第61話 聖戦 ~ミカエルの加護~

「ミーシャ。モゼル公に伝令を頼む。こちらで城門前の敵を片付けるから、城からも呼応して打って出るようにと」

「わかったにゃ」

 ミーシャは有翼のサンダルタラリアで飛翔すると城へ向かった。


 さて、その間にやることがある…


 時刻は昼近くとなり、太陽は中天に差しかかっていた。

 その太陽の周りに光の輪があらわれた。


 日暈ひがさと呼ばれる現象で、太陽に薄い雲がかかった際にその周囲に光の輪が現れる大気光学現象であるが、当然にフリードリヒの水魔法による仕込みである。


 中世の迷信深い人間たちは、敵も味方もその神秘的現象に驚きを隠せないでいる。


 その時、中空にミカエルが多数の天使を伴って現れた。

 その背からはまばゆい後光を放っている。


「我は大天使ミカエル。

 このいくさに大義はない。よって神はこれを討伐するため暗黒騎士団ドンクレリッターを使わされた。

 なんじらは大天使ミカエルが加護を与えた暗黒騎士団ドンクレリッターによって打ち滅ぼされるであろう。

 あらためる者は武器を置いてただちに立ち去るがよい」


 敵陣の中からは「おお! 何と言うことだ」、「神の怒りを買ってしまった」などと動揺の声が聞こえる。

 武器を置いて降伏の姿勢を示すものも出始めた。


 敵指揮官は必死にこれを押さえようとする。

「あれは敵の幻術だ! 本物であるものか。

 弓隊! 偽物を打ち落としてしまえ!」


 矢の雨がミカエルたち天使を襲う。

 しかし、マリー、ローラ、キャリーのホムンクルス3人娘の時空反転フィールドによってことごとく跳ね返され、逆に敵を襲った。


 敵は自軍の矢にやられ、あちこちから悲鳴が上がる。


「あれはやっぱり本物だ…矢が跳ね返えされるなんてあり得ない」

 武器を置く者が更に増えていく。


 フリードリヒは自ら先頭に立つと、余裕を見せながら緩々ゆるゆると軍を前に進め、敵を威圧する。


 行軍を止め、風魔法で戦域全体に届くようにすると、大音声で敵に呼びかける。

「我らは暗黒騎士団ドンクレリッター。神に使わされた聖なる軍隊だ。無抵抗の者は殺さない。抵抗する者は神よりたまわった武器を使って天誅てんちゅうを下す。そう心得よ!」


「おい。あの黒づくめの兵装に白銀のマスク。間違いなく白銀のアレクだぜ。百戦無敗の暗黒騎士団ドンクレリッターで間違いない…」

 敵の中に更に動揺が広がる。


 フリードリヒは、それを無視して追い打ちをかける。

「砲兵隊。城門前の敵を集中して狙え。 撃てファイエル!」


 多数の砲弾が城門前の敵を襲う。あちこちで大爆発がおき、敵がみるみる吹き飛ばされていく。

 直撃を受け体がバラバラに吹き飛ぶ者、手足をもがれ絶叫する者もいる。まさに阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図だ。


