第3話
世界最強国家の焼失――それはアルメイリアにも伝わっていた。
形ばかり盛大に執り行われた王の葬儀は、友好国の崩壊と復興支援という名目に飲み込まれあっさりと終了し。早急に今後の身の振りを真剣に考えなければならなかった。
第一王子でもあるファルト・レインとは、良き友人でもあり。どちらかと言えば恋仲に近い関係といえる。
しかし、ここ数日会っておらず。その分、不安が積もっていた。
第二王子がデルタイリアの玉座に就くのならば第一王子がここを仕切っていくのが当たり前のことにしか思えなかった。
むしろ今まで自由奔放にしてきたことの方がおかしかったのだ。
王座に未練もなければ支配欲もない。
形式上こそデルタイリアに統治されるという形にはなるが、この国はこの国としての自治を認められることだろう。
ならば、兄として玉座に就いてしかるべきなのだ。
――彼が王座に就くと言うのなら。おそらく自分は、王妃となるのだろう。
彼と婚姻出来る事が嬉しいですか? とアルメイリアは自問自答する。
何度問いかけても『イエス』の文字しか浮かばない。
しかし、王妃に成りたいかと問い掛ければ『ノー』だった。
アルメイリアには魔法の素養があり。その理由から遠方より特別待遇にて呼び寄せられていた。
もともと頭の回転も良かったのであろう。アルメイリアは次々に知識を吸収し15歳にして宮廷魔術師としての最高位に位置する一人。炎の魔女としての冠を掲げていた。
それから4年の歳月が流れ――今では名実共にファールドライド最強の炎術師として君臨している。
この国の決まり。王となった者は、正室か側室に優秀な魔法の素養を持つ者を娶る事が代々決まり事として厳守されてきた。
つまり、アルメイリアはファルトにとって――この上なく正室に相応しい女性となる。
普通なら、喜んでも良い話でありながらアルメイリアは喜ぶどころか時間と共に苦しそうな表情へと移り変わっていた。
ガーストの存在である。
正直に言って怖かった。この地を離れている時でも強く感じる危険な気配。
相手の不幸をなによりの悦びとして酒の肴にするようなヤツである。
ファルトの苦しがる顔を見るためなら平然と正室に迎えると言って来るだろう。
断わる事は、できなくもないが故郷に火を放つと脅されたら従う以外の考えは浮かばなかった。
一瞬それを考えただけで背中におぞましい悪寒を感じ吐き気がした。
強過ぎる炎は周りだけでなく己が身すら焼く。いっそこの身を焼き殺してしまえば楽になれるだろうか?
『旅に出ます』
とでも書いた置手紙でもして、誰も居ない地で骨も残らないくらい一気に消滅させてしまえば……
後は、時が全てを忘れさせてくれるだろう。そうすればきっと彼も自分の事なんて忘れて新しい女性と恋をする。きゅーっと胸が苦しくなる。ファルトの悲しそうな顔が浮かんでしまった。うっすらと涙が浮かぶ。
――自惚れなのだろうか?
なぜかたった一人でずっど自分を待つ彼が簡単に想像できてしまった。
だったら自分の心にフタをして彼以外の男に身を委ね形ばかりの兄妹として暮すか?
