6.口は災いの元


「まさか同じマンションに住んでいたのですね」


「ほんとにな。意外と会わないもんなのな」


あの後、白石の荷物を置いた後にオレの家に来てもらった。


最初は同じマンションであることに驚いていたが、すぐに冷静になり今はリビングの椅子に座ってもらっている。


「紅茶とコーヒーならどっちがいい?あいにくと緑茶はないんだが」


あまり長居はして欲しくないが、ここで何も出さないというのも良くないと思いオレはキッチンに立ちつつ白石に聞く。


「そうですね…、それでは紅茶でお願いします」


白石はそう言うのでオレはキッチンの収納から茶葉を取り出し、お湯を沸かして紅茶をティーカップに注ぐ。

先程買っておいた適当なお菓子をお茶請けとして用意し、白石の対面に座る。


「ありがとうございます。いい香りですね。ところで、このマンションに住んでいるということは一人暮らしなんですか?」


紅茶を飲みつつ白石はオレに尋ねる。


「まぁな。父親の転勤でこの春から一人暮らしというわけだ」


ここで嘘をつく理由もないのでオレは正直に話す。


「そうなんですね。私も一人暮らしを始めたばかりで…。ようやく慣れてきたんですけどあの事件が起こってしまいまして…、本当にありがとうございました」


そう言って白石は頭を下げる。

一人暮らしを始めたばかりだというのにあの事件が起きて相当大変だっただろうに、他人に、しかも大して関わりのないオレに感謝を示せるとは。

これが人気の秘訣か。


「過ぎたことだ。気にしないでくれ。それにオレが手伝えたのも偶々だ。偶然あのスーパーにオレがいて目の前で犯行が行われたに過ぎない。それに、お前は何も悪いことをしてないんだ。どの道解決していたと思うぞ」


そう、どの道解決はしていただろう。

あの長谷部という生徒は根っからの悪いやつではなかったっぽいしな。

そうでなければオレの提案に素直に頷くとは思えない。

動機もただの嫉妬というありきたりなものだ。

思ったよりも重い刑が白石に科せられ、罪悪感に苛まれた長谷部は自ら先生に名乗り出たに違いない。


それに、オレはオレの平穏のために手助けしただけで、白石のためではない。

感謝される謂れはないのだ。


「それでも、黒田くんがいなければ私の停学は免れられなかったでしょう。しかも、ただ解決しても長谷部さんは何かしらの罰を与えられたと思います。それでは後味が悪い結果になってしまっていました。黒田くんは最善の結果に導いてくれたのです」


この調子では何を言っても無駄だろう。

長谷部の処置については後で復讐とかされたら面倒くさいから軽くしただけなんだが、適当な理由付けだと判断されそうだ。

仕方ないので礼を受け取っておく。


「お前がそう思うならそれでいいさ」

「はい、つきましては何かお礼をさせていただきたいです。貰いっぱなしなのは嫌なので」


白石のその一言にオレは体を強ばらせる。

表情には出さないようにしているが、完璧に防げているか分からない。

オレの家に来てからさっきのスーパーでの話題が出てこなかった時点で別の目的があるであろうことは予測していたがこのタイミングで来るとは思っていなかった。


悪い話ではないのかもしれないが事件は終わったし、これ以上引きずってもしょうがないため断らせてもらおう。


「まぁ、あれだ。学校で必要以上にオレに関わらないでくれただろ。とてもありがたかったんだ。それで充分だ」

オレは言ってからしまったと思った。


「そうですか…。ですが、それでは私の気が済まないです。どうしましょう、月曜日から勝手に学校で恩返しをしたくなってしまいました」

白石がわざとらしく困ったようにそう言う。


迂闊だった。

自ら弱点を晒してしまった。

白石自身何となくオレが目立つことや面倒ごとを嫌っているのは察していたのだろうが、オレが口に出さなければ疑惑で済んでいた可能性がある。

それを今オレは明確にと示してしまったのだ。

こうなってしまったらこの件で主導権を握るのは不可能に近いだろう。

そう考えたオレは無駄な抵抗はやめることにした。


「悪かったよ。だが、本当に思いつかないんだ。実際に今困ってることはほとんどないしな」

白石に弱みを握られたことくらいだ。


「むぅ…。それなら仕方ないですね。では、こうしましょう。もしも黒田くんがトラブルに陥ったら私が手助けします。これでどうでしょう」


白石の提案は、一見面倒くさいことにはならない丁度いい仲裁案のように感じられる。

だが、わざわざオレの家に来てまでする提案のようには思えない。

本能的に何か裏があると感じてしまう。

しかし、先ほどその本能に従った結果外しているので無視することにする。


「わかった。その時は助けてくれ」

オレは白石の提案をのむ。


「それでは、その時のために連絡先を交換しましょう」

白石がそう言ってスマホを取り出す。


正直オレはほっとした。

白石は頻繁に用もなく連絡をしてくる面倒なタイプではないだろうし、連絡先くらいなら別にいいだろう。


「L〇NEでいいか?」

オレは数あるSNSの中から選んで白石に尋ねる。


「はい、大丈夫ですよ」

白石も承諾したのでオレはQRコードの表示された画面を白石に見せる。


個人的な連絡ならL〇NEが1番楽だろう。

シュポッ

読み込み終わったのか、白石はL〇NEにスタンプを送ってきた。

リーゼントのクマが「夜露死苦」と言っているスタンプだ。

こういうのが女子の間では流行ってるのだろうか…。

趣味は人それぞれだし気にしたら負けだな。

そしてオレも適当なスタンプを送る。


「では、これからよろしくお願いしますね」

白石は画面を見てから微笑んでそう言う。


「ああ、何かあったらその時はよろしく頼むよ」

オレはその笑顔に居た堪れなくなって目を逸らしながら返す。


それから白石が帰る夕方まで、オレたちは紅茶と会話を楽しんだ。

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