第2話
平穏で温かな正午に突如、デルタイリアの歴史にピリオドが打たれた――
それが、友好国の一つ。ファールドライドに伝わったのは翌日の昼過ぎだった。
王は数年前から床に伏せっていて緊急事態に対応できるような状態ではない。
恰幅の良かった身体はやせ細り、歯が抜け落ちた顔は歪んでいる。白髪になった毛もほとんど抜け落ち。その姿は余命いくばくも無い老人のよう。
とても数年前まで美女を囲って悦楽に興じていた者とは思えなかった。王妃は不在で側室や愛人も今は居ない。
自分は好き勝手にしているくせに、相手が情夫を囲ったのが気に入らず。全て追い払ってしまったからだ。
だから、この緊急事態に対応したのは、実質この国の国政を担う第二王子。ガースト・レインだった。
彼にとっては、待ちに待った好機であり。対応策も整っていた。ガーストが知らせを聞いた際にはデルタイリアにファールドライドの旗を立て終えたことも含まれていたほどである。
命を下すまでもなく調査団は兵と供に動いていて。敵対国はおろか友好国ですら完全に出し抜いた形となっていた。
復興協力を国民に広く求め。すでに多くの者がデルタイリアの地に赴く事となっていた。
友好国に居る息の掛かった者にも伝令を飛ばしてあり。主な内容は、きちんと準備させてから復興に協力して欲しい、というもの。
端的に言うならば『時間を稼いでくれ』である。
完全に棚からぼたもちな展開。だが、それを手にしたのは彼が囲っている怪しげな側近――ラゲッタからの助言ゆえである。
ファールドライドは他の友好国に比べて地理的には不利な状況でもあり。そもそも戦略的価値に乏しかった。
周りを高い山々に囲まれ雪が降れば身動きする事すらままならない。
そんな状況下でありながらも、ラゲッタが現れ政策に加担するようになってからは激変していた。
表向きこそ媚びへつらって見せているが、そのしたたかさは悪魔と呼ぶに相応しく。
相手の好みや性格に合わせて趣向や言葉を選ぶことを得意とし。結果的に相手を意のままに操ってしまうのだ。
人の妻を寝取る事を何よりの悦びとする性癖もまた彼の魅力の一つとしてガーストはとらえていたし。
なによりもデルタイリアの王妃を寝取ったのが大きかった。
父以上の野心家でもあったガーストにとってラゲッタはなくてはならない存在となり数年――
ついに悲願であったデルタイリアを手中に収める時がやってきた。
早馬を一定間隔で配置し王妃のご機嫌取りをしていたのが実に大きかった。気まぐれな王妃が所望した品を翌朝の食卓に並べて見せる。
それを続けてきたからこそ、この事態を最も早く知り得たのだ。
最強の軍事国家に取入った経緯でもあり。隙あらば友好の証として政略結婚の一つでもしようと考えていたガーストは、特別な許可を得てデルタイリアの地より少し離れた場所に拠点を設けていた。
駐在していた者が大きな火が上がった事を知り駆けつけた時には全てが終わっていて。実質早い者勝ちな状況だった。
普通に考えたら異常事態。先ずは状況確認が急務である。
しかし金がからめば話は変わる。ガーストは金で人を動かすのが得意だった。
危険ならば、不気味ならば、不安ならば――
その分金を上乗せして支払うと言って実際に支払って見せるからこそ兵だけでなく国民も動くのだ。
そして、それは今まで築き上げてきた人脈も同じ。
自分に付き従い、結果が出たならば相応の報酬を約束すると言って本当に約束を守ってきたからである。
だからこそ、他国の動きは遅れ、小国ファールドライドは、最強国家と謳われた旧デルタイリアを自国の領土としていた。
その異様な光景を何も知らない者が見たら最弱の国が、最強の国を、滅ぼしたようにしか見えなかった。
「くっくくくく」
ガーストは笑う。彼の目には勝ちしか見えていなかった。世界を手に入れるためならば綺麗事なんて要らない。
何かしら理由を付けては税金を上げるだけの国策。
無駄な軍事強化と、女遊びにしか興味のなかった父親みたいに小国の王で終わりたくなかった。
だからこそ他国に根を張り巡らせ時期をうかがっていたのだ。
父親と同じく形だけの第一王子。兄であるファルト・レインを、ゆっくり毒殺し。
自分が王座に就いてから事を始めるつもりだったのに。まさかの急展開。
ガーストの手腕と、多くの協力者の手により最悪の事態――敵対国による侵略を逃れていた。
協力してくれた民や友好国の面々には言ったとおり充分過ぎる報奨金を支払った。
簡単な事である。元は世界最大の軍事国家。その資産は莫大であり測り知れない資産だったのだから。
実質は侵略と略奪以外のなにものでもない。
だからといって、突如巨大な力を手にしてしまったヤツラに文句を言って噛み付かれでもしたら事である。
下手を打てば自国が消滅しかねない。それほどに圧倒的な兵器であり軍事力をデルタイリアは有していたし。
なによりも、なぜ最強国家が滅んでしまったのか?
