第113話 幼妻 ~イザベル・ド・カペー~

 白銀のアレクがフィリップ・ユルプルの反乱からルイⅨ世を救ったという話は、瞬く間にフランス中のうわさとなった。


「白銀のアレクってロートリンゲン公のことだろ」


「何でもたった1人で反乱軍2千を撃退したとか」

「いや違う。何でも見えない何かが味方をしたって話だ」


「見えない何かって何だよ?」

「ここだけの話。どうも神から使わされた天使らしい」


「ロートリンゲン公が大天使ミカエルやガブリエルの加護を受けているってのは本当だってことか?」

「ああ。間違いない」


 フランスの庶民の中ではロートリンゲン公フリードリヒの人気はうなぎ登りだった。


 フランスとロートリンゲン公は一時戦争をした仲だったが、ブランシュは、この機にロートリンゲン公国との結びつきを深めるべきと判断した。


 まずはロートリンゲン公が進めている自由貿易協定への参加である。


 その下交渉として、ロートリンゲン公国の外務卿ヘルムート・フォン・ミュラーがやってきた。


 協定の締結ていけつは双方の既定路線だったので話はとんとん拍子に進んだ。


 そこでフランス王国摂政せっしょうのブランシュがおもむろに言った。

「ところでミュラー卿。我が国とロートリンゲン公国はより結びつきを強めるべきと思う。

 そこで婚姻を進めてはどうかと考えるのだがいかがか?」

「しかし、双方ともに年頃の子息はおられぬかと思いますが…」


「そこでじゃ。我が娘のイザベルは10歳になった。これを成人させてロートリンゲン公の嫁にと思うのだがどうだ?」


 確かに貴族同士の政略結婚において、未成年の子女を強引に成人させることは珍しいことではなかった。


 ──10歳ならばギリギリあり得ない話ではないか…


「ここで確約はできませぬが、大公閣下に上申してみます」

「うむ。頼んだぞ」


    ◆


 ミュラー卿から話を聞いたフリードリヒは心の中でため息をついた。

 政治的には断れるような話ではない。


 ──ブランシュよ。自分の娘を差し出すとはどういうことだ。


 これでは親子どんぶりになってしまうではないか。

 しかも、10歳って…俺は光源氏か!?自分好みの女に育てろってか!?


