10.スペック盛りすぎ

中間テストも終わり、全科目の答案も返却され、たった今HRで総合、各科目の得点、順位、偏差値が書かれた紙が個人ごとに配布された。

総合順位は26位か。

少し上振れたか。

良すぎたかもしれないが、あまり悪くても親がうるさいだろうしちょうどいいだろう。

しかし、一つだけ予想外なことがあった。

各科目ごとに各問題の正答率が記されていることだ。

模試かよ。

それだけなら良かったのだが、数学の最終問題に目を向けると0.3%と書いてある。

うちの学校は各学年320人。

つまり、1人しか解けた生徒はいない。

一体誰が解けたのだろうか。


オレである。


思わずため息がこぼれる。


オレは数学の答案を誰にも見られないようにすることを誓い、一限目の準備に取りかかった。


─────────────────────

昼休み


裕人は部活動の友人と昼食を摂るということで、蒼井も別のクラスメイトと食べるらしい。

そういうわけで1人となったオレは昼食のために地学室に向かった。

あそこは誰も来なくて静かに過ごせる。

こういう時にはとても良いところだ。

この地学室を教えてくれたということだけは白石に感謝だな。


オレは気分良く地学室の扉を開けた。


「やっと来たわね、黒田真。待ってたわよ」


オレは気分悪く地学室の扉を閉めた。


しかし、閉めたはずの扉は瞬きの間に開いていた。

目の前には先程まで椅子に座っていた少女。

「何で帰ろうとするのよ!」

「いや、つい」

「ついって何よ!ついって!」


目の前で喚く様に話している少女は紫条英梨《しじょうえり》。

美少女四天王とやらの1人で、新入生代表挨拶を行っていた。

その上、社長令嬢とかいうキャラの多いやつだ。


なぜそんなに詳しいのかって?

