第4節 暗黒騎士団の拡充

第102話 新参者 ~ルシファーの洗礼~

 地獄の王ルシファーが部下となった。

 これを遊ばせておく手はないが、どのような待遇とするか悩む。


 さすがにベルゼブブたちの下に置くことはできない。

 そうすると同格の中隊長待遇か…


 部下たちは自分で調達させよう。何しろ地獄の王なのだから選び放題に違いない。


 そうすると中隊がもう一つ増えることになる。

 暗黒騎士団ドンクレリッターが益々大きくなるな。


 こうなったらいっそ2つに分けるか…

 などと考え準備をさせていると自然に情報はれる訳で、いつしかルシファーは城中のうわさの渦中の人となっていた。


    ◆


 グレゴール・フォン・フェヒナーこと、悪魔ルシファーは今日何度目かのため息をついた。

 また剣の手合わせを申し込まれたのだ。


 相手は暗黒騎士団ドンクレリッターの小隊長の男だ。

 どうもルシファーは外見が眉目秀麗びもくしゅうれい優男やさおとこということもあって、あまり強く見えないらしい。


 こいつを倒したら俺も中隊長の芽があるかもしれないということで申し込みがひっきりなしなのだ。


 手合わせの見届け人は第1中隊長のカロリーナが引き受けてくれた。

「カロリーナ殿。毎度すまない」

「貴殿こそ、人気者でうらやましいな」とカロリーナは若干皮肉を込める。


「では、始め!」

 カロリーナのかけ声で勝負が始まる。


 その声が終わった直後。

 相手の小隊長の剣が弾き飛ばされ、男は丸裸になった。


「まいっ…」


 グレゴールは、小隊長の男の脳天に木刀で容赦ない一撃を加え、男は頭から血を流して気絶した。

 男の部下たちが駆け寄り、手当てをする。


「降参の言葉を言おうとしていたのに…」

「勝負に慈悲は無用だ。そもそも、そちらもそのつもりでいどんだのではないのかな?」


 一方で、手合わせの見物人は口々に感想を言い合っている。

「おい。今の何があったか見えたか?」

「いや。ぜんぜん…早すぎて何が何だか…」


 見物人の視線がカロリーナに集まる。解説をして欲しいようだ。

 カロリーナは、これにこたえた。


「何がも何も、グレゴール殿は右から左へ剣を払っただけだ。あの男はそれに全く反応できなかったから剣を弾きとばされた。

 まったく。あのような者が小隊長とは暗黒騎士団ドンクレリッターも落ちたものだ…」


 じゃあそれが見えもしなかった俺たちって…

 見物人の男たちは下を向いて落ち込んだ。


 ルシファーが毎日勝負に明け暮れているといううわさはフリードリヒの耳にもはいっていた。

 純粋な人族がルシファーに勝てるとも思えないが…


 ルシファーの実力を知らしめておくか…

 情実人事ではなく、あくまでも実力に応じた人事配置だということを知らしめておく必要があるだろう。


 フリードリヒは、翌日にルシファーとの模擬試合を行うことを城内に知らしめた


    ◆


 そして翌日。

 城の剣闘場に暗黒騎士団ドンクレリッターの面々を始め多くの人が集まった。


 見届け人はカロリーナである。

 勝負は真剣で行われる。それだけ本気の勝負ということだ。


「では、両者とも準備はよろしいか?」


「ああ」

「いつでも」


 フリードリヒは既に集中して半眼になり、両手にオリハルコンの剣を構えている。プラーナによる身体強化も既に行っている。

 ルシファーの方はオリハルコンの剣を中段に構えたオーソドックスな構えである。


「では、始め!」


 声が終わるかどうかというギリギリのタイミングで激しい風切り音とガキンと剣が打ちあう音がするが、常人には何が起こっているか見えない。ただ、超高速で打ち合いをしているであろうことが音からうかがいい知れるだけだ。