核心的なモノが何も見えていない状況でありながらも全てを見透かしたかのようなガーストの対応が不気味でならなかった。
さらに付け加えるならば復興に協力してくれた隣国や友好国に対し領土の大半を差し出していたのだ。
実質ファールドライドの得た分は首都とその周辺だけであり。功績からするとあまりにも少な過ぎた。
「私は、この玉座に座ることこそが夢だったのですよ――」
そのように言われてしまえば各国の代表も、下手な詮索はできなかった。
と言うよりも、それどころではなかった。
そもそも少しでも多くの物を得ようと集まった連中にとって手に余る状況だったからだ。
領土だけでなく、現在まで築き上げられてきた軍事機密までもが――例え分かる範囲だけだったとしても全て差し出されていたからだ。
さらに解明中の機密についても興味があるなら好きにしていいという大盤振る舞いである。
僅かでも他国を出し抜こうと考えるような連中ばかりであり、確実に差し出された物を得ようとする者たちでもあった。
なにせ一歩間違えれば軽く自分達の首が飛ぶような状況である。
むしろ今後の事を考えれば――
――ファールドライドと、より親密な関係を築くべきではなかろうか?
――デルタイリアを亡きものとした未知の力を得る事こそが急務なのでは?
かつて、宮廷魔術師が奇跡を起こした広間にはラゲッタが描いた予定通りの演目が披露されていて。
その、あまりにも予定通り過ぎる光景をガーストは、やや退屈そうな目で眺めていたのであった。
*
元デルタイリアの本格的な復興は始まったばかりだが、ガーストにとっては、全てが追い風だった。
全てはファールドライドが中心になって動き。とんでもない方法で広く街の復興協力を求めた。
その復興方法とは――
一定以上の成果を上げれば火事場泥棒を公で認めるとしていたのだ。
人々は、殴り合ってでも瓦礫を運び出した。
一定上でなくとも、運び出した瓦礫に応じて金が支払われ。
優秀な成果を上げれば、金目の物が瓦礫の下から出てきても持って行って良し!