 自分も妻・愛妾あいしょうたちも歳をとって、ようやくロリ地獄から解放されようとしているのに…


 しかし、ふと冷静になった。

 待てよ。ブランシュも恋愛と政治は別物と割り切って決断したに違いない。政治のことを考えれば、今後も同様のことがあってもおかしくはない。


 ──ロリ地獄を嫌がっている場合ではないということか…


 フリードリヒは覚悟を決めた。


    ◆


 イザベルは会ってみると活発で情熱的な少女だった。ブランシュの良いところが遺伝したとみた。


 結婚式は例によってケルンの大聖堂で行った。


 そして結婚初夜。

 初夜を過ごす寝室を訪れるとイザベルは微かに震えていた。


 何を聞かされているか知らないが。まだ10歳なのだ。しかも相手は会ったばかりの良く知らぬ男…


 ──怖いのも無理はない…


 フリードリヒは、イザベルを驚かさないようにゆっくりと抱きしめた。

 それでもイザベルは驚いて「あっ」と声を上げた。


 しばらく抱きしめてイザベルが落ち着くのを待つ…


「今日は君が思うようなことはしないよ。肉体的に成人するまで君には手を出さない。いいね」


 イザベルはコクコクとうなずいている。


「あっ。でも、キスくらいなら…」

「そうだね。夫婦になったのに本当に何もしないのは極端かな…」


 イザベルは目をつぶった。

 フリードリヒは、イザベルの唇に軽く触れる程度のキスをした。


 イザベルが目を開けて言った。

「もう終わりですの?」

「もっとディープな方がよかったのかな?」


「いえ」というとイザベルは真っ赤になってうつむいてしまった。


「まだお互いのことを良くわかっていないからね。今日はお互いに今までどう生きてきたか話をしよう」

「私は大公閣下のことはわかっているつもりですわ。だって本を読みましたもの」


 本って…ルイーゼが書いたあれか…まあいいか。


「自分の夫に向かって『大公閣下』はないだろう」

「では、何とお呼びすれば?」


「『あなた』でも何でも好きにすればいいさ。他の妻たちも皆好きに呼んでいる」

「では、『お兄様』はダメですか?」


「自分の夫に『お兄様』はないだろう」

「だって、お兄様みたいに優しそうだったから…では、『フリードリヒ様』では?」


「う~ん。ちょっと固いな。せめて『フリード様』でどうだ?」

「わかりました。では、それで。フリード様」


 それからイザベルは自分の幼い頃の話をした。

 よく悪戯いたずらをしてブランシュに叱られていたらしい。

 スペイン女だから怒ったブランシュはさぞ怖かっただろう。


 それからフリードリヒも昔の話をした。

 が、冒険者時代の話をしても「それは本で読みましたわ」と言われてしまう。


 自然とホルシュタイン伯になってからの話が中心となった。


 ──それにしても俺って戦争ばっかりやってるな…


 戦争の話は殺伐とした話にならないように苦労した。


 ふと気づくと。白々と夜が明けようとしている。話に夢中になってしまったようだ。


「そろそろ寝ようか。夜が明けてしまう」

「わかりました。フリード様」


 2人で床に入ると、イザベルが体を寄せてきた。


「フリード様はいい匂いがいたします」

「そ、そうか…」


 ──どうして女ってやつは匂いフェチなんだ?


「おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


    ◆


 イザベルはフランス王室で育っただけあって、行儀作法はほぼ一通りできていたが、まだ10歳。学ぶことはいくらでもある。

 まずは、ドイツ語をマスターしなければならない。


 彼女は女の子らしく、料理や裁縫も好きだった。

 料理については、厨房に出入りするうちにルシファー付き侍女のペートラと仲良しになったようだ。


 そして裁縫については、正妻のヴィオランテに習っているらしい。

 どうもヴィオランテが作る洋服のデザインに夢中のようだ。


 イザベルは人見知りしないし、活発なので、暇があると妻や愛妾あいしょうのところを訪れ、何やら情報を仕入れているらしい。

 いったい何を吹き込まれているやら…


    ◆


 ある日。

 イザベルは一番新しい側室であるレオポルトのところを訪れた。


 イザベルは意を決して初夜のことを聞いてみる。


「そりゃビックリしたのなんの」

「何がですか?」


「男の×××がぶら下がっているのは見たことがあったんだけど、大きくなったところを見るのは初めてでさあ。それが想像を超える大きさで…」

「えっ。×××って大きくなるんですか?」


「あなた知らなかったの? こりゃ悪いこと教えちゃったかな…」


「大きいって、どのくらい…」

「そりゃあ、このくらいかな」


「えっ…………」

 レオポルトが示した大きさを見て、イザベルは絶句してしまった。


「わたしも他の男のは見たことがないからわからないから、旦那のは特別かもしれないけど…って、聞いてる?」


 イザベルは放心状態で何も聞こえていなかった。


    ◆


 フリードリヒは、イザベルもローテーションに組み込んでいた。

 行為はしないにせよ、除け者にするのは可哀そうだと思ったからだ。


 ある日。

 フリードリヒがイザベルの寝室を訪れると…


 イザベルは難しい顔をして視線はある一点に注がれている。

 フリードリヒの股間だ。


 ──あんなに大きくなるものが普段はどうやって収まっているのかしら…


「おい。どうした。ぼんやりして…」

「い、いえ。何でもありませんわ」


???


 しばらくして、フリードリヒの妻と愛妾あいしょうが集まってひそひそ話をしている光景が見られた。


 どうやらイザベルにあれこれ聞かれたことが切っ掛けとなって、他の妻や愛妾たちの夜の生活の様子が気になってしまったらしい。


 フリードリヒは十人十色と思い、本人が嫌がることは強制しないようにしていた。結果、行為の内容はバラバラとなっていたのだ。


「えっ! あなたそんなことをしているの?」

「おめえだって、×××を×××してるんだろ」


「それは、そうだけど…」


    ◆


 今日はネライダのローテーションの日。


あるじ様。今日はあるじ様の×××を×××させていただきます」

「へっ!?」

 フリードリヒは驚きのあまり間抜けな声を出してしまった。


 ──あのおとなしいネライダが×××を!?


「いったいどういう風の吹き回しだ?」

「他の愛妾あいしょうの方もしているようですので…これまで至らず申し訳ございません」


「いや。謝るようなことでは…」

「では、失礼いたします」


    ◆


 それ以来、他の妻や愛妾あいしょうたちにも同様の現象が起きていた。

 震源地を探ったところ、どうやらイザベルではないか。


 大事にし過ぎて何も教えてこなかったから、あちこち聞き回ったらしい。その結果がこれという訳だ。


 確かにそういうことをきちんと教えなければならないお年頃ではある。これ以上変に耳年増にならないうちに正しいことを教えなくては…


 しかし、正しい×××って何だろう?

 難しい問題だ…

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