 人形態でこの強さか…

 フリードリヒは感心した。


 フリードリヒはいままで控えていた神力を使い狂戦士バーサーカー化する。


 剣撃のスピードと威力が数段上がる。

 それでもルシファーは付いてきた。


 常人にはもはや音からも何が起こっているか理解不能だった。


 すさまじい打ち合いを続けたまま膠着こうちゃく状態が続き、1時間もったかと思われた時、両者がどちらからともなく距離を取り、剣撃がいったんんだ。


 両者は激しく呼吸して回復を図る。


 この上もなく緊迫した空気が剣闘場を包んでいる。


「閣下。この辺で勝負は引き分けということにいたしませぬか?」

「そうだな。このまま続けても、後は体力勝負ということになりそうだし…」


 カロリーナが判定をする。

「では、両者引き分け!」


 城内から歓声が挙がる。

すげえ!」

「閣下と引き分けるなんて、実力は本物だったんだ!」


 あちこちからルシファーをたたえる声が聞こえる。


 ──よしよし。ねらいどおりだな…


 フリードリヒはほくそ笑んだ。


 一方、アダルベルトはじっとルシファーを見つめていた。


 フリードリヒ様と親し気に声を交わしたりする姿を見て嫉妬しっとしてしまうこともあったが、あの実力は本物だ。

 俺でもフリードリヒ様を相手にあそこまでやれるかどうか…


 確かに頼りがいのある男だが、万が一裏切りでもされたらロートリンゲンにとって命とりにもなりかねない危険人物ということだ。


 ──何者なのだ。グレゴールという男は…


 アダルベルトとしては、素直に喜べなかったのだった。


    ◆


 ルシファーを中隊長にするとなると、男爵待遇くらいはしてやらねばならない。

 そこで城に個室を与えるとともに、専任の侍女を付けてやることになった。


 ルシファーは侍女やメイドの中でもうわさになっていた。


「何でもグレゴール様に専任の侍女をつけることになったそうよ」

「あんなハンサムな方の侍女ならぜひなってみたいわ」


「でも閣下が突然どこかから連れて来て素性もしれないんでしょう?」

「そうね。いったいどういう方なのかしら?」


「まさか大公様の××のお相手だったりして…」

「えっ! 大公閣下ってそんな趣味が?」


「あなた知らないの? 大公閣下とアダルベルト様はそういう関係だっていううわさよ」

「確かにアダルベルト様が大公閣下を熱い視線で見つめているのは見たことがあるけれど…」


 そこに侍女長のイレーネ・フォン・ケルステンがやってきた。

「こら。あなたたちなんて話をしているの。こんなことが閣下のお耳に入ったら本当に首が飛ぶわよ!」

「ひいっ!」


 侍女たちはフリードリヒのドS伝説を信じている。


 確かにフリードリヒが本気で怒ったら侍女程度の首など自ら簡単にはねてしまうだろう。

 それを想像した侍女たちは恐怖した。


 それはともかく。

 ルシファーの専任侍女選びは難航した。


 希望者が殺到したのである。

 フリードリヒは悩んだ末、侍女長のイレーネに丸投げしてしまった。


 なにしろ当のルシファー本人に聞いてみても「人族の女などに興味はない」の一点張りなのだ。どうやら人族を一段低く見下しているらしい。


 最終的にイレーネが選んだのは希望した侍女ではなく、城の厨房ちゅうぼうに勤務しているメイドのペートラ・ゲルリッツという平民の少女だった。

 彼女の地位を侍女に引き上げてルシファーの専属にするというのである。


 ペートラは何事にも物怖ものおじしない、明るい性格の少女だった。

 ペートラは、他の者が謙遜けんそんする中で、厨房ちゅうぼうによく出入りするフリードリヒともよく会話をわしていたし、「閣下のスケコマシ」などと揶揄からかうことまで平然とやっていた。フリードリヒも彼女の揶揄やゆを笑ってスルーしていた。