となれば、一攫千金を求めて近隣諸国だけではなく遠方からも人々はやって来た。
なにせ、世界最高の金持ちが集う街だ。冗談ぬきで一生遊んで暮せる金品が瓦礫の下に眠っている。
当然のように人は集まり。人が集まれば商売は成立する。
港で上がった魚を丸焼きにしただけの商品が飛ぶように売れ。
村で採れた野菜を売れば相場の倍以上で買い取ってもらえる。
それほどに、物資が不足していた。なにせ前代未聞。火事場泥棒の容認。
日照り続きで不作だった村人や、借金を背負った人々が馬車を引き連れこぞって集まった。
そのため、無人だった街は半月と経たずに人が溢れていた。
早い者勝ちの状況は問題も多かったが――短期間で瓦礫の山を街の外に運び出した事実は変わらない。
だからこそ早期復興の足掛かりが簡単に得られたのだ。
ガーストは欲望ほど忠実で扱い易い感情はないことを良く知っている。
瓦礫の下から出てきた金品を徴収すれば相応の資産は増えるだろう。
もちろん、それはそれで悪くない。しかし、ガーストの求めるものは名声だった。
形はどうであれ新たな王として名を広める事に利用したかったのだ。
名が売れれば付き従う者も増える。太っ腹な者が王座に就くと広まればそれだけで自分好みの国が造り易くなる。
ちっぽけなファールドライドで一生を終える父とは違うこををしらしめたかった。
税金なんて街が復興すればおのずと入ってくる。だからこそ最も重要視したのは新たな民を得ることであった。
ほど良いタイミングで復興に協力してくれた者や、ここで商売したい者を優先的に国民にすると発表すれば予想通りに人々は動いた。
*
デルタイリア滅亡から一月ほどが経過していた。
基本的には信頼できる部下に任せガースト自身は旧デルタイリアとファールドライドを行き来しながら指示を出していた。
本格的にデルタイリアに腰を据えるとしたら連れて行く女の選定も終えなければならない。
そんなころ、ようやく武具の試作品が届き。
それを見てガーストは憤慨していた。
しばらくは、在庫で誤魔化せるが、そこから先は自分達がなんとかしなければならない。
だからこそ!
「最低でも、元より良い物が出来るまで持ってくるなっ!」
手にした長剣を怒り任せに投げつけていた。切れ味以前の問題。見た目が劣っていては話にならないからだ。
「はっ! はいっ! そのようにしっかりと言いつけておきます!」
もう、これ以上見せない方がいいと判断した使いの者が、そそくさと剣を片付けようとすると――
「ふむ。では、その剣。私が頂いてもよろしいでしょうか?」
宰相同様にガーストの隣に立つ人物が口を開く。
ガーストが最も信頼する男。白衣を着た医者もどき。ラゲッタだった。
その何気ない台詞でガーストの機嫌が瞬時になおり。新しいおもちゃでも手に入れた子供のような無邪気な笑みで聞く。
「ほ~。あんな粗悪品になんの価値があると言うんだ?」
「いえ。ガースト様が粗悪とおっしゃるのですから価値は無いのでしょう。だからこそなのですよ」
「ふっ。ならば、その訳を言ってみろ」
「この武器を自信満々で持って行かせた人物の顔を見てみたいと思いまして」
にやりと、頬を吊り上げる。その笑みを見て理由を察したガーストは笑う。
「がははは! なるほどな! 確かにそれは私も見て見たいぞ!」
「では、頂いてもよろしいですかな?」
「ああ、好きにしろ!」
満面の笑みで、了承すると――若い運び役に言い放つ!
「それから、お前! 持って来た物は全て置いていけ!」
「ひぃ~~! はっ! はいっ!」
男の顔が恐怖で歪み、上ずった声でなんとか返事をしていた。
例え自分に非がなくとも、ガーストが武具を持って作った者の所へ行き。脅し文句を囁く姿が容易に想像できてしまったからだ。
そして、男は言われるまま部屋を後にした。
つい先程まで、不機嫌極まっていたはずのガーストは、デルタイリアに行く楽しみが一つ増えたことに気を良くし。ラゲッタと談笑していた。
引きつった男の顔が面白かったからである。
ガーストにとってラゲッタは、友人と言っても良い人物だった。
お互いに人をいたぶる事に楽しみを覚える気質であり。その点に置いて自分よりもラゲッタの方が勝っていたからでもある。
――ラゲッタとの出会いは、独自に作っていた人脈の一人からの紹介だった。
もともと味の濃い物を好む王は歳を重ねるにつれ。いくつもの成人病を併発させていた。
そんな状態でありながら囲った女と戯れるために薬を飲んでまで快楽に溺れている。
危険な薬を飲んでまで楽しんだ代償――
あと一押しで、この世から消えるのは時間の問題だろうと側近達は思っていたし。
ガーストも動いた。兄と違い狡猾な弟。金の使い方が荒い面もあったが、決して使い方が間違ってばかりではない。その金で人を雇い。勢力を拡大していたのだ。
金を欲する者。権力を欲する者。名声を欲する者。それら全てに言った。
『自分が王に成れば、それら全ては与えてやる』と――
だから彼らは、彼女らは、己が才と財をかけてガーストが王となるための道を創っていた。
近年王の体調を管理するようになったラゲッタもその一人。
彼はファールドライドを自分の物とするために画策していたメンバーの一人からの紹介であり。
当初は、さほど期待もしていなかった。
しかし――! 状況は一変した!
ラゲッタの処方した薬を飲み始めた王の様態が日増しに良くなっていたからだ!
ガーストは憤慨した。病状を悪化させて死に追いやるために囲ってやった恩を忘れてとんでもない事をしてくれたと!
そしてラゲッタを呼んで怒鳴りつけたのに――彼の本音を聞くと。一転してバカ笑いし始めた。
本当に椅子から転げ落ちて床を転げまわった。息が絶え絶えに成るほどに豪笑した。
ラゲッタは歪んだ笑みで頬を吊り上げ。こう言ったからだ。
『自分は、ただ殺めるのは好きではないのです。心底自分を信じさせた上で最後に本当の事を知って死んでいく顔が好きなだけなのですよ』と――
確かに彼の盛った薬には血圧を下げる果もあった。
複数の薬を併用する事で、少しづつ、少しづつ血流を弱めていくものだったからだ。
それらの薬が功を奏し止まることを知らなかった王の食欲も落ち付き。抱ける女の数も増えていた。
王はラゲッタを信じ込み欲しい物は望むまま与えた。一時の悦楽に溺れた者には後悔しかないと知らずに。
そして、数年の時が経ち――
弱り切った身体には毒にしかならないモノを飲み続けた王は痩せ細り。彼の言ったことが事実となるのも、あといくばくかといったところ。
彼が自慢げに話す作品。この世の絶望と題した傑作を拝めたのは翌日の早朝だった。
叩き起こされて、イラッともしたが。
ラゲッタの子供みたいな笑みをみたら、そんなもの瞬時に吹飛んだ! 王が全てを知り死際に見せた顔を拝んだガーストは――面白過ぎて死にそうになるくらい笑った。
ラゲッタが望んだのは金だけだったが。互いに意気投合していた事もあり。
このまま側近として傍に置くことにした。
――後は、兄。ファルト・レインをどうするかだけ。
どうせ、自分は、この国を出てデルタイリアへ行く。
一時的に国を任せるのも悪くは無い。
しかし、王座に就きたい者は他にも居る。今後の事を考えたら、そいつに王座をくれてやり。駒として動かす方が効率的ともいえた。
もともと兄は毒殺する予定だったのだから――その、予定を前倒しして実行すべきか思案していた。形だけとはいえ、第一王子。出来る事ならば、ただ殺すのではなく。
――何かに使えないだろうか?
やはり、ココはラゲッタに相談するのが一番だろうと思い。彼を自室に呼びつければ、「でしたら私に全てお任せ下さい」と、あっさりと言われてしまった。
ひょろっとした、無精髭を必ずどこかに残している中年男の顔は、新たなおもちゃを手にした子供みたいに喜んでいる。やはり、彼に相談して良かったと心底思ってしまう。ガーストにとって、彼以上に信じられる者はおらず。
むしろラゲッタになら、彼の好みのままに死を受け入れてもいいとさえ思ってしまう程の存在だった。
彼に任せれば間違いはない。きっと、自分では考え付かない作品を魅せてくれるのだろうと思い。つい、顔がにやけてしまう。
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