「やっぱり無理! って、ゆーか絶対にイヤ!」
死を選ぶか、死以上の苦しみを選ぶか。最低な二択以外思いつかない思考回路は出口の無いラビリンスと化していた。
*
ガーストはアルメイリアを慰み物としておもちゃにしたいわけではない。そうする事で兄が悔しがる顔を拝みたいだけなのだ。
それを分かっているから、ファルトもどうする事がお互いのために最も良い方法なのか模索していた。
王座に就けば、確実に殺される。王宮は敵だらけで食事すら満足に摂れない。
理想だけで物事を言ったなら。
――全てを捨てて女のために生きるだった。
もう、これ以上ココにいたら脳ミソが腐り落ちそうだと判断したファルトは王宮を後にし。
いつもの小屋へ赴く。そこは、アルメイリアと共に過ごす場所でもあった。
魚を獲る網や、農耕具が置かれた小屋は、少しばかりの生臭さと土の香る部屋。
簡素な台所にテーブルと椅子。庭に植えられた野菜と飲み水を得るための小さな井戸。
なりは小さいが、ファルトにとって、宮廷よりも遥かに落ち着くマイホームと言える場所だった。
そして、いつもの作業服に着替えるとアルメイリアが居るであろう知り合いの農場へと足を向ける。
ファルトにとって根本的に父の考え方は苦手であり。優れた王に成るには民を知ることから始まるという自論に元付いた考えの行き着いた先でもあった。民と共に畑を耕し、湖で魚を獲る。
農場で一緒に収穫をしては酒を飲み漁師と一緒に漁をしては酒を飲んでいた。
そうする事で民の声を聞き民と共に歩んでいける国を創りたかったのだ。
しかし、軍事力増強こそが第一と言い張っていた亡き父には受け入れられるよしもないまま死別を迎え。
討論は、終わることなく終了してしまっていた。
そもそも、単純に軍事威力増強と考えるならば父よりも弟の考えの方が正しかったと言えた。
結果は漁夫の利としか言えなくもないが、小国が大国に取り入ったのも弟の外交手腕によるものであり。ガーストが独自に整えた人脈のお陰でもあったからだ。毎年の様に税金を上げて民から徴収するよりも大国に取り入って良質な武具を安く購入する。それが弟の考え方であり。それがあったからこそ我がファールドライドは隣国の中で最強の強さを手に入れられたのだ。それも、こんな四方を山に囲まれた井の中の蛙でありながらである。普通に考えたら、もうガーストが次の王を決めればいいのでは? そんな意見があってもおかしくない。と、いうよりも、その考えしかないと言っても過言ではない状況下。
それでありながら誰も出て行けと言わない現状。もし自分の考えを押し通せば、綺麗な湖と山の恵み。所々で沸き出でる長い年月をかけて濾過された美味しい湧き水。夏場が比較的涼しく過ごせる事に着目し。観光地として特化させた国創りとなる。
実質的に考えて、なにをいまさらだった。
もう、そんな考えも努力もいらない。元デルタイリア公国で武器の生産が再開されれば、それだけでじゅうぶん食べていけるからだ。隣国が弟に平伏すのも時間の問題だろう。
確かに、我がファールドライドは武具で隣国に劣っていた。しかし、魔法といった一点においてだけは群を抜いて優秀である。国策として、それらの力を有するものを集めていたからだ。
弱点を克服してしまった国は、性格の悪い弟が実権を握っている。
それほどの権力を有しながらも古い考え方もあるらしく。第一とか第二とかに臣下もろともこだわっている。だから、邪魔者を消そうとしているのだ。
ファルトは、重々しい足取りで人気(ひとけ)のある作業小屋へ近付いて行く。小屋と言っても集団で仕分け作業を行える広さがあり。長い冬を迎えるこの国において食料の備蓄こそが重要だと強く訴え。
半ば強引に税金を使って作った建物でもあり。ファルトの所有物であるため一応国営扱いになっている。ずっしりとのしかかる雪の重みにも耐えられるしっかりした作り。日が暮れた後も充分作業が出来る様にと明かりを灯すランプも多めに用意してある。その要望に応えたかったのか担当した建築士が無駄に気合を入れたため、その外見だけでなく。内装も教会風で農場には、少しばかり浮いていた。