 外見ばかりにとらわれる軽薄な女などダメだ。

 彼女なら人に対して氷のように冷たい態度のグレゴールの心も溶かしてくれるのではないか。


 ただ、彼女は平民でもあったし、容姿も取り立てて美しい訳ではなく、いわゆる10人並みというやつだった。


 それを聞いたフリードリヒはイレーネの人物鑑定眼に舌を巻いた。彼女が平民の出であることなど問題がなくはないが、そんなことは些細ささいなことだ。確かにこれ以上の人選はないだろう。

 彼女ならルシファーに冷たく当たられても、それで落ち込んでうつになったりしないだろう。


 それから1月の間、ペートラが侍女になるための行儀作法や侍女としての知識が教え込まれた。即席侍女の誕生である。


    ◆


 今日はペートラが初めてグレゴールことルシファーに使える日だ。

 ペートラはルシファーの部屋をノックする。

「入れ」という横柄な声が聞こえる。


「失礼します」

 ペートラは緊張した面持ちで部屋へ入る。


 ルシファーは椅子に座って窓の外をながめているところだった。

 ペートラを一瞥いちべつすると、興味がなさそうに視線を窓の外に戻した。


 ──何よ。偉そうに…


「私。グレゴール様付きの侍女となりましたペートラと申します。侍女になりたてで失敗もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」

「ああ」

「…………」


 しばらく気まずい沈黙が続いたかと思われた時…


「ぷっ! クスクス…」

 ペートラは耐えきれなくなって笑い出した。


「なんですか。それ。大公閣下のモノマネですか?

 あれは大公閣下だからさまになるのであって、あんな方二人といませんよ」

「別にマネなどしておらぬ。私をあのような朴念仁ぼくねんじんといっしょにするんじゃない」


「ぷっ! クスクス…。グレゴール様が朴念仁ぼくねんじんじゃないって、ほかに誰がいるっていうんです?」


「何を!」とルシファーは怒りをあらわにした。


「ブーッ。不正解です。大公閣下はここで怒ったりしません」

「だからマネなど…」

 そこでルシファーは言いよどんでしまった。


 ──俺が人族の女に翻弄ほんろうされている…?


「まあいい…」

「そうでした。お仕事をしないと…。

 何か御入用のものなどありませんか?」


「特にない」

「そうですか……あっ。髪が乱れていますよ。いまとかしてさしあげますね」


「そのようなこと…」とルシファーは拒否しようとしたが、ペートラはあっという間に近づいてきて、くしを取り出すと椿油つばきあぶらを少量つけ、髪をとかし始めた。


 ──何と言うか…拒否するすきがなかった…


「髪をとかすのは得意なんです。何しろ大公様直伝じきでんですからね」

「そうか…」


 他人に髪をとかしてもらうのも悪くはないな…


「はい。終わりましたよ。土台が良いからすごくカッコよくなりましたよ」


 ルシファーはペートラの目を真っ直ぐに見ると、「ああ。感謝する」と素直にお礼を言った。


 突然、素直に目をみつめられて、ペートラは真っ赤に赤面してしまった。


 ──なんて綺麗な目をしているの…


 ペートラの心臓は早鐘を打っている。


「こ、この程度たいしたことじゃありません。で、ではご用がありましたら、またお呼びください」

 と口早にいうとペートラはあわてて退出した。


 ドアを後ろ手に閉めると、その場でへたり込んでしまう。


 ──ああ。私どうしたのかしら?


 でも、グレゴール様が悪い人じゃなさそうでよかった…


    ◆


「ぷっ! アハハ…」

 ペートラが心配のあまり、千里眼クレヤボヤンスでその様をのぞき見ていたフリードリヒは、耐えきれずに笑い出した。


 ──地獄のあるじがあんなにウブな男だったとは…


 ペートラも相変わらず大物だな…


「あなたどうされましたの?」

 ヴィオランテが心配して聞いてきた。


「いや。たいしたことじゃない」


「もしかしてのぞき見ですか?」

「ああ」


「まあ、趣味の悪い…」

「こんなことするもんじゃないな。当てつけられてしまった…」

 と言うとフリードリヒはヴィオランテの手にキスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る