こんな面倒事になりそうなやつ、関わらないために知っておくに決まってるだろう。

結果として今こうして対面しているわけで、オレの目論見は失敗に終わったというわけだが。


とりあえず落ち着いてもらおう。

「まぁ落ち着けよ。とりあえず中で話そうじゃないか」

「あなたが余計なことしたからでしょ!?」

おっと、さらにヒートアップさせてしまったようだ。


「ふぅ。まあいいわ。話というか確認したいことがあるのよ」

一呼吸ついて落ち着いた紫条はオレの元を訪れた理由を話した。


それにしても確認か。

ある程度確信を持っているか、或いはどこかで情報を仕入れてきたか。

いづれにしても何のことを言っているのかまずは話を聞く必要があるな。


「確認?何かあったのか?」


「私、今回の試験学年一位だったのよ」


何を言い出すかと思えば、自慢とも聞こえる事だった。


まぁ実際学年一位は凄いことなので素直に褒めておく。

「それはすごいな。おめでとう」

オレはわざとらしく拍手する。


「ありがとう。でも、それよりも重要なことがあるのよ」


オレの称賛を受け流しつつそれが本題ではないとばかりに言う。


「重要か。一体何のことだ?」


円滑に進めたい(早く終わらせたい)オレは言葉を続けさせるように言う。


「単刀直入に聞くわ。あなた、今回の試験手を抜いていたでしょう?」


その言葉でオレから先程までの余裕は無くなった。

適当に言い逃れることを考えたが、あの「事実を確認しているだけである」と言わんばかりの確信を持った目。

何かしらの情報を持っているのだろう。


オレはすぐに思考を切り替え、相手がどんな情報を持っているのかを窺うことにした。

「なぜそう思うんだ?」

とりあえずそう言える理由を問うてみる。

「高校入試で満点、首席合格をした生徒がいる。中三の駿○全国模試で偏差値90の全国1位を獲得した生徒がいる。」

紫条は誰がという直接な言い回しはしないが、知ってることを仄めかす視線をこちらに向けながら述べた。


入試に関しては白石も知っていたくらいだ。簡単に調べられただろう。

模試に関しても同様だ。

冊子かなんかに成績上位者が載っていたはずだ。


恐らくだが、オレが目立ちたくないというのを知った上でここで待っていたのだろう。

そして、最悪バレてもいい簡単に調べられる情報だけをわざと声に出した。

オレと紫条の二人しかいないこの教室でハッキリと声を出せば廊下まで聞こえてもおかしくないからな。

何のためか。


交渉か、品定めか、或いは両方か。


ここまでの気遣いができる女だ。

面倒事にはならないかもしれない。

少なくとも社長令嬢で美少女で学年一位のこいつを敵に回すよりは圧倒的に楽だろう。

そう思ったオレは紫条に乗せられることにした。


「なるほどな。わかった。それで要件は?」

オレがそういうと、紫条は驚きで目を丸くした。

が、それも一瞬のことですぐに嬉しそうに笑みを浮かべて言葉を発する。

「流石ね。勉強だけでなく頭も良いだなんて。これなら本題に入れるわ」

紫条は満足気なリアクションを取りつつ話を進める。


「そりゃどうも」

紫条からの賛辞を適当に受け流しつつ話を促す。


「来月模試があると思うのだけれど、そこで勝負しましょう!」

勝負、ね。

模試というのもオレに気を遣って全力を出しても他の生徒にはバレないようにしてくれてるのだろう。


ここまでお膳立てしてくれるのなら一考の余地はあるというものだ。


「勝負か。ただ競いたいだけならここまでする必要は無い。何かあるんだろ?」

話を進めるために理解を示し、聞きたいことを聞く。


「ええ、もちろんよ」

紫条は当然であると肯定する。


「それは何だ?」


「私が勝ったら1つ頼み事を聞いてくれないかしら。もちろん、あなたが嫌がる目立つことではないわよ」


「そうか。じゃあオレが勝った場合は?」

まさかそちらだけ報酬があるというわけではあるまい。


「そうね…。私があなたと友達になってあげるわ」

紫条は考える素振りを見せた後、1つ案を出す。


「おい、それだと目立つじゃないか」

そう、目立つのだ。

社長令嬢で成績学年一位の美少女だぞ。

一緒にいるだけで目立つことこの上ない。


「もちろん、学校ではあなたに迷惑をかけないようにするわ。それに、私と仲良くしておくとあなたにとっても都合がいいんじゃない?」


なるほどな。

確かに目立たないならメリットの方が大きい。

オレの事といい、こいつの情報網は凄いだろう。

1つ気になる案件があるし。

それなら断る理由はないな。



「分かった。それならその勝負、受けようじゃないか」

オレは承諾した。


「ありがとう。やるからには勝たせてもらうけど、手は抜かないでね。もし手抜きなんてしたら…ね?」

お礼を述べた後、分かってるよねと言わんばかりに語気を強めてきた。

「まぁ、これだけしてもらったらな。構わないと思えるさ。しかし、一つだけ気になったんだがいいか?」

会話の流れで疑問が湧いてきたのだ。


紫条が承諾すると、オレは続けざまに話す。

「なんで、オレにもメリットがある勝負をしかけた?勝負なんてしなくてもオレのことを脅すなりできたはずだろ?」

そう、こいつの情報量的にオレを揺さぶれば簡単に動かせる。

しかし、こいつはしなかった。

それどころか終始気を遣ってくれていた。

何故だろうか?


オレの疑問に紫条は笑みを零しつつ話し出す。

「ふふっ。恐怖で人を動かすなんて3流の上司。一応社長の娘なのよ。そんなこと出来ないわ」


なるほど。

大企業の社長さんは人材育成だけでなく子供の教育も上手なようだ。

恐らくだが、父親が社員を指導するときも解雇といった脅しは使わないのだろう。

うちとは大違いだな。


感心していると、昼休みがあと5分で終わることを告げるチャイムがなる。


「それじゃあここまでだな。また模試の日か結果が帰ってきたらここでお互いに開示するってことでいいか?」


「ええ、それでいいわ。それじゃ、楽しみにしてるから」


そう言い残して紫条は地学室を出て行った。

ここで、一緒に教室へ戻ろうとしないのも気配りが出来ていると感じられる。


そんな育ちのいい人格者がなぜこんな普通の高校に入学しているのかは疑問だが。

それを聞くのは今じゃない気がしたため、心の内に秘めておくことにした。


さて、午後からの授業も真面目に取り組むことにするかね。

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