第111話 ドイツ騎士団(2) ~七縦七禽~
特使が返ってから程なくして…
ドイツ騎士団総長のヘルマン・フォン・ザルツァに従者が告げた。
「ロートリンゲン公閣下が見えられました」
「何っ!」
大公自らだと!?
それに異常に早いではないか。ロートリンゲン公の軍は神速だとは聞いていたが、これほどとは…
もちろん時空精霊のテンプスの魔法陣により一瞬で来たのだが、これは秘密である。
総長室にフリードリヒがやってきた。
「これはザルツァ卿。初めまして。ロートリンゲン公のフリードリヒ・エルデ・フォン・ザクセンです。以後、良しなにお願いいたします」
ヘルマンは目を見張った。
聞きしに勝る優男。それに若い。
「こちらこそ。まさか大公閣下が自らいらっしゃるとは思わず、歓迎もせずに失礼いたしました」
「いえお気になさらず…」
「遠路はるばるお疲れでしょう。食事を用意させますので、まずはごゆるりとなさりませ」
「お心遣い。痛み入る」
◆
翌日。
フリードリヒはすぐにでも自由貿易協定の話をしたかったのだが、相手は騎士団。
まずは、フリードリヒが連れてきた騎士団を見分したいということになった。
「こちらが我が国の第6騎士団です」
ヘルマンに明らかな落胆の様子が見られる。
やはり
「
「あれは下手に動かすと軍事バランスが崩れてしまいかねないので、
「そうですか」
「第6騎士団も十分に強いです。油断されると痛い目にあいますよ」
実際、第6騎士団を含む領軍は、普段は
人族化しているとはいえ、普段から天使や悪魔たちを相手に訓練している彼らが人族を相手に遅れをとるとは思えなかった。
しかも、訓練は即死しなければなんでもありというフリードリヒ式のドS訓練だ。
ヘルマンは考えている様子だったが、考えがまとまったようだ。
「それではこちらも第5騎士団を出しましょう。若い騎士団長が就任したばかりで、一番勢いがあります」
「それは面白そうですね」
◆
翌日。
騎士団同士の練習試合が行われる。
ロートリンゲン側の指揮はフリードリヒが自らとることとした。
──練習試合ということもあるし、今回はチートはなしにしよう。
斥候を放ち、相手の情報を探る。
ロートリンゲンの斥候は忍者のような特殊訓練をしていた。そこはタダの物見とは違う。
斥候が戻ってきた。
「敵は軍を三つに分け、こちらを包囲
斥候が地図上で敵軍の配置を示した。
「かなり離して配置しているな。これだと味方同士が視認できない距離だ。全員騎馬のうえ迅速に動いて各個撃破してみるか?」
ヤンが答える。
「確かに敵は想定していないでしょう。それには敵の連絡を絶つことが重要ですね。失敗するとこちらが包囲されてしまいます」
「そうだな。相手の斥候を見つけ次第、
「
斥候のリーダーはスッと姿を消した。
フリードリヒはバイコーンに騎馬すると命令した。
「敵左軍から潰す。我に続け」
「おーーーっ」
◆
ドイツ騎士団左軍の指揮官に報告がある。
「前方に敵です。騎馬して高速で迫ってきています」
「何っ。斥候は何をしていた」
「それが…一人も戻ってきておりません」
「至急、中央軍に援軍を乞う伝令を出せ!」
「了解」
しかし、それはフリードリヒの想定内のこと。
伝令はことごとく第6騎士団の斥候に潰された。
あっという間に第6騎士団はドイツ騎士団左軍に接敵した。
バイコーンのスピードを落とすことはなく、ドイツ騎士団左軍が蹴散らされ陣形が乱れる。
後ろまで抜けた第6騎士団は反転し、また蹴散らしていく。
それが2度、3度…
程なくしてドイツ騎士団左軍は壊滅した。
──騎士団長がいるだろう中央軍は後の楽しみにとっておこう。
「次は敵右軍だ。我に続け!」
「おーーーっ」
◆
ドイツ騎士団右軍の指揮官に報告がある。
「後方に敵です。騎馬して高速で迫ってきています」
「何っ。いつの間に…斥候は何をしていた」
「それが…一人も戻ってきておりません」
「至急、中央軍に援軍を乞う伝令を出せ!」
「了解」
この伝令も左軍同様にすべて潰された。
「反転して敵を迎え撃て!」
「了解」
しかし、相手は高速の騎馬軍団である。反転が終わらないうちに第6騎士団が突入してきた。
左軍同様に蹴散らしていく。
それが2度、3度…
程なくしてドイツ騎士団右軍は壊滅した。
「よしっ! 最後の仕上げだ。中央軍へ向かう。我に続け!」
「おーーーっ」
これまでに第6騎士団の損耗は1割に満たない。
◆
ドイツ騎士団第5騎士団長のレオポルトに報告がある。
「右前方に敵。騎馬して高速で迫ってきています」
「何っ! 右軍は何をしていた。斥候の報告は?」
「それが…一人も戻ってきておりません」
──これは右軍がもうやられたと見るべきか…
「至急、左軍に援軍に来るよう伝令を出せ!」
「了解」
左軍はもう壊滅していることをレオポルトは知らない。
「敵がくるぞ。皆、構えて備えろ!」
