第114話 海賊バルバロッサ兄弟(1) ~軍船建造と試験航海~

 イスラム教徒による海賊行為は、地中海では9世紀のクレタ島のムスリム政権の時代から知られていた。

 イタリア、フランス、スペインの海岸地帯を襲い、時には内陸部までさかのぼり財産と人を奪い奴隷貿易を生業とした。

 北アフリカや中東でのイスラム市場には、キリスト教徒奴隷の需要があったのだ。


 それも、シチリア奪回やイタリア海洋都市の勢力伸長により勢いは衰えてきていた。


 ただ、北アフリカの地中海沿岸地域を本拠とするバルバリア海賊はしぶとく活動を続けていた。

 中でも通称「バルバロッサ(赤髭)」と呼ばれるウルージとハイレッディン兄弟は特にヨーロッパ人から恐れられていた。


    ◆


 兄弟はエーゲ海のレスボス島の出身といわれる。父親方の祖先は軍人だった。母親はミティリーニ出身の正教徒聖職者の寡婦であり、その影響で当初はキリスト教徒だったが、後にイスラム教に改宗した。


 青年期は、兄弟それぞれがエーゲ海の各地を拠点に、巡礼者などを相手とする私掠船で活動した。

 その後、ウルージは現チュニジアのジェルバ島を新たな根拠地とし、ハイレッディンが合流した。


 現在、兄弟はアルジェを占領するとその内陸部へと勢力を拡大していた。


 従来この周辺を支配していたムワッヒド朝は、レコンキスタの敗北以来、内紛が激化して政治が混乱し、求心力を失って地方でもハフス朝が独立するなど、版図は急速に縮小して現在のモロッコ周辺を支配するのみとなっていた。


 アルジェ周辺は、このハフス朝とエジプトを根拠とするアイユーブ朝の間にあって、いわば権力の空白地帯となっていたのである。


    ◆


 ヴェネツィア共和国は第4回十字軍を通じてクレタ島などの多くの海外拠点を獲得し、ラテン帝国を打ち立てるなどした結果、東地中海貿易に大きな権益を得ていた。

 しかし、バルバリア海賊による略奪りゃくばつ行為が大きな悩みとなっていた。


 ドージェ(総督)のピアトロ・ツィアニは精強で名高い、妹の婿であるロートリンゲン公にこのことを相談すべく、ラニエリ・ダンドロを使いに出した。


 ファブリツィアが声をかける。同郷の友人に会いたいだろうと思い、フリードリヒが同席させたのだ。


「ラニエリ殿。久しぶりね」

「ファブリツィア様におかれましては、ご健勝そうでなによりです」


 フリードリヒが訪ねる。

「ところで今日はどのような用件で来られたのだ?」

「実はバルバリア海賊に悩まされておりまして…」


 ラニエリは一連の情勢を語った。


「つきましては、精強で名高いロートリンゲン公のお力をお借りしたく存じます」

「しかし、我が国には海がないから海軍がないのだ」


「船ならば我が国で用意いたします」

「だが、海上での戦闘はなあ…」

 と煮え切らないフリードリヒ。


 そこにファブリツィアが活を入れる。

「あなた。苦手なものから逃げるなど愚の骨頂です。そのような姿。子供たちに見せられません」

「それも一理あるが…」


 ファブリツィアが更に機嫌悪そうに言った。

「あ・な・た!」

「はいっ」


 ──ううっ。女には勝てん…


「ありがとうございます。閣下」

 ラニエリにお礼を言われるに至って、断れなくなってしまった。


    ◆


 この時代の軍船はガレー船である。

 ガレー船の特徴は両舷に数多く備えられたかいである。このことは風が大西洋に比べて弱く、また不安定な地中海やバルト海では重要な要素であり、この地域でガレー船が発達する要因であった。

 さらに、急な加速・減速・回頭を行なうような運動性においては帆に優っており、海上での戦闘に有利で、ガレー船のほとんどは軍船として用いられた。


 船の建造に当たっては、ラニエリに細かく注文を付けるとともに、フィリーネを筆頭にした技術者を派遣することにする。

 考えているのは、前後に大砲を備えた軍艦タイプとペガサス騎兵が発着できるようにした航空母艦タイプの2種類である。


 フィリーネは「また無茶な依頼を!」と文句を言っていたが、顔は怒っていなかった。

 やはり新しいものを作るのが好きなのだ。


    ◆


 数か月後。

 軍船のプロトタイプが完成したというので、早速視察に行くことにした。


 里帰りも兼ねてファブリツィアも連れていく。


 軍艦タイプは言ってしまえば大砲を付けるだけなので、既存のガレー船の設計を大きく変えたものではないが、航空母艦の方は甲板をなるべく広く取るために大きな設計変更が必要で、こちらの方は相当苦労したようだ。


