5. 近所でも意外と会わない

あの後、クラスに戻ったのは昼休みも終わりという時間だったため、クラスメイトからの視線こそ感じたが、深い追求は無かった。


放課後に白石の所には人が集まっていたので質問攻めにあっていたと思われる。


白石には予めヘタなことを言わないように頼んであるのでおそらく大丈夫だろう。


その甲斐あってか翌日、翌々日とクラスメイトからの追求どころか、視線も無くなった。


白石も教室でオレに話しかけるということはなかった。

オレの意図を汲み取ってくれたのだろう。


こうしてオレは、紆余曲折こそあったが、平穏な日常を取り戻すことに成功した。


そして、待ちに待った金曜日の放課後。

オレは祐人達と挨拶を交わして教室を出た。


それにしても今週は疲れた。

こんなに嬉しい金曜日なんて久しぶりだ。

もうしばらくはあんな面倒ごとは勘弁だな。


オレは今週を振り返りながら帰り道の途中にあるスーパーに向かう。


土日は絶対に家から出たくないため、ここで土日分の食料を買っておかねばならないのだ。


オレはスーパーで必要な食料をカゴに入れつつ店内を歩き回る。


すると、見知った人物と出くわした。


「こんにちは、黒田くん」

白石だった。


またかと思いつつ、オレは周囲を見渡して誰もいないことを確認してから挨拶を返す。

「おう、お前も買い物か?」


「はい、今日は週末ですから。休日に買い出しにはあまり行きたくありませんので」

オレの質問に淡々と、だが以前よりも穏やかな雰囲気で答える。


実にオレ好みの回答だ。


そして続けて、

「ところで、黒田くんは何故こんなにもカップ麺や冷凍食品をお買い求めになってるんですか?」

と、不思議そうにオレのカゴを見て聞いてくる。


何故だろう。

正直に言ってしまったら面倒くさいことになる気がする。


ここは嘘をつくべきだろうか。

だが、正直に言って起こり得る面倒ごとも思いつかない。


オレが悩んでいるとだんだんと白石の目が訝しむようなものになってきたのでオレは本能に従って嘘をつくことにした。


「ほら、新生活も1ヶ月が経過して落ち着いてきただろ?非常事態に備えておくというのは大切だと思うんだ。だからちょうどいい機会だしってことでこうやって保存が効くものを買ってるわけだ」


本当は料理をするのが面倒くさいからこういうのを食べているだけだが。


バカ正直に言おうものなら「この間のお礼に何か作らせてください」とかいう展開になってしまうかもしれない。

正直それだけならむしろありがたいのだが、何かの拍子にオレの家に白石美優が訪れたということが知られてしまうと大変だ。


オレの家は学校からそう遠くないため誰かに見られないとは限らない。


そんなアニメみたいな展開になる可能性など低いが律儀な白石のことだから絶対に無いとは言えない。


「それは素晴らしい心掛けですね。いつ何があるか分かりませんからね。ぜひとも見習いたいところです」

白石はそう言いながら柔らかに微笑む。


「そうだな、備えあれば憂いなしってやつだ」

オレは面倒ごとを避けられたと思い、安心して同意する。


「そうですよね。それではせっかくですので参考までに黒田くんのお家にお伺いしてもよいでしょうか?」

喜びも束の間。

「何でそうなる!?」

マジでなぜそうなった?

まさかどの選択肢を選んでもダメだったのだろうか。


「その様子ですと、黒田くんは一人暮らしですよね?ですので、黒田くんの家を参考にして私も非常時に備えられるようにしたいなと思いまして。ダメでしょうか?」

と、懇願するような目で訴えてくる。

クラスの男子たちなら快諾するだろうが、オレには残念ながら通じない。


「あぁ〜…申し訳ないが…「もしも断ったら毎日学校で話しかけます」仕方ない、今日だけだぞ」

気がついたらオレは承諾していた。


学校で毎日話しかけられるだなんてとんでもない。

せっかくクラスメイトは静観してくれていたのだ。

来週には興味も失せているだろう。

それなのにまた火種を起こすようなマネなどしてしまったら、今度はほんとに大火事になる。

たったの1ヶ月でオレの平穏な生活を失うわけにはいかない。


それならば今日の数時間だけ忙しくすればいい。

決して白石に転がされたわけではない。

オレが判断した結果だ。


そうしてオレたちは互いに会計を済ませてスーパーから出る。


「申し訳ありませんが、私、生鮮食品を買っているので1度家に荷物を置いても構いませんか?それに私だけあなたの家の場所を知るというのも不公平なので着いてきてください」

白石がそう言うと、オレは断れるわけもないので了承する。


不用意に男に家の場所を教えるものではないが、言っても意味ないだろうから従うことにする。


そうして白石の家に向かっているわけだが、オレは違和感を覚えていた。


道を歩くことに違和感がないのだ。


何を言っているのかと思うだろうが、こう感じたのだから仕方ない。


普通、慣れない道は少なからず新鮮味を感じたり謎の抵抗感があったりと違和感があるはずだ。

しかし、今歩いている道にはない。


なぜか。それはオレの通学路だからだ。


オレは猛烈に嫌な予感を持ちながら白石に質問する。

「なぁ、こっちで合ってるんだよな?」


「もちろんです。ここで嘘をついても仕方がないですし」

白石から返ってきたのは当然の答えだ。


そして、スーパーから5分ほど歩くと、見覚えのあるビルだった。


7階建てのオートロック、1LDKのマンションだ。


なぜそんなにも詳しいのかって?


オレも住んでるからだよ。


オレはため息とともにエントランスに入った。

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