第64話 下ロタリンギア平定(2) ~ライン宮中伯とルクセンブルク伯~

 下ロタリンギアの教会勢力がフリードリヒの庇護下ひごかに入った今、攻略すべき大物はブラバント公、ルクセンブルク伯とライン宮中伯プファルツである。


 さて、どこから攻略したものか?


 ライン宮中伯プファルツは、以前フリードリヒが戦ったこともあるハインリヒ・フォン・ヴェルフェンで前皇帝オットーⅣ世の兄である。


 弟が皇帝に選ばれた際は、ライン諸侯の意向のとりまとめに奔走ほんそうし、今でもライン諸侯に対する影響力は健在である。


 弟のオットーは今上皇帝きんじょうこうていとの争いに敗れ失意の中で死んでいったが、兄は弟を見限ることによりしぶとく生き残っている。


 そういう意味では、実利を重く見るキャラクターと思われ、こちらが示す条件によっては交渉により味方に引き込むことができるのではないか?


 ルクセンブルク伯は実力も大きくはなく、ライン宮中伯プファルツを説得できればこちらになびいてくる可能性も大きい。


 ブラバント公にいたっては、交渉で打開する方法は今のところ思いつかない。


 フリードリヒは、副官のレギーナと参謀のアビゴールに構想を話して聞かせた。


「交渉によって味方に付けられるのであれば、それ以上の上策はありません」とレギーナは全面賛成だった。


 一方のアビゴールは「策としては悪くありませんが、面白くありませんな」と不満を隠さなかった。やはり戦争がやりたくてしょうがないらしい。


 ──まあ、それはあとでやらせてやるから


    ◆


 フリードリヒは早速タンバヤ情報部アリーセに密書を持たせ、密会の申し入れを行ってみることにした。


 場所はライン河畔の見晴らしの良い平原だ。お互いに暗殺を疑っているだろうから、伏兵を伏せ難い場所とした。


 もちろんフリードリヒは暗殺など考えてはいなかったが、先方からすると暗黒騎士団ドンクレリッターはフリードリヒのカリスマあってのものだから、暗殺して暗黒騎士団ドンクレリッター瓦解がかいすることをねらってくることは十分にあり得る。


 下ロタリンギアの教会勢力がフリードリヒの庇護ひごを求めていることはあえてオープンにしていたし、あれだけ派手に大司教が動き回ったのだから隠すのも難しい。

 それを先方はどう考えるかが問題だ。


 受けるかどうか半々だと思っていたが、相手からは密会に応じるという返事がきた。


 期日を決め、いよいよ当日。

 密会の場所へ向かう。


 警備の人間は互いに5人までという少数にするという取り決めにしていた。

 こちらからはアスタロトとセバスチャン、アダルベルト他2名の精鋭騎士を護衛に付けたが、念のため他にアスタロト配下の悪魔を20人ばかり隠形おんぎょうさせて伏せていた。


 先方も5人の屈強な騎士を護衛に付けていた。

 千里眼クレヤボヤンスで周辺を探ると、500メートルほど離れた背の高い草むらに100人程の兵が伏せてあるのがわかった。

 暗殺の意図があるのか、それとも用心のためなのか、これだけをもってしては計りかねる。


 だが、隠形おんぎょうした悪魔20人であれば100人程度の人族など何の障害にもならない。


 早速、話を切り出す。

「ライン宮中伯プファルツ。本日は足をお運びいただきかたじけない」

「なんの。私は公の実力を評価しているのだ。良い話を期待しているぞ」


 前回ライン河畔で戦った時は姿を見かけたが、直接話すのは初めてだ。歳は相応にとっているが、いかにも頭の切れそうな印象だ。油断できない。


「早速ですが、下ロタリンギアの教会勢力がそろって私の庇護ひごを求めてきたことはご存知ですか」

「あれだけ派手にやられては、知らぬものはおるまい」


「そこで私としてはロタリンギアの秩序を乱す賊徒ぞくとを討伐せざるを得ないのです。

 それに当たりライン宮中伯プファルツにおかれてはご助成をお願いしたい」


「公の軍門に下り、教会と同様に庇護ひごを求めよということか?」

「お察しのとおりです」


「負けたとはいえ、結集すれば下ロタリンギアの方が兵数は多いのだぞ」

「兵数はいくさの重要なファクターではありますが、質も重要です。

 我が軍は大天使ミカエルの加護を受けているほか、神からたまわった強力な武器を持っており、人を寄せ付けない闇の者や竜を使役しえきする強力な従魔士もいます」


「確かに強力な武器も持っておったし、闇の者も何人かおったようだが、それがそんなに大きなアドバンテージになるかな?

