第116話 海賊バルバロッサ兄弟(3) ~アルジェ独立~

 教皇の船を襲わせるため、情報部と考えた案はこうだ。


 まずは、ヴェネツィアから某富豪が大量の金塊をラテン帝国へ輸送するという贋情報をバルバロッサに流す。

 そしてミラージュの魔法で教皇の船を某富豪の船と誤認させたうえで襲わせるというものだ。


 そのためホムンクルスのローラを派遣し、情報部との共同作戦を行わせることにした。


 バルバロッサからすれば、誤って襲ったのだと言い訳をするだろうが、海賊の言い訳などが通るはずがない。


 作戦は絵を描いたように上手くいき、教皇は烈火のごとく激怒した。そして神聖帝国に討伐令を出したのだ。


 例によって、皇帝フリードリヒⅡ世は、こういう面倒ごとはロートリンゲン公フリードリヒに振ってくると相場は決まっている。

 予想どおり、皇帝からの使者がやって来たので、謹んでこれを受けることにする。


    ◆


 フリードリヒは暗黒騎士団ドンクレリッター全軍を持って当たることにした。

 全10隻の軍船のほか、テンプスの魔法陣も使って地上軍を送り込む。


 今回は完全にアルジェを制圧するつもりだ。前回の二の舞は踏まない。


 前回、ペガサスや蠅騎士団フリーゲリッターは見せているが、今回は全力で行く。

 竜娘たちやクラーケン、スキュラ、ケルピーのパーカーも投入する。


 軍船がアルジェに向かうと、相手は100隻近い海賊船を出撃させてきた。敵もほぼ全戦力を投入したということだろう。


 フリードリヒは心の中でほくそ笑んだ。

 ということは、地上の方は手薄だということだからだ。


 敵艦隊が望遠鏡を使ってようやく目視できる距離になったとき、ペガサス騎兵、魔導士団、蠅騎士団フリーゲリッターを出撃させる。

「行けっ。突撃アングリフ!」


 追加戦力も投入する。

「竜娘たちも出撃だ!」

「承知いたしました」


 そしてクラーケンたち水棲眷属たちも出撃させる。


「パーカーは今回が初陣だが、おまえの力を見せてくれよ」

「承知いたしました」


 ロートリンゲン軍の様子を見てハイレッディンは唖然としていた。事前に竜を使う従魔士がいるという情報は得ていたが、本当に竜が向かってきている。


 ということは、クラーケンも…


 その時、恐れていたことが起こった。

 巨大な触腕が現れたかと思うとハイレッディンのすぐ横の船に巻き付き、あっという間に沈めてしまった。


「クラーケンだ!!」


 竜たちも到着し、ブレスで攻撃している。

 竜のブレスに攻撃されては、中小の軍船は一発でアウトだった。


 ──無理だ。勝てっこない…


 ハイレッディンは、2割ほどの海賊船が沈められたところで白旗を揚げた。


 一方、地上の方でもアダルベルトが指揮する地上軍がアルジェの留守部隊を制圧していた。

 こちらも少しの抵抗は見せたが、大砲や自動小銃の威力を見ると早々と降参した。


    ◆


 縛られたハイレッディンがフリードリヒの前に引き立てられてきた。


「おまえがハイレッディン・バルバロッサか?」

「そうだ」


 白旗は上げたものの目は死んでいない。軍事力はまだ温存しているので、交渉の余地ありと考えているのかもしれない。


「さて、アルジェの今後についてだが、ハサン朝と同様に、アイユーブ朝本国から独立してヴェネツィアのような共和国政体の国になってもらう。

 おまえには共和国政体が立ち上がるまでの間、暫定的な総督をやってもらう。共和国が立ち上がったときに死刑にされたりしないよう、せいぜい善政に努めることだな」

「そんなことができるものか」


「できないというならば、この場で首を刎ねるまでだ。代わりの総督は適当に立てればいいからな。必ずしもおまえでなければならない理由はない」

「くそっ。何という…わかった。言うとおりにしよう」


「それで良い。だが、言葉だけでは信じられないからな…」

 と言いながらリードリヒが合図すると、衛兵がハイレッディンの胸をはだけさせた。


 その左胸にフリードリヒは誓約紋を刻んだ。


「これは黒魔術による誓約紋だ。おまえが私の命令に逆らった時はこれが発動しておまえの命を奪う。信じるか信じないかは勝手だがな…」とうとフリードリヒは薄ら笑いを浮かべた。


 そのさまにハイレッディンは恐怖のあまり、鳥肌が立った。


 ──これは本物だ。


    ◆


 フリードリヒはアスモデウスをトップとした悪魔軍団500人をアルジェに駐留させると、本体は引き上げさせた。


 本国から独立し、同様の立場にあるハフス朝と相互軍事同盟を結び、アイユーブ朝からの反撃に備えた。


 もちろん戦いが本格化すれば、いつでも本国から暗黒騎士団ドンクレリッターを投入するつもりである。


 アル=カーミルは黒衣の副官に問う。

「このままアルジェの独立を許したら他にも波及しかねない。ここはなんとしても制圧すべきではないか?」

「おっしゃることはごもっともでございますが、ロートリンゲン公を本気にさせてしまったのです。もう打つ手がございません」


「アルジェをあきらめろというのか?」

「アルジェ陥落の様子はスルターンもお聞きになったでしょう。おそらくアイユーブ朝の全戦力をもって戦っても勝てません。

 ロートリンゲン公が本気になった時点で詰みなのです」


「しかし、竜やクラーケンを使役するなど…おとぎ話ではあるまいし…」

「すべて本当のことでございます。私の部下が現認しておりますから…」


「ならば、その従魔士とやらを暗殺してしまってはどうなのだ、例の奴らを使って…」

「従魔士というのはおそらく喧伝けんでんのためのもので、使役しているのはロートリンゲン公本人と思われます。

 ロートリンゲン公は名高いオリハルコン冒険者で高名な魔法使いでもあり…要するに付け入るすきがございません。暗殺は無理ですな」


「それほどの男なのか。ロートリンゲン公は?」

「はい」


「しかし、其方そなたはなぜそんなにロートリンゲン公に詳しいのだ?」

「それは…今は明かせませぬ」


 アル=カーミルの顔が若干不機嫌になった。

 しかし、能力はともなく、素性がしれないという意味では、この黒衣の男も同じだ。


 ──ここは深入りしないでおくか…


 まったく、この黒衣の男といい、ロートリンゲン公といい、規格外の者が多い。

 これから一体どうなってしまうのかアイユーブ朝は、そしてヨーロッパは?


 また、東には未だかつてないモンゴルの大帝国が迫ってきている。

 世界はいったいどうなるのだ?


 アル=カーミルは思いを巡らせずにはいられなかった。


    ◆


 その後、アルジェのバルバロス海賊は正道に戻り、その技量を生かして、水先案内兼護衛を行う水軍として発展を続けることになる。

 ハイレッディンは人が変わったように真面目まじめになり、それが評価されて共和制政体移行後も総督を続けることになった。


 だが、誓約紋のことはごく一部の者しか知らない秘密だった。

 ここに新しく誕生したアルジェ共和国は、ロートリンゲン公の傀儡国家と言っても良かった。


 これにより、フリードリヒは北アフリカに重要な海軍拠点を獲得したのである。

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