第112話 ドイツ騎士団(3) ~ミカエル降臨~
一方、自由貿易協定の話はすんなりと決まり、詳細は事務方で詰めることとなった。
そして、レオポルトはフリードリヒに付いてロートリンゲン公国に行くことになった。
これにはレオポルトに心酔している騎士が100名ばかり同行することとなった。レオポルトはそれだけ慕われていたのだ。
総長のヘルマンは苦笑いしながらも、これを許してくれた。
◆
実はフリードリヒには気になることがあった。
古プロイセンを含むバルト海沿岸南東及び北ヨーロッパの異教徒に対して行われたカトリック教会諸国の同盟による遠征は北方十字軍と呼ばれ、ローマ教皇お墨付きのうえ行われていた。
そこはやはり十字軍。十字軍の名のもとに異教徒の
──人はなぜ異教徒というだけであんな非人道的なことができるのだろうか…?
それを考えると、(人は原罪を背負って生まれた存在なのか?)などとキリスト教的なことを考えてしまう。
少なくとも原罪を上塗りするようなことはあってはならない。
フリードリヒは、ドイツ騎士団の古プロイセン人討伐の遠征に同行することにした。
そして密かにミカエルを呼び寄せた。
◆
北方十字軍も他の十字軍と同様に一方的に勝ち続けた訳ではない。そればかりか、大敗することもあった。
最近では、バルト地方を征服しバルト人をキリスト教に改宗させることを目的として設立されたリヴォニア帯剣騎士団が、シャウレンの戦いにおいて異教徒のジェマイティヤ人と衝突し、騎士団長フォルクヴィンを含む多数の騎士が戦死するという壊滅的敗北を喫したばかりである。
リヴォニア帯剣騎士団は、この敗北から立ち直れず、ドイツ騎士団に吸収されることになる。
この結果、リヴォニア帯剣騎士団に征服されていた諸部族の反乱を引き起こし、騎士団が数十年をかけたダウガヴァ川左岸の征服事業も水泡に帰した。
このようなこともあって、元リヴォニア帯剣騎士団の騎士たちは異教徒への復讐に燃える者が多かった。
◆
ドイツ騎士団総長のヘルマンは言った。
「閣下自ら遠征に参加いただけるとは意外ですな」
「私も
「それは良いお心がけで」
今度は練習試合ではなく、実戦である。
第6騎士団には、もちろん自動小銃を装備させていた。
「ところで閣下。第6騎士団が背負っているあれは何ですかな?」
「ああ。あれば神から
何の気負いもなく言うフリードリヒにヘルマンは驚いた。
「あれが
「見てもらえればわかります」
そしていよいよ古プロイセン人の軍隊と対峙した。
フリードリヒは例によって最右翼に陣取っている。
総長のヘルマンが突撃の合図を出した。
フリードリヒも第6騎士団に命ずる。
「外側から包囲して騎射で打ち取る。我に続け!
騎馬だけからなる第6騎士団は飛び抜けて早い。
敵左翼を包囲する形で進むと騎射で狙いをつける。
「
ダダッという音ともに、見えない矢で打たれたかのように敵が次々と倒れていく。
敵も必死に弓で応戦するがフリードリヒが張った時空反転フィールドにはね返され、かえって味方を傷つけている。
「何じゃ。こりゃあ?」
不可思議な現象に敵は戸惑うばかりである。
フリードリヒは敵左翼の後方まで突き抜けると、敵中央軍の背後へ迫った。
「
後背から襲われ、敵中央軍もバタバタと倒れていく。
そこでフリードリヒは敵指揮官らしき人物を視認した。
マジックバッグからクラウ・ソラスを取り出す。
「行け。クラウ・ソラス! 敵指揮官を打ち取れ!」
クラウ・ソラスは光のような速さで飛んでいくと敵指揮官を討ち取った。
一方的に蹂躙され、指揮官まで討ち取られた古プロイセン人軍の士気はガタ落ちだ。
程なくして古プロイセン人軍は降伏した。
案の定、投降した敵兵に乱暴を働く者が出てきた。
フリードリヒは自動小銃でその者の足元を
ダダッという発射音が辺りに響く。
「味方に向かってなにしやがる!」と声があがるがフリードリヒは気にしない。
「小僧が。粋がりやがって!」と馬鹿にして乱暴を続けようとする者がいたので、フリードリヒはその足を容赦なく自動小銃で打ち抜いた。
足を打ち抜かれた男は痛みに呻うめいている。
フリードリヒはそれを冷たい目で眺めながら言った。
「よいか! 投降した敵に乱暴を働くような騎士道にもとる者は味方であっても撃つ! そう心得よ!」とフリードリヒは大声で叫ぶと風魔法に乗せて戦場全体に届けた。
そこにミカエルが多くの天使を伴って降臨する。
敵も味方も後光に包まれたその美しい姿に
「我は大天使ミカエル。
神は、汝の隣人を愛し、隣人から盗るなとおっしゃった。これは異教徒でも同じこと。
これを害することあらば、汝なんじらは大天使ミカエルが加護を与えたフリードリヒによって打ち滅ぼされるであろう」
これにより殺伐とした雰囲気が一変し、
一連の出来事を見ていたレオポルトは、自分の惚れた男がいかに規格外かを思い知らされた。
しかし惚れてしまったものは仕方がない。今更後戻りしようにもできないのだ。
レオポルトは、決意を新たにするのだった。
◆
フリードリヒは、レオポルトを伴ってロートリンゲンに帰還した。
レオポルトの処遇であるが、結局第7騎士団を設立し、その騎士団長とすることで落ち着いた。それが一番彼女らしい。
このころまでに
レオポルトはロートリンゲンに行ってからは、女であることを隠さないことにした。
フリードリヒが言ったとおり、ロートリンゲンには女の騎士や魔導士がうじゃうじゃいるし、隊長格になっているものも多い。
その誰もが女性として卑下されることはなかった。
レオポルトは女であることを隠すのがバカバカしくなってしまったのだ。
そして女性たちの多くは、フリードリヒの側室や
──ならば私も…
頃合いを見てレオポルトは話を切り出した。
「あ、あのう…閣下。私を
「いいよ。君のような魅力的な女性ならば大歓迎だ」
アバターも飛ばせるようになったことだし、この頃はフリードリヒも
「魅力的などともったいない。私のような
「それは君の個性なんだから無理に直す必要はないよ」
正直なところ、フリードリヒは、レオポルトのようなボーイッシュな女性も嫌いではなかった。
「ありがとうございます」
「そういえば君は男爵家の娘だったね。だったら
「えっ! そんなもったいない」
「気にする必要はないよ」
事はとんとん拍子に進んだ。
一番驚いたのは、レオポルトの父のレーブレヒトだった。
男として育て、厄介払いをした娘がこともあろうに大公の妻となるというのだ。その話を聞いた時は卒倒しそうに驚いた。
そして大公の権力を使って
そうとなるとレーブレヒトは安心し、今度はレオポルトの弟をロートリンゲンの重臣に押し込めないかと画策したが
ロートリンゲンでは、単に外戚だからという理由での人事配置は行っておらず、能力本位の人事を行っていたからだ。
レオポルトの弟は姉に似ず、とりえのない凡庸な男だった。
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