 これにより城門前の敵が一掃され、敵は左右に分断された。


「ダークナイトと悪魔軍団は敵右翼を抑えろ。残りは敵左翼を集中的に攻撃する。突撃アングリフ!」


 様子を見ていた城内の味方もこれに呼応して打って出てきた。


 この段階で敵のおよそ半数は武器を置き、逃走している。残りは2千と少し。

 やはり敵指揮官をやらないと崩せないな。


 フリードリヒはマジックバッグからクラウ・ソラスを取り出す。

「行け。クラウ・ソラス。敵指揮官を打ち取れ!」


 光の剣、クラウ・ソラスは宙を飛び、敵指揮官を次々と打ち取っていく。


 指揮官を討たれ。抑えがなくなると敵は散りぢりになって逃亡していく。これで決着はついた。


「追撃はしなくて良いのですか?」

 副官のレギーナが聞いて来る。


「いちおう同胞だからな。殺すのは少ないに越したことはない」

「敗残兵を集めて逆襲してくるおそれもありますが…」


「そのようなやからにやられる暗黒騎士団ドンクレリッターではない」

「それもそうですね」


 そこにモゼル公が護衛を引き連れてやってきた。

「ホルシュタイン伯。今回のご助成。かたじけない」

「陛下のご命令です。陛下の御心みこころに感謝されることですな」


 そこにヘルミーネがやってきた。

「お父様!」


 モゼル公は突然の出来事に目を見開いてしばし絶句した。

「ヘルミーネ…なのか…」


 ヘルミーネは父の胸に飛び込むと二人は抱き合って再会を喜んでいる。


「おまえ。連絡も寄こさずに、今まで一体何を…」

「フリードリヒ様とずっと一緒に…」

 ヘルミーネは恥ずかしそうにそう言った。


「ホルシュタイン伯。重ね重ねの恩。かたじけない」

「私など何もしていませんよ。むしろお世話になっているのはこちらの方です」


「そう言っていただけるとありがたい」


    ◆


 その夜。敵の逆襲を警戒しつつ、細やかな祝勝のうたげが開かれた。


 うたげの後、モゼル公夫妻とヘルミーネは深夜まで何やら話し合っていた。


 フリードリヒは、ベリアルとアスモデウスを呼ぶと命令を下す。

「××××××だ。頼むぞ」

「「御意ぎょい」」


 そこに呼びもしないのにマグダレーネことアスタロトがやって来た。

 アスタロトのかたわらには執事然しつじぜんとした初老の男がひかえている。アスタロトが乗っているエンシェントの火竜が変化へんげしたものである。


「今回は私の出番はぜんぜんなかったねえ」


 アスタロトは、頼みもしないのに自主的にフリードリヒの警護役を買って出ていた。フリードリヒ自身は自分に警護など不要だと思っているのだが…

 あるいはアスタロトは、フリードリヒと一緒にいたいだけなのかもしれない。


「だから私に警護役など不用だと言っているだろう」

「いくら強いといっても人族は人族だからね。いつか役にたつこともあるさ」

「…………好きにしろ」


「ところで、こいつに名前を付けて欲しいんだ。名前がないとやっぱり不便でね」

 火竜のことを言っているらしい。今まで名無しとはひどくないか?


 ここはあの一択しかないだろう。


「セバスチャンだな」

「だとさ。セバスチャン。よかったな」


「ありがとうございます」

「こいつは歳をとっているだけあって、いろいろと器用だからさ。こき使ってやってくれよ」


「わかった。そうさせてもらう」


    ◆


 ところでハイデルベルクで回収した人造人間であるが、フリードリヒとフィリーネが苦心の末に修復に成功していた。

 人造人間にはフリードリヒとその家族の命令を聞くように改良してある。


 名前はもちろん「アーノルド」である。

 アーノルドはブリュンヒルデとガラティアの警護役ということでグレーテルにあずけ、24時間寝ずの番をさせている。


 アダルベルトを超える強さを持つだけにもったいない気もするが、やはり娘は可愛いのだ。

 しかし、薔薇乙女ローゼンメトヒェンのテレーゼといい、人造人間のアーノルドといい、人ならざるものが娘の周りに多いがこれでよかったのか。まあいいか。


    ◆


 一夜開けてみると敵に破壊されボロボロになっていたはずの城がきれいに修復されていた。

 モゼル公は奇跡が起きたとばかりに驚いている。


「これは一体どういうことだ…」

「モゼル公国は神の加護を受けているのです。きっと神の奇跡ですよ」


「そ、そうか?」


 当然嘘である。フリードリヒがベリアルとアスモデウスに命じて修復させたのだ。

 神の奇跡と見えるものが実は悪魔の仕業しわざとは誰も思うまい。


「ところでホルシュタイン伯。重ね重ねすまないが、貴殿に頼みがあるのだ。わしの部屋まで来てくれぬか?」

「それはかまいませんが…」


 モゼル公の部屋へ行くと、モゼル公の妻とヘルミーネが控えていた。どういうことだ?