 それに竜を使役しえきするなどとても信じられん。おとぎ話ではないのだから…」


 フリードリヒは思案する。

 ここは実際に見せるしかないか…


「ちょうどあそこの草むらにならず者が100人ばかりいるようです。これからダークナイト10人に追い払わせて見せましょう」

「そ、それは…」


 フリードリヒはダークナイトを召喚する。

 魔法陣があらわれ、黒い霧に包まれたかと思うとダークナイトが10人出てきた。

 その異形いぎょうにライン宮中伯プファルツは恐怖を隠せない。


「そこの草むらにいるならず者を追い払え!」


 ダークナイトが草むらに突進すると、兵士たちは健気けなげにも応戦しようとしたが、ダークナイトは2メートルを超える体格のうえ、実力もアダマンタイト冒険者クラスであり、全く相手にならない。

 あっという間に兵たちは逃げ出してしまった。


 命令を完遂したダークナイトはフリードリヒのもとに戻り整列する。

 フリードリヒが命令すれば、ライン宮中伯プファルツをたやすく殺害できる状況になったということだ。


 ライン宮中伯プファルツの顔には脂汗が浮かんでいる。


「ではついでですから竜をお見せしましょう。セバスチャン」とセバスチャンに合図を送る。

御意ぎょい


「はい?」

 突然のことにライン宮中伯プファルツはポカンとしている。


 セバスチャンの体がみるみる膨らむと火竜に変化へんげした。エンシェントなので相当な巨体だ。


 セバスチャンは一声大きく咆哮ほうこうすると、空中に炎のブレスを放った。その輻射ふくしゃ熱だけでライン宮中伯プファルツの顔が熱くなった。


「わ、わかった。こんな化け物が相手では1万人いようとかなわない」

「ご理解いただきまして幸甚こうじんです」


「だが、味方とすればこんなに頼もしいものはない。私は公の庇護ひごを受けることに決めた。近隣の地方領主どもの意向も私が責任を持ってとりまとめよう」


 ──さすがに機を見るに敏だな。決断が速い。


「ありがとうございます。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


 ライン宮中伯プファルツはフリードリヒの慇懃いんぎんな対応ぶりにかえって不気味なものを感じていた。


 ──これは怒らせたらたいへんなことになる。とにかく誠意を持って対応するに限る。


 ライン宮中伯プファルツのこれまでの経験から来る勘がそう告げていた。


 数週間後、ライン諸侯からフリードリヒに庇護を求める書簡が送られてきた。


    ◆


 次の目標のルクセンブルク伯だが、あまり芯の強いタイプではないらしい。

 教会勢力に加え、ライン諸侯もフリードリヒの軍門に下ったことは知っているだろうし、とりあえず書簡でも送っておどかしてみるか…


 フリードリヒは「教会勢力に加え、ライン諸侯も我が軍門に下り、もはや勝負は決した。このうえは、そちらがどうしてもといって頭を下げてくるのなら、我が軍門に入れてやらないでもない」といった高飛車なトーンの書簡をルクセンブルク伯に送った。

 だが、数週間経っても音沙汰おとさたがない。


 ──まったく優柔不断なやつだな。手間をかけさせる…


 フリードリヒは竜娘たちを連れてルクセンブルク伯の城までテレポーテーションで移動すると、ノイミュンスターでも使った手を使う。


「竜娘たち。竜に変化へんげして城の上を飛び回れ。咆哮ほうこうしてやつらを恐怖のどん底に叩たたきこむのだ!」

「「「了解」」」


 竜娘たちは竜に変化へんげすると、それぞれに城の上を飛び回り、雷のように激しく咆哮ほうこうした。その声が城に木霊こだましている。


 フリードリヒはダメ押しに、城の尖塔に雷霆らいていを数発落とした。本物の雷鳴が城にとどろき、尖塔の先端が崩れ落ちる。


 竜が飛びい、雷鳴がとどろくその様は、まるでこの世の終わりのようでもある。


 ──これでちょっとは効果があるかな?


 案の定、数日後にはルクセンブルク伯からフリードリヒに庇護ひごを求める書簡が送られてきた。これでもかというほどに謝罪の文面がつづられている。


 ──ちょっと薬が効きすぎたかな…


 これで残るはブラバント公を残すのみ。

 相手は交渉には乗ってこないだろう。


 フリードリヒは、暗黒騎士団ドンクレリッターに出陣の準備を命じた。

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