第2話 ヒーローの精神

2-1

ダークフォースの脅威にさらされるシャインシティに突如現れた救世主、その名も解体戦士スパイナー。彼の正体は、空戸研究所に居候している青年・玄場コウジである。

悪の組織と初の交戦を行い、ペンチダークを撃破した翌日。コウジは、いつものように研究所内のトレーニングルームで自主トレーニングに励んでいた。


彼の拳を受けてほぼ垂直にまで吹き飛び、勢いよく跳ね戻ってくるサンドバッグを最小限の動きで避けながら、再び拳や蹴りを繰り出す。それを数千セット、常人ならば優に限界を超えるほどの回数こなしながらも、彼は息切れ一つ起こしていない。博士が施した改造手術の結果、彼の肉体は生身の状態でさえ超人的なパワーを宿していたためである。


しかし、今の自分はその強大なパワーを制御しきれていない。そんな焦りが、コウジの中で渦巻き始めていた。そのきっかけは、昨日の戦闘後、博士と会話を交わした時にまで遡る。


「どうだった、初の実戦は?何か気になることはあったかね?」

「いえ……何も問題はありませんでした」

「その割には、浮かない顔をしているが」

「……それは」

やはり、博士に隠し事は通じない。コウジは意を決して話し出した。


「変身も、戦闘も、シミュレーションの時と殆ど同じように遂行することができました。実際に変身して戦闘するのは、練習とはやはり違ってくると予想していましたから、不謹慎かもしれませんが、少し拍子抜けしたのは事実です」

「ふむ」

博士は興味深そうに思案する。

「「変身」という文字は、身体が変わる、と表記する。しかし、人間が本当の意味で変身を成し遂げるには、肉体面のみならず精神面も大きく変容を果たす必要がある。少なくともわしはそう考えている」

「精神面、ですか」

「うむ。確かに君の正義の心、悪を討つという意志の強さは充分すぎるほどだ。だが一方で、超人的な力を完全にコントロールできる程に君の精神は成熟していない。肉体と精神、二つの要素を同時に高め切った時、君の瞳に見えてくる世界は全く違ったものになるはずだ」

「な、なるほど」

空戸博士の口調は、いつになく情熱的だった。


「いやすまない、わしとしたことが抽象的な説明になってしまった。具体的な話をするとだな、先日の戦闘記録を見る限り、やはり君はスパイナーシステムの力を十全に引き出せてはいないようだ」

「どういうことですか?」

「ペンチダークとの戦いで、君はペンチアームに力負けしそうになっていたな。ペンチダークは、ダークフォースの中では平均的な強さを持つと推測される。スパイナーシステムの出力を考えると、例え片手と両手の差があっても、君の力は本来ならば彼を圧倒していた筈だ」

「つまり昨日の戦いで、俺は全力を出せていなかった!?」

「そういうことになる。だが、それほど心配する必要はない。実践を重ね、スパイナーの力を我が物にしたとき、君は必ず今以上に強くなれる」


昨日の会話はそれで終わった。だがそれ以降、彼の心はどうにも不完全燃焼めいた、もやもやとした思いに覆われていた。自分としては全力を出して勝利したつもりだったが、言われてみると確かに、変身直後に身体中を駆け巡っていたマインドエネルギーを余すことなく出し切ったという感覚はない。ペンチダークとの組み合いの最中でも、エネルギーを無駄に余らせてしまっていたということか。一体どうすれば、力をコントロールすることができるのだろうか__


延々と思案しながらサンドバッグを叩いていたコウジの元に、ダークフォース怪人襲来の知らせが届いたのはその数分後のことだった。

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