「実は、貴殿にヘルミーネと結婚して欲しいのだ」

「確かに。知らなかったこととはいえヘルミーネを愛妾あいしょう扱いしたことはおびいたします」


 ん。待てよ。ヘルミーネは公爵家の一人娘だ。格上で一人娘と結婚ということは婿養子に入れということか。


 フリードリヒは次男だし、ツェーリンゲンの名前にこだわりはないが…


「…………」

「フリードリヒ様。お願い…」

 ヘルミーネがいつになくしおらしい。


「それともう一つ。わしはこの結婚を契機に引退しようと思う。今回の失態もわしのふがいなさゆえだ。この際、若くて強い君主にこの国をたくそうと思う」


 ──それって俺のことだよな…


 ずいぶんと重たい話で逡巡しゅんじゅんしてしまうが、だからといって断れるのか。いや無理だ。

 今までのヘルミーネとの積み重ねを無碍むげにしてり飛ばすことなど不可能だ。


 ここは覚悟を決めるか…


「承知いたしました。これからどうぞよろしくお願いいたします。義父上ちちうえ様」


「ありがとう。フリードリヒ様!」

 ヘルミーネが勢いよく抱きついてきた。彼女が自分からキスをしてきたのでこれを受け入れる。


 この様子をモゼル公の夫妻が微笑ましく見守っていた。


    ◆


 話が決まってから、地方領主連合軍の逆襲に備えて第6騎士団をモゼル公国に残し、副官のレギーナのみを伴ってアウクスブルクへ戻った。


 まずフリードリヒは真っ先に正妻のロスヴィータのところへ向かった。


 ロスヴィータの方が先に口を開いた。

「あなた。わかっていますわ。ヘルミーネさんと結婚するのでしょう?」


 ──女の勘とは鋭いものだな…


「ああ。君には正妻の座を降りてもらうことになる。すまない」


「夫の出世のためですもの、私は喜んで受け入れますわ。

 それに側室になったからといって、あなたの愛は変わらないのでしょう?」

「もちろんだ」


 ロスヴィータの目がうるんでいてなんだか色っぽい。

 フリードリヒは我慢できずロスヴィータを抱きしめた。


 そのまま濃厚なキスをする。

 そして…


    ◆


 フリードリヒは皇帝のもとへと向かう。

 さすがにモゼル公国とホルシュタイン伯国の二国の君主と第6騎士団長3つの掛け持ちは不可能だ。

 ここは第6騎士団長の地位を辞するしかない。


「陛下。ご報告とお願いがございます」

「報告の方はもう知っておる。モゼル公の養子になるのであろう」

「はい。恐れ入ります」


「で、願いとは何だ?」

「この機会に第6騎士団長を辞したいと思います。何卒なにとぞお聞き届けいただきますようお願い申し上げます」


「ダメだと言ったらどうする?」

「それはどうかご容赦ください」


「確かに3つの掛け持ちは無理だな。わかった許そう。

 それで、辞した後はどうする?」

「しばらくはナンツィヒに腰を落ち着けて国を立て直すつもりです」


「そうだな。それがよかろう」


 皇帝の口元がニヤリとしている。

 フリードリヒがアウクスブルクを離れ、ヴィオランテと離れ離れになることがうれしいのであろう。


 フリードリヒは、結婚した後もヴィオランテと頻繁ひんぱんに会っていたし、そのことを妻たちにも隠していなかった。


 皇帝の部屋を出ると、外でヴィオランテが待ち構えていた。


「行ってしまわれるのですね」

 大概たいがいのことには泰然たいぜんとしている彼女も、今回のことは少しこたえているようだ。


「ああ。今までのように頻繁ひんぱんには会えなくなるが、時間を見つけて会いにくるようにするよ」


 ヴィオランテはフリードリヒにそっと抱きついてきた。

 それを優しく抱きとめる。


「信じていますわ」

「ああ」


    ◆


 結果として、第6騎士団は解散となった。

 ダークナイト、天使軍団と悪魔軍団がフリードリヒに付いていったのは当然であるが、人族の団員も全員がフリードリヒに付いていくことを選んだからだ。


 だが、第6騎士団が誕生する前の5騎士団体制に戻ったといえばそれまでである。


 近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハはつぶやいた。


「これでアウクスブルクも寂しくなるな。だが、神聖帝国としてはまだまだ面白くなりそうだ…」

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