エラーE連盟

「なっ、なんなんだ?」

 月夜に目が慣れていた僕の目は急に照らされたライトを眩しく感じていたが、ようやく、明るさに目が慣れた。

 辺りを見渡すと、空は布で覆われていて、緑のTシャツに緑の帽子を着た大人たちがぞろぞろとやってくる。


「お願いします」

 ヒナタは僕が辺りを見渡している間に、移動していたようで、ミツキとヒナタは年配の男に挨拶をしている。


「よし、作業開始っ!!」

「はいっ」

 整列していた大人たちはホースやトンボを用意して、グラウンド整備や、ボール拾いを開始する。


 呆然としている僕は、ヒナタとミツキの二人のところに駆け寄る。

「ねぇ、この人たちは?」

 僕が話しかけると、ヒナタはツインテールを揺らし、ミツキはポニーテールを揺らしながら振り返る。


「この人たちは、全日本高校連盟の方々よ」

 ミツキが教えてくれた。

「エラーイ連盟?」

「違うわよ、エラーEいー連盟よ」

 ヒナタが言い直す。

「エラー・・・」


「エラーE連盟よ。コウタロウ君。こうやって、魔物を退治した後、何事もなかったように整備してくれる方々でみなさん優秀な方々なのよ」

「甲子園の整備は阪神園・・・っ」

「阪神園造の方々は仕上げをやってくださるわ。エラーE連盟の方々は他に本業がある方々ばかりだから」


「なんか・・・暇な人たちなんだね」

 こんな夜更けに楽しそうに球場を整備している。

『エラーイー』なんて名前からして胡散臭そうな組織と思ったのが、態度や声に出ていたかもしれない。

 ミツキが急に冷たい目で僕を見る。ヒナタが怒って何かを言おうとするが、ミツキが腕を出して止める。


「あぁ、そう。あなたには関係ないことだけれど、一つだけ。みなさんはあなたも想像しないような素晴らしい方々よ」

 気に障ったことを言ったようだ。

「あっ、なんか・・・」

 僕が謝ろうとすると、シュっとした30代くらいの男性が来た。


「君か、シルフィーを倒したのは」

「えっと、僕だけの力じゃないですけど・・・」

 その言葉に二人は反応し、少し複雑な顔をしている。


「ミツキから状況は聞いている。もしかしたら、君にはエラーE連盟に入る資格があるかもしれないな」

 期待と見定めるような目線。

 宗教の勧誘のような怖さに固まってしまう。


「サカツキさん、彼には素質と資格はあるかもしれませんが、彼にはエラーE連盟に入る意志はなさそうです」

 サカツキはもう一度僕を見て、顔色を見る。


「おっ、そうなのか。さっき珍しくミツキが嬉しそうに・・・」

「サっサカツキさん!」

 少し頬を赤らめてミツキが声を荒げる。


「ちゃんと、説明したのか?ミツキ、ヒナタ」

 二人ははっとした顔をするが、後ろめたそうに下を向く。


「まぁ、うちも格式はある。でも、期待しているよ」

 肩をポンっと叩かれる。


「さぁさぁ、子どもはそろそろ寝る時間だ」

 手を叩きながら、サカツキが僕とミツキ、ヒナタを見る。


「サカツキッ、今度宮本のニューモデルのバットが発売するんだって。買ってよ~」

 ヒナタがサカツキの右手を両手で掴み、腕を揺らしながらせびっている。

 なんだか、世にいうネトラレみたいな感じがして、もやもやしてくる。


「あぁ、また今度な」

「えーっ、そんなこと言ってこの前も買ってくれなかったじゃんか~」

「ハハハハッ」

「そんな態度でいいのか、サカツキッ。労働基準監督署に駆け込んじゃうぞぉ?」

 サカツキは頬を掻きながら、困った顔をする。


「こらこら、これは非営利組織だぞ。労働じゃないからな?」

「そうよ、ヒナタ。これが労働だとしたら、給料不払い、児童の深夜労働でみんな逮捕されちゃうわ」

 微笑みながらミツキが呟く。


「ミツキも色々怖いこというなぁ」

 二人ともサカツキを弄りながら楽しんでいる。

 僕は初対面の三人のやりとりにどこか居心地が悪く感じる。

 グラウンドを見渡すとほとんど、甲子園球場が綺麗になっていた。


「さっ、岡本君、帰る時間だ。なんなら、送らせるが」

「いっ、いえ。結構です」

「じゃあ、外まで送ろう、付いてきてくれ」

 