 両方ともかいだけではなく、帆も備えている。

 風魔導士を配備すればかなりのスピードも出せるだろう。


 もう少し改善できそうな気もするが、それは実践を重ねながら追々おいおいやっていくことにする。


 実践の前に、まずは試験航海をしてみる。

 ロートリンゲンには操船の巧みな人材がいないので、そのための人員はとりあえずヴェネツィア共和国から提供してもらった。


 とりあえずコンスタンティノープルに向かう輸送船団がいるということなので、その護衛も兼ねて試験航海をすることにした。

 コンスタンティノープルといえば、いわば東西が交差する位置にあるエキゾチックな町だ。以前から一度行ってみたかったのでワクワクする。


 輸送船団は10隻の貨物船。ロートリンゲンの軍船は軍艦が3隻。航空母艦が2隻の計5隻という編成である。


 実際に航海に出てみるとやはり海には慣れていない。

 いつもゆらゆらと揺れている感じが気持ち悪い。

 だが、フリードリヒは幸い乗り物酔いには強かったので、船酔いで辛いということはなかった。


 航海にはファブリツィアも同行した。さすがに彼女は船に慣れているようで、平気な顔で寛いでいる。


 コンスタンティノープルまでは、通常2週間程度の旅だそうだ。

 風魔法を使ってビュンビュン飛ばせば、その半分以下で行けるだろうがそれでは趣がないので、止めておく。


    ◆


 事件はバルカン半島を周りエーゲ海に入ろうかということころで起こった。

 千里眼クレヤボヤンスで当たりを何気なく探っていると、明らかに海賊船らしきガレー船がこちらに向けてまっしぐらに向かってくる。


「海賊船だ。10隻ばかりこちらに向かっている」

「えっ! 何も見えませんが?」と航海士の反応は薄い。


 仕方がないので、望遠鏡を貸してやる。

「こちらの方向だ。よく見ろ」

「本当だ。あの旗はバルバロッサですぜ。いきなり当たりですな。

 それにしてもこの道具は凄い…」


 フリードリヒは指示を出す。

「軍艦は大砲の打ち方準備。ペガサス騎兵は焼夷弾しょういだんを装填して出発準備だ!」

「「了解」」


 間もなく報告がある。

「ペガサス騎兵出発準備できました」

「よし。では直ちに出発する。私も杖に乗って出る」

「了解」


 間もなく眼下に海賊船が見えてきた。

「まずは焼夷弾しょういだんを投下する。狙いを定めろ…

 よしっ。投下ファーレン!」


 焼夷弾しょういだんが次々と海賊船に命中し燃え上がる。

 海賊たちは一瞬驚いて硬直していたが、すぐに気を取り直して必死に火を消している。


「では、続いて自動小銃構え。撃てファイエル!」

 海賊たちは次々と撃たれて倒れていく。


 しかし、彼らは根性があった。スピードを落とすことなく、フリードリヒたちの船団に向かっている。

 おそらく接舷して白兵戦を狙っているのか、船首に取り付けられている衝角しょうかくという武器で船体に穴をあけるつもりなのだろう。


 やがて海賊船はキャノン砲の射程に入ってきた。

 砲兵隊長のジョシュアが号令をかける。

撃てファイエル!」


 弾は見事に命中し、海賊船は大破した。

 そのまま沈んでいくものもある。


 しかし、相手も根性があった。

 残る5席ほどが接舷し、白兵戦を挑んできた。


 真っ先に乗り込んできた赤髭の男が兄弟のとちらかだろう。

 ヴェネツィアの乗組員が声を上げる。

「ウルージだ!」


 いかにも海賊といった獰猛な面構えをしている。

 暗黒騎士団ドンクレリッターの一般兵が取り囲むが、押し返されてしまう。

 もの凄いパワーだ。


「どけっ! 俺がやる」

 アダルベルトがアロンダイトを構えて進み出た。


「ほう。ちょっとは骨がありそうじゃねえか。楽しませてもらうぜ」

「戦いは楽しみなどではない」


 すぐに凄まじい剣のやり取りが始まった。

 アダルベルトとこれだけ打ち合えるとは相当な腕前だ。


 だが、それもここまで。

 アダルベルトがプラーナで身体強化すると、形勢はい一気にアダルベルト優位となった。


 アダルベルトの剣が決まり、ウルージの左腕の肘から先が切り落とされた。

 切り口から血が勢いよく吹き出しているが、ひるむ様子はない。


 これでウルージは諦めたらしい。

「ちっ。野郎ども。引き上げだ」


 そう言うとあっという間に、船から船へと飛び移り、姿が見えなくなってしまった。さすがに海の男である。


 そこにフリードリヒが戻ってきた。

「閣下。申し訳ございません。ウルージには傷を負わせたのですが、逃げられてしまいました」

「まあ、まだテスト航海なんだから欲張る必要はないさ。気にするな」


「恐れ入ります」


 見るとファブリツィアが船首に立って罵声ばせいを飛ばしている。

「へーん。軟弱なくそ野郎ども。おととい来やがれ!

 あたいの旦那は世界一強いんだ!」


 アダルベルトが質した。

「閣下。追撃しなくても?」

「我々はまだ海の戦闘になれていないし。ここは大事をみて見逃してやろう。

 本格的な勝負は、準備万端整えたうえで、また今度だ」

「わかりました」


 そこにラニエリがやってきた。

「いやあ。さすがロートリンゲン公。テスト航海だというのにウルージを撃退してしまうとは…

 しかし、惜しかったですな」

「まあ、機会はこれからもあるさ。今度は後れを取るつもりはない」


「それは頼もしいお言葉。期待しておりますぞ」


    ◆


 その後は特にトラブルもなくコンスタンティノープルに到着した。

 コンスタンティノープルの町をファブリツィアと一緒に観光したが期待したとおり東と西が交差する独特の雰囲気の町だった。


「いい町だな」

「そうですわね」


「ナンツィヒもいずれはこういう町になれるだろうか?」

「あなたが頑張っているんですもの。もっとすごい町にだってなれますわ」


「そうだとうれしいな…」


 フリードリヒは前々から多民族がそれぞれの個性を発揮しながらも共生している国際都市を作ってみたいと思っていた。

 コンスタンティノープルを見て、これも一つのモデルだと思った。


 参考にはなるが、猿真似をするつもりは毛頭ない。

 ナンツィヒがどういう町になっていくのか楽しみだ。

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