しかし、金のない若い夫婦が教会に見立てて結婚式に使ってくれた時は、建築士に心から感謝したものだった。
やや大きめのドアは、開きっ放しになっていて。中からは談笑する農婦達の声が聞こえる。
どうやら休憩中の様だ。ドアをくぐってそれを確認すると、一人だけ、隅の方でもくもくと作業を続ける若い農婦の格好をしたアルメイリアが居た。
談笑をいていた農婦達はファルトが訪れた事に気付くと。話しを切り止めて顔を強張らせながらも、姿勢を正し――深々と頭を下げた。
今までだったら、『いらっしゃいませファルト様』とでも言えばそれでよかったのに。
未だに戴冠式を執り行わない王子に対してどの様に接したらいいのか皆目検討が付かなかったのだ。
いつもなら、多少休憩時間が長引いてもだらだらしている農夫達は何かを察したみたいに早々に休憩を切り上げて本日最後の収穫に行ってしまった。今にして思えば卑怯だと思う。
「ああ、私には気にしないでゆっくりしてくれ」
「ああ、は! はい!」
ファルトは今まで通りにこやかに微笑んできさくな言葉を掛けるが。農婦達は引き攣っていた。
なんとかリーダー格の一人が声を発するが上ずっていて、今にも泣き出しそうだった。
小国といえど王様となる者が民に混じって収穫の手伝いをするとかありえないと思っていたからだ。
先程の談笑もそれが理由だった。『いくらファルト様でも王に成られるのですから来るとしても視察程度でしょ』そんな会話をいていたところに、バリバリ作業をやる格好で王子が現れたから驚いてしまったのだ。
ファルトは右の奥で寡黙にジャガイモの仕分け作業をしているアルメイリアに近付いて声を掛ける。
「やぁ。やっぱりココに居たんだね。宮廷魔術師の長であるキミがいないから部下が慌てていたよ」
「あら、未だに戴冠式を行わないどころか態度をはっきりさせない人が言うと冗談にしか聞こえませんけどね!」
ファルトが比較的爽やかに声を掛けたのに対してアルメイリアは、怒声を込めて返していた。
その良く通る高い声に、農婦達は収穫した野菜の仕分けを後回しにして――夫達の元へ逃げて行った。元々アルメイリアと距離をおいていたのも、彼女が『作業をしながらの方が考えがまとまるので』と言ってきたからである。実際に同様の事が過去にも何度かあり。今回もそれに順ずるものだと思っていたところにファルトが来て早々ケンカに発展しそうな勢い。王族(仮含む)の口論に平然と聞き耳を立てられる度胸を持った農婦は一人もいなかった。
「はぁ~。メイリーが脅すから、皆逃げて行ってしまったじゃないか……」
「いい加減! そのメイリーっていうのも止めて頂けませんか! アナタは王になるのでしょ?」
アルメイリアは、作業の手も止めず、王に成るかもしれない者の顔すら見ずに背中越しに自分のあだ名はもう止めてくれと忠告する。
ファルトは、もう一度溜め息をはく。農婦達が居ない事をいいことに本音を語る事にした。
アルメイリアの向いに在る長椅子に腰を下ろし。膝の上に肘を乗せ――握った右手を左手で包む様に両手を組む。久しぶりに左右の手が逆だった。
「なぁ、メイリー。顔を上げてくれないか?」
「だから! いい加減に、そのメイリーっと言うのを止めなさいと言っているのです!」
顔を上げたアルメイリアはファルトの言いたいことを察してワザとキツイ言葉で返した。
その顔は、僅かに微笑み。内心『覚悟を決めたのね……』と語る。
左右逆に被せた真意。これは、二人だけしかしらない隠語みたいなものだった。これからする会話には嘘が混じる可能性があるという意味であり。同時に、『聞き耳を立てている諜報部が居る』も、意味している。
「まぁ、そう言うなよ、人間呼び方なんて直ぐには変わらないし、それに王座は捨てる事にした」
「そっ! では、私はガースト様の側室にでも成ればよろしいのかしら?」
その声色は演技がかっているが悲しみも含んでいた。
「いや、二人で夜逃げしよう!」
「……は?」
流石に、これはアルメイリアも素で応えてしまっていた。
時期王が、王座を捨てて女と夜逃げ? 前代未聞の笑い話だ!