 僕はサカツキに連れられて、外へと向かう。

「あの・・・」

 前を歩くサカツキに声をかける。


「なんだい、岡本君」

「なんで、二人だけに戦わせているんですか?」

「去年が豊作だったのと、今年は不作で、各地のスカウト達も見つけられなかったようだ。ただ、君のような逸材が埋もれていたとなると・・・。君出身はどこなんだい?」

「長野県です」

 サカツキは少し険しい顔をして考える。


「タケダのエリアだな・・・。うん、ありがとう」

「それより、今いる人たちは戦えないんですか?なんで、大人は戦わないで女の子二人に戦わせてるんですか?」

「さっ、着いたぞ」

 サカツキは僕の話を無視する。答える気はないようだ。


「答えてくださいよ、あいつらが倒せないとどうなるんですか?」

「甲子園で不遇のエラーが生まれる」

 真顔で答えるサカツキ。

 僕は最後のエラーを思い出す。


 何度思い出しても、心をえぐられるようだ。

 同じ部員や友達にも、もう気にするなと言われても、これを経験したやつじゃないとこの辛さはわからないだろう。

 甲子園でエラーして負けたなんてなったら、全国放送され、記録が残されていく。もっと辛い思いをするに違いない。


「やっぱり、君は資格を持っていそうだ。そうだな・・・本来はこれで記憶を消すんだが」

 僕の顔を見ていたサカツキはどこから取り出したのか、注射を持っている。

 やっぱり、怖い組織だと思った。


「途中からの参戦・・・というわけではないし、イレギュラーではあるが、ハハッ。エラーEにある意味相応しいじゃないか。だから、君さえよければ、彼女達と一緒に戦ってくれないか?」

 サカツキに真っすぐした瞳で尋ねられる。


(あれと・・・戦う)

 先ほどは、テンションがハイになっていたから、シルフィーを目の当たりにしても、震えることはなかった。倒せるとも思えたし、なんなら同情するくらい余裕があった。


 しかし、今まで見てきた動物よりも大きい体格に、異形の姿。

 叫び声は響き渡り、何をしてくるかわからない存在は、理性が働けば働くほど危険な存在であり、思い返すと足がすくむ。


「少し、考えてみてくれ。ただ、甲子園の魔物たちは日を追うごとに、強くなり、危険が増す。体や命の保障もできない。さっきヒナタに言ったように給料も出ない。まぁ・・・たまにちょっとした物くらいならプレゼントとしよう」

 困惑している僕を見て、サカツキは少し間をおいて、話を続ける。


「どちらにしても連絡はくれ。手伝ってくれるなら詳しい話をするし、手伝えないのであれば、これを打たなければならない」

(えっ、断ればその注射を打たれるのは確定なのか?)


「あぁ、そうだ。このことを誰かに話すような真似はしないでくれよ?話したら、君の恥ずかしい情報を社会にバラまくから」

「えっ?」

 僕は固まってしまう。


「はははっ、冗談だ」

 サカツキは僕の二の腕を叩きながら笑う。


「でも、君と話した相手を抹消しなければならなくなるかもしれないから注意してくれ」

 サカツキは笑顔だった。

 けれど、瞳の奥は笑っていないような気がして、怒鳴られる怖さはよく知っていたが、こうしたかもし出される大人の怖さを初めて知った。


 その後、何も聞けなくなった僕だったが、サカツキから連絡先が書かれた名刺を貰い、見送られてホテルに帰った。

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甲魔滅殺 ~甲子園の魔物なんて、滅してキルですよ~ 西東友一 @sanadayoshitune

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