5-4*
「大丈夫かコウジ?」
通信機から博士の呼びかけが聞こえる。
「悔しいが、今の君は充分に戦える状態ではない。すぐに撤退を__」
「いえ、大丈夫です」
コウジはきっぱりと言い放ち、通信を切る。
先ほどの会話を原因とする、博士への不信感が彼の心に残留していなかったと言えば嘘になる。とはいえ、そのために戦闘が迷いが生じるようなことは無かった。彼は今までの経験で培った冷静な判断力をもって今後の戦闘についての思考を巡らせる。敵は今までになく強力だ。そして博士の言うように、こちらのアーマーはかなり損傷しており、戦闘続行には不安が残る。だが同時に、敵側も何かしらのアクシデントに襲われている可能性が高い。先ほどの撤退は、騒音と振動が止まったことと関係している可能性が高い。ならば、逆に今こそ追撃のチャンスなのではないか。
スパイナーは意を決して走り出す。敵はまだ付近にいるはずだ。しかし追撃するにしても、同じ戦法で挑んでは奴に容易く対策されてしまうだろう。何か妙案はないか?
走りながら思考を続けるうち、今日見聞きした様々な情報が無意識のうちに脳内を流れていく。シェーバーダークとの戦闘は勿論の事、間寺との会合、そして博士との会話まで。
「残念だがここまでか」
「最近は暑くてたまらないよな」
「既存の武器や戦法の新たな一面が見えてくる事もある」
「彼はあらゆる状況に対応できるよう己を磨き上げていた」
「……!」
コウジの脳に閃光が走る。そして同時にマインドヘルム内臓のスキャナーが、逃げていた敵の反応を察知した。
開発エリア奥地の薄暗い路地裏に、シェーバーダークの姿はあった。彼の背面から伸びている黒いケーブルが、壁面のコンセントに差し込まれている。
「ゾリリリ、もう少しで充電完了なり」
そう、シェーバーダークの強大なパワーは充電によって生み出されていたのである。強化改造によりバッテリーを取り付けたことで彼の戦闘力は大幅に強化されたが、それは同時に、充電が切れると一気に弱体化すると言うリスクと背中合わせになっていた。
充電完了まで残り10秒となったその時。付近の建物の屋上から、突如として一人の影が怪人に向かって飛び降りてきた。
「スパナノックダウン!」
重力を乗せて振り下ろされたスパナは、シェーバーダークの背中に搭載されたバッテリーに勢いよくめり込んだ。
「ゾリ!?や、やりおったなスパイナァー!」
よろめきながらも立ち上がるシェーバーダーク。背中のバッテリーは大きく破損し、煙が噴き出している。
「これで貴様の充電機能は使えまい!」
「小癪な真似を……だが、これで勝ったと思わぬ事だ」
シェーバーダークは動かなくなった右腕のシェーバーを取り外し、自由になった右手で腰に佩いた棒状の武器を取る。その武器の取っ手は日本刀に似ていたが、先端はT字に別れていた。これぞカミソリ刀、彼が強化改造を受ける前のメイン武器だ。
スパイナーはスパナアームを構えて相手の出方を窺う。奥の手を用意していたのは流石だが、今までの電動シェーバー中心の戦法を見ると、あの武器を使うのは久々のはず。であれば、奴の次の出方は__
加速して距離を詰めるスパイナーに対し、シェーバーダークはすかさずシェービングスモッグを繰り出す。よし、予想通りだ!スモッグが襲来する寸前、スパイナーはスパナアームのロックを解除し、付け根に対して垂直にまで曲げた状態で回転させる。
高速回転を続けるスパナは、まるで扇風機のように突風を発生させ、飛来するクリームを吹き飛ばす。これぞ、彼が見出したスパナアームの新しい使い方!
「スパナサイクロン!」
「ゾリ?ぜ、前方が見えぬ……!」
反対側に飛ばされたクリームはシェーバーダークの頭部を付着して彼の視界を奪う。その機を逃さず、スパイナーはスパナアームを元に戻して振るい、カミソリ刀を叩き落とす。
「ここまでだ。その野望、ここで解体する!」
スパイナーは右腕を高く掲げ、ドライバーアームへと換装。そのままアームを回転させ、敵のコアへと真っ直ぐに突き出す。
「スティンガーブレイク!」
帯電機能を失った鎖帷子を突破し、ドライバーアームはコアを貫通する。彼がアームを引き抜くと、シェーバーダークは力無くその場に膝をついた。
「見事な槍捌きなり……その姿になって尚、腕を上げたな……」
そう言い残し、シェーバーダークは爆散した。スパイナーは爆風を浴びながらも暫しの間残心していたが、やがて踵を返すと戦場を後にする。
戦いにはどうにか勝利することができた。だが、彼の心は未だに燻り続けている。博士と間寺、どちらを信じるべきなのか。いや、誰も信じるべきではないのかもしれない。だが同時に、それに拘りすぎることへの危険性も理解していた。そう、何よりも優先すべきなのは、人々の、そしてこの街の平和だ。全ての謎を解き明かすのは、脅威を排除してからでも遅くは無いだろう。街を守るという決意と共に、彼の心は再び燃え上がった。
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