「大丈夫だ! 私は畑仕事も嫌いじゃないし! 魚とりだって漁師のお墨付きだ! きっと二人ならどこでも暮していける!」
アルメイリアだけでなく。ファルトをつけていたガーストに雇われた諜報部の一人もドン引きしていた。
ファルトの本音を聞けると思って付いてきてみれば、とんでもないことを言い始めたからだ。
折を見て毒殺する予定だった者が自ら出ていくと言っている。もうこれは、早速主の耳に入れるべきだと判断し建物の影から無音で飛び出して――傾いてきた夕日に向かって、溶ける様に消えて行った。
そして――
ファルトは、来る途中幾重にも仕掛けていた超微弱な風の結界が分断されていく速度で誰がソコを通ったか判断して微笑む。弱過ぎる力ゆえ使い方次第では誰にも気付かれない探査能力として応用できるのだ。微弱な風を操る事しか出来ないファルトの得意技の一つだった。
「ふー。どうやら、聞き耳立ててたヤツは、信じてくれたみたいだ」
「ほんと、あなたって、ずる賢いですよね。その力未だに隠して使ってるなんて知れたらガースト様もなんて言ってお怒りになるかしら」
「いや。臆病な者ほど長生きするものさ」
「どうかしら。それで、実際の所はどうするつもりなのかしら?」
「どう転んでも、この国に私の居場所が無い事だけは、ハッキリした!」
「はぁー。なにをいまさら、そんな事前々から分りきっていたじゃないですか」
「だから私は、お前と国を出ることにした!」
先程した会話の全てが本音だとは思ってもみなかったアルメイリアは、すっとんきょうな声を上げる。
「はいー?」
「付いて来てくれるよな?」
アルメイリアは、呆れた溜め息一つ。もう好きにしなさいって感じで言ってみた。
「つまり、私を妻として娶ると言う事でよろしいのかしら?」
「ああ、そうだ!」
あっさり、きっぱりと簡単に肯定されてしまい、複雑な心境になる。こうも笑顔で即答されると、コレが本心なのかいまいちはかりかねるからだ。
「はぁ~~~。では、ここに在るカゴの仕分け手伝ってもらえるかしら」
「おう! 任せとけ!」
そして、最後のお手伝いとばかりに力の入った作業は農婦達が返って来るまで続いていて。
そこには――まったくにもって勘弁してほしい光景があった。
そろそろ日が暮れようという時間になり戻ってこれば、全てのランプに火が点り長期戦でも問題なしと語っていて。次期期王と次期王妃が自分達の手伝いと称して――ジャガイモを大きさ別に仕分けているのだ。少しまえなら、気さくな王子として一緒に飲んで騒いでもいた。
正直なところ、それだっていっぱいいっぱいで付き合ってきたというのに。
今では、王様と言ってもいい状況なのだ。って、ゆーか、なんで未だにそう呼ばせてもらえないのか抗議したい気分だった。それが二人でもくもくと作業に従事し、時折手を止めては笑みと言葉を交わす。
ひたすらにそれを繰り返す様は、何か良くない事が起こる予兆にも見えて不気味でもある。
そこに夫達もやって来て妻達同様に引きつった顔をして――立ちすくむ。
彼らを見たファルトは、「私達には今まで通り遠慮は無用」と、にこやかに声をかけたものの……
このままでは、かえって邪魔だと判断し――アルメイリアと共に作業場を出て自分達の小屋へと向かったのだった。
薄暗くなった帰り道。いつも通りにアルメイリアは全く熱さを感じない炎を手の平に灯す。それは光量のみを最大限にした魔法のランプだった。その気になればれば先程の作業小屋位なら全ての明かりを自分の炎だけでまかなうことも出来る。つまり、先程早々に明かりを灯していたのは彼らが戻って来た時に迎え入れてあげたいという気持ちの表れだった。もっとも、余計なお世話になってしまっていたが……
「それにしても、時期王様が農夫の格好っていうのはどうなのかしら?」
「そういうメイリーだって、同じではないか」
「だって、この方が落ち着くんですもの」
「あははは。それは私だって同じさ」
笑い合う二人の背を見送る者達は、きっと明日からも来るであろうファルト様達とどうやって接していこうか真剣に悩んでいた。結局この日の作業は、途中で切り上げられ――必要のない答えを求めて討論に没頭していた。
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