頭上を通り越し、後ろに伸びていた。


「何っ?」

赤い光点は体育館の入り口、その天井近くに発生している。だが先程の金属片を見る限り、壁を貫通するほどの威力はないはず。そう判断したからこそ、彼はユキエを屋内に隠したのだ。いや待て、まさか__

ビルの屋上が一瞬黄色く光る。同時にスパイナーは館内に飛び込み、ユキエや周囲の市民に向けて叫んだ。

「伏せろっ!」


その直後、彼らの頭上で轟音が響き、周囲の空間が激しく揺さぶられる。熱や煙と共に瓦礫が降り注ぎ、人々の悲鳴が飛び交う中、スパイナーは上方を見つめていた。屋内だというのに、煙越しに見えるのは青空。そう、体育館の天井は、その半分が吹き飛ばされていたのである。

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