しかし、全員が騎馬している軍など相手にするのは初めてである。
第6騎士団は嵐のように押し寄せると味方を蹴散らし、あっという間に通り過ぎていく。
そして反転すると守備が弱い部分を見透かして蹴散らしていく。
それが2度、3度…
間もなく中央軍も壊滅してしまった。
レオポルトはこの上なく悔しかった。
自分の人生でここまでの完敗は初めてだ。これが実戦だったらと思うとぞっとして背筋が凍った。
◆
レオポルトはフリードリヒに再戦を懇願していた。
「閣下。全員が騎馬の軍団など初めてだったので後れをとってしまいました。今度はもう油断しませんので何卒再戦をお願いできないでしょうか?」
「確かに全員が騎馬した軍団などヨーロッパでは我が国くらいですからね。いいでしょう。次は全員が
「何卒よろしくお願い申し上げます」
「わかりました」
◆
翌日。再戦が行われる。
両軍とも
敵は軍を三つに分けてはいるが、いつでも連携を取れる距離を保っている。昨日の各個撃破に
「さて。ヤン。どうする?」
「そうですね。閣下の得意な斜行陣などどうですか?」
「そうだな。ここは平地だし。敵からは軍の厚みは見えない。それもいいだろう。ただし、見破られないよう、今回も斥候潰しが重要だな」
「そうですね」
「では右を厚くした斜行陣にするとして、右軍はヤンが指揮してくれるか。副官のシュタッフスは中央軍を指揮。左軍は私が指揮して踏ん張る。それでよいか?」
「
結果、フリードリヒの作戦は見事に決まった。
斜行陣のお手本のような展開となり、ドイツ騎士団はまたも完敗した。
◆
しかし、レオポルトは納得しなかった。
「閣下。何卒再戦をお願いいたします」
「わかった」
そして戦うこと計7回。
7回ともドイツ騎士団の完敗だった。
これは兵の質の問題もあるが、指揮官の経験不足ということもあるだろう。
さすがにレオポルドは8度目を申し込んではこなかった。
レオポルドは7戦7敗という圧倒的な力の差を見せつけられ、いっそ清々しい気持ちになっていた。
今までドイツ騎士団で一番強いなどと思って、鼻を高くしていた自分がおそろしく滑稽に思えた。
世界は広いのだ。上には上がいる。
そして気持ちはフリードリヒに心酔してしまっていた。
──あんな人の部下になって戦ってみたい…
レオポルドは意を決して総長室に向かっていた。
「総長。お願いがあります」
「皆までいうな。ロートリンゲン公に使えたいと申すのであろう」
「なぜそれがお判りに?」
「だてに歳はとっておらぬ」
「これまでさんざんにお世話になっておきながら、申し訳ございません」
「なに。もともと
「ありがとうございます」
「ところでロートリンゲン公の許可はもらったのか?」
「いえ。まずは総長の許可を得てからと思いまして」
「そうか。ではさっそく行ってくるといい」
「わかりました」
◆
レオポルドはフリードリヒの部屋に向かった。
ノックをすると「どうぞ」という声が聞こえた。
部屋に入ってみるとフリードリヒは戦場でするマスクをしていなかった。レオポルトも当然していない。
改めてフリードリヒの素顔を見るとレオポルトはドギマギしてしまった。
──なんと見目麗しい男性なのだろう…
レオポルトの顔は上気して真っ赤になり、心臓は早鐘を打っていた。
──何なのだ。この切なくて苦しい気持ちは…
「何か用事かな?」
「そ、それはその…私を閣下の部下にしていただけないでしょうか?」
「それはやぶさかではないが、総長には許可をもらったのかい?」
「はい」
「ならばいいだろう。うちには気の合いそうな連中もいるしね」
「気の合いそうな連中?」
「君は女騎士だろう。これまで肩身の狭い思いをしてきたと思うが、うちには女騎士がうじゃうじゃいるからね」
「閣下は…いつから私が女だと?」
「一目見てわかったけど?」
「そうですか。実は騎士団のなかでは私は男ということで通しているのです。ですから、このことはご内密に」
「わかった」
◆
レオポルトはメイドのイーナに聞いてみた。
「実はロートリンゲン公を前にすると顔は上気するし、心臓はドキドキするし、胸が切なくて苦しくなるのだ。もしかして何かの病気なのだろうか?
このままでは満足にあの方にお仕えできないのではと心配なのだ」
イーナはニコリと微笑むと言った。
「それは
「何っ! それは本当か?」
「ええ。
「私がロートリンゲン公に恋をしているというのか。まさか…
武人として尊敬はしているのは確かだが…」
「でも、その症状は典型的な恋煩いです。違うとは言わせませんよ」
「そんな…」
「私はどうしたらいい?」
「頃合いをみてロートリンゲン公に告白してみてはどうです?」
「そ、そんな…大それたこと…へたな
「そうです。恋は
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