9.人の口に戸は立てられない
「もうっ!あんな素気無く断るなんて酷いです!しかも特に理由が無いだなんて!」
白石さん、ご立腹である。
漫画だったら「ぷんぷん」という効果音が出ているほどだろう。
結局あの後、他の住人に見られてもよろしくないのでとりあえずオレの家に入ってもらった。
そして現在、リビングでテーブルを挟んで対面に座っている。
言い訳を準備する隙すら無かったため、完全にオレに非があるという状況だ。
まぁ実際オレが悪いんだが。
「悪かったよ。今度何かで埋め合わせするからさ。機嫌直してくれると助かる」
こうなったら仕方がない。
オレは全力で謝罪し、万能ワードの「埋め合わせ」で乗り切ろうと試みる。
欠点としては面倒事をお願いされる可能性があることだが。
熱は早いうちに冷まさねば、時間をかけると発火する可能性すらある。
白石にはある種弱みを握られているわけだし。
「仕方ないですね。それで手を打ちましょう」
さっきまでの怒りはどこへやら。
白石はあっさりと許してくれた。
まるで、オレからこの言葉が出ることを待っていたかのようだ。
まさか、L○NEがギリギリだったのも、オレの部屋の前で待機していたのも初めから意図してのものだったのか?
こいつは頭の回転が速いからな。
ありえない話ではない。
「はぁ〜…、やられた」
オレはため息と同時に呟く。
「ふふっ。黒田君にはこのくらいしないと躱されてしまいますからね」
少し嬉しそうに微笑んでそう言った。
白石はもっと純粋で真っ直ぐなやつだと思っていたが。
意外と強かだったのか、それとも…。
「真面目で素直なだけですと、いざという時自分の身を守ることができません」
考えていることが顔に出ていたのか、口に出す前に答えが返ってきた。
「もうこりごりです」と言いながら白石は自嘲気味に苦笑いしていた。
やはりあの一件は効いたのだろう。
「そんなことより、です」
白石は表情を少し明るくさせて話の転換を伝える。
そういえば、何か用があるのだろう。
こうまでしてオレの部屋に来るくらいだし。
白石はカバンからファイルを取り出し、そこから数枚の紙をテーブルに出した。
「テストも終わったことですし、答え合わせをしましょう!」
正直面倒くさいので断りたいが、さっきの一件もあるので不可能だろう。
「別に構わないが、オレなんかとしてもあまり意味ないと思うぞ?」
オレは了承しつつある程度の保険を打っておく。
「ですが、今年度の入試の首席は黒田君ですよね?」
ナゼソレヲシッテイル?
いや、まだカマをかけているだけかも知れない。
オレは冷静になるため一呼吸する。
だが、そんな希望的観測は一瞬で破壊された。
「職員室で先生たちが話していました。何でも、満点で合格した男子生徒がいると。聞いたらすんなり教えてくれましたよ?」
守秘義務...。
まぁ本来こういう良い結果に関しては言われたくないという人の方が少ないか。
入学式の新入生代表挨拶は断ったため、それを知る生徒は他にはいないと思っていたが。
「はぁー…。わかった。オレに答えられる範囲ならいいぞ」
適当に分からないとか言って楽をするつもりだったが、そうもいかないらしい。
白石は頭が良いため、わからないところも少ないだろうから正直そんなに嫌なわけではない。
蒼井とかに教えるよりは簡単だろう。
「まずはここなんですけど…」
─────────────────────
初日の国語からテストを受けた順に答え合わせをしていった。
といっても、白石が気になった問題あるいは分からなかった問題をオレが答えるという答え合わせとは言えない何かの形だったが。
「最後はこの問題です」
出されたのは数学の最終問題。
確率と図形が混ざりあったような問題だ。
周囲の人間からも解けなかったという声が聞こえてきた。
ここで、「さすがに無理だった」と言うこともできるが、よく考えるとこの問題は難しくない。
テスト中は焦って問題の把握がしっかり出来なかったり、膨大な場合分けに時間が間に合わないという人もいただろう。
それに、オレは配点の理由もあってこの問題を解いてしまっている。
ここで嘘をつくのは簡単だが、後でバレてしまっては元も子もない。
それに、もう既に白石にはオレの学力はある程度知られてしまっている。
面倒だがこの問題も説明してあげた方が後々楽ができるだろう。
「この問題はだな…」
オレは説明を始めた。
「……というわけで、サイコロの目と二等辺三角形ができる場合とできない場合、三角形が成り立つ場合とそうでない場合で場合分けをして全体から確率を求めればいいわけだ」
オレは説明を終え、白石の反応を窺う。
白石は納得した後こちらに目を向けた。
「なるほど、思っていたよりは難しくありませんね。ですが、それをあの短い時間で導き出すのは簡単ではありません。やはり黒田くんは凄いですね」
称賛と尊敬の念が混ざった表情で感想を述べてきた。
そんな目で見てくれるのは嬉しいが、こいつは感情が顔に出過ぎじゃないか?
素直な部分は簡単には変えられないのだろう。
それともこれも演技なのだろうか。
いや、そのようには見えない。
純粋に褒めてるのだろう。
オレは席を立ち、キッチンに向かいながら言う。
「これで終わりだな。疲れただろう。紅茶でいいか?」
答え合わせ中はスペースの都合上出さなかったが、一応にも客人であるため飲み物の1つくらい出すのが筋だろう。
お湯が沸いたことを確認して、茶こしを通してカップにお湯を注ぐ。
オレの顔が映った紅茶は、いつもより濃